41 マンションはホテルではありません
今日泊めて、と突然言われて、家に泊めた記憶があるのは同級生の女友達くらいだ。
異性を自宅に泊めたことはない。
これは所謂……お持ち帰り? ……いや、私の部屋に泊めるわけにもいかないから、泊めるとしたら別の部屋か。マンションというより、むしろビジネスホテル?
予想外の申し出に困惑していると、護衛の女性騎士が馬を下りてクラウドを諫めた。
「クラウド様、お控えください」
「エミリーは黙ってて」
背の高い女性騎士は、エミリーという名前らしい。少し低い声をしている。
「精霊の住処が目の前にあるんだよ? 世界の謎を解く手立てになるんだよ?」
「屋敷の者に外泊について何も伝えておりません。研究所の移設作業もまだ残っています。
草原に置かれた危険物の監視も必要です。何かあったらどのように責任をとるおつもりですか?」
「う……」
気心が知れた仲なのか、二人はかなり砕けた物言いで話している。
危険物って、私が設置したマジックカードのことだよね。なんだか申し訳ない。
というか、今日泊りに来るなんて聞いていないので、当然何の準備もしていない。
「ええと、常駐されるのがまだ先のことだと思ってましたので、クラウドさんのお部屋の準備がまだできていないです。ごめんなさい」
「ハルカ殿の言う通りです。突然押しかけてはご迷惑になるでしょう?」
「ううう……でも……でも……」
どうやら相当に魅力的らしい。
タワーマンションそのもの、というよりも、精霊の住処という未知の存在への興味が強いのだろう。
……一応、ゲストルームの素泊まりだけなら、泊めようと思えばできるけど……。
しかし相手は貴族だ。
ゲストルームとはいえ、何の用意も確認もしていないので、待遇としては結構失礼な気がする。
しかし、ここでクラウドに駄々をこねられて、せっかくの移設先の話が没になるのは避けたい。
あっちはまだ仕事が残っているようだし、エミリーさんの気持ちもわかる。
ここは折衷案で押し切ろう。
「あの、見学だけしていきますか?」
「え?」
エミリーが顔を上げる。
「そちらもまだ仕事があるようですし、中の見学だけして、今後の生活で必要になりそうな物だけ確認して頂く、という形でどうでしょうか?」
「ハルカ殿……!ええ!そうですね。そうしましょう、クラウド様」
「むぅ……わかりました……」
クラウドがしぶしぶ頷いた。エミリーさん、苦労しているんだろうなぁ。
「あ、ちょっと待っていてください。中の人に来客を伝えてきますので」
正面からマンションに入り、2階のコンシェルジュカウンターに行くと、ちょうどユーイさんが帰りそうなところだった。ストップストップ。
「おや、ハルカさん。お帰りなさい」
「ユーイさん、ただいま戻りました。あの、今お仕事終わるとこですよね?
ごめんなさい。お客さんが来ていて、見学希望です」
「……もしかして、移設先の責任者の方でしょうか?」
「はい。研究所所長のクラウドさん、護衛のエミリーさんと、御者の方の3人です。あと、水の精霊のリューイさんも居ます」
「ふむ。では、顔を合わせておかないわけにはいきませんね」
ちらりと時計を見て、やれやれといった表情をすると、ユーイがカウンターから立ち上がる。
1階のエントランスにおり、正面から屋外に出る。
クラウドたちの姿を確認すると、一礼してユーイが言った。
「こんばんは、ようこそ。ダフネスタワー・ファンファレアへ。見学のお客様ですね?」
エミリーが前に出て答える。
「はい、このような時間にすみません。私は護衛騎士のエミリーと申します。こちらは主のクラウド・ジャンクション魔導士爵です」
「ああ、貴方が午後に【風の耳飾り】でお話しした方ですね。このマンションの管理者のユーイです。お見知りおきを」
「!!……なるほど、貴方が」
クラウドが目を見開いて感動している。
ユーイが一瞬眉をひそめ、クラウドをじっと見つめて尋ねた。
「契約されている精霊がいらっしゃると伺いました。入館前に、全員のご紹介を頂いてもよろしいでしょうか?」
「……全員でしょうか?」
「ええ。もちろん」
「……ふむ。仕方ないですね」
クラウドが手のひらに白い粉と、緑の粉、青い粉、赤い粉を出す。
「リューイ、ファイ、ミーティ、アリア。出ておいで」
4つの光がクラウドの指先から現れる。爪の先がほのかに光る。契約紋だ。
クラウドが使役している精霊がリューイだけじゃなかったらしい。
「こちらが僕の契約している精霊となります」
「なるほど、ありがとうございます。すみませんが、当マンションを見学するにあたり、いくつかルールを守っていただく必要があるようです」
「……聞きましょう」
ユーイがクラウドに対して説明する。
「まず、この建物内での魔法の使用は原則禁止です。元素魔法、空間魔法、魔道具。回復魔法などやむを得ず使用する魔法以外、基本的に使用しないでください」
「ええ、わかりました。従いましょう」
「微精霊への餌付けや、過度な接触、引き抜きもしないでくださいね? 彼らは仕事中ですので」
「……どうしても?」
「どうしても」
「……わかりました」
クラウドが素直にうなずく。
「それから、武器の持ち込みも禁止です」
エミリーが驚いたように言う。
「なっ、それでは護衛ができないではありませんか」
「そもそも、護衛の必要がありません。私が付き添いますので」
「……貴殿が?」
「はい」
貴様のような優男が守れるはずないだろう、と、言葉にはしないが、目でにらみつけて訴える。
一応私もユーイのフォローをしておく。
「エミリーさん。ユーイさんはこう見えても、先日いらしたパトリックさんを素手でなぎ倒していますので、大丈夫ですよ」
「……嘘でしょ」
そもそもユーイが人間ではないことや、入り口に魔法で障壁を展開していることなどを告げると、渋々納得してくれたようで、帯剣していたロングソードを預けてくれた。
馬車の御者をマンションの裏手にある屋外の獣舎場を案内し、クラウドの見学が終わるまでエントランスのロビーで休んでいて貰うように手配する。
「お待たせしました。改めまして、ダフネスタワー・ファンファレアへようこそ。中をご案内しますね」
ユーイが2人と4匹を招き入れた。




