32 魔力制御
トレーニングルームで魔力制御を行い、ようやく右手の上に風の魔力を集めることに成功した頃には、すっかり夕方になってしまっていた。ずっと集中しっぱなしだったせいで疲労感がすごい。
私はすっかりへたり込み、床の上に座って足を投げ出していた。
「はー、疲れた。魔力制御って大変なのね」
『普通はそんなに貯め込まないからなー』
ロウが頭の上でくるくると回る。訓練に付き合ってくれていたレイもまだまだ元気なようだ。
精霊に体力の概念はあるのだろうか。レイは人見知りだけど結構スパルタだった。
『ハルカ、魔力回路が貧弱なのに、体の中に魔力を貯めすぎ。もう少し出したほうがいいかも』
「そうは言っても、使い道がないからなぁ」
暗闇を照らす光の魔法や、飲料水を出す水魔法といった日常的な魔法が使えるようになれば生活の質が上がりそうだが、女神様の加護のついたタワーマンションでは役に立ちそうにない。
全部そろってしまっている。魔法が使える必要があるんだろうかとちょっと悩んでしまいそうだ。
……3日置きにエレベータのキーをレンタルしに階段を往復するのも面倒くさいしなぁ。
弱気な心を振り払うように、座ったまま大きく背伸びをして、ごろんと床にあおむけに寝転がる。
『おいおい、レディがはしたないぜ』
「だって疲れたんだもーん。お腹もすいたし」
あいにくと、今日のやる気はもうゼロだ。営業終了である。
『せっかく減らしたのに、食べたらまた増えちゃうよ?』
「体重が?」
『ううん。魔力量』
「そうなの?」
レイ曰く、食べ物にも魔力が含まれており、自然や食べ物から吸収した魔力はしばらく体内に留まるらしい。使い過ぎれば枯渇するが、物を食べれば回復もするとのこと。
「生まれつき魔力を持っていない人はどうなるの?」
『器が貧弱なら、精霊契約しなくても漏れ出るから、そのうち空に還元される』
「ふーん」
穴の開いた風船のような感じだろうか。
地球ではそもそも魔力が使用されないので、土に還るとき、すなわち死んだときに自然へと還元されるそうだ。
私の体は穴の開かなかった大きい鍋らしく、大量の魔力が貯めこまれていた。
そのくせ制御回路が錆び付いているから、思うようにコントロールができないらしい。
イメージとしては、蛇口から勢いよく水を出したときに暴れるホースのような状態のようだ。
「魔力制御、慣れるまでもう少しかかりそうだなぁ」
『んと、一回全部使い切って、出てくる量を減らしたほうがいいのかも』
『ハルカはどれくらいあるんだ?魔力量』
「うーん、ちょっとわかんない。というか、魔力の量って測れるの?」
『ステータス魔法か、ステータスが表示される板の魔道具を使うかな……』
板状の魔道具……。どこかで見たような気がするなぁ。
『魔道具なら部屋にあるぜ。壁際に置いてあった』
「壁際……。ああ! テレビ型掲示板か! すっかり忘れてた」
そういえば1回も観たことがなかった。
この世界に飛ばされてから、習慣でスマホの画面を見ることはあっても、テレビは一切見ていなかった。おかげでスマホは既に電池切れだ。
「インフォメーションボードには、確かスキルとかも載っているんだっけ?」
『スキルを持っていれば、だけどな。使い方やレベルも確認できるぜ』
「どういう仕組みなんだろう」
『あれは、映された人の本質を描く水鏡結晶を、薄く延ばして固定化した魔道具』
「へー、よくわからないけどなんか凄そうだね」
掲示板というよりも、鏡のほうが近いのだろうか。現代社会だとスマートミラー?
そんな名前の鏡を大手家電メーカーが開発していた記憶がある。
あっちの世界で表示されるのは天気とか広告なのだろうけど、もしかしたら雰囲気は近いかもしれない。
「人の本質かー。なんか、性格悪いのとかも出ちゃいそうだね」
『そうか? ややこしいこと考えなけりゃ大したことねぇだろ』
魔力を持っている人は幼い頃から日常的に魔力制御を行うらしいし、3歳から精霊契約するような世界だ。18歳まで魔力を全く手つかずの状態で暮らしていることはほとんどないのだろう。
自分を正直に見つめながら生活するのは、なんだか少し息苦しそうだ。
「自分を見つめて、うまく魔力を制御して、魔法を使って、豊かな暮らし……かぁ。この世界の魔力持ちは大変だね」
『他人事みたいに言ってるけど、ハルカもできるようにならないとだめだからな?』
「うへぇ」
『ま、なんとかなるだろ』
ロウの楽観的な様子を見ていて気付かされたが、自分がうまくできないから少しネガティブになってしまっていたようだ。うじうじしていても仕方がない。
「……時間も時間だし、とりあえず今日はここまでにしようか」
『わかった』
「ありがとう、明日もよろしくね」
トレーニングルームに鍵をかけ、コンシェルジュカウンターに返却する。
カウンターにユーイが不在だったので貸し出しのボードに返却の名前を書き、鍵が入っていた引き出しに鍵を入れる。
辺りを見回すと、すっかり陽が落ちてマンション内も薄暗くなっていたので、早々に部屋に戻ることにした。
簡易キーでエレベータを使い、20階の自室に戻る。冷蔵庫の担当が代わったことを思い出し、挨拶をしようと思って冷蔵庫を開けた。
レイの時は少し乾燥した冷気が吹いていたが、しっとりとした冷気が吹いてきた。奥の方で水色の光が光っていた。
「こんにちは、貴方がレイの代わりの精霊さんね」
チカチカと光る。合っているらしい。
「レイ、同期なんだよね? 紹介してもらってもいい?」
『うん。この子は水の精霊だけど、どちらかというと冷凍が得意。ダフネ様はアイスのアイちゃんって呼んでいたと思う』
「アイちゃんね、了解」
ダフネ様のネーミングセンス、結構安直である。
「突然交代させてしまってごめんね。私はハルカ。これからよろしくね」
アイちゃんがチカチカと光る。冷蔵庫の温度も涼しいようだし、いつも通りパンと塩とブロッコリーが補充されていることを確認した。引継ぎは大丈夫そうだ。
お腹もすいたので夕飯を作ることにした。




