23 飯を求めて三里
街道に出て、はたと思い出した。
――――最寄りの雑貨屋まで、約10km。
部屋のパンフレットの周辺地図にはそう書かれていた気がする。
私の足で10kmランニングすれば、おそらく1時間くらいだろう。往復で20km。
走って行って、街でうろうろして、買い物して、ご飯食べて、帰ってきたら、どんなに早くても3時間はかかる。
うおお、なんてこった! コンビニをくれ!
部屋に戻っておとなしくパンと塩とブロッコリーを食べるか、往復20km走って街でまともな昼食を得るか。
往来であれやこれやと苦悩していると、後ろからガラガラガラという音が近づいてきた。振り返ると、そこそこ離れた場所から馬車が近づいてきているようだった。
……よし!何とかして乗せて貰おう!!
遠目から、おそらく行商人の馬車だろうとあたりをつける。御者に怪しまれない方法を考え、脳内設定を作り込む。
私はお嬢様、私はお嬢様………。よし。
タワーマンションの見物人になりきり 、頂上を見上げて後ずさりしたようなふりをする。
タイミングを見計らって、ふらふらと馬車の前へ躍り出た。ギリギリの距離で御者が馬を止める。
我ながらナイスタイミングである。
「おっと!……大丈夫かい? お嬢さん」
「ごめんなさい。あまりに塔が高いもので、周りを見ておりませんでした」
「気を付けなよ」
完全に猫を被った状態で、ちらりと馬車を見る。庶民的な格好の小太りの御者が一人。
荷馬車には樽がいくつかと木箱と麻袋が乗っていて、やや大きめの布で一部が目隠しされている。やはり行商人の馬車だ。
「あの、行商人の方とお見受けします。少しお話を聞いて頂けないでしょうか?」
「うん? なんだい?」
即席で作った脳内設定を演じる。
「私は異国から流れついた者なのですが、こちらに珍しい建物があると伺って、こっそりこの塔を見に来たのです。塔を見上げていましたら、中から不思議な緑の光が現れまして、私にこのような物を渡して塔の上へと消えたのです」
アイテムボックスから出したとわからないように、さりげなく英知の結晶を取り出して行商人に見せた。
「その、これは、この国によくある果実なのでしょうか? 私、このように光り輝く果実は初めて見ました」
「こ、これは………」
行商人の目の色が変わる。やはりこの世界でも珍しい物のようだ。
「………お嬢さん、その果物を俺に譲ってはくれんか?」
「えっ、でも………。商人さんは、これがどのような物なのかご存知なのですか?」
「ああ、それは英知の結晶。煮込めばあらゆる怪我や病を治す薬湯になる」
ほう、どうやら鍋で煮るのが正解だったらしい。林檎のコンポートのようなものだろうか? それはそれで美味しそうだ。
「ただ煮るだけじゃだめだ。きちんと然るべき手順で調薬しないと効果が出ない。下手すりゃあ、ただのゴミになっちまう」
「そうなのですね。使い方について、街にいるお父様に伺ってみます。ありがとう存じます」
最悪の場合、床に叩きつけて割ろうかと思っていたが、叩き割らなくて正解だったようだ。
存在しない架空の父親をでっちあげ、ちょっと引いてみる。脳内義父のモデルはもちろんユーイさんだ。
「いや、待ってくれ。そいつは調薬スキルが高くないとそうそう使いこなせない。俺の知り合いなら使いこなせる。金貨2枚でどうだ? 悪い話じゃないだろ?」
自販機の値札を思い出す。適正価格は金貨5枚(精霊調べ)。100円で入手した私が言うのもなんだが、結構ぼったくろうとしているようだ。流石商人。
「……実は私、街からここまで来る途中、左足を痛めてしまったのです。きっとこの果物は、精霊様が私に心遣いをしてくださったのでしょう。精霊様のお心を無下にすることはできませんわ」
「うぬぅ…………」
「……ですが、商人さんのお話を伺いますと、万病に効く薬湯になるとのこと。私の足を治すには身に余るというものです。そこで、半分ならお譲りできるかと思うのですが、いかがでしょう?」
「……いや、そいつはダメだ。一度割ってしまうと劣化が早いし、早々割れるような代物じゃない。調薬した後ならともかく、素材を譲ってもらうなら丸ごとになる」
「そうですの……残念ですね。はぁ、どうやって街まで戻ろうかしら……。精霊様も素材だけ下さるなんて、意地悪だわ……」
困ったわ~、と手を頬に当てる。
「……なんならお嬢さん、馬車に乗っていくかい? ちょいと狭いが、荷台でよけりゃ乗せていってやることもできるぞ」
「まぁ、よろしいんですの? お邪魔になりませんか?」
「ああ。その代わり、もう少し話を聞かせてくれや。色々と、な?」
「ええ、もちろんですわ」
してやったりである。左足を引きずったふりをしつつ、荷台に乗る。
「よろしくお願いしますね」
「おう」
馬車がガラガラと走り始めた。
……うーん、大勝利! これは今年の優秀主演女優賞も取れるんじゃない? 日本アカデミーも目じゃないね!
内心ほくほくである。
商人さんと荷馬車に乗りながら、街までの道のりで色々なことを話した。
お互い、ほとんど情報交換に近い会話だった。突然できた塔の話、精霊の話、これまでの商売の話、街の物価や税金の話、周辺貴族の話など、様々な話をした。その中で、商人さんがお世話になった知人の貴族の奥さんが病気で、できれば英知の結晶を譲ってほしいという経緯も話して貰えた。道理で食いつきがいいわけだ。
これから入るファンファレアの街についても教えてもらうことができた。
「首都だっていうのに、この辺りはほとんど農村地帯と変わらねえよなぁ」
「そうですか? 穏やかでいいところではありませんか」
「最近は密猟者も増えてきてな、昔ほど治安もよくはないなぁ。お嬢さんも気をつけるんだよ?」
「そうなんですか。怖いわぁ、気を付けますね」
20~30分ほど話していたら街の入り口に着いた。どうやら南門らしい。街の入り口は大きな門と城壁のような壁で囲われている。入るためには検閲があるらしく、身分証なんてものは持っていないので、内心ドキドキした。
商人が衛兵と簡単な受け答えをし、すんなり入る。どうやら商人の娘と思われたようだ。
検閲の門を抜け、しばらく進むと広場に出た。
情報と街への入門のお礼に、商人へ英知の結晶を渡す。
「いいのかい?」
「ええ。非常に助かりましたもの。お礼です」
知人の奥さんが病気、という話をどこまで信用していいかは分からない。しかし、自販機で100円、ジャムと2個セットだったので実質さらにその半額であるが、ただ同然で得たような物だったので惜しむ気持ちは一切なかった。せっかく薬になるのなら、私のお腹を満たすためのヘルシークッキングの犠牲になるよりも、誰かの病気を治した方が1000倍マシである。
「ありがとうな、これも何かの縁だ。何かあったら商業ギルドで『グルメのニッカネン』の名前を出してくれ。多少は力になれることもあるだろう」
「ありがとう、また縁があったら私も力になりますので。『タワマンのミソノ』で探してください」
「変わった通り名だな。わかった、それじゃあ気を付けて帰るんだよ」
「はい。お世話になりました」
広場で商人と分かれて、街を散策する。
ファンファレアの街は多種多様な人種が入り乱れている街だった。
おかげで1着しか持っていない服でも、多少変わった服を着ている人間がいるな、という程度の視線で済んだ。
まずは飲食店と服屋探しだ。昼時だからか、広場のあちこちに屋台が出ている。
お腹がすいていたせいで、いい匂いに釣られて屋台の串焼き屋に吸い込まれる。
何の串焼きか分からないが、迷うことなく4本買ってしまった。
がっつり頬張ると、ジューシーな鳥肉の味が口いっぱいに広がった。
~~~~!!美味しい!!お肉!!!美味しい!!!お肉!!!!!
3日ぶりのお肉が美味しすぎて、思わず涙が出たのだった。




