28 お菓子作り
ユーイと共用部見学をした翌日、私は自販機の前に立っていた。
「おお、中身増えてる!」
お菓子作りをするにあたり、自販機の中の商品を増やして欲しいとお願いしておいたのだ。小麦粉、砂糖、干した果物が増えている。
精霊と本の女神と人間1人しか住んでいないマンションだからか、要求はあっさり承諾された。
「これでクッキーが作れるかな」
銅貨3枚入れて小麦粉と砂糖を購入。バターは冷蔵庫への注文で昨夜確保済みだ。
昨晩、夜遅くまで何度も指定し直して『牛などの動物の乳(脂肪を多く含んでいるやつ)をずっと振り続けて脂肪を分離して固めた食品』でようやく出てきた。非常に厳密に指定する必要があって無駄に時間がかかった。冷蔵庫のくせに食品の注文だけやたらと難易度が高い。
ちなみにユーイ曰く、冷蔵庫の注文に対する支払いは今のところ全部ツケになっていて、月末払いになるらしい。管理費も同様。パトリックから私への慰謝料が充てられるとのことだ。
家賃は0でも管理費は払わないといけないし、日々の食費や生活費をどうにかしないといけない。慰謝料もそのうち底が尽きるので、早めに安定した収入が欲しい。というか手持ちが残り銅貨2枚しかない。
金策について考えながら、小麦粉、砂糖、オーリヤの実、バターを持ってオーブンがあるパーティールームに向かう。
どこからか聞きつけたのか、パーティルームのキッチンにはエプロンをしたメティス様がいた。
「ハルカ、私もお菓子作りする」
今日のメティス様はフリルのついた可愛い白いエプロンを着ている。ウェーブがかった長い髪を後ろでまとめ、いつものレースのヴェールではなく三角巾をしている。普段のゴシックキュートな雰囲気も可愛いが、エプロンだとふわふわした雰囲気があってこちらも本当に可愛い。メティス様マジ女神様。
「いいですよ、一緒にやりましょう。そんなに難しくないですから」
「何作る?」
「今日作るのは321クッキーです」
321クッキーとは、その名の通り、材料を3:2:1の割合で混ぜて作るお手軽クッキーだ。1人分で小麦粉30g、バター20g、砂糖10gを基準にする。人数で掛け算するだけなので軽量も簡単だ。本当は卵も入れたほうがサクサクになるのだが今回は使わない。包丁も使わないので幼女でも簡単に作れる。
最初のお菓子作りなので、失敗することも考えてかなり多めに生地を作る。
「まず袋を準備します」
「します」
メティス様が私の真似をして繰り返す。可愛い。
「最初にバターを入れます」
「入れます」
「揉みます」
「ます」
袋にバターを入れてよく揉み溶かす。もみもみ。
「バターがべちょべちょになったら、次に砂糖を入れます」
「入れます」
「揉みます」
「ます」
袋に砂糖を入れてバターと馴染むまでよく揉み混ぜる。もみもみ。
「最後に小麦粉を入れます」
「入れます」
「ふったり揉んだりして混ぜます」
「ふりふり」
袋に小麦粉を入れてよく振る。ふりふり。
袋の中の生地がポロポロになるまでふったり揉んだりを続ける。粉を入れた後にあまり揉みすぎるとグルテンができてしまって、食べた時に硬いクッキーになってしまうので気をつける。
「あ」
メティス様が袋から粉を盛大にこぼした。様子を見守っていた小さな火の精霊たちが片付けを手伝ってくれた。
慣れない作業を頑張っている姿がとても可愛い。マジ天使。おっとちがった。マジ女神。
「粉、ポロポロになった」
「ではそれを太い円筒形の棒にして、1つの塊にします」
「します」
袋の外から1つにまとめ、台の上でコロコロ転がす。
「で、袋ごと冷蔵庫に1時間入れて冷やします」
「ます」
パーティールームの冷蔵庫に二つの袋を入れる。
「メティス様はしばらく休憩です」
「りょ。本読む」
パーティールームの椅子に座って、エプロンのポケットに入っていた本を読み始めた。
私はオーリヤの皮と身を刻み、もう一袋作る。こちらは風の精霊との契約用だ。小麦粉を入れるタイミングで一緒に混ぜる。
「よし、こんなものかな? あとはオーブンの予熱……」
生地を冷やしている間にオーブンの予熱をしようと思い、確認したら、オーブンというよりも薪ストーブ式のグリルだった。
キッチンの横に薪が積んであったので、適当に薪を並べ入れ、キッチンペーパーをくしゃくしゃに丸めたものを一緒に投げ入れる。
「うーん、これは焼き加減が難しいかもしれない……というか、どうやって火をつけよう……」
ため息をつくと、先ほど片づけを手伝ってくれた火の精霊が視界に入る。
手伝って貰えないか、試しに声をかけてみる。
「ええと、薪に火をつけたいんだけど、手伝って貰えないかな? できたやつ、ちょっとあげるから」
火の精霊がくるくると回る。たぶんOKがもらえたようで、ほどなくして薪に火が灯った。若干強火だ。
「もう少し弱火でお願い。……そうそう、そのくらい。ありがとう」
どことなく得意げのような雰囲気を感じる。火力の調節はばっちりのようだ。
ほどほどの時間を待ち、冷蔵庫から冷やした生地を取り出してメティス様を呼ぶ。本を閉じてこちらにとことこ来る。
「じゃあ、続きをやりましょうか。この生地を、小さくちぎって丸めます」
「りょ」
ぶち、ころころ。ぶち、ころころ。おいしくなぁれ。
「全部の生地が丸まったら、こう、台の上に手のひらでぎゅっと押し付けて、生地を平たくしてください」
「こう?」
「はい。上手です。できたものから網の上にのせますね」
丸いクッキーの生地がたくさんできる。あとは焼くだけだ。
「たぶん片面で2~3分かな。初めて使うオーブンだから、失敗したらごめんね」
「楽しみ」
網をオーブンの中に入れ、焼き色を見ながら焼いていく。
片面が焼けたら一旦取り出してひっくり返し、もう片面を焼く。焦げないかハラハラする。
「いい匂いですね」
「うん」
甘い香りがキッチンに漂う。火の精霊がソワソワしているようだ。
「そろそろいいかな」
網を取り出す。焼き色はばっちりだ。
「はい、できましたー」
「お~」
メティス様がぱちぱちと手をたたく。どうやら上手にできたようだ。
「どうぞ。まだ熱いので気を付けてくださいね」
「うん」
「って、メティス様、食べられます?」
そういえばこの女神様は人の食べ物を食べないんだった。すっかり忘れていた。
「大丈夫。おいしい祈り、届いてる」
焼きたてホカホカのクッキーをもぐもぐと頬張り、嬉しそうに微笑んだ。
私もほっこりした気持ちになった。




