20 三つの条件
辺境伯家の人間の個人資産がいくらかは知らない。
それでも白金貨24枚、金貨50枚、銀貨2枚という金額が、超高額請求であることは間違いようだ。
流石にパトリックが少し可哀想に見える。といっても金額が妥当であるとお互い思っているようなので、私が勝手に割り引くわけにもいかない。せいぜい私への治療費と慰謝料をどうこうできるくらいだろう。
少し悩む。正直なところ、個人的には、お金も欲しいが情報も欲しい。
今なら、わりと無茶を言っても聞いてもらえそうな雰囲気ではないだろうか?
とりあえず交渉してみよう。
「あの、提案があるんですが……」
「なんでしょう?」
「私への慰謝料だけなら、半分でもいいですよ?」
「本当か!?」
パトリックが顔を上げる。ユーイが目を見開いて私の顔を見る。
まぁ、任せてくださいって、という意思をアイコンタクトで伝える。
私だって何も考えていないわけじゃないからね。
「ええ。その代わり、条件が3つあります」
「……伺おう」
パトリックの喉がごくりと鳴る。
「まず1つ目ですが、先ほどもお願いした通り、移設先を提供してほしいです。ただ、数日とかの短期間じゃなくて、長期間。できれば無期限で」
「……うむ、長期間になるのは仕方あるまい。ただ、無期限は難しい。王から預かっている土地だからな。こちらとしては何年かごとの更新制にしてくれると助かる」
なかなか現実的な答えが返ってきた。
「うーん、更新性だと、土地の管理者が変わるたびに揉め事が起こりそうでちょっと面倒ですね……」
「……ならば、ここを神殿として扱うように取り計ろう。神殿ならばこのジャンクション家が廃されても易々と手は出せん」
まぁ、メティス様も住んでるし、神殿というのも間違ってはいないか。
「わかりました。それではとりあえず、3年ごとの更新でいいでしょうか?」
「それなら構わん」
ユーイも頷く。
「で、2つ目は何だ?」
「2つ目ですが、どなたか、この近隣の土地や魔法に詳しくて、そこそこ権力があって、柔軟な考えのできる、フットワークが軽い人を一人、ここに駐在して頂けませんか?」
「…………それは人質か?」
「あ、いえ、そうじゃないです。単純に、この辺を案内してほしいんです。ついでにいろいろ教えて欲しくて」
しばらく考えてパトリックが答える。
「ふむ……そういうことなら、あてがないわけでもない。駐在期間は1~2ヶ月程度か?」
「はい。その期間の住居はこちらが提供しますので」
「よかろう、打診してみる」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
今後のことを考える上で、現地協力者は必要不可欠だ。ここで協力者が得られるのは大きい。
心の中でぐっとガッツポーズをする。ユーイも少し感心したような顔をしたので、ちょっとだけ得意げな気持ちになる。
「それで、3つ目ですが……これが1番大事なお願いになります」
「お、おう……」
今後の生活を決める上で最も重要なこと……。
「猫です」
「ネコ?」
「はい。こう、これくらいの大きさで、毛が生えていて、もふもふで、尻尾の生えた動物です」
私は身振り手振りで猫について説明する。
「この辺りに住んで居ませんか?」
ユーイが頭を抱え、先ほどの感心したような空気はどこかに行ってしまい、若干あきれている様子だ。
……あれ? そんなに変なこと言ってないよね?
「魔獣のようだが、この辺りでは見たことがないな………ハルカ殿はそのネコという魔獣を探してどうするのだ? 何かの素材にするのか?」
「部屋で飼います」
「部屋で………飼う……? 魔獣を……?」
「はい。なでて、もふもふを堪能して、一緒に遊んで、何なら吸います」
猫のふわふわの毛と柔らかさをもふもふしている様子を想像し、思わずにやけてしまう。
アメショみたいなザ・猫もいいけど、マンチカンとか丸っこくて人懐っこいのもいいよね。長毛種でふさふさしているものよき。
パトリックが怪訝な顔をする。
「正気か……? なんとも奇怪な……あ、いや、変わった事をするのだな」
「癒されますよ?」
「……その魔獣には癒しの力があるのか?」
「私がどんなに辛い状態でも、猫を吸えば1発で回復します」
「ほう。よっぽど高い回復効果があるのだな」
パトリックが感心したように言った。ユーイがさらに頭を抱えている。
「俺はネコという魔獣に詳しくはないが、毛の生えた魔獣が多く住んでいる場所と、資料についての文献くらいなら開示できるな。魔獣について詳しい者を紹介しよう」
「わぁ、ありがとうございます! よろしくお願いします」
今日1番の収穫かもしれない。パトリックと再び握手をしたところで、ユーイがごほんと咳払いをする。
「……それでは、交渉が成立したようですので、よろしいですか?」
「はい」
「ではこちらからの請求は、白金貨19枚、金貨50枚、銀貨2枚の請求となります。そしてハルカさんから挙げられた3つの条件。パトリックさんにはこれらを履行して頂きます」
「白金貨、おおよそ20枚か。致し方あるまい……」
パトリックがはぁと深くため息を吐いた。
ユーイがパチンと指を鳴らし、橙色の光の精霊を呼ぶ。書面と羽ペンがパトリックの前のテーブルの上に置かれる。
「そちらの請求書は魔法による誓約書を兼ねております。提示条件に対して一方的な破棄があれば、どこにおりましょうと精霊が見つけ、然るべきペナルティが発生します。よくご確認の上、署名をお願いします」
パトリックが一通り目を通す。眉間の皺が深く刻まれるが、大きくため息をつくと、ペンを取りサラサラとサインした。次いで、私の目の前にも同じ紙とペンが配られる。ざっと目を通す。
ええと、金額、条件。うん、あってる。お金の期限は10年以内か。ちょっと短いかも? 大丈夫かな。
不履行のときは相当の財産差し押さえと、発生した損失分の魔力の徴収。……たぶん妥当かな?
渡されたペンで自分の名前を署名する。完全に日本語の文字だ。ユーイも署名し、お互い内容の確認を済ませる。
「問題ないようですね。それでは…………エン・コンプロムデーア」
「おお……」
思わず声が漏れた。ユーイの言葉と共に、風の精霊が書面の上でくるくると回る。ペンで書かれた文字の上に、緑の光の文字が浮かび上がる。光の文字だけが紙から離れると、サラサラと空気に溶けていった。光が完全に消える。書面の書きつけた文字はそのまま残っていた。おそらくこれが契約魔法なのだろう。
パトリックがはぁとため息をついた。
借金返済、頑張ってください。
「…………遅くなってしまいましたが、食事にしましょうか」
「あ、はい!」
契約を終えたところで、タイミングを見計らって控えていた精霊たちが動き出す。
テーブルに食事が並ぶ。夕食はユーイが言っていた通り、ブロッコリーとカリフラワーサラダと、テカテカのトマトスープ、パン、それから精霊特製ブロッコリーゼリーだ。
たぶん、今までで一番まともな食事だった気がする。




