31 風魔法トレーニング
いつも自室を管理してくれている精霊たちのために、持っていた残りのクッキーをばらまく。
テーブルの上に置いて呼びかけると、いたる所から小さな光が群がってきて、我先にとクッキーを食べ始める。たんとお食べ。
「さて、ユーイさんにもおすそ分けに行かないとな」
おすそ分けついでに冷蔵庫の代理精霊を紹介してもらいたいし、トレーニングルームの鍵を借りたい。
エレベータを自力で動かすためにも、できるだけ早く魔法は習得しておきたい。
精霊がクッキーを食べ終わるのを見届けると、部屋を出て、エレベータで2階に移動した。
「精霊契約、もうない?」
「はい、ありがとうございましたメティス様」
「ならいい。図書室、戻る。また夜に」
「はい」
メティス様を図書室まで見送る。昨日同様、夜に読書会の約束をして別れ、コンシェルジュカウンターへ向かった。
「こんにちは、ユーイさん」
「こんにちはハルカさん。おや、いい香りがしますね。クッキーですか?」
「はい。これ、ユーイさんの分です。おすそ分けです」
「わざわざすみません。ありがとうございます」
やはり精霊だけあって、甘いものは好きなようだ。ユーイが嬉しそうににこりと微笑む。
「すみません、実はユーイさんにちょっと相談がありまして」
「なんでしょうか?」
「風の精霊と契約をしたんですが、冷蔵庫の精霊と契約しちゃったんですよ。それで、代わりの精霊さんを紹介してほしくて」
「ああ、そうでしたか。それでは引継ぎが必要ですね。契約した精霊は今いらっしゃいますか?」
「ええ、ここに」
上着のポケットに隠れていたレイに出てくるように促す。もぞもぞと出てきて、ユーイと顔を合わせるとびくっとする。人見知りでもあるようだ。レイが私の顔を見て尋ねた。
『……なぁに、ハルカ』
「レイ、冷蔵庫のお仕事の引き継ぎについて、ユーイさんと相談してもらっていいかな」
『……うん』
レイが手元から離れてユーイと何やら会話をしている。距離が離れると声はほとんど聞こえないため、チカチカと光っている。しばらくすると戻ってきた。
『終わったわ』
「ハルカさん。冷蔵庫の精霊の代理ですが、移動の準備で現在手が空いている風の精霊が居ないため、水の精霊にお願いすることになりました。そちらの256番目のエーテル属の方とほぼ同期の精霊なので、おそらく優秀なはずです」
「わかりました、あとで挨拶しておきますね。ありがとうございます」
「ええ、よろしくお願いします」
ぺこりとお辞儀をすると、頭の上のロウが落ちそうになったので手を添える。レイがもぞもぞとポケットに戻った。
「ええと、風の精霊と契約できたので、トレーニングルームの鍵を借りたいんですが」
「わかりました、こちらになります」
ユーイからトレーニングルームの鍵を渡される。
「こちらの台帳に鍵を借りた日時をご記帳ください。ご返却はいつでもよろしいですが、またこちらに記帳をお願いします」
「はい、わかりました」
名前と鍵を借りた時間を記入する。これでよし、と。
トレーニングルームに向かい、鍵を使ってドアを開けて中に入る。
とりあえず壁打ちかな? と、マジックボードの前に立った。
『ここがトレーニングルームかー』
ロウが頭の上から離れ、トレーニングルームの中をぐるぐると飛び回っている。
「ロウ、遊んでてもいいけど、危ないから機材にいたずらはしないでね。レイ、この部屋には誰もいないから出ておいて」
『ん、わかった』
レイがポケットからもぞもぞと出てくる。ぐるりと私の周りを一周した。
「風魔法、よろしくね」
『……教えるの、あんまり得意じゃないけど、わかったわ』
「まずは何をしたらいいのかな?」
『まずは魔力制御。ハルカ、魔力わかる? 事象が発生する前の、大気の流れ』
「大気の流れ……?」
『足元から、こう、ぐるぐるって……流れ。わかる?』
「んん?」
レイがくるくると足に巻き付くように地面から上へと回転しながら上昇する。
「うーん、隙間風かな……? 少しヒヤっとはするけど……」
『ハルカ、あまり才能ない……』
「ええ…………」
『流れ、感じて。魔力溜まる場所、ある』
「んん……難しいな……」
肌の感覚で分かれと言われても、これがなかなか難しい。
レイ曰く、地面から巻き上がる風が、体の上で複雑に絡み合っていて、体のどこかで滞留しているらしい。その魔力だまりを見つけて、うまいこと大きくしたり形作ると風魔法となる、らしい。
暇そうなロウが横からアドバイスをくれた。
『風は魔力の流れが見えにくいからなー。俺の火と組み合わせたらどうだ? それなら見えるからコイツにも分かるだろ』
『……そうかも』
「おーい、納得していないで教えておくれ」
『えと、ロウの火、借りる』
『おう』
ヒュボっと音がしたと思ったら、風に火が引火して足元から細い炎が上へと体を這った。思わずのけぞる。
「あっっっっつ…………くないね」
『それくらいの火なら大丈夫だろ』
「そうだね、びっくりしたぁ」
驚くべきことに、全身を火が這っているのに、全く熱くない。不思議なことに身に着けている衣類も燃えない。これが精霊契約の効果なのだろう。
『よく見て、風の流れ』
「あ、流れが見える。ええと、腰のあたりで滞留しているのかな」
『うん。それが魔力だまり』
腰の上で火が風にあおられてぐるぐると渦を巻いている。ここが魔力だまりのようだ。
「で、これをどうするの?」
『手の平まで動かしてみて?』
「動かすっていっても……どないせいっちゅーんじゃ……」
『流れを感じて、流れの先を自分の意思で、動け動けって念じて』
……うーん、こうだろうか。動け動け―。お、なんだか反応が……。
腰の上の火が揺らいだかと思ったら、ボシュッと音を立てて魔力だまりが消えた。
……先は長そうだ。




