第49話 劇的!?ビフォーアフター
「小娘よーし、証拠物件よーし、黒山羊よーし。ふむ、これで帰りの準備は万端じゃな。では帰るとするかの――おっと、そうじゃ!ギルドの連中の心象を良くしておく必要もあるから死んだ冒険者共の遺品位は持って帰ってやるか。「強欲の鎧」よ、これと同じ形のプレートをこの場より探し出すのじゃ、褒美にこの地下迷宮内にある全ての魂を喰っても良いぞ。但しこの場に居る悪魔共の肉体は食い散らかしてはならぬ。この悪魔共は妾の名声を高める為の証となるのじゃからな。分かったら早う動け!」
帰り支度を準備しながら片手間にアスモが左腕に着けている漆黒の腕輪に指示を出す。すると腕輪から13本の影が飛び出し主の命令に従うように目的の物を探して地下迷宮最下層を縦横無尽に動き回る。
そしてものの数十秒で目的の先遣隊である冒険者達のプレート8枚を探し出した。
「――A級が2枚…B級が6枚…うむ、確かに8枚あるの。ご苦労じゃった、約束通り褒美に地下迷宮内の魂を「魂喰い」を使って喰らうが良い。」
プレートを確認しながらアスモが「強欲の鎧」に称賛の言葉と褒美を与えた。
その言葉を聞いた途端、再び漆黒の腕輪が蠢く。すると腕輪から大きな目が浮き上がる。そしてその瞳から光の輪が発動しジグルス遺跡地下迷宮全体へ浸透していった。
直後に最下層にある全ての骸や肉片から小さな赤い珠が浮き上がり鍾乳洞の中空を舞う。更に少し遅れて地下迷宮全体からアスモの居る最下層の鍾乳洞に向けて大量の小さな赤い珠が吸い込まれるように集結してきた。その数は1,000を軽く超えている。
このジグルス遺跡地下迷宮にある全ての魂…アスモが仕留めた怪物や悪魔達の魂だけでは無く、この地下迷宮で命を落とした者達全ての果てる事無く、未練を残した魂が鍾乳洞内でぷかぷかと浮き上がり空間を赤く照らしている。この赤い珠の正体が魂だと知らなければ、とても幻想的で見とれてしまいそうな光景である。
そして全ての魂が集結したと同時に愉悦の瞳を浮かべながら漆黒の腕輪がその全てを吸収する。そして食事を終えると「強欲の鎧」は再び瞳を閉じて眠りについた。
「うむ、多少は満足したようじゃな。何せ人間界に来てからまともに栄養を与えておらなんだからのう。今の妾の魔力程度では燃費の悪い「強欲の鎧」を使用するにも本来の一割程度の力しか発揮出来ぬ、まさに宝の持ち腐れじゃな。…今のところは「魂の魔石」の生成位しか使い道が無いのう。まあ、実際「強欲の鎧」の力を存分に発揮出来れば竜神でも殺す事が可能な魔神器じゃから使わぬ方が良いかもしれんな。さーて、今度こそ帰るとするか。えーと「導きの珠」は…あった、あった。」
アスモはベルトに取り付けてあるポーチの中から「導きの珠」を取り出した。
「確かここを押せば王都への案内を……よしっ!設定完了じゃ。あとは矢印の方向へ移動すれば迷う事無く、地下迷宮を抜けられよう。それにしても便利な魔道具よ、これギルドの奴らに頼んだら貰えぬかのう…帰ったら一応、聞いてみるか。後は小娘達を忘れぬようにな。――よっと。」
アスモは「奈落の残滓」をポーチに仕舞い、左手に黒山羊の首を持ちシンシアを右肩に担ぎ上げた。
「よし、王都へ帰還じゃ!帰ったらプリンが待っておるのじゃ♪」
満面の笑みを浮かべながらアスモはジグルス遺跡地下迷宮の最下層から出口を目指して走り出した。
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「導きの珠」があったとは言え、アスモは数分と掛からずに広大な地下迷宮を脱出していた。流石は最弱でも魔神王、恐るべき身体能力である。
催眠魔法により気持ち良く眠っているシンシアと黒山羊の首を地面に置いてアスモは伸びをしながら辺りを見渡す。
「うむ、良い天気じゃ。今は十四の刻過ぎ位かの、予想外のスピード解決じゃったから周りにギルドの者達はまだ来ておらぬようじゃな。まあ、妾が依頼を完了させるのが早過ぎたのじゃから仕方あるまい。完璧過ぎる妾が悪いのじゃ、ギルドの者達を責める事は出来ぬ。今回は妾の方から連絡してやるのが筋じゃろう。それに「不可視の外套」を着たままでは妾を感知する事も出来ぬから脱いでおくか。………うん?「念話」が通じぬぞ。近隣の出張所に中継用の「念話」専用の魔道具があると聞いておったのじゃがのう。さて、どうしたものか…――おおっ!そういえば万が一の時の為に合図用の「信号玉」とやらを預かっておったな。確かこれを空に向かって投げれば……ほいっ!」
「不可視の外套」を脱いだ後、アスモはポーチから直径五センチほどの赤色の玉を取り出し空へ向かって軽く放り投げた。すると上空百メートルほどの高さで赤色の玉が砕け散り直径十メートルはある赤い球体が浮かび上がり空を照らした。
「なる程のう、合図専用の魔道具か。これならばここから一番近い町にあるギルドの職員共も気付くじゃろうて。確かあっちの方角の五キロ位離れた場所にあるんじゃたかの―――ん?何じゃ、人っ子一人もおらんぞ。……どうやら野盗や怪物の類いに襲撃された様子では無いようじゃの。しかし、町は蛻の殻…一体、どうなっておるのじゃ?」
冒険者ギルド本部から事前に聞いていた出張所のある町の様子を「千里眼」を使って確認したアスモは町の異常に気付いた。何と町の中には誰も居なかったのだ。その原因が気になるアスモは町の周辺を見渡した。すると…
「おっ!?おったぞ、町からかなり郊外の岩場の中…あれは坑道のようじゃな。あそこに三百近くの人間共がおる…と言う事はあそこに町中の人間が集まっておるのか。じゃが様子から察すると祭事や集会の類いではないの、それに皆酷く怯えた表情をしておる。ならば避難していると言ったところか…しかし、周辺には大した強さの者など感知出来んかったがのう…一体何が――っ!?しまった!妾を感知したじゃとぉ!?」
町の住民達を確認出来たアスモは彼らの尋常ではない様子を感じ取る。そして原因について思案していた矢先、感知していた場所の反対側である王都の方角から何かが自分を捉えた事を感じ取った。
「くっ!不覚じゃ…「不可視の外套」を脱いだのが仇となったか。しかも真っ直ぐこっちへ向かって来おるな。「切り札」を使えば楽勝じゃが、正面からまともに戦ったら確実に負けるの。まさかこれほどの強者がおったとは…それにしても妾のいる場所を正確に捉えるとは、まるで最初から妾のみを狙っておったかのようじゃな。――いかん、早よう対策を…「糞野郎」用の罠を使えば確実に仕留められるじゃろうが、今あれを地上に出すのはマズい。ならば地下迷宮の最下層まで誘導して殺すか?おっと、小娘も一緒に連れていかねば………あれ?この反応は妾の眷属?はて、こんな中途半端なレベルの雑魚…と言うか妾の眷属は魔界にしかおらぬ筈じゃが一体どうなっておるのじゃ?――ああ、そう言えばおったのじゃ!人間界で従僕にした奴が…しかし強くなり過ぎではないか?驚異的なレベルアップをしておる、妾以上ではないか…これは只の下位竜種の成長力では無いぞ。やはり妾の勘違い…しかし反応は間違い無くあ奴じゃ。このレベルでは今の妾なら兎も角、地下迷宮に入る前の妾が召喚出来なかったのも頷けるのじゃ。まあ、妾に忠実な眷属じゃから迎撃の必要もあるまい。久々に従僕の状態でも確認してやるかの。」
向かって来る存在の正体が把握出来たアスモは緊張感を解き、自分の元へ向かって来る従僕の到着をゆっくりと待つ事にした。
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「そろそろ到着しそうじゃな。それにしてもヒドラの癖に尋常ではない移動速度じゃな。まるで空でも飛んでおるかのようではないか。丁度、反応も上空から………ん?空…空…空…空じゃとぉ!?」
種族的には竜種でも蛇竜であるパイロヒドラが飛ぶ事など通常ではありえない事態である。しかし現実にアスモは上空から向かって来る気配を感じ取ったのだ。
そう、こちらへ向かって来る存在は三つ首のパイロヒドラの筈であった。しかし空を飛んでいる…つまりアスモが想像したのは翼が生えた状態のパイロヒドラである。もし、かの金色の竜王アジ・ダハーカに翼が生えたのならばキ〇グギ〇ラのような姿をしているであろう…多分それに類似した姿を想像していたのである。
だが、アスモの元へやって来ようとしている存在はアスモの想像の遥か斜め上を行っていた。
「ふぁっ!?……あれ、あれ?あれは何じゃ?目の錯覚か?それとも幻覚?……馬鹿な!妾には状態異常など無効の筈じゃ!しかしあれは一体、何なのじゃ!?どう見ても翼の生えたヒドラなどでは無く最早、別の生物ではないか!!…本当にあ奴なのか?」
飛んで来る従僕の姿を目の当たりにしたアスモは驚愕した。あくまで変貌しているとは思っていたのだが、全くの想定外の容貌でやって来たのだ。
上空に見えるのは透き通るように洗礼された紫色の輝きを放つ竜燐に覆われた巨大な竜種が翼を羽ばたかせながらアスモの居る地上へとゆっくりと降りて来たのだ。翼を広げれば軽く100メートル以上はある上位竜種である水晶竜の亜種…紫水晶竜がアスモの眼前で頭を深く下げて礼をする。
「召集に遅れて申し訳ありません陛下!従僕の身にありながら主を待たせる不敬、万死に値します。どのようなお裁きもお受けいたしますのでご容赦下さい。」
紫水晶竜は更に姿勢を低くして頭を地に擦り付けるように深く下げ謝罪の言葉を述べた。
「……お主、本当に「ポチ」か?」
眷属の反応を感じ取り間違いの無い事を頭では理解しているのだが、未だに目の前の不可解な状況が飲み込めないアスモは念の為、紫水晶竜に名を確認した。
「はい、正真正銘、陛下から素晴らしい名を賜りました「ポチ」に御座います。」
「……………」
なんということでしょう!!
下位竜種の蛇竜であったポチが立派な上位竜種である水晶竜へと見事なクラスチェンジを果たしたのです。しかも強力な亜種である紫水晶竜に…
堅牢な竜燐は更に強度を増し「神の合金」にも匹敵するほどにまで強化され、蛇竜特有の丸みを帯びた竜燐は透き通るように洗礼された紫色の輝きを放つ尖鋭で攻撃的な竜燐へと変化し光を浴びるとその全身を神々しく輝かせている。
意志の統制が取れていたかも分からない細い三つ首と頭は一つに統合され、角が無ければ蛇と遜色の無い貧相な顔付は見事な4本の角と竜種の中でも純血種と呼ばれる古代竜の特徴を兼ね備えた見る者全てをを畏怖させる豪壮な顔付へと変わっている。
更にバランスをとる為だけの退化して短くなった四肢は「金剛鉄鉱」をも引き裂く鋭い爪を持つ強靭な四肢へと変わり、大地を踏み抜くだけで軽い地震を起こせる力を持つ後肢、そして手先と言っても過言では無い器用な前肢は人間や怪物などの下等生物を掴んで花占いの花弁を引き千切るが如くその四肢を指でつまんで引き裂く事が可能でしょう。
何よりも混血種である蛇竜独特の寸胴で首と尻尾だけが細長いフォルムは4本の大きな角を生やし全てを噛み砕く強力な牙を備えた面持ちに巨大な翼に長い尾を生やし、強靭な四肢に全てを引き裂く鋭い爪を持つ紫色に光り輝く竜燐に全身を覆われた完璧な竜種へと変貌を遂げたのです。
これを家に例えるなら「改築」と言うよりも「新築」と言ったところでしょうか。…………などと呑気に品定めしとる場合ではないのじゃ!!
最早、原形すら留めておらぬではないか!ヒドラの要素は一体どこにあるのじゃ?どう見ても生物が違うぞ。ポチと言う魂が別の器に移動したとしか思えぬ変貌ではないか!
流石の妾も正直、理解出来ぬ…まさに異常事態じゃ。――いや、待てよ。もしかしたら能力を視たら少しは名残が残っているやもしれぬ…一応、確認してみるかの。
ポチを値踏みするようにまじまじと見ながら心の中で評価を下し、訳の分からぬノリツッコミを行っていたアスモは「鑑定眼」でポチの能力を確認する。
名前 ポチ
種族 紫水晶竜(水晶竜亜種)
階級 上位竜種
レベル 176
職能 「吸収」
「………ふむ、やはり「ポチ」で間違いないようじゃ、随分と立派になりおって……などと言う訳が無かろうが!ヒドラのヒの字どころかヒドラの要素が全く無いのじゃ!これは最早、進化なんて次元では無いぞ!?一体どう言う事なのか妾に経緯を説明せよ!!」
納得がいかない様子のアスモがポチに詰め寄り説明を求めた。
「陛下のお気に障ったのなら申し訳ございません。この姿になった経緯を説明させていただきます。只、私にも奇跡としか言いようがない体験ですので完璧な説明とは言えませぬが…」
そう言ってからポチがこの姿になった経緯を語り始めた――
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時は一月前に遡る――
砂塵の舞うグエン平原に一匹のパイロヒドラが戦場から去り行く主の背中を寂しげな瞳で見つめていた。
そのパイロヒドラはアスモデウスに「ポチ」と名付けられ人間界で初めて魔神王の眷属となった下位竜種の名前である。
主が戦場を後にして暫く経った後、ポチはその場に佇み感慨に浸っていた。
ヴェノア帝国の竜人グアルドの前に力ずくで屈服させられ従っていた時とは違い、自らの命すら捧げる事も厭わないとまで思える主にこの戦場で出会えた奇跡にポチは感謝していた。
神と呼んでも遜色の無い圧倒的な力と女神の様な美しさを併せ持つ完璧な存在が怨嗟の声が渦巻く地獄と化した戦場に降臨したからである。
その力は凄まじく、竜種である己を上回る実力者にして帝国軍、司令官グアルドをいとも簡単に葬り去るどころか手を翳して握るだけで万を超える兵を消失させるほどの破壊力を見せつけ、瞬く間に戦場を支配してしまったのだ。
縦横無尽に戦場を駆け巡り敵兵の大半を屠り去った自分でも主の前では竜種とすら認められない「蛇」と呼ばれ、その食指を動かす事すら全く無い只の有象無象の雑魚でしかなかった。
ポチは神に関心を持ってもらう為に自らを奮い立たせ、天を衝く巨体を誇る金色の竜王に立ち向かう暴挙とも呼べる賭けに出た…たったの一撃で遥か彼方に吹き飛ばされ瀕死の重傷を負う惨憺な結果であったのだが、生を繋げる事により、その賭けに勝つ事が出来たのだ。
命を懸けた報酬は称賛の声と主の従僕として仕える事を許され、偉大なる王の血を受けその眷属となる栄誉まで賜る事が出来たのだ。これで主の下で身を捧げ従事する事が出来る。何たる天恵…僥倖…幸福だろうか。気分は幸福感に包まれ、まさに絶頂であった。
…しかし幸福は即座に不幸へと変わった。何と主の下で働く事を禁じられてしまったのだ。忌々しきは主の主…矮小な人間の癖に偉大なる王を従える凡夫によって己が願望は阻止されてしまったのである。
凡夫はヴェノア帝国では無く、己が蹂躙したロマリア公国の人間であった。確かに自分がロマリアへ向かうのは容易ではない事は理解出来る。しかし主の側を離れる事を簡単に容認する事など出来なかった。そして凡夫に対して憤りを露わにする自分を主は厳しく叱咤して戒めと命令を与えた。
「いずれ妾の従僕として働く時が必ず来る」と…そして「日々精進し己の牙を磨け」と告げたのだ。だからこそ主の期待に応え、王に相応しき実力を手にする為に命令通りにトルキア山脈へと向かったのである。
――それにしても体が焼ける様に熱い…主の血を受けた箇所から熱が広がるように…主から傷を癒して頂いた筈だが、金色の竜王から受けた傷が未だに完治していないのだろうか?このままでは気が遠のくかもしれない。早く身を隠せる場所に移動し体を休めねばならぬか…
そしてポチは気怠い体を引き摺りながらアスモデウスの手によりその5分の1が消失したトルキア山脈の中腹辺りの洞窟に辿り着き、その身を焦がすように熱くなった体を休める為に横になった。
意識が朦朧とする中でポチは願った。主の期待に応える事が出来る力を手に入れる事を…そして主の下で忠節を尽くす事が出来る姿に憧れながら深い眠りについた――
深い眠りにつき夢の中でポチは渇望する。「忌々しい蛇竜などでは無く、立派な竜種として主に認められる姿になりたい!!」と…その言葉を発すると同時にポチの体を灼熱の業火が包み込む。
己を包み込んだ業火は肉を溶かし骨を焦がす…全身をボコボコと沸騰させるほどの高熱と骨を砕く激痛が体中に走る。
これは悪夢なのか?…この痛みは本当に夢なのだろうか?夢ならば早く醒めてくれ!!とポチは切望した。しかし、その願いは届かず過酷にも更なる責苦がその身を襲う。
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未だに高熱が身を焦がし激痛が全身を走り回っている…ああ、激痛に苛まれてどれほどの時が経ったのだろうか?時の感覚ははっきりしないが数日は経過している気がする…だが、夢の中でも分かる。既に体は原形を留めてはいないだろう。よもや身動きすら出来ぬ、生きている事さえ不思議な状況だ…多分、溶けた肉塊のような姿になっているのだろうな…苦しい…辛い…このまま死ねばこの痛みから解放されるのだろうか?
――嫌だ!死にたくない!死ねない!死ぬ訳にはいかない!!自分は主の為に働かねばならないのだ!!主に相応しき竜種として共に!!!
その祈念の直後、ポチの全身に熱が走る――しかし今度の熱は身を焦がす高温では無く、暖かい温もりであった。まるで全てを包み込む愛情の様な優しい温もりが…そして激痛から解放されポチはその温もりに身を預けた。
優しい温もりの中で肉塊となった身体が再構築されていく感覚を覚えながら夢の中の微睡に誘われ意識が途絶える間際にポチはもう一度同じ事を願った――「主の下で忠節を尽くす事が出来る姿になりたい」と。
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「――で、一週間ほど前に目覚めたらこの姿になっておったと言う事か………マジか?」
不可思議とも言える話を聞き、訝しげな表情をしながらアスモはポチに確認をする。
「はい、マジです。」
ポチは真剣な瞳でアスモを見つめて言葉を返した。
――うむ、この反応はやっぱりマジのようじゃな……
確かに魔神王である妾の血で力が増す事はあるが、まさかここまでとは…最早、進化などと言う次元を飛び越えておるではないか。
しかも何じゃこの姿は?元の姿に翼が生えた位ならまだしも原形を留めておらんではないか。夢の中で願っただけで姿が変わったじゃと?話を聞くだけでは何たる陳腐なご都合主義と鼻で笑ってしまいそうじゃが、現実を目の当たりにするとかなりの衝撃じゃな。
まさか種族は同じ竜種でも蛇竜から古代竜に変わるとはの…しかも聞いた事も無い職能まで取得しておる。名前からして多分、妾の影響を受けておるようじゃが…
どうしよう…突っ込みどころ満載の展開じゃが、従僕如きの前でこれ以上妾が狼狽えるような素振りを見せる訳にはいかぬ。ここは強硬策の「ごり押し」で通すしかあるまい。
疑念を持つ事無く盲信…ではいかんじゃろ!――そう!この世の中は妾を中心に回っておるのじゃ!故に全てが妾の都合の良いように進むのじゃ!じゃからこそたった一日でA級冒険者に昇格出来た事も「糞野郎」の野望を嫌がら…ゴホン、打ち砕いた事も…ポチが訳のわからぬ変貌を遂げた事も全てが妾の持つ天運の成せる御業なのじゃ!
何よりも細工されていたとは言え、魔神王である妾が人間である主殿に召喚された事自体が奇跡…よもや歴史史上最大のご都合主義である事件が既に起こっておるのじゃ、高々ポチが変異した程度の事など取るに足らぬ些事なのじゃ!………よしっ、一・件・落・着!!
心の中で葛藤と格闘しながらアスモは疑念を差し挟む事を止めて全てを受け入れ押し通す方針を取った。
「あの…陛下、お気分でも優れないのでしょうか?」
考え込むアスモの様子を心配しポチが声をかける。
「…お…おうっ!心配無いのじゃ、少し考え事をしておっただけなのじゃ。まあ何じゃ、お主の姿が変わったのは願いが叶ったのではなく、妾の血のお陰じゃ。魔神王である妾の血を受け眷属となった事で力が増したという事じゃな。何せ新しい眷属を迎えたのは2,000年以上前の事じゃからすっかり忘れておったのじゃ。……しかし、ここまで姿が変わるとは予想外…まあ、流石は妾と言ったところじゃな。そうじゃ!妾は最高にして最強の存在なのじゃ!ワハハハハハハハ!!」
今回のポチの変貌を解明する事を諦め、自分の力によるものだと言い切ってアスモは豪快に笑いながら押し通した。
「はい、仰る通り陛下は最高にして最強の存在でございます。」
「うむうむ♪よーく分かっておるのうポチよ。――しかしお主の変わりようにも驚いたが、聞きたい事もあるのじゃ。」
説明を求めないポチの態度に気分を良くしたアスモは気になっていた質問をポチに尋ねた。
「はい、何なりとお聞きください。」
「先ずはお主、まさかとは思うが、ここに来るまでに公国で暴れてはおらぬじゃろうな?」
「ご安心下さい。陛下のお住まいになる国の者達に危害は一切加えておりませぬ。陛下に喚ばれた後、急いで陛下の気配を感じた森に移動しましたが、既に陛下の気配が消えており、その周辺で暫く右往左往していた時に先程、陛下の反応を感じて急ぎ馳せ参じた次第です。」
「うむ、ならば良し。では次じゃ、お主のその職能の詳細を教えよ。「吸収」など聞いた事も無い職能じゃ。名前から察すると能力吸収か何かと言ったところなのかのう?――後、お主は何を喰ったのじゃ?いくら上位竜種になったとは言え、言語は以前からある程度は理解出来ておった様じゃが、会話は出来なかった筈じゃ。しかも言葉遣いが洗礼されておる。普通に習得するには期間が余りにも早過ぎる。間違いなくその職能の影響がある筈じゃ。」
「私の職能は陛下の仰る能力吸収などでは無く、喰らった者から知性の吸収と属性強化が出来る職能と思われます。見事なご慧眼、流石は陛下でございます。」
アスモの見事な見解を聞いて感嘆の声を上げながらポチは深く頭を下げ敬意を表した。
「知性の吸収と属性強化…中々良い職能ではないか。知性という事は喰った者の記憶や知識を得る事も可能なのか?属性強化についても詳しく話すが良い。」
知性の吸収と言う言葉に目を輝かせながらアスモが問いかける。
「はい、先ずは知性ですが記憶や知識を得るのでは無く、喰らった種族の単純な知的作用能力のみの吸収です。最近食べたのが多分ヴェノア帝国の密偵だと思いますが、相応の知性を持った魔人でした。知的生物を喰らう事で知的能力が向上したと思われます。次に属性強化についてですが、実は私の弱点であった風と土の属性に耐性が付きました。水晶竜の特性で最初から土属性の耐性はありましたが、更に強化されております。どうやら私の食べた美味しいお肉…ゴホン、我が糧としたその属性に該当する耐性を持つ怪物達を喰らった事により属性が強化されたようです。しかも食べれば食べる程、耐性が強化されるようなのです。」
「成程、知識の吸収では無く食べた種族と同等のレベルの知性を得るという事か…それからお主の属性じゃが――確かに能力を詳しく見たら風属性に耐性が付いて弱点は光と闇属性のみのようじゃな。ほう、しかも土と雷属性無効とな。一応は便利な職能と言ったところか。まあ及第点はくれてやろう。多分「簒奪者」を持つ妾の力の影響と思うが、出来れば能力の吸収や知識の吸収が出来る職能であって欲しかったと言うのは酷じゃな。そんな反則とも呼べる職能は「強欲」ぐらいじゃからな。しかし属性強化か…成程のう…魔神や竜王を眷属にした時は力の向上はあったがここまで顕著な変化は無かった…下等生物に力を与えると大化けするという事か?中々面白い結果じゃな…まあ人の身で魔神固有の希少職能である「罪科」どころか「大罪」まで共有出来た主殿のようなとんでもない存在がおるからのう。本当に世の中何があるか分からぬのう、まあ、それも一興か…フフッ。」
知識の吸収についてのポチの回答に残念そうな言葉を発しながらも、その表情は何かを思い出し微かな笑みを浮かべていた。
「陛下から賜りましたこの素晴らしい職能を使って、これからは一生陛下のお側を離れず忠義を尽くしたいと思います。」
ポチがアスモから得た力の事を胸を張りながら誇らしげに語り、主への奉公を誓った。
「ん?何を言っておるのじゃお主は?それは無理じゃろ。多分と言うか確実にお主が現れた事で公国は大混乱に陥っておるのじゃぞ。そのお主を連れて妾が王都に帰ってみよ、悪魔共を倒した英雄となるどころか竜種を使って人々を恐怖の淵に追いやる公国の敵と見做されてしまう事が濃厚じゃ。いずれ世界を制するにしても現時点の妾の目的の為にはそれは出来ぬ。お主には悪いが引き続き山で精進を続け――」
「お待ち下さい陛下!問題は御座いませぬ。私は陛下のお力で上位竜種にクラスチェンジする事が出来ました。その事により知能の向上と言葉を話す事…そして「人化」が可能となりました。故に人の姿になって陛下のお側でお仕えする事が出来るのです。どうか、どうか私を陛下のお側に置いていただけます様お願い致します!!」
拒否とも言えるアスモ言葉を聞いたポチは真剣な顔ですがるように懸命に懇願した。
「ほぅ、人化可能か……確かに使える手駒は多い方が良い。――良かろう、妾の側で仕える事を許す。」
「人化」と言う言葉を聞いてピクリと眉を動かしたアスモは少し考え込んだ後、ポチの同行を許可した。
「ありがとうございます!では即座に人化を――」
「ちょっと待て、良い事を思いついたのじゃ!クフフフフ、本当に妾は天才じゃのう♪」
ふと何かを思いついたアスモはポチの行動を遮り悪い笑みを浮かべた。
「良い事ですか?」
「そうじゃ、良いか?今から妾はお主と戦って見事に撃退する。まあ、あくまで芝居じゃ。地獄門を破壊し、百を超える悪魔達と上位悪魔を斃したにしても確実にS級冒険者になれる偉業を達成したとは言えぬやもしれん。じゃが、公国に恐怖を振りまいた存在である上位竜種を撃退したとなれば確実に偉業となる筈。常識で考えれば妾がお主を撃退するのは無理じゃが、あくまで芝居…そして何よりも水晶竜の弱点は雷じゃ。つまり派手に魔法をぶっ放しても無効である雷属性であればお主も傷を負う事はあるまい。それに証人…いや観客は足元に居る小娘とお主に感知されぬよう慎重に動いておる故にまだ感知出来る距離までは来てはおらぬが「千里眼」でこちらを窺おうとしておる公国やギルドの関係者達がおるしのう。良いか?台本はこうじゃ――――――――理解出来たな?さあ、精々見事な演戯を見せてやろうではないか!のう、ポチよ。」
「如何に芝居とは言え、陛下に手を上げる事など私には出来ませぬ。その様な不敬を行うぐらいならば、この場で陛下の糧となった方が…」
「馬鹿者!本気では無く少し力を抜いた演戯で良いと言っておるじゃろうが!現時点のレベルはお主の方が上じゃが、種族としては魔神である妾が基本能力で圧倒しておる。まして手を抜いたお主の攻撃など問題無く防いで見せるわ。第一、従僕如きが主に反論する事など許されると思うでない!それにお主は妾の側で奉公がしたいのじゃろう?ならば妾の指示に従うが良い。これは勅命じゃ!」
「勿論、陛下のお側で忠節を尽くすのが私の悲願……承知しました。芝居とは言え、非礼ではありますが陛下に対して手を上げる真似をお許し下さい。」
アスモの勅命の言葉を聞いて渋々とだが命令に従う意思を見せたポチが頭を下げ従順に応じた。
「良し良し、妾は物分かりの良い奴は好きじゃぞ。では早速始めるとするか。さて小娘にかけた催眠魔法のの解除をするかの。何せ小娘にも脇役として活躍してもらわねばいかんからのう…ああ、そう言えば台本は覚えておろうな?ポチよ。」
「無論で御座います。いつでもどうぞ。」
「うむ、では始めるとするのじゃ。まさか妾が芝居どころか狂言廻しの真似事までする事になるとはのう…まあ良い、観客は少ないが妾の名声を高める為の証人として一役買ってもらおうではないか。褒美として妾の演戯を見る事が出来る栄誉を与えてやろう!さあ、ショータイムの開幕じゃ!!」
フフッと薄く笑みを浮かべながら舞台開幕の合図を告げてアスモはパチンと指を鳴らした――




