第45話 初めてのダンジョン その⑩完全勝利
『貴様ぁー!!よくも俺の家族を…一族を惨たらしく殺してくれたな!――しかも全ての国民の体内に蟲の卵を産み付けているだと…何様のつもりだ、この愚王が!!』
黒山羊の怒りに打ち震えた怒号がベルゼブブに向けて放たれる。
ベルゼブブ(怒メーター)現在値30%
■■■□□□□□□□
「フフフ、家族が死に行く様を見て少し呆けていたようだが、やっと威勢が戻ってきたようじゃないか。それに国民をどう扱おうが王である余の自由だ。魔神王である余の糧となれる事自体が名誉なのだぞ。愚民如きが意見をする方が烏滸がましい話だ、口を慎め…と言いたい所だが余は寛容である。まだ余に対して意見があるのならば聞いてやろうではないか。最期にな…」
バフォメット一族を滅ぼした事で黒山羊に対して意趣返しが出来たと思い込み、少し機嫌が良くなったベルゼブブが黒山羊に向けてそう告げた。
『何と身勝手な答えを言いやがる……貴様に対して意見があるか?と聞いていたな、意見ならいくらでもあるぞ。――体内に仕込んだ蟲の卵はこのエクロン王国の民達だけでは無く、他国にも放っているのではないのか?貴様ならば可能な筈だ!』
その言葉を聞いて「しめた」とばかりにアスモは「蟲」についての核心に切り込む。
「…確かにそれも可能だな。良く思いついたじゃないか…などと言う訳が無いであろう。――貴様は馬鹿か?それが他国に露見した場合は戦争になるのだぞ、大義などこちらには無い。ゾディアック連合全ての魔王が余の敵に回るのだ。そのような愚策考える訳があるまい…」
ちっ!予想は外れか、つまらんのう…
本当にしておったなら魔界に帰った瞬間にそれを口実にぶち殺してやるつもりじゃったのに…単細胞は単細胞らしく愚策に走って自滅でもしておれば良かったのじゃ!
まあ、確かに他国にばれたら袋叩き確定じゃから仕方ないか…
さて、最後の仕上げの前に意見を言っても良いとあの糞野郎が言っておるのじゃ、お言葉に甘えて言いたい事を好きなだけ言わせて貰うのじゃ!クフフフフフフ♪
ベルゼブブから告げられた答えを聞いて少し落胆したが、気を取り直してニヤリと笑みを浮かべてアスモは最後の嫌がらせを開始する。
「どうした?それで終いか…ならば――」
『まだだ!俺は貴様に言いたい事がまだあるぞ!!』
「ほぅ、面白い。ならば余や国家の体制に対しての意見を申してみよ。」
あくまで余裕な雰囲気を崩さずにベルゼブブは口角を上げ笑みを浮かべる。
普通に考えれば少数の国民如きが王や国の体制に意見したところで何も変わる事は無いのだ。そしてここで起きた事の情報さえ封殺してしまえば問題にすらならないと判断していた。
『ではよく聞けい!貴様は国民に「清浄にして偉大なる王」などと言わせているが、貴様は馬鹿なのか?そのような言葉は強制では無く王に敬服した国民が自らの意志で語るのが普通なのだ!実際は「不浄にして尊大なる愚王」の間違いではないのか?』
黒山羊から放たれる言葉は意見と言うには辛辣で悪意のあるものであった。
ベルゼブブ(怒メーター)現在値50%
■■■■■□□□□□
「っ!?な、なんだと…」
予想外の言葉に声を上げ、先程まで少し上がっていた口角が真一文字に結ばれる。
『それになんだその恰好は?狙っているとしか思えんぞ!』
黒山羊はそれを気にする事無く更に言葉を続ける。
「…狙っているだと?一体、何を…」
ベルゼブブは突然投げかけられた訳の分からない質問に首を傾げる。
『阿保か貴様は!只でさえ「糞蠅の王」等と陰口叩かれているのに黒褐色の服に黒のマントを着ているとは…しかも顔には黄金の仮面だぞ!どう見ても狙っているとしか思えん、まさに狂人の発想だぞ!…素面でそれを格好良いと思っているのであれば大したセンスだな。俺ならばそんな恥ずかしい恰好など出来んぞ!ああ、その間抜け面が見えないのが残念だ!!』
最早、意見とは言えない黒山羊から放たれた暴言がベルゼブブに向けて襲い掛かった。
「ぐっ、貴様ぁ…それのどこが意見なのだ!それでは只の文句では――」
『まだあるぞ!反逆の芽を事前に摘む為に国中に万を超える分身を放って国民を監視しているとか言ってるが実際は只の変態野郎じゃないのか?こそこそと隠れて毎日毎日、国民を監視しやがって貴様はやる事がそれしかないのか?仮にも王だろうが!そんな愚かな魔神王が居るなんて聞いた事すら無いぞ。…それとも覗き行為が楽しくて興奮でもしているのか?随分と高尚な趣味をお持ちのようですな陛下ぁ♪――第一、国民に尊敬されるような王になりたければそんなつまらん事に人生をかける前にちゃんと仕事しやがれ!!王である貴様がそんな様だからゾディアック連合の中でも底辺国だと言われるんだよ。お前のせいで我が国は2等…いや3等国家と呼ばれているのを知っているのか!この愚王がぁ!!』
甘いわ!貴様には言い返す暇など与えぬ!ここからはずっと妾のターンなのじゃ!精々、その脳みその少ない頭に血を上らせるが良いわ♪ウケケケケ…
ベルゼブブが口を挟む暇すら与えずにアスモの只の悪口とも言える毒舌攻撃は延々と続いて行った。
わなわなと肩を震わせ、その身体から湧き上がってくる禍々しき闘気を見ればベルゼブブが既に激怒しているのが感じ取れた。
「…貴様ァァ!!いい加減にしろよ…もう良い、これ以上の暴言は許さ――」
『ううっ!?ぐあぁぁ…』
延々と続いた暴言に我慢できなくなったベルゼブブが怒号を上げようとした時に地獄門の向こう側から黒山羊のう呻き声が聞こえてきた。
「何だ?向こう側で何か起こったのか…」
『くっ!?止めろ!これ以上喋るな…俺を殺す気か!!』
苦しんだ様子の黒山羊がベルゼブブに向けて不快感を表すような声を上げる。
「…貴様、一体何を言っているのだ?」
ベルゼブブは黒山羊の言っている事の意味は理解出来無いが先程のように己に対しての文句である事は想像がついた。
だが、この後放たれる言葉が己の想像以上である事は理解出来ないでいたのだ。
『喋るなって言ってるだろうが!!何でも喰らう悪食とは聞いていたが…「偏食」ならぬ「糞食」と来たもんだ。――貴様の魔力はこの地獄門を通る事は無いが貴様が喋る度に悪臭を放つ猛毒のような匂いが地獄門を潜り抜けてこっちに充満して来るんだよ!!お前口が臭いぞ!まるでドブの様な匂いがするんだよ!!」
ベルゼブブ(怒メーター)現在値90%
■■■■■■■■■□
「貴ぃ様ぁぁぁあーー!!よもや只で死ねると思うなよ!」
ベルゼブブから放たれる闘気が一気に膨れ上がる。その殺気により周辺の空気が一瞬にして変わった。少し離れた場所に居る5人の魔神達と竜種もそれを感じ取り、凍りついたように微動だにしなくなった。
その脳裏に「余計な事を言えば…いや、動いた瞬間に死ぬ」と本能が呼びかけていたのだ。そして全員の顔が恐怖に歪んでいた。
▼
「………フ、フフッ…フハハハハ!――危なかったぞ、もう少しで貴様の術中に嵌るところであった。貴様が余や国に対する意見では無く、余に対する文句を言い始めた事で違和感を感じたが、どうやら正解のようだな。そちら側からでは破壊が不可能な地獄門を余を怒らせる事でこちら側から破壊させるつもりであったようだが詰めが甘かったぞ。まあ、悪魔如きにしては中々面白い策を考えるものだ。一応、褒めてやろう…――だが、貴様を生かすつもりは無い、もう少し地獄門を大きくしてから貴様以上のレベルの者共を送り込み必ず貴様を殺す…今度はあの愚か者では無く余の眷属に呪縛魔法を仕込ませてから送り込む故に懐柔する事も出来ぬぞ。精々、怯えて逃げ回るが良いわ!そろそろ貴様の耳障りな声にも聞き飽きたな…」
黒山羊の策略を見抜いた事に機嫌を良くしたベルゼブブは高らかに笑い声を上げながら地獄門の方へ向けてしたり顔を見せる。実際は策略では無く只の悪口と言う嫌がらせなのだが…
おっと、いかん!このままでは糞野郎が「消音結界」を張るかもしれんな。それは不味いのじゃ。
それにしても堪えた事を自慢げに言うておるようじゃが、流石に妾も只の文句で地獄門を破壊出来るなどとは思うておらぬわ。単純にお前が嫌いじゃから悪口を言っただけなのじゃ!
まあ、文句は十分言ったし、そろそろ決着と行こうかの。
最初からお前を切れさせる「切り札」は用意してあるのじゃ。クフフ、一撃必殺の破壊力を喰らうが良いわ♪
そして黒山羊が勝負を決める決定的な言葉を口にする。
『フン、人を愚か者と言う割には随分と俺にご執心ではないか。魔神王の癖に随分と小物だな。隣の大国の支配者である「色欲の王」アスモデウス陛下ならこの程度歯牙にもかけぬであろうな。何せあのお方は貴様のような愚王とは違ってアクゼリュス王国の国民全てに尊敬の念を持って崇め奉られている真の「偉大なる王」なのだからな。おっと、貴様と比較するだけでもあのお方には失礼にあたるか…』
「アスモデウスだとぉ…」
その言葉を聞いた途端にベルゼブブの声のトーンが明らかに低くなり、先程までの余裕の表情が崩れる。
『しかし、俺はあのお方を恨んでいる…あのお方にとっての唯一の愚行をな…』
「…何、奴を恨むだと?」
アスモデウスの愚行と聞いて首を傾げながらも黒山羊の言葉に耳を傾けた。そしてベルゼブブを発狂させる事が出来るアスモの「切り札」が炸裂する――
『そうだ!唯一の愚行…それは貴様を殺さなかった事だ!!知っているんだぞ!貴様がかつてあのお方に自ら仕掛けた上に、手も足も出ず簡単に敗れ去った事を…そして貴様が魔神王としての矜持すらもかなぐり捨て、情けなく命乞いをした事もだ!!――ああ、あの時、貴様が死んでいればこの国もアスモデウス陛下の支配下となり国民全てが幸せに暮らせたものを…不敬にあたるが俺はあのお方の聖母の如き慈悲深さを恨んでいるのだ。そして貴様には己から仕掛けたにも係らず命を救って頂いた大恩あるお方だ。足を向けて寝る事など出来まい。』
その言葉を聞いた途端にベルゼブブの脳裏に2万4千年前のあの光景が甦った。
血塗れで瀕死の状態となり地に伏し息も絶え絶えな状態の己を深紅の髪を靡かせながら金色の瞳で蔑むように見下ろす女の事を…
「――まれ…まれ…黙れ…黙れぇ…黙れぇーー!!」
湧き上がってくる怒りと共に獣のような咆哮を上げるベルゼブブに止めとばかりに黒山羊は追撃を加えた。
『ああ、それからもう一つ、貴様のその仮面の下にはあのお方が――』
ブチィッ!!!
『おほっ♡』
「「「へっ!?」」」
何かが切れるような音が空間に鈍く響いた。その音と共にベルゼブブの仮面の下から鮮血が地面に滴り落ちる。
「怒りで血管が切れる」と言う例えは良く聞くが、実際に血管の切れる音を聞くのはその場に居た者達にとっては初めての経験であろう。しかも結構大きな音がしたのだ。
魔界側に居る魔神達は呆気にとられた顔をし、人間界側に居るアスモは笑いを堪えるために両手で口を塞いで吹き出しそうになるのを我慢していた。
ベルゼブブ(怒メーター)測定不能
■■■■■■■■■■■■■■■
「舐めるなよぉ!!糞があぁぁあ!!!「光の破壊砲」!!!」
そして怒り狂ったベルゼブブが地獄門に向けて究極魔法を放った。地獄門を包み込んだ巨大な光の柱が雲を突き破り天で拡散し魔界の空を明るく照らす。
その破壊力により地獄門を維持していた魔方陣が全て掻き消され、形を保てなくなった地獄門が一気に収縮していく。
「「「ああっ!?地獄門が」」」
「――っ!?しまった…」
掻き消えていく地獄門を目の当たりにした魔神達が声を上げた。その声を聞いてベルゼブブが我を取り戻した時にはもう手遅れの状態であった。
『馬ァーーー鹿♪』
地獄門が閉じる直前に黒山羊から更に追撃が加えられた。そしてベルゼブブが反撃する間も無く地獄門は完全に閉じてしまった。
「糞がぁぁぁぁああああーーーーー!!!」
暴食の王の怒りに満ちた叫び声が響き渡る空間で収縮し消滅した地獄門から発生した瘴気が結晶化し50センチ以上はある巨大な「奈落の残滓」へと変わる。そして勢い良く地面へと堕ちて行った――
「色欲の王」VS「暴食の王」無制限1本勝負
〇アスモデウス(2勝) TKO ×ベルゼブブ(2敗)
アスモデウスの精神的外傷攻撃によりベルゼブブが地獄門を自ら破壊した事により自爆。
ベルゼブブにとってアスモデウスは天敵である。「精神的外傷」となっている昔の事を思い出させるだけで効果は絶大…まさに一撃必殺の威力であった。
「色欲の王」完全勝利!!
「アハハハハハハハ!!「糞野郎」が糞って…しかも血管が切れた時の音なんて生まれて初めて聞いたのじゃ♪ブチッて、ブチッて音がしおったぞ!グフッ、クフフ…腹が…お腹痛いのじゃ♪クフフフフフフ!!アハハハハハハ!!!」
そして件の少女は地獄門が閉じた事を確認するや否や地べたで腹を抱え大声で笑い転げていた。
ジグルス遺跡の地下迷宮最下層に少女の無邪気な笑い声が響き渡っていた。
▼
「ふー、久々に大爆笑したのじゃ!ベルゼブブをからかうのはこれだから止められぬのう♪さぁて、仕事も完了したし早う帰るとするかの。――おっと、ここで地獄門を二度と開ける事が出来ぬように嫌がらせ…じゃのうて仕掛けをしておくとするか。クフフ、糞野郎め座標を最初から計算し直すのは大変じゃろうなぁ♪何せここが使えなくなっては残りの10か所も位置を変えねばならぬのじゃからな。精々、頑張るが良いわ。まあ、その頃には妾も更なるレベルアップをしておるじゃろうしな。次も必ず邪魔してやるのじゃ、お前如きが妾に勝てる道理など無いのじゃ雑魚め!ウケケケケケケ♪……そういえば何故、ここまで大がかりな地獄門を開けておるのかあの阿呆に聞くのを忘れておったな。完成したとしてもあの程度ではアンドラス級の悪魔王ならば兎も角、魔神王である奴自身が人間界へ来る事は不可能じゃと思うのじゃがな。…まあ、良いか。」
指名依頼であるS級クエスト「ジグルス遺跡地下迷宮調査」完了したアスモは色々な事を思案しながらも「暴食の王」への更なる嫌がらせを行う為に地下迷宮最下層の隠し部屋でせっせと何かを始めていた――
本日ここでA級冒険者アスモが仕事の片手間に魔神王「暴食の王」ベルゼブブの野望を阻止し、世界を救ったと言っても過言では無い伝説とも呼べる大偉業を達成した事を人間界の者達は誰も知る由も無かった…




