39 地盤強化のために地雷を設置しました
農業研究所から、湖のそばにあるというマンション移設予定地へと赴く。
クラウドは精霊と会話できたことにずっと感動していて、先ほどからずっとうっとりとした様子だ。
時折、「渋い声だった」とか「魅了魔法が使えるのかもしれない」とか独り言をつぶやいている。
なんというか、男色趣味の世界に踏み出しそうになっていて危ない気配がする。
屋敷から5分ほど西に歩くと、小さな湖が見えてきた。
クラウドにこの辺りだと案内される。
「ここが移設先のちょうど中心部になります」
「はい」
湖からは1kmほど離れているだろうか。足場は石材で固められている。やや森の木々が近い。
……敷地内に森があるマンション、か。うーん、一長一短だなぁ。
自然を身近に感じたい都会の人にはいいかもしれない。
正直、個人的にはあまり好ましくない。森が近いと虫が入ってくるからだ。飛べるやつ全般。
特にキッチンに出ることで有名な茶色い羽根を持つ甲虫のあいつは、配管を伝ってタワーマンションの上層階にも出現するらしいので気が抜けない。
私は比較的田舎で育ったので利便性がいい都会が好きだが、そこまで自然が好きというわけでもない。
だから、自然を感じたい都会の人という存在がいまいちピンとこない。
聞いた話によると、世の中には居住地のブランド名「東京」「横浜」「神戸」といった華やかさが感じられる文字だけが住所に欲しくて、実態は県境の田舎に住んでいるとか、駅から遠いとか、実利を求めない変わった人もいるようなので、需要というものはよくわからない。世界は広いなぁ。
現地に着いたので、とりあえずユーイに連絡を取る。
先ほど同様、イヤリングに風の魔力をこめて通信を試みる。
「もしもし、ユーイさん? ハルカです」
『はい、こちらコンシェルジュカウンターのユーイです』
「ええと、今現場につきました」
『わかりました。ご連絡ありがとうございます。湖との距離はどの程度ありますか?』
「うーん、たぶん1kmくらいだと思います」
『なるほど。それでは、ハルカさんにお渡ししているマジックカードがありますよね?』
火、風、闇属性のマジックカードがワンピースのポケットの中に入っている。
「はい、あります」
『それではマジックカードの中で一番魔石の色が濃いものを出してください』
言われるがままにポケットから風属性のカードを取り出す。
トレーニングで大量の魔力を吸収させていたため、魔石が真っ黒である。
『そのカードを、今立っている場所の地面に突き立ててください』
「? はい」
『あ、石に触れないように気を付けてくださいね』
カードを地面に突き立てる。
地面が固いため刺さるか少し心配だったが、さくっと刺さった。大丈夫っぽい。
「刺しました」
『それでは、そこを起点に地盤強化をしますので、そのまま一晩放っておいてください』
「放っておいていいんですか? わかりました」
『ええ。地盤強化のための魔力は、そのカードに溜まっている魔力から変換して行います。
念のため結界も展開しますが、変換中に誤って衝撃を与えますと暴発するかと思いますので、注意してくださいね』
「は、はい……」
それは、地雷というやつなのでは?
ごくりと喉を鳴らす。内心ビビりながら地面に刺さったカードを見つめる。カードは淡く光っている。
女神の加護の力で、半端じゃない量の魔力が含まれているカードだ。
幸いなことに周囲には何もないが、万が一、誰かがつまづいて転んだら大変だ。
一応、目印として刺したカードの周りに適当な石を並べて囲む。駐車場とかに置いてある赤いカラーコーンが欲しい。ご安全に。
クラウドに周囲に野犬などがいないかを確認し、他にこれといった問題がなさそうなので通信を切る。
一仕事終えたらお腹が空いてきた。
「クラウドさん、私、今日はもうやることがないのでフリーなんですが、この辺りで食事ができるようなところってありますか?」
「食事でしたら研究所の食堂でもお出しできますが、街まで戻られますか?」
「食堂があるんですか?」
「はい。もうそろそろ夕食の時間ですので、よかったらご一緒しますか?」
「いいんですか? ありがとうございます!」
せっかくなのでご相伴にあずかろう。「この世界に住んでいる人のまともな食事」だ。
自炊ごはんと精霊の謎料理と屋台のジャンクフードしか食べてこなかったので期待が高い。
草原を歩きながら、地盤強化や、通信の魔道具について、クラウドがあれこれと質問をしてくる。
私が作ったものではなく、使い方くらいしか分からないないので、ほとんど答えられなかった。少し申し訳ない。
屋敷に着くと、先ほど案内された小部屋とは反対側の扉から通される。
廊下を抜けると徐々にすれ違う人の数が増えてきた。みんな食堂に行くのかな?
「こちらが食堂になります」
「おお、広い」
大部屋の中は人でにぎわっている。大きな広いテーブルが4つ。
3人掛けの丸テーブルと椅子が窓側に交互に置かれて、なんとなくカフェっぽい雰囲気だ。
煮込まれたスープのような、良い匂いがする。
食堂は護衛騎士、研究所職員の平民や下級貴族など、様々な人が利用する場所で、朝と夕方に利用できるそうだ。
端のソファーでくつろぐ人、チェスのようなボードゲームをしている人もいれば、難しい顔をして書類を見つめる人、一人で本を読む人、寝てしまってつまみ出されそうな人、窓際の植物の上で休んでいる精霊など、様々な人がいる。
……食堂、というより休憩所?
白衣のような白い服を着た人が研究所の職員だろうか。皆、けっこうラフな格好をしている。
「すみません。普段より作業の人員を増やしたので、今日はちょっと混んでいますね」
「大丈夫ですよ、慣れているので気にしないでください」
某大手スーパーのフードコートや、ハンバーガーチェーン店のほうが混んでいるので、そこまで混んでいるような感覚はしない。貴族のパーソナルスペースは広めのようだ。
クラウドに食堂の使い方を教えてもらい、夕食を頂く。
クラウドが料理人に客人の魔導士であることを伝えると、精霊用の生野菜を付けてくれた。
野菜に粉砂糖のようなものがかかっている。
人間用のメニューは、パンとオムレツ、マッシュポテト、スープ、カモミールティー。
スープには干し肉のようなものと、ドロドロとした野菜だった何かが入っており、ハーブで香りづけされていて、とろみがある。一口食べると、ハーブの強い香りと、塩と素材の味がした。ほんのり甘い。
「どうでしょう? なかなか美味しいと思いませんか?」
「そ、そうですね。美味しいです。あまり食べたことがない味です」
まずくはないが、スープにもう少し野菜の甘さが欲しい。
ハーブの癖が強いのは、肉の臭みを消すためだろう。若干肉臭い。
オムレツにケチャップが欲しい。マッシュポテトには酸味があるが、ワインビネガーのような味だ。パサパサしているので、マヨネーズを混ぜたい。
「ふむ。そういえば、兄様が先日そちらで非常に味わい深い食事をしたとか。やはり異国の料理とは違いますか?」
「ええと、そうですね。こちらの料理は香りが強くて、少し味が薄いように感じます。たぶん、出汁、味のベースが違うからだとは思うんですが……」
「ほう。そういえばハルカさん自身も料理をされるんでしたね」
「まぁ、素人の料理なんですけどね」
クラウドの契約精霊のリューイも食事をするようなので、ロウとレイにも精霊用の粉砂糖のようなものがかかった生野菜をあげる。
『あんまりうまくないなコレ』
『……グラッセでいいわ』
お気に召さなかったらしい。リューイは慣れているのか普通のペースで食べている。
レイの野菜を味見すると、甘さと土臭さと青臭さとえぐみが伝わってきた。せめて茹でたい。
精霊の好みを考えると、レイ向けには爽やかな香りと酸味を足したいし、ロウ向けには加熱調理してあげたいところだ。
レイに、おやつはマンションに帰ったらあげるね、と伝えて我慢してもらう。
アイテムボックスを人の多い場所で使うわけにもいかない。
空間から物を出し入れするのは目立つので、カモフラージュ用にカバンを探しておこう。
マッシュポテトなら食べそうな気がしたので、レイにおすそ分けすると、普通に食べ始めた。
クラウドが食い気味でレイとロウの様子を観察し、なにやらメモを取る。
「……リューイはそれ、あまり食べないんですよ。比較的なんでも食べる子ではあるんですが」
「うーん、少しパサパサしているからかな? それか匂い?」
なんとなく、どちらも原因のような気がする。属性が異なるからだろうか。それとも個体差だろうか。
いずれにせよ、精霊によって味の好みは異なるらしい。
リューイと同じ水属性のアイちゃんなら何か知っているのだろうか。帰ったら聞いてみよう。




