29 精霊契約
一通りクッキーを焼き終え、できたプレーンクッキーとオーリヤの実を混ぜたオーリヤクッキーを器に入れる。
パーティールームの中が甘い匂いに包まれているせいか、小さな精霊達がずっとソワソワしている。
手伝って貰ったのでプレーンクッキーを火の精霊さんにおすそ分けする。
「はい、どうぞ。手伝ってくれてありがとう」
どうやって食べるんだろうかとじっと見つめていると、クッキーの端が溶けるように消えていく。
お気に召したようで楽しそうにくるくると回っている。よかった。
火の精霊達の中で、一番元気に動いていた子がメティス様のそばで何やら話をしている。
「ハルカ。この子、契約したがってる」
「え?」
精霊側から契約の申し出があったらしい。そんなこともあるんだ。
「対価、週1の焼き菓子だって。契約する?」
「そんな軽いノリでいいのか……私はいいけど……」
火の精霊が私の頭の上でくるくると回る。いいらしい。
「なら立ち合いする」
「じゃあ、よろしくお願いします」
精霊契約の仕方はキッズルームの絵本を読んだので流れだけは分かる。
まず精霊と契約について合意をとる。力と対価の確認をし、双方の合意が必要となる。
基本的に、契約の際は上位精霊以上の存在か、その委任者の立ち合いが必要になる。
ただし神様との契約は立ち合い不要。
そして双方の肉体か魔力の一部を交換し合うことで契約が成り立つ。絵本の男の子は自分の髪の毛を対価にしていた。
片方が死ぬか、力と対価の契約条件に違反するか、交換した肉体か魔力が返還されると契約は解除される。
「ええと、渡せるもの。私は、とりあえず髪の毛かな」
自分に魔力があるのか、いまいちわからないので、無難に髪の毛にしておく。
枝毛になっているところを2本ほどプチっと引き抜いてメティス様に渡す。
「この子は火の魔力。確かに受け取った」
火の精霊の光が一回り小さくなり、光がメティス様に委ねられる。
メティス様が本を一冊取り出して開き、宣誓する。
「我は知の女神メティス。火の神メテオラに仕えるエーテル属第101024番目の精霊と、異界の人の子にして風の女神ダフネの信徒ミソノ・ハルカの精霊契約の立ち合いを行う」
メティス様、私、精霊を囲むように魔法陣が足元に展開される。どうやら契約陣らしい。
「双方の望みを言の葉に乗せよ」
メティス様が促す。といっても、私の望みってあんまりないんだよね。料理するときの火力調整くらいかなぁ。
「ええと、火を使うときに手伝ってください」
『週1でいいから焼いた菓子くれ』
「喋った!?」
驚いて目を見開く。精霊の光から少年のような声が振動で伝わってきた感じだ。
「契約陣は意思をくみ取り、全ての言の葉を超越する。契約成り立てば、陣がなくても意思疎通可能になる」
「はー、なるほど。びっくりしたぁ」
そういう魔法らしい。
「違反した時はどうする?」
『材料の都合とかもあっからな。次の週に3倍くれれば文句は言わねぇ。あとは要相談ってやつだ』
「オッケー、あげられない時はごめんね。手伝ってくれなかったときは……、えーと、その週はお菓子なしで。働かざる者食うべからずってことで」
『わかった』
できるだけ作るように努力しよう。
「うむ、根幹はそれでよい。契約の拡張、破棄、継続は双方に委任する。根幹を変える時はまた立ち合いが必要になる」
「はい」
『承りました』
「では、依り代と印を与える」
メティス様がポケットから組み紐を取り出す。組み紐がふわりと浮き、預けた髪の毛が紐に組み込まれ、火の精霊にぐるりと巻きつく。たぶんお腹のあたりだろうか。
見た目がなんだかアレだ。蜂の巣を見つけるために、蜂に紐つけるやつ。アレに似ている。
「……ごめんね、ちょっとこっちに来てもらってもいいかな」
『?』
巻かれた紐をリボン結びにする。これでよし、と。
「流石にプラプラさせておくのも、見た目がよくないから……」
『ん、悪くない』
火の精霊がくるりと回って確認する。大丈夫そうだ。メティス様が呼ぶ。
「ハルカ、次はあなたの番」
「はい」
火の精霊の魔力の受領だ。どうするんだろう……。
「魔力で印つける。つける場所、希望、ある?」
「一般的にはどこにつけるんです?」
「手とか顔とか。目立つところだと、威力が強い」
「うーん……、目立たないところにお願いします。服で隠れる場所かなぁ」
調理に必要な火力、たぶんそんなに要らないよね。あんまり強すぎると焦げちゃうし。
かといって、何かあったときに確認できない位置にあるのもなんだか不安だし……。
「料理するとき腕まくりするし、左腕かな。ここにお願いします」
「あいわかった」
左の手のひらを上にして、手首とひじのちょうど真ん中くらいの場所をお願いした。
メティス様が私の左腕に指で文字を書くと、一瞬ボッと燃えて、炎のような象形文字が小さな痣のように腕に浮かんだ。痛みはない。
「これでいい。双方に幸があらんことを」
メティス様が開いていた本をぱたりと閉じると、足元の魔法陣がすっと消えた。
『よろしくな、ハルカ』
「こちらこそ、よろしくお願いします」
初めての精霊契約ができた。次は風の精霊との契約だ。
パーティールームで火の精霊との契約を終えた私は、クッキーを携えてエントランスの大樹へと足を運んだ。
「風の精霊、いるかな?」
『いるんじゃね?』
「たぶんいる」
契約したばかりの火の精霊が私の頭の上に乗っていて、メティス様も立ち合いのために同行してくれている。
「そういえば、貴方の名前はなんて言うの?」
『名前? そんなものないけど』
「え、それじゃどうやってお互いを呼んだり見分けているの?」
『うーん、俺らはお互いの位置がわかるから、近くで呼べば誰に呼ばれたか分かるしなぁ』
「そうなんだ」
私からするとちょっと不便だ。紐リボンを付けた火の精霊を見分けることはできるが、近くにたくさん火の精霊が居た場合、とっさに何と声をかけていいかわからなくなってしまう。
「メティス様、精霊さんに名前を付けることは可能でしょうか?」
「好きに呼べばいい。制約はない」
「そうなんですね。精霊さん、何か希望はある?」
『かっこいいやつ!』
「かっこいいやつかー」
たぶん男の子だよなぁ、と思いながら、元気の良さと動き回る様子から、田舎の祖母の家で飼っている柴犬が思い浮かんだ。明るいブラウンの毛で、いつも元気に走り回っていた。コタロウ。
「コタロウはどう?」
『なんだそれ。変な名前ー』
「うーん、だめかー」
笑われてしまった。和名は馴染みがないのかなぁ。
あれこれ考えているとメティス様が案をくれた。
「ロウはどう?」
『ロウならいいな!なんだか達人っぽいぞ!!』
「そ、そう。じゃあロウで」
『おう!』
どういう基準なのかわからないが、コタロウはだめでロウならいいらしい。
無事に名前が決まったところで大樹の前に着いた。




