30 風の精霊
「精霊、たくさんいますね……」
エントランスの大樹にはたくさんの精霊が住んでいる。風の精霊は緑色の光をまとっているが、それ以外の精霊も数多くいて、まさしくクリスマスツリーのようなイルミネーションになっている。
火の精霊・ロウと契約したときは、精霊のほうから話を持ち掛けられたのであっさりと済んだが、さて、どうやって声をかけたものか。いっそ、クッキーで釣ってみるべきか。
精霊は基本的にお菓子が好きなようで、おそらくクッキーをちらつかせれば寄ってくるだろう。
しかし、あまり数を用意していない。クリスマスツリーに一斉に襲撃されたら、クッキーは一瞬で消滅してしまうだろう。契約どころではない。
オーリヤの実の混ぜ込んであるクッキーを風の精霊にピンポイントで餌付けしつつ、契約してくれそうな子を探すのは骨が折れそうだ。
「どうしよう……。みんなにあげたらなくなっちゃうし、知り合いの子がいるわけでも…………あ」
精霊は別に大樹だけにいるわけではない。部屋にもいる。しかも、優秀な子がいることに気づいた。
「そうだ、冷蔵庫担当。あの子、たぶん風の精霊だ」
せっかくなら優秀な精霊をスカウトしよう。
「メティス様。契約する子、私の部屋の冷蔵庫担当の子にしようかと思います」
「ふむ。悪くない選択」
『家具担当は真面目で優秀なやつが選ばれるからな。いいんじゃねーの』
そうと決まれば目的地を自分の部屋に変更し、簡易キーを使ってエレベータで20階へ向かう。
チン、と音を鳴らしてエレベータが20階に到着し、ドアが開く。部屋の前に移動して鍵を開け、二人を招き入れる。
「どうぞ」
「おじゃまします」
『ここがハルカの部屋かー』
相変わらずいつの間にかルームクリーニングが行われており、部屋の中はきれいな状態だ。
突然お客さんが来たからか、部屋の中の精霊たちが心なしかいつもより少しざわめいている。事前連絡が一切なかったのでなんとなく申し訳ない気持ちになる。
「あ、お茶とかいります? といっても、水しか出せませんけど」
「大丈夫。不要」
『俺も消えちゃうからパスで』
「そうですか」
エコな人達で助かるなぁ。
家具担当は自分の持ち場を気に入っていることが多くて説得が難しいらしいので、少し作戦会議をする。冷蔵庫担当の風の精霊は、いつも冷蔵庫の奥の方にいる。
方針が決まったところで冷蔵庫の前に行き、ぱかっと扉を開く。
冷蔵庫の中に入れていた朝肉、いつものパンと塩とブロッコリーをアイテムボックスに回収して見通しをよくする。冷蔵庫の中の精霊が、冷蔵庫をのぞき込んだ顔触れを確認したらしく、若干光が揺らいだ。動揺しているようだ。
そりゃびっくりするよねぇ。女神様もいるし。
「こんにちは、風の精霊さん。驚かせてごめんね」
チカチカ光る。うん、コミュニケーションは取れそうだ。まずは餌付けだ。
「いっつも無茶ぶりして申し訳ないなーと思って、今日はお礼を持ってきました。じゃーん。どうぞー」
オーリヤが入ったオレンジ風味のクッキーをお皿に乗せ、冷蔵庫の中のやや手前に入れる。
ソワソワしているような光り方だ。恥ずかしがり屋なのか、なかなか奥から出てこない。
「うーん、出てきてくれない……」
『一回閉めたほうがいいんじゃね?』
「そうかも。一旦閉めるね」
火の精霊とアイコンタクトをとる。そっと冷蔵庫のドアを閉める……ふりをする。
すぐに開くと、ちょうどお皿の上でお菓子を食みながらほわほわと和んでいた風の精霊と視線が合った、ように感じだ。
「ロウ、お願い」
『よしきた』
すかさずロウを冷蔵庫の奥に回らせる。激しく動揺したのか、冷蔵庫にぬるい風が吹く。
先に中身を回収しておいて正解だった。お肉を入れたままにしていたら傷んでしまっていた。
「えーと、ごめんね。今回も無茶ぶりしにきました」
抗議のためか冷蔵庫から若干強めの温風が顔に当たる。
「貴方をスカウトしようかと思って。私と精霊契約しない?」
ぬるめのドライヤーのような風がぴたりと止まった。
しばらくすると、おずおずと冷蔵庫から出てきた。
思った通り、他の風の精霊よりも若干大きいサイズの光だ。
この子一体で冷蔵庫の中を全て照らしていただけのことはある。
「エレベータを動かすために風魔法が使えるようになりたいんだけど、お手伝いしてもらえないかな?」
ふわりとメティス様のそばに寄ると、なにやらチカチカと光っている。
「対価は何かって」
「果物のクッキー、おなかいっぱい食べさせてあげる」
だいぶ悩んでいるようだ。ふらふらしている。
「毎週作ってあげる」
お、揺れてる揺れてる。もう一押しかな。
「異世界のお菓子も食べられるよ」
光が強くなった。テンションがかなり上がったらしい。
『俺も異世界の菓子食いたい』
「ちゃんとロウにも作ってあげるから心配しないで」
少し悩んで、了承したらしい。メティス様が頷いた。
食べたことがないお菓子は、やっぱりテンション上がるよねぇ。
「条件、双方受領した。立ち会いする」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
髪の毛を抜いてメティス様に渡し、風の精霊も魔力を渡す。メティス様が本を取り出して開き、宣誓する。
「我は知の女神メティス。風の女神ダフネに仕えるエーテル属第256番目の精霊と、異界の人の子にして風の女神ダフネの信徒ミソノ・ハルカの精霊契約の立ち合いを行う」
『は!? 3桁!!?』
ロウが驚いている。足元に契約の魔法陣が展開される。
よくわからないが、数字が少ないとすごいのだろうか。あとで聞いてみよう。
「双方の望みを言の葉に乗せよ」
メティス様が促す。
「私が風魔法を使えるようにしてください」
『…………お菓子と果物。いっぱいちょうだい』
小さな女の子の声だった。精霊の光から小さな声が振動で伝わってきた。
「違反した時はいかに?」
「お菓子なしで。働かざる者食うべからずってことで」
『お菓子なしは、悲しい。頑張る』
「あなたは?」
『お菓子くれないなら、そこに帰る。そこ、ひゃっこくて気持ちい』
「わかった」
交渉成立のようだ。ロウと違って、少し引っ込み思案な子のようだ。
「根幹が定まった。契約の拡張、破棄、継続は双方に委任する」
「はい」
『わかりました』
「では、依り代と印を与える」
メティス様がロウの時と同じように、ポケットから組み紐を取り出す。ロウの紐は赤い色だが、今回は黄緑色だ。
組み紐が風の精霊にぐるりと巻きついたので、ロウと同じように巻かれた紐をリボン結びにする。
風の精霊がくるりと回って確認する。
『かわいい……。ありがとう』
ちょっと嬉しそうだ。風の精霊の魔力を受領する。
「ハルカ、どこに印付ける?」
「えーと、ロウは左腕だったから、この子は右腕で」
「了解した」
メティス様が右腕に印を付ける。よし、これで風の精霊とも契約ができた。
「ありがとうございます。よろしくね」
『よろしく、ハルカ』
風の精霊がくるくると回る。
『よろしくな。俺はロウだ』
『よ、よろしく……』
「あ、そうだ。貴方は名前はあるの?」
『ないけど、ダフネ様からはレイって呼ばれる。たぶん冷蔵庫にずっといるから』
「じゃあ、私もレイって呼ぶね」
『わかった』
風の精霊・レイとの契約が一段落したところで、メティス様が言った。
「冷蔵庫、代わりの精霊はどうするの?」
「あ…………」
冷蔵庫の精霊を引き抜いたのはいいが、代理をどうするか考えていなかった。
あとでユーイに相談しよう。




