17 サービスエリアをください
「あの、先にお名前を伺ってもいいですか?」
ユーイとバトルしている様子を2階から見ていたので、なんとか有料道路という名前は知っていたが、改めて尋ねた。甲冑を着た青年は一瞬ためらった後、私を見て応える。
「パトリック・ジャンクション。ジャンクション辺境伯家の者だ。ファンファレア帝国第二騎士団に所属している」
「私はハルカです。御園春香。このタワーマンションの最上階に住んでいます。その、たぶんこの建物の所有者です。手荒な真似をしてしまってごめんなさい」
「は? ……今、何と………?」
この一般人のような雰囲気の少女が、この塔の所有者? 嘘だろ? という顔をしている。うるへー。
「ハルカさんは、たぶんじゃなくても所有者ですよ。ダフネ様から言付けを頂いておりますから」
「あ、そうなんですか……」
初耳である。ダフネ様が何て言っていたのか気になるが、まずは自己紹介だ。
「ええと、こっちはユーイさん。精霊の人です」
「改めまして。ユーイ・ド・ヴィスタノーム・ダフネ・ガイアスです。このマンションのコンシェルジュであり、女神ダフネ様より管理を仰せつかっている地精霊です」
ユーイさんのフルネーム長いな、なんて思っていたら青年の顔がサァッと青くなった。
「な、なん、だと……? ダフネ様の…眷属……?」
「ええ、いかにも」
青年がガタガタと震え出す。そういえば言っていなかったっけ?
「俺は、神の所有物に傷を付けたというのか……? なんということを……………」
神の怒りに触れたのか? と、今にも泣き出しそうなレベルで激しく動揺している。
やめてくれ、泣くのは幼女だけにしてくれ。
「落ち着いてください、私の所有物です」
「そ、そうか………いや、しかし………、そなたも神か……?」
「いいえ。私は普通の人間です。一般人です。たぶん」
異世界の人間ではあるが、この世界の人間とそれほど変わらない気がする。むしろ、魔法が使えない分、一般人以下かもしれないが。
「あの、パトリックさん、あなたに色々と伺いたい事があるんです。腕の拘束を解きますので、お話を伺ってもいいですか?」
「あ、ああ…………わかった」
私はパトリックの後ろに回り込み、固く結ばれたネクタイの紐を解く。
結び目が硬くなってしまっていたので、なかなか解けない。しばらくして諦め、ユーイに代わって解いてもらうことにした。
ユーイが解きながらパトリックに何やら耳打ちをした。パトリックの顔色がさらに悪くなる。
何を言ったのかは聞き取れなかったが、おおかた脅し文句だろう。パトリックが青い顔をしながら、私を見つめる。
「ええと……ハルカ嬢、でよろしいか? 聞きたいこと、とは、何だろうか?」
「はい。この建物、ここにあると周辺の方々のご迷惑になるようなので、移設しようと思っているんです。それで、いい場所がないか探していて、どこかご存じないでしょうか? 可能なら場所を提供してもらえると嬉しいんですが……」
「移設…………? この巨大な塔を?」
「はい。動かします」
「神々の建物は、人智を超えるな………………」
信じられないという顔をした後、理解することを諦めたようだ。
うんうん、わかるよ。私も信じられない。どうやって動かすのか聞かれても答えられないしね。
「……もしかしたら存じているかもしれないが、ここはジャンクション領の領地。ファンファレア帝国の帝都と、西のエーレンガルド公国の間に位置している場所だ。ほとんどが国営農地であり、申し訳ないが、勝手に建造物を建てることは許されない」
パトリックが難しい顔をする。
まぁ、いきなり設置先の土地を提供してくれ、と言われても、なかなか難しいよねぇ。ってユーイさんが無言の圧力かけてるよ……。こらこら。
「た、ただでさえ、今年は作物の収穫量があまり多くはない。一角羊の密猟も多い。税収が少ないのだ。私個人はいくら煮ても焼いてもかまわんが、上が決めたことをそうそう変えることはできない」
パトリックは思っていたよりも、なかなか肝の据わった人物のようだ。ちょっと感心する。
タワマンというこの世界にとって未知の建造物にトライするくらいなので、そこそこメンタルが強いのだろう。
それにしても困ったな、移設先が見つからない。うーん、どうしよう。
「農地じゃなくて、森の中とか、廃れた荒野とかでも大丈夫なんですが…………」
「森にしか育たない植物の栽培や、動物たちの生態系がある。すまないが、これだけ巨大な塔では、生態系を破壊しかねん。仮に荒野があったとしても、すでに一角羊の保護区となっているだろう。やはり許容できない」
「うーん、そうですか…………」
羊以下の扱いだった。どうしたものか。こういうときはおそらくメティス様が頼りになるようなイメージだ。図書室に引きこもってしまっているから、引っ張ってこないといけない。
おなかの虫がきゅうと鳴った。腹が減ってはなんとやらだ。時間的にはそろそろ18時頃だろうか?
「……とりあえず、夕食にしましょうか」
「そうですね」
ユーイが頷く。そういえば、地精霊はご飯を食べるのだろうか? なんとなくだが、精霊は草食系なイメージだ。
「ユーイさん、みんなで食事ができるような場所ってありますか?」
「それならパーティールームをご利用ください。簡易キッチンもついております」
「あ……、食材がないですね」
「屋上の菜園から収穫してまいりましょう」
屋上に菜園があるらしい。
「菜園があるんですか?」
「ええ。お部屋の冷蔵庫はご利用になられていますか? あれに補充される緑の野菜は、屋上の菜園から収穫しているのですよ」
まさかの自家製ブロッコリーだった。
「もしかして、ブロッコリーの他にも何か育てていたりします?」
「ええ。そちらの世界で言う、カリフラワーとか、ロマネスコとか。そちらのほうがよろしければ、冷蔵庫の野菜を変更するように伝えますが……」
「いえ、大丈夫です…………」
食材が増えるのではないかと淡い期待をしたが、似たようなものだった。
ブロッコリーの親戚ばかり食べてもなぁ。ん? 待てよ……………
「あの、パトリックさん」
「どうした?」
「問題になるのって、食糧ですよね。例えばなんですが、面積あたりで今と同じか、それ以上の食糧さえ確保できれば、移設しても大丈夫なんです?」
「ん? …………ああ。まぁ、それなら問題ないだろう」
私は思いついたことを、ユーイに伝えた。
「このマンションの屋上の菜園で、ジャンクション領の農作物を育てて提供することってできませんか?」
「屋上の菜園を農地にする、ということですか? なるほど。確かに良いアイディアですね。
しかし、この土地の野菜が育つかはわかりませんよ?」
「あ、それもそうか……。パトリックさん、このジャンクション領で育てている作物について、教えて頂いてもいいですか?」
「あ、ああ。屋上の菜園なるものが今一つピンとこないが、このジャンクション領で育てている作物なら。大半を占めるのは家畜用の牧草だが、人用の食糧なら代表的なものは蔓豆、テカテカの実、グレージャーミグルの葉、それからフォークリフトだな」
どこかで聞いた名前だなぁ。…………そうだ、確か、自販機に入っていた気がする。
「ハルカさんの世界の食物と形や色が異なりますが、テカテカはトマト、グレージャーミグルはバジル、フォークリフトはジャガイモが該当しますね」
「ああ、自販機のあれ、怪しい粉とかぼちゃ、バジルとジャガイモだったんだ」
ん?
「ユーイさん、私の世界についてかなり詳しいですね」
「ええ。ダフネ様より言付けを頂いておりますので。こう、えいっと…………」
そういってユーイが右手の中指を弾いた。それは言付けとは言わないのでは……。
ユーイも女神ズのデコピン被害者の一人だったらしい。




