16 パトリック・ジャンクション
パトリック視点です。
頬に触れる床石の冷たさで、徐々に意識が覚醒する。
薄暗く、圧迫感のある冷えた屋内。
石造りの天井と床と柱に囲まれた空間で、俺は目を覚ました。
口には猿ぐつわがされており、手首は背中の後ろで布のようなもので結ばれている。よく見えないが、どうやら横の細い柱に括り付けられているようだ。ここはどこだ?
俺はパトリック・ジャンクション。22歳。由緒正しきジャンクション辺境伯家の長男である。
幼いころより剣と魔法の腕を磨いてきた。神童と呼ばれた弟と比較されながらも、幼い頃から父上の後を追い、国のため領民のために、俺なりに考えて暮らしてきた。
その誠実な行動と火炎魔法の実力が認められ、今やファンファレア帝国第二騎士団の大隊長だ。
ジャンクション辺境伯家の次期当主の立場も約束されている。
それが、なぜこんなところに捕らえられているのだろうか。
自分の行動を思い返した。
◇◇◇◇
昨夜。俺は近く行われる秋の収穫祭にむけて、執務室で苦手な書類仕事をしていた。
予算に頭を抱えていると、重用している書記官から、見たこともない巨大な塔が農地に一晩でできた、というおかしな報告を受けた。最初は目撃者の領民が酔って幻覚でも見たのだろうと思っていたが、年齢も立場も異なる何人かから同じような報告を受けたとのことだった。どうやら酔っ払いの戯言ではないらしい。
ジャンクション領はファンファレア帝国の首都ファンファレアと、その統治下のエーレンガルド公国の間に位置している。その広大な土地は、主に農業用地として利用され、帝国の食料事情を支えてきた。
農地には、野菜、穀物の他に、牧草など家畜の試料となる農作物と、自然保護のための樹木が植えられている。また、広大な土地を活かして一角羊の保護区としても知られている。
一角羊の角から採れる羊角粉は、薬を作る際に欠かせない原料の一つだ。近年、その羊の角だけでなく、瞳の魔石・紅玉石や、豊かな羊毛、美味なる肉に目をつける者が増え、乱獲が横行していた。
―――また密猟者が増えたのか。
ここ数年は領地作物の収量が落ちている。そんな中、密猟が横行するのは許し難い事態だった。
もうすぐ秋の収穫祭だ。その前には問題への対策をしておかなければいけない。
念のために建造物申請リストに目を通すが、該当する地区への申請は出ていない。やはり密猟者の物見やぐらのようだ。
たまたま翌日、つまり今日は予定があいていたので、早々に調査しておこうと朝から馬を走らせた。
翌朝。予定では、報告にあった建造物の調査と密猟の形跡がなかったのか調査を行い、周辺住民への聞き込みをして昼過ぎには屋敷へ戻るはずだった。現場に到着して肝が冷えた。想像だにしない大きさの、まさしく巨大な塔がそこにあった。
外壁は透明な石のようなもので覆われている。真下から見上げればその全貌はなんとか視界に収まるが、塔の最上部はよく見えない。
重厚感のある入り口の石碑には「ダフネスタワーファンファレア」という謎の暗号が刻まれている。
ダンジョンか、闇の国の魔人の住処か、はたまた神殿か。
どう見ても異常な事態だ。これは明らかに密猟者がどうこうといった話ではない。密猟の調査をする必要がなくなった代わりに、謎の建造物の調査をする羽目になってしまった。
塔の周囲には既に大勢の野次馬がいて、中には帝国騎士団の人間も何人か居た。どうやら、他の部隊にも連絡が通達されていたらしい。見知った顔も何人か居る。
周辺に集まっていた人物の何人かに、塔について何か知っている者が居ないか聞き込みを行った。
曰く、これは神殿である。
曰く、昨日は建っていなかった。
曰く、昨夜遅くに天高き空に不気味な光を見た。
曰く、中に入ろうとしても見えない壁があって入れない。
曰く、クワで叩いても外壁の石には一切傷がつかない。
曰く、牧草に陽が当たらず困る。
曰く、これはダンジョンである。
曰く、屋台が儲かるから観光地にするべきだ。
曰く、この辺りの一角羊が姿を消した。
曰く、離れた牧草地に一角羊が大量発生して牧草が足りず困っている。
曰く、収穫祭の物見やぐらではないか。
曰く、帝都の諸侯に相談するべきだ。
曰く、王に報告するべきだ。
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野次馬の話をまとめると、改めて奇妙さが浮き彫りとなる。これだけ巨大な建造物を一晩で建てるのは人の成せる業ではない。おそらく、この塔は古に封印されたダンジョンが何かの拍子に出現したか、あるいは、人ならざる者の住処、といったところだろう。祈りを捧げている者もいる。
早々に内部調査を行い、安全性を確かめなければいけない。
調査のために、帝都の冒険者に調査を依頼し、ダンジョンであれば近隣諸侯並びに王に報告しなければならない。ここ数十年、新しいダンジョンは見つかっていない。もしダンジョンであれば、攻略しようとする冒険者が集まり、この土地にも活気と雇用が生まれる。
調査するにしても、まずは入り口の封印を解かなければいけない。
帯剣していたロングソードで剣戟を加えたが、入り口はびくともしない。火の中級攻撃魔法を放ったが、効果なし。威力が足りないのだろうか。
水魔法が得意な弟が言っていた魔法攻撃の威力を上げる方法を思い出す。
―――ひねりながら細い渦を1点に作るイメージで魔法を放つと、上級魔法に匹敵する威力をもつんだ。範囲は狭くなるけどね。
自分で試したことはなかったが、何度か試して、バキィッとこれまでにない大きな音が鳴る。ようやく部分的に入り口の封印を解くことに成功した。
何が出てくるかわからないため、一般人には下がるように命じ、意を決して乗り込んだ。
そして俺は、恐ろしい魔人と相対することとなったのだった。
◇◇◇◇
「おや? 気が付いたみたいですね」
魔人の男が声をかけてきた。近くにいたらしい。
気を失って、どのくらい経過したのかわからないが、どうやら俺はこの魔人に捕まってしまったようだ。
猿ぐつわが外される。
「魔法の発動に詠唱が必要なようでしたので、防止のために当て布をさせて頂いておりました。話せますか?」
「……………………」
男をにらみつける。
仕立ての良さそうな服にもかかわらず、その風貌は、貴族やその従者、商人でもこの辺りでは見たことがない。異国の者であることは間違いなさそうだ。丁寧すぎる物腰は、貴族の従者のようだ。
……得体の知れない不気味な男だ。
男に続いて、やはり異国の服を着た少女が姿を現わした。
「あ、気が付きました? よかった。体は大丈夫ですか?」
男からは殺意のような敵意のような禍々しさを感じるが、少女からは感じない。普通の人間だろうか? 敵意はなさそうだ。喉がカラカラに乾いていて、うまく声が出ない。
「…………水を、寄こせ」
「はい、どうぞ。おなかはすいていませんか? パンもありますよ」
少女が、水の入った陶器のグラスとパンを紙袋から取り出した。
口元に差し出されたグラスを手で受け取ることができないので、仕方なくグラスのふちを噛んで器用に水を飲む。くそっ、餌付けされる荷馬のような気持ちだ。飲んだあとに驚いた。
(……これは、精霊の湧き水? なぜこんなところにあるのだ!?)
精霊の湧き水は、この辺りではエーレンガルド公国の西の森にある癒しの泉からしか採れない貴重な水だ。
その透明度が高くて口当たりが柔らかな水は、貴族でもあまり口にできる者はいない。
体力を回復する効果があり、高ぶった精神を癒す効果があるため、通常の水よりも高値で取引されている。
「腕、縛ってしまってごめんなさい。暴れられると困るので」
「私は喉を裂いてしまうべきだと提言したのですが、ハルカ様に止められましてね……いやぁ、貴方は運がいい」
「あはは、流石に冗談がキツいですよユーイさん」
少女はハルカという名前らしい。ユーイと呼ばれた男はつられて笑っているようにみえるが、目が笑っていないので冗談ではなさそうだ。ゴクリと喉が鳴る。
「………………ここは、どこだ?」
「ここはゲストルーム併設の屋内獣舎場でございます」
「屋内に、獣舎?」
獣舎は普通、外にあるものだろう。
「はい。お客様の所有する大きめのペットや獣魔をつなぎとめておくための設備です。最も、人の形をした獣を繋ぐ予定はなかったのですが……」
とげのある嫌味だ。
「………………俺を、どうする気だ」
「どうもしませんよ? 我々に協力してくれるのでしたら、ですが」
男はにやりと笑う。背筋がぞくりと冷えた。




