第51話 英雄の帰還
「紫水晶竜が退いた……ギルド長、私は夢を見ているのでしょうか?」
ロマリア公国冒険者ギルド本部支配人ルゴスがギルド長であるモレッツに「千里眼」で目の当たりにした小さな少女が起こした想像を絶する奇跡について問いかけた。
「いいや、夢では無いよルゴス君。正直、ワシも幻覚でも見たのではないかと思って腕を刺してみたがこの通り血も出るし、痛みも十分すぎる程感じておる。間違いなくアスモ嬢はあの「天災」を見事撃退しおった…まさに驚嘆に値する奇跡じゃ。」
モレッツは先程の出来事が現実であると言う証明としてルゴスの眼前に血塗れの右腕を差し出した。その上腕部からはかなりの出血が見られ、その傷も深く痛々しい。
「ちょっ、大丈夫ですか!?結構な傷痕じゃないですか!早く治療をしなければ!」
ルゴスはモレッツの腕の傷を見て驚き、心配そうな顔をしながら話しかける。
「がはははは、この程度の傷など問題無いさ、ワシが若かった頃はこの程度の傷を負う事など日常茶飯事、寧ろ少し昔の事を思い出して興奮しておるくらいだ。まあ、この興奮はアスモ嬢が起こした奇跡を見てじゃがな。いやー久々に血が滾ったぞ!」
ルゴスの心配をよそに顔色一つ変える事も無く淡々と話しながらモレッツは豪快に笑う。
「そうですか、大丈夫そうで良かったです。それにしても――ククッ…すいません、つい…」
傷の事など気にする様子も無く豪快に笑うモレッツを見てルゴスは流石は元A級冒険者だと言いたいところであったのだが豪胆な彼も今回、少女が「天災」を退けた事を現実だと受け入れる為にここまでしなければならなかったのか?と考えれば不謹慎だがついつい笑みが浮かんでしまった。
「がはは、仕方あるまい、ワシも驚く以外にはもう笑うしか出来ん状況だからな。――それにしても今の彼女のレベルは一体どうなっておるのだ?王都を出る前はレベル69だった筈…しかし今は間違いなく100を超えておるじゃろう。アスモ嬢が紫水晶竜を相手に使った魔法は間違いなく「滅びの雷霆」…最低習得レベル100の雷属性の最高位魔法じゃ。」
「あれが噂の最高位魔法「滅びの雷霆」ですか?私は初めて見ました。流石は最高位と呼ばれるだけはありますね。」
「それだけでは無い、ワシがアレを実際見たのは30年以上前の事…その時レベル130台のS級冒険者がアレを発動したが、黒い球体のサイズは直径3,40メートルの大きさだった。当時はアレでもワシは腰を抜かすほどの衝撃を覚えたわい。だがアスモ嬢が発動したのは桁が違い過ぎる…後で発動したのですらワシが見たものより一回り以上は上なのだよ。本当にアスモ嬢は恐るべき力の持ち主だな。」
神妙な面持ちで昔の事を思い出しながらもそれを優に上回るアスモの実力にモレッツは感嘆の声を上げる。
「えっ!?レベル130台のS級冒険者よりも威力が上…なのですか?しかも彼女が2発目を発動した時使ったのは確か「剣聖」の技能である「魔封」のように思えましたが…それに剣どころか武器すら使わずに発動できるとは私は聞いた事すらありません。」
「うむ、ワシも武器無しでの「魔封」を見るのは初めてじゃが、かの闘神や魔神が使用したと噂で聞いた事はある。そしてそれを使用した魔神というのは歴代の魔王達なのだがな…」
「魔王が!?じゃあ彼女はもしかして……いや、だが……しかしレベル100以上になっているのは確実……それに彼女の側にシンシア・プリムスが居るという事は地下迷宮内の悪魔達は討伐出来たという事だろう。それでもこのレベルの上昇は異常としか言いようがない。これが「先祖返り」の魔人の力なのか…やはり私の推測が間違っていなければ彼女は……」
モレッツの発言を聞きルゴスは何か思うところがありそうな表情を浮かべてぶつぶつと何かを呟いている。
「ルゴス君、何を考えているかは知らぬが今ここで考え込んでおっても意味はあるまい。先ずはこの事実をギルドの幹部達や公国の中枢に伝えねばならん。まあ、ワシら程近くではないとしてもこの奇跡を目の当たりにしたのはワシらを含めて8人居る。内3名のギルド関係者には各支部に移動して伝達を行うように既に「念話」で手配済みじゃ、ワシらは早く王都に帰ってアスモ嬢を出迎える準備をせねばならんぞ。」
「しかし、彼女を迎えに行かなくても宜しいのですか?迎えの馬車ぐらい出さねば救国の英雄である彼女に対して失礼に当たるかと…」
「いや、早く王都に戻らねば多分ワシらより早く戻って来るかもしれん。アスモ嬢の「飛翔魔法」を見ただろう?あの速度で飛んだらシンシア嬢と荷物を担いでおったとしても王都まで半刻もかからんぞ。それにジグルス遺跡方面にもギルドの伝達係が寄る予定だ。道中もしアスモ嬢に出会う事があれば相応の対応をするように伝えてある。――あとはティマイアス大陸のギルド総本部にアスモ嬢の事を推挙しておかねばならんからな。さて、これから忙しくなるわい。」
「ギルド総本部に推挙……では、決まりという事ですね。」
「うむ、ワシは本部に帰り次第、アスモ嬢のS級昇格の申請を行うつもりだ。実力は勿論、先程シンシア嬢を必死に庇った姿を見てもアスモ嬢の人となりがうかがえる。まさに心・技・体全てを兼ね備えた大器、しかも未だに成長過程…何よりも我らが目の当たりにした奇跡は偉業を超えた伝説として語り継がれるであろう。中央大陸の総本部にいる誰もが異論は言わぬ筈。」
「確かに彼女の成し遂げた功績を認めぬ者は居ないでしょう。これで12年ぶりにロマリア公国にS級冒険者が生まれるのですね。――そうと決まれば彼女が到着する前に早く帰って歓迎の準備をしなければ…確かケーキなどの甘味が好物だったかな?ではセレナ君に「念話」で用意を……」
「ルゴス君、急がねばならんと言ったはずじゃぞ!すまぬがワシは先に行くからな。君も遅れぬように早く来るのだぞ!」
モレッツは待機させていた無角獣と呼ばれる一角獣の角を折って調教し乗馬用に改良した怪物に飛び乗り王都へ向かって走り出す。
「あっ!?待って下さいギルド長!私もすぐに参ります!――はあっ!!」
慌ててルゴスも無角獣に跨りモレッツの背を追いかけた――
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「くぅ~~~!!本当に良い運動になったのじゃ!今日は久々に楽しめたわ。暫くはポチと組み手をしてストレス発散と退屈凌ぎが出来るのう。それに妾の見事な演技に騙された人間共が慌てて動き出したようじゃな。数日中には妾の偉業が公国中に知れ渡るじゃろう。これでS級昇格は確実じゃな。本当に妾の都合の良いように事が運びよるわ。クフフフフ、重畳、重畳♪――ポチとの芝居でボロボロになった衣服は「魔装」を使えば簡単に元通りには出来るが魔神の能力を人前で使う訳にもいかんしのう、それにこの姿で帰った方が人間共の心象も良くなるじゃろうて。さて今度こそ荷物と小娘を拾って早う帰るとするかの。」
先程の芝居による激闘でボロボロになった衣服と全身に鮮血を纏いながらアスモが地面にめり込んだ直径軽く1メートルはある妖しく輝く紫水晶竜の巨大な竜燐をヒョイヒョイと軽く拾い上げ、離れた場所でへたり込んでいるシンシアの元へと歩み出した。先程の戦闘による負傷は既に魔神特有の自己再生により完全回復している様だ。
「――ふむ、無事のようじゃな。安心せよ、もう奴の気配は国境を越えた山岳地帯の方まで移動しておる。あれだけ痛めつければあの水晶竜も少しは懲りたじゃろうて、流石は妾じゃ…と言いたい所じゃがお主の助言が無ければ危なかったのも事実、感謝するぞシンシアよ。」
シンシアの元に近づき、優しい笑みを浮かべながらアスモは労いの言葉をかけた。
「え?いえ、そんな…感謝だなんて…感謝なら私の方が言わないといけない筈です。貴方には2度も命を救って頂きましたから。――でも凄いです!感動しました!!まさかあの「天災」に正面から立ち向かって撃退するなんて…まるで物語の英雄を見ているみたいでした!ありがとうございますアスモ様!」
予想外の言葉に一瞬キョトンとしたが、はっと我に返りアスモに感謝と称賛の言葉を送る。
「そうかそうか、お主には妾が英雄に見えたか…クフフフ♪それからそんなに畏まる必要は無いのじゃぞ、妾達は一応、同じギルドに所属する同胞じゃ「様」は付けんでもでも良い。じゃが、呼び捨てや「ちゃん」付けは駄目じゃからな。」
「…ではアスモ「さん」と呼ばせて貰います。それから質問なんですが地下迷宮調査は完了したようですが…これ上位悪魔ですよね?」
シンシアは地面に転がる黒山羊の首級を恐る恐る指さしアスモに質問した。
「うむ、お主の言う通りそれは上位悪魔じゃ、確か種族はバフォメット族と名乗っておったのう。地獄門を閉じた後、帰り支度をしていた時に上の階層に待機しておったそ奴がやって来たのじゃ。どうやらそ奴が今回の地下迷宮で起きた異変の黒幕らしい。レベル97の実力者であったが、妾の相手では無かったのじゃ♪」
「レベル97!?…でもあの水晶竜と戦えるんだから上位悪魔を簡単に倒したとしても頷けるわね。――ふぅー、それにしても今日は人生で一番大変な一日だったわ、悪魔達にひどい目に逢わされたり「天災」襲われるなんて本当についてない…でも、両方の危機をアスモさんに助けてもらった事を考えればついてるのかな?あれ?安心したらまた涙が…ハハ、もう何が何だかわからない状況だわ……本当に良かった、本当にありがとうございます!貴方が約束を守ってくれたように私も貴方との約束を必ず守ります!私の技術で可能な範囲であれば協力は惜しみませんので何でも相談して下さい!」
アスモの報告に驚きの声を上げた後、人生で最も大変な危機が去った事に気が抜けたのかシンシアの瞳からはボロボロと涙が溢れてきた。そして涙ながらに再び感謝の言葉をアスモに告げる。
「うむ、お主の申し出感謝するぞ。これからは妾の専属の「魔工技師」として魔道具開発の協力をよろしく頼むのじゃ!」
アスモはその言葉に満足そうに頷きながらシンシアの前に右手を差し出す。
「はい、こちらこそよろしくお願いします!粉骨砕身の覚悟で頑張ります!」
差し出された手を両の手でしっかりと握り返してシンシアは強い決意の籠った瞳でアスモを見つめて協力を誓った。
幸か不幸かじゃと?フフ、馬鹿な女じゃのう。無論、幸運に決まっておるじゃろうが。
何せお主は地下で二度、そしてポチの芝居はカウントせずとも地上で一度命の危機を脱しておるのじゃぞ。仮にポチの職能が能力や記憶を吸収するものであったのならば即座に餌にする予定じゃったのじゃからな。
そうとも知らずに涙を流しながら妾に感謝をするとはなんと愚かで滑稽な人間じゃ…
まあ良い、言葉通りこの娘には妾の為に身を粉にして働いてもらおうではないか、これで便利な駒がまた一つ増えたのう「魔工技師」ゲットなのじゃ!クフフフフフ♪
「ふむ、以外と荷物が多いのう…仕方あるまいシンシア以外は「次元の倉庫」に放り込んでおくか。ほいほいっと!これで良し……さてシンシアよ王都までお主を担いで空を飛んで帰る故、大人しくしておくのじゃぞ。道中で暴れたら地上へ落ちて死んでしまうからのう。――では行くぞ「飛翔魔法」、さあ!早う帰ってプリン食べ放題なのじゃ!!」
「紫水晶竜の竜麟」、「黒山羊の首」、「奈落の残滓」を「次元の倉庫」を開いて早々に放り込んだ後シンシアに近づきヒョイっと彼女を担ぎ上げて小さな翼を広げて大空へと飛び立った。
「え?え?え?空って…ひゃああぁぁあああ!高いっ!?―――落ちっ、危っ!?ひぃぃぃあああ!!早、早過ぎるうぅぅぅぅうーーー!!」
返事する間も無く強引にアスモに攫われるような形で空を舞い、地上のジグルス遺跡の残骸が小さくなる位にまで上昇した後王都の方へ向けて飛び立った。
その速度は悠々としたものでは無くシンシアの都合などまるで無視したかのような凄まじい速度だった。晴れ渡る大空にシンシアの絶叫と悲鳴が響き渡る――
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「やっと王都が見えてきたのう、ギルドに「念話」で連絡しておいたから城壁で検閲を受けずにこのまま王都上空を飛んでも問題は無いようじゃがシンシアよ、お主がもう少し大人しくしておれば速度を落とす事も無くもっと早う到着できたのじゃがな。お陰で余計な時間がかかってしもうたぞ。」
空中で泣き叫ぶシンシアの為に王都への到着時間が遅くなってしまった事に対してアスモは愚痴をこぼす。
「うう…すいません。でもあんな速度で空を飛ぶ事になると思ってなかったので…以前、ムスペル王国で天馬に騎乗した時でも今より遅い位の速度でしたし、アスモさんの飛行能力が凄まじいとしか言いようがありません。鳥人間の団長…無くなったテーズさんでも貴方の足元にも及びません。それにこの体勢では真下の景色しか見えないので余計に怖くて…本当にすみません。」
空を飛ぶというよりも強引に飛ばされる体験をしたシンシアは恐怖に疲れた顔をしながらも申し訳なさそうな声でアスモに謝る。
「……まあ気にするでない、妾の力が凄いだけで天馬や鳥人間が遅いわけでは無いのじゃ。それから別に怒っている訳ではないのじゃぞ。飛行する事に慣れておらぬお主を責めるのは筋違いなのじゃからな。ちょっとした愚痴程度じゃ、気に障ったか?」
「め、め、滅相もありません!迷惑をおかけしているのは私の方でアスモさんに不満何てありませんから。」
ふん、妾に責は無いじゃと?…偉そうに当たり前の事を抜かすでないのじゃ!しかも先程はギャアギャアと犬畜生の如く泣き喚きよってこの人間め!
永遠に近い時を生きるとは言え妾の時間は貴重なのじゃ人間如きに割いてやる暇など本当は無いのじゃぞ!
正直、泣き喚いた時は地上へ投げ落として潰れたトマトのようにしてやろうかとも思ったがこ奴は一応貴重な「魔工技師」じゃからな。
しかし、これで大した技術を持っていなければ死をくれてやるからのう。…そうじゃな、その時はポチの餌にしてやるのじゃ!
ん?あそこの城壁に居る兵士共が妾に敬礼を贈っておるではないか。既に妾の噂が広まっておるのか?公国やギルドの連中も中々優秀ではないか。…まあ良い、今は人間共の思い描く「英雄」とやらを演じてやるとするか。ならば挨拶ぐらいは返してやらんとな…それにしても阿呆共め、まんまと騙されおってからにクフフフフフフ♪
アスモは上空で立ち止まり城壁から空を見上げて自分に敬礼をしてくる兵士たちに対して軽く手を振り挨拶を返してから王都中心街にある冒険者ギルドの方へと再び小さな翼を羽ばたかせた。
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「―――さて、到着じゃ!……それにしても随分と派手な出迎えじゃな。いつの間にのぼりや横断幕など用意したのじゃ?フフッ……まあ良い、シンシアよ地上に降りるぞ。」
ギルド上空に到着したアスモの視界に映ったのはアスモを迎える為に玄関前に集まり『小さな英雄アスモ』や『おかえりなさい公国最強の冒険者』などと書かれたのぼり旗や横断幕を広げてこちらへ手を振るギルド関係者たちの姿であった。
その光景を目の当たりにしたアスモは思わず吹き出しそうになったのを我慢して気づかれぬ様に小さく鼻で笑いながら地上で待ち受けるギルド関係者達の元へと降り立つ。
「よくぞお帰りになられましたな!さあ、ギルドの…いや、救国の英雄に対して挨拶を…せーの!」
「「「お帰りなさいアスモ様!!公国の危機を救って頂きありがとうございます!!」」」
ギルド長モレッツの掛け声の直後に全員が満面の笑顔を浮かべながらアスモに歓迎と感謝の挨拶を送る。
「うむ、ただいまなのじゃ!それにしても大層な出迎えじゃな、流石に少し恥ずかしいではないか。」
「いえいえ、救国の英雄に対してこの程度の対応しか出来ずに申し訳ない位です。本来ならば国中を上げて祝いたい所なのですが、一応、あの「天災」が去った事を公布するのは二、三日経ってからになります。ですからこの事は一部の関係者しか知らない事実です。後日、アスモ嬢には王から感謝の言葉を告げる為に召還状が送られるでしょう。」
モレッツが一歩前へ出て今回の功績についての説明をアスモに行った。
「王が妾を召還とな?……それに一部と言っても城壁警備の兵士や今この周辺で妾達を奇異の瞳で見ておる野次馬共は今回の件を知っておるようじゃが?」
「ははは…まあ、いずれ知れ渡る事ですしそこら辺の細かい事はご愛嬌という事で。―――それにしても驚きましたな。現在のレベルは103ですか…一体どうやってここまでなったのですか?正直信じられないぐらいの上昇ですな。ジグルス遺跡の地下迷宮で何かあったのでしょうか?」
「「「っ!?103!!!」」」
モレッツの言葉に「鑑定士」の職能を持たない者達が驚愕の声を上げた。
「うむ、それなのじゃが先ずはこれを見ると良い………あったあった、ほいほいっと!」
アスモは「次元の倉庫」を発動し空間の裂け目に手を入れ物色し今回の収穫と戦利品を取りだしてモレッツの足元に投げた。
「おお!間違いなく先程の紫水晶竜の竜燐、それから…こ、これは!?上位悪魔!?しかもバフォメットではないか!!それにこちらは「奈落の残滓」!?報告では中位と、下位の悪魔の軍勢では無かった筈だが一体、地下迷宮で何が…」
アスモの取り出した戦利品を目の当たりにしたモレッツが目を見開き驚愕の声を上げる。そして周囲に居た者達も上位悪魔という言葉に衝撃を受け言葉を失う。
「……私も驚きました。ギルド長の仰る通り間違いなくバフォメットですね。上位悪魔にして「呪術師」達が崇める黒魔術の神…そのレベルは130を超えるとも言われる恐るべき悪魔…図鑑で見る事はありましたが実物は初めてです。――それに「奈落の残滓」があったという事は……」
ルゴスがバフォメットについての知識を述べると共に今回の地下迷宮で起こった事件についての核心について考え込んでいる。
「まあ、多分お主らの察しの通りじゃがそこのバフォメットが今回の遺跡の異変の黒幕じゃ。そして地下迷宮では悪魔共が地獄門を開こうとしておったのじゃ。確か2メートルほどの大きさじゃったかな?一応、危ないから妾が破壊しておいたぞ。そしたらそ奴が怒って出て来おったので返り討ちにしてやったのじゃ、ちなみにそ奴のレベルは97じゃったぞ。もし主らの言う通りレベル130の奴ならば流石の妾でも今は勝てなかったであろうな。それにしても大量の悪魔共のお陰で有意義な運動とレベルアップが出来たのじゃ!一応、感謝しておくか。――それから、生存者はシンシアしかおらなんだのじゃ、すまぬの。妾が到着した時にはすでに他の者達は犠牲になっておった…せめて遺品だけでもと思ってプレートを回収しておいたのじゃ、これを死んだ者達の親族に渡してくれぬか?」
ルゴスが核心に迫る前にアスモがあくまで自分に都合のいいように改ざんした事件についての報告を伝えた。そして全く心にもない気配りの言葉をルゴス達に告げる。
「そんな!貴方が謝る必要などありませんよ。プリムスを救出してくれただけでも感謝してもしきれぬほどです。それに亡くなった者達の遺品まで探して頂けるなんて…アスモ様の思いやりに感謝いたします。」
その慈愛の籠った優しさにルゴスは感謝を示して感動に打ち震えていた。
「ルゴス支配人の言う通りワシもギルドを代表してお礼を申し上げる。アスモ嬢、お疲れの所申し訳ないが少しお時間を頂けますかな?応接室で詳細な話と今後についてお話があるのだが…」
「まあ、構わぬがなるべく早く終わらせてほしいのう、流石の妾も今日は少し疲れたのでな。」
アスモはその申し出に応じて軽く頷いた。
ちっ!「嫌じゃ」と言いたいが英雄を演じる以上は相応の応対をせねばならぬからな…
しかし、早う終わらせねばプリンが!「カフェ・アンジェロ」が閉店してしまうのじゃ!それは困る、大変困るのじゃ!!
そうとなれば早く中へ入って話をせねばならぬな。
「お主らの言う通りここで立ち話も何じゃから早う中に入ろうではないか。何せ時間は有限じゃからな。――ん?おお、セレナか。約束通り無事に帰って来たぞ。」
アスモは心の中では鬱陶しいと思いながらも人間たちの思い描く英雄を演じる為に我慢する事にした。そしてギルドの中へ入ろうとした時に手駒の一つであるセレナを見つける。
「アスモ様!本当にご無事で何よりです!!アスモ様の為に美味しいケーキを沢山買ってあります!応接間にすでに用意してますので案内いたします!―――っ!?服がボロボロに…それに血も付いて…ああ大変っ!早く治療とお着替えをしなければ!その前に浴室で綺麗に体を、体を………わ、私が一緒に入って洗って差し上げます!そう、丹念に!はぁ♡、はぁ♡、はぁ♡」
アスモの視線を感じて嬉しそうな顔で駆け寄って来たセレナが話しかけると同時にその姿を見て狼狽える。だが、良からぬ妄想が頭の中に湧いてきたのか急に鼻息がとても荒くなり、その目も血走っていた。
「怪我はすでに治っておるし風呂も着替えも家に帰ってするから必要ないのじゃ、それにお主、息が荒いと言うか少し顔が近いぞ。離れるのじゃ!……ふぅ、但しケーキを用意していた事に関しては天晴と申しておくぞセレナよ!では早速、応接室に向かうとするかの、ケーキ♪ケーキ♪…ん?何じゃ?」
興奮して詰め寄って来たセレナを面倒くさそうに遠のけながらも大好きなスイーツの事を聞いた途端、悪かった機嫌が一瞬にして和らぐ。そして目を輝かせ笑みを浮かべてセレナに付いて行こうとしたその時、シンシアが居る少し離れた場所に違和感を感じて視線と耳を傾けた。
「シンシア・プリムス、君にも別室で地下迷宮内での報告を我々に明確に伝える義務がある。君らが依頼に失敗し恥を晒した事が公国に対してのギルドの評価を下げる可能性があったのだぞ!まして悪魔共を刺激して地上にまで出てきていたらどうなると思っていたのだ?本来なら査問と言いたいところだが報告と言う形で済ませる事を感謝するんだな。さあ、早くこっちまで来るんだ!!」
午前中に面通ししたギルド役員の一人がシンシアを糾弾し罵声を浴びせながら強引に手を引き彼女を連れ出そうとしていた。現在シンシアが身に纏っているのは「炎獣の外套」のみでその下は裸の状態なのだ。そして男はちらりとのぞく小麦色の肌の肢体を舐め回す様な眼で見ながらいやらしい笑みを浮かべていた。
「……おい、貴様。」
「何だね……うひぃ!?――ぐへぇ!!」
アスモは小さな手を伸ばし役員の胸ぐらを掴んでその体を地面へと叩きつけた。
「ぐはあぁ!!ぐうぅ…一体、何をするんだ!……いくらA級冒険者とは言え役員に暴力をふるうなど――」
「黙れ!この下衆め!命を懸けた者達に労いの言葉をかけるならまだしも罵倒するとは何たる不遜、恥を知るのじゃ!まして役員と言っても貴様のレベルは21、精々D級程度の実力しかないではないか。B級のシンシアや散って行ったA級冒険者たちの足元にも及ばぬ貴様如きが彼らを責める道理がどこにあるのじゃ?良く聞け、これ以上の暴言は妾が許さぬ、次はぶち殺すからの!!」
汚い物でも見るような表情を浮かべたアスモが役員へ凄み威嚇する。
「アスモさん…グスッ…」
その姿を見てシンシアは感激のあまり泣き出してしまった。
「……アスモ嬢、少し宜しいかな?」
モレッツが仲裁に入るつもりなのかアスモと役員の間に入り込んだ。
「ギルド長!?見て下さいよ、この娘の非礼を!役員の私にこの様な真似をしたんですよ!」
仲裁に入るモレッツの姿を見て気を大きくしたのか役員がアスモを非難する様に弾劾する言葉を上げた。
「…何じゃ、主もこの下衆と同じ意見と言うのか?」
その言葉にピクリと眉を動かしながらアスモはモレッツを見上げて鋭い視線を送る。
「いえ、アスモ嬢にはご不快な気分にさせた事をお詫びします。――ハンズ君、君は解雇だ。流石に私も先程の君の言葉には呆れてしまったぞ。アスモ嬢が手を出さなければワシが君を殴っていたところだ。――そしてはっきり言っておく、貴様こそがギルドの恥だ!さっさとこの場から消えろ馬鹿者がぁ!!」
アスモの前で頭を下げて謝罪をした後にモレッツがハンズに解雇勧告を行い、その胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。
「ぐわあっ!!……ひいぃっ!?」
地面に叩きつけられたハンズは痛みに顔を歪めながらもモレッツの方へと視線を向けたが、その怒りの表情と圧力に気圧されて脱兎の如くこの場から逃げ出した。年老い、引退したとはいえ流石は元A級冒険者にして2メートルを超える巨体の持ち主、その迫力は小者のハンズを恐怖させるには充分であった。
「アスモ様、私からもお詫び申し上げます。支配人として恥ずかしい限りです。今後このような事が起こらぬ様にします。」
ルゴスがアスモの元まで駆け寄り深く頭を下げ詫びの言葉を告げた。
「ならば構わぬ、そんな事よりもシンシアを……セレナよ!すまぬがシンシアを別室に連れて行き、着替えと休養を取らせるようにしてくれぬか?……おい、聞いておるのか?」
「はぁ♡やっぱりカッコいいわアスモ様……はっ!?了解しました!すぐに着替えの準備をします!――さあ、シンシアさんこちらへどうぞ。」
アスモの行動に見惚れて悦に入っていたセレナがその呼びかけを聞いてふと我に返る。そして即座にシンシアをギルドの中へと先導する。
「…え、あ、はい。…あのアスモさん、さっきの言葉本当に嬉しかったです。亡くなった皆も貴方の言葉に感謝していると思います。グスッ…あのアスモさんとの約束なんですが――」
「今は気にするでない、帰りの道中話した通り最低でも2、3日は妾も用事があるからお主に連絡するのはそれ以降になるのじゃ。その時は「念話」で連絡するから今はゆっくりと体を休めるが良い。――それからこれを今回の礼として渡しておくのじゃ、ほれいっ!」
泣きながら謝意を述べようとしているシンシアにアスモは腰のポーチから取り出した袋を投げ渡した。
「これは…金貨!?しかもこんなに…これは貰えません!貴方には何度も命を救っていただいたのに…お礼をするのは私の方です!!」
袋の中身を見て驚愕したシンシアがお礼の受け取りを辞退する。
「シンシアよ、それはれっきとした報酬じゃ。水晶竜との戦いの時に奴の弱点を教えてもらわなければ勝てなかったのじゃ、お主の助言があったから妾も公国も救われたと言っても過言では無いのじゃぞ。――それに妾には今回の地下迷宮調査の報酬として多額の金銭が支払われるから気にする事は無い。それで美味い物でも食って次に妾と会うまでに英気を養うが良いのじゃ。」
アスモは受け取りを拒むシンシアに対してそれが正当な報酬であると諭して受け取るように伝えた。
「はい!次に会う時までに体を万全にしておきますので、その時は何でも言ってください!――では、失礼します!」
アスモの言葉を受けてお礼を受け取る決意をしたシンシアは深く頭を下げ挨拶をしてセレナの後を追うようにギルドの中へと入って行った。
ふう、虫唾が走るような臭い芝居じゃったが効果は抜群にあったようじゃ、この場に居る人間共から羨望の眼差しを感じるぞ。クフフフフフフ♪愚かな人間共め、すっかり妾の虜じゃな。
予想外の茶番とは言え、あのハンズとか言う屑には感謝せねばならんな。妾の名声と評価を高める為の道化になったのじゃ…いや、魔神王である妾の役に立てたのは屑にとっては光栄な事か…
さーて、早う応接間に行ってケーキを喰うのじゃ♪そして帰りに「カフェ・アンジェロ」でプリンを食べるのじゃ♪
心の中でほくそ笑みながらアスモはモレッツやルゴス、そしてギルド幹部達と共にギルド応接室へと移動していく―――




