18 屋上菜園
2階ゲストルームに併設されている屋内獣舎場を後にし、パトリックを引き連れて、私、ユーイの三人で、屋上の菜園へ向かう。
夕食の食材を調達するためだ。パトリックがおっかなびっくりしながら、きょろきょろと歩く。
2階のエレベータ前に着くと、ユーイがエレベータの上ボタンを押す。
キィン、とボタンが緑色に光ると、ゴウンゴウンと上層からエレベータが下りてきた。
チン、という音とともに、3基あるエレベータの一番左の扉が開く。
「こちらでございます」
そういえばユーイさんはエレベータが使えるんだった。いいなぁ……。
ユーイがすたすたとエレベータに乗り込む。
その様子にうろたえながら、パトリックが私に尋ねた。
「な、なんだこの箱は……」
「ええと、エレベータと言って、人を乗せて上の階に行ったり下の階に行ったりする、自動昇降機です」
「絶対に暴れないでくださいね? 貴方は落ちたら死にますので」
「お、おう…………」
私も落ちたら死にますよユーイさん……。
全員がエレベータに乗り込んだことを確認し、扉を閉める。
屋上、と書かれたボタンが押される。ユーイがボタンのすぐ横のパネルらしき部分に触れる。
……指紋認証、かな?
ピッと音が鳴ると、緑色の光、おそらく風魔法のウィンドウォールがエレベータ内に展開される。おお、と思わず声が出た。すぐに音もなくエレベータが上昇する。そこそこ速度が速いのに、全く重力の圧を感じない。ウィンドウォールはエレベータの稼働の他に、安全装置も兼ねているようだ。
「おや? もしかして、ハルカさんもエレベータに乗るのは初めてですか?」
「はい。使おうとしたんですが、風魔法が使えなくて……」
「ああ、なるほど。それは失礼いたしました。それでは……」
ユーイがダブルボタンのベストの内ポケットを探り、カードキーを取り出す。
「しばらくはこちらのカードキーをお使いください。エレベータ外の、開閉ボタンの下についているパネルにかざせば使えますので」
「ありがとうございます」
カードキーを受け取る。名刺サイズの濃い緑のカードだ。内心大喜び状態になる。
やった~~~! ようやくエレベータが使えるようになったよ!!
「そちらのカードキー、セキュリティ上3日間しか有効になりませんので、早めに風魔法を覚えてくださいね」
Oh……。ぬか喜びだったよ……。
エレベータはあっという間に屋上階に着いた。扉が開く。
おりて周りを見まわすと、これまであった螺旋階段へ続く扉がない。どうやら屋上階にはないらしい。
「ふむ。エレベータを使われなかったのでしたら、ハルカさんは階段を上り下りしていらしたのですか? 大変でしたでしょう」
「ああ、それは大丈夫でした。健脚のスキルを持ってますので」
「それは何よりでございますね」
パトリックがぎょっと目を見開く。が、何も言わない。なんだなんだ。気になるじゃないか。
「あの……?」
「あ、いや、失礼。その、健脚スキルを取得している令嬢がいるとは思わなくてな」
「はぁ。珍しいんですか?」
「ああ。騎士や商人は取得しているかもしれないが、令嬢はまず持っていない。健脚スキルを取得するためには、命の危機に瀕する状況で悪路を死ぬ気で走らないといけないからな……。ハルカ譲は苦労されたんだな…………」
そりゃー持ってるご令嬢はいないですね。はい。
ユーイが"屋上"と書かれた扉をガチャリと開いた。
外はびゅうびゅうと強い横風が吹いている。流石地上100メートルと思わざるを得ない。
夕方だと思っていたが、外は既に陽が落ちてしまっていて、すっかり暗い。
目の前には、お目当ての屋上菜園が広がっていた。
「これは、すごいな…………」
パトリックがポツリとつぶやいた。足元には、いたる所に沢山の小さな光が集まっていた。
一見すると蛍のようだ。まるで星空の中に立っているような気持ちになる。
外の暗闇の中、遮るような建物は何もない。非常に幻想的な光景に、思わず見とれてしまった。
「こちらです」
ユーイが収穫する野菜の場所を案内する。
屋上の床はロの字型になっており、中心が吹き抜けのようだ。床に畑が作られている。また、奥の方にビニールハウスのような形状をした場所もあるようだ。ハウスに向かって歩いていく。
ハウスの中に案内されて入る。
中にもたくさんの精霊が集まっていて、小さな光がふわふわと幻想的な様子で…………ブロッコリーを収穫していた。幻想的な光景が台無しである。
ユーイが精霊から籠に入ったブロッコリーを受け取り、何やら指示を出す。収穫してくるものを説明しているようだ。
「……ブロッコリーですね」
「はい。ブロッコリーです」
「……夕飯でしょうか?」
「はい。夕飯です」
今日の夕飯もブロッコリーだった。ロマンチックさがどこかに飛んで行ってしまい、一気に現実に引き戻された。露骨にがっかりした様子の私を見て、ユーイが励ます。
「あの、カリフラワーもありますよ? なんなら、ロマネスコも……」
そうではない。というかそれ、どれもブロッコリーと同じカテゴリーだろ。ロマネスコは食べたことがないけど似たようなもんだろ。
「…………ちなみに、今日のメニューは?」
「採れたてブロッコリーとカリフラワーのサラダと、テカテカのスープ、パン、それから精霊特製ゼリーですね」
塩茹でブロッコリーより多少マシな食事のようだ。
「あの、念のため。精霊特製ゼリーってどういうものか伺いたいのですが……、デザートみたいな感じでしょうか?」
「あれですね」
ハウスの隅でいくつかの精霊が収穫したばかりのブロッコリーをヨイショと何かの機械に入れる。
洗われ、砕かれ、いくつかの工程を経て、ドロドロとなったブロッコリーが出てくる。
液状化したブロッコリーに、何やら粉や水が流され、最後に氷魔法だろうか? 冷やされて、でてきたものがこちらになりまーす……ってブロッコリーのゼリーやないか!!
「…………よくわかりました。よくわかりたくなかったです」
「そうですか? おいしいですよ。精霊特製ゼリー」
パンも似たような感じで、収穫したものを加工して焼いているそうだ。屋上には窯のようなものが見えないので聞いたところ、別フロアで作っているらしい。別のハウスでテカテカの実を調達する。テカテカはここでも栽培できるようだ。すでに実績があったよ。よかったね。
「ふむ、屋上菜園か。なるほどな」
野菜を一つ一つ確かめながら、パトリックさんが言った。
「量が採れるのか少々不安ではあるが、品質は確かなようだ。安定栽培できるのであれば、ジャンクション領の農作物を育てても問題ないだろう。この場所は非常に高いところにあるし、虫の被害も少ないだろうからな。まぁ、そなたらが居るのであれば、不正を働くものもおらんだろう」
「簡単な食品加工もできるみたいですし、うまくいけばブランド化もできるかもしれないですね」
「ぶらんど化……?」
「はい。このダフネスタワー特産の高級品種ができるかもしれない、ということです」
「おお、それはいいことだな。市場に競争原理が生まれて活気づくかもしれん」
ブランドはなんとなく夢が広がる。
ブロッコリーもおいしいけれど、できればブロッコリー以外をたくさん作りたい。
「えっと、それじゃあ…………」
「ああ。この塔の移設先を提供しよう。移設先の詳細については、別途相談させてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
パトリックさんと握手を交わす。
よかった。これで突然玄関を壊されずに済みそうだ。
ようやくエレベータに乗れるようになりました。
次は夕食と今後の相談です。




