27 共用部見学ツアー・続
トレーニングルームはキッズルームの隣にあった。
こちらの部屋は普段から施錠されているようで、ユーイが鍵を開ける。
「ここがトレーニングルームになります。靴のままで大丈夫ですよ」
床がコンクリートのようなエリアと、木製フローリングのエリアに分かれている。
出入口のすぐそばに給水機と紙コップがあった。汗をかいてもすぐに水が飲めるように配慮された設計らしい。
「設備としては、ランニングマシン、健康のためのヨガマット、ぶら下がり健康器具、壁打ちマジックボードなどがあります。こちらは小規模魔法までの使用でお願いします」
「小規模魔法……ですか? あまり規模感の違いがわからないんですが……」
魔法にも規模があるらしい。攻撃範囲とかかな?
「そうですね……。例えばエレベータを動かす際のウィンドウォールなどは小規模魔法に該当します。人物の半径3メートル以内に影響を及ぼすような魔法が小規模魔法ですね。ちょうどここの足元の印からあのマジックボードの標的までが3メートルくらいですよ」
足元を見ると、白いテープでバツ印の目張りがしてある。標的は壁の1メートルほど手前に設置してあった。
「試し打ちしてみましょうか」
「えっ! 私、魔法使えないですよ!?」
「ふふ、ご安心を。魔道具のレンタルもできますから。こちらを使ってみてください」
スチールのような銀色の光沢があるカードが渡される。魔法陣のような模様が回路のように刻まれていて、角に赤い魔石がはめ込まれている。おそらくこの石がエネルギー源なのだろう。
銀行のキャッシュカードのように魔法の放出方向に対して矢印記号が書いてある。
「カードの矢印を標的に向けて、赤い魔石の部分を少し強めに押してみてください」
なるほど。
「えっと、こうかな……?」
ゴォォォッと音を出して赤い炎が勢いよく噴射された。
「あっっっっつうぅぅぅ!!!!」
近い!!! 指先と炎の距離が近い!!!!! 設計した人馬鹿じゃないの!!!!!!???
「おや、少々熱かったでしょうか」
「火炎放射器ですか!! これちゃんと安全性テストしたの!!???」
「ご覧ください、標的のマジックボードはしっかりと魔力を吸収しましたでしょう?」
「そうじゃない!! そっちじゃない!!!」
何でちょっと得意げになってるんだ、このおっさん!
入り口の給水機の水を出し、指先を冷やす。火傷をしないで済んだようだ。
「ハァ……ハァ……これで、小規模なの」
「そうですね。中規模魔法だと半径10メートル程度まででしょうか。攻撃力と影響力がグンと上がりますので、このマジックボードでは少々耐久性が不足しますね。ほら、ジャンクションさんがエントランスのドアを破壊なさった魔法があるでしょう? あれは少し威力が強めの中規模魔法に相当します」
マジックボードの心配よりも、術者の心配をした方がいいのではないだろうか。
「……とりあえずこれ、お返しします」
「おや、もうよろしいのですか?」
火炎放射カードを押し付けるように返却する。こんな危ない物、そうそう使っていられないし、使いたくもない。
「他にもありますよ。こちらは火が出ませんので、もう少し安全ですね」
「……」
若干嘘くさいなと思いながら、銀色のカードを受け取る。こちらは青い石がはめ込まれている。
「使い方は先ほどと同じです」
「……えい」
カードの先から氷のつららがミサイルのように連射され、マジックボードに到達すると同時にパリン!と粉々に霧散した。
「冷めたっっっっ!!! ってか痛った!!! 指くっついちゃったじゃん!!!」
先ほど手を冷やしたせいで指先とカードがしっかり凍ってしまった。薄皮がくっついたせいで剥がそうとすると痛みが走る。
慌てて給水機からお湯を出して指先をつけ、温めながらゆっくりとはがす。銀色のカードの熱伝導率が半端じゃない。
「物理攻撃に対しても、標的のマジックボードはしっかりと魔力を吸収しましたでしょう?」
「……信用した私がバカでした。使った人がダメージ受けるなら、使えないじゃないですか」
「?」
ユーイが不思議そうな顔をしてしばらく考えると、ああ、なるほど、と手を合わせた。
「わかりました。ハルカさん、精霊契約されていないからですね。これは大変失礼いたしました」
「…………精霊契約していれば、ダメージはないんですか?」
「はい。契約した精霊の加護が働いて、この程度の熱や氷の影響はほとんど受けなくなりますよ」
精霊の加護が足りなかったらしい。なんてこった……。
「……確か、ハルカさんには風の加護、水の加護、闇の加護がありますね。でしたら、こちらの魔道具なら使えるのではないでしょうか」
そう言うと、ユーイはケースから黒いカードを取り出した。
「こちらの闇のカードをどうぞ」
「闇のカード」
不穏な名前のカードを渡され、おそるおそる受け取る。
黒いカードには白い線で魔法陣が描かれており、紫の石がはめ込まれている。
「……えい」
先ほど同様、石を押す。黒煙がもくもく出た。秋刀魚を焼いて失敗したような雰囲気に似ている。
「…………」
もくもくもく。しばらく待ったが、黒煙がただ出ているだけだ。
「あの……これはどんな意味が……?」
「黒煙が出ます」
「そうですね」
「魔獣によっては死にます。毒性がありますので」
「は?」
なんてものを渡すんだ!
「私、だいぶ吸っちゃいましたよ!!!???」
「大丈夫でしょう? 痺れる感じはありますか」
「………………ないですね」
「ね?」
加護がなければ痺れるらしい。何とも言えない嫌な感じの顔をし、不満をアピールする。
「……次に行きましょうか」
「そうですね」
毒煙を出してしまったので窓を開けて換気したほうがいいのではないかと聞いたところ、空調で常時換気されているため大丈夫とのことだった。
魔道具のカードを全てケースにしまい、外に出てトレーニングルームに施錠をする。
確かに施錠しておいた方がいい施設だ。
「それでは、次は隣のモデルルームでも見ましょうか」
モデルルームは鍵のかかっていない部屋のようだ。こちらもすぐ隣の部屋だった。
ドアを開けてスリッパに履き替え、中に入る。
「こちらがモデルルームとなります。この間取りは3LDKですね。他の上層階の空いている部屋はそれぞれ2LDK、3LDK、4LDK、5LDKで、モデルルームと似たような内装となっております」
「……あれ?結構シンプルなんですね」
棚などの備品がほとんどない。最低限の天井照明と、簡素なベッドがあるくらいだ。
キッチンも、自分の部屋のものより少しグレードが低い素材でできているように見える。冷蔵庫もついていない。
「ハルカさんの部屋はプレミアムタイプの部屋なので、オプション設備がてんこ盛りですね。4LDKの部屋を2LDKに改装してあるので、普通の2LDKよりもかなり広めの部屋になっているかと思いますよ」
「なるほど」
家具家電付きなのはオプション仕様だったらしい。納得した。
一通り部屋の中を見て回る。自分の部屋とはかなり印象が違った。
2階の窓から外が見えないようになっていた。防犯のためだろうか。
特に目新しい物もないので、早々にモデルルームを後にする。
「あとは……ゲストルームは先日見たかと思いますし、宅配ボックスでしょうか」
「あ、宅配ボックスあるんですね」
不在の時に荷物を代わりに受け取ってくれる、忙しい現代人のための便利なアイテムだ。
「宅配ボックスは1階にございますよ。利用の際には事前に受領サインの登録と、ルームサービスを利用している方には室内配置可否を登録して頂いておりますね。せっかくなので登録していかれますか?」
「はい、お願いします」
階段で1階に降りる。宅配ボックスコーナーはエントランスの入り口のすぐ脇にあった。
「では、登録のためにこちらのボックス内の魔道具にサインをお願いします」
ボックスを開けるとつけペンとインク、魔法陣のようなものが薄っすらと描かれた紙が入っていた。
紙の中央に記名するための枠がある。ここに名前を書くらしい。とりあえず日本語で自分の名前を書いてペンを元の場所に戻す。
「書きました」
「はい、ありがとうございます。少々お待ちください」
ユーイが魔力を流す。紙がペンに巻き付き、万年筆のような厚さになって一体化した。
「これで宅配人が来て荷物を置いたときに、受領のサインが自動で行われます。いやぁ、宅配ボックスって便利ですねぇ。知ったときは驚きましたよ」
「普通は、届け先が不在の時はどうしているんですか?」
「うーん、集合住宅というか、貴族の屋敷では、基本的には宅配人を待合所で待たせます。遠方の方の場合は1~2日待たせることもありますが、何日も不在の時は出直してきてもらいます」
宅配人の苦労がうかがえるようだ。




