第40話 初めてのダンジョン その⑤上位悪魔バフォメット
シンシア・プリムスは目の前で起きたありえない光景に目を奪われ、ただ茫然と立ち尽くしていた――
今、私が見ているのは夢?…それとも現実?
私の視線の先には原型を留めていない10体を超える中位悪魔の無残な死体が転がっている。各々が下位竜種に匹敵する力を持つ恐ろしい悪魔達が……正直、夢としか思えない光景だわ。
――公国からギルドを通しての指名依頼を受けてジグルス遺跡の地下迷宮調査を開始したのが3日前。そして昨日この最下層にやっと到達する事が出来た。
最下層までの道程は長く入り組んだ通路や罠の解除には苦労したが、何故だか怪物にだけは録に遭遇する事は無かった。だけど最下層の通路の奥に設置されていた灯りに誘われて入った鍾乳洞の異様な光景を目の当たりにした時、皆に戦慄が走った。と同時にその理由が理解出来た。
鍾乳洞には大量の悪魔、いいえ最早「軍団」と言っても良いぐらいの100を優に超える絶望的な戦力がそこにいた。
このまま放置すれば先月のヴェノア帝国との戦争で弱体化した公国では手に負えないと私達は判断し、この異常事態をギルドへ報告する為にダンジョン内の記録を残す事が出来る「探索者」と「鑑定士」の職能を持つリアリュを逃がし、残りの者はその時間稼ぎをする事に覚悟を決めて悪魔達に挑んだ。
戦闘に入った時は襲い掛かって来る下位悪魔相手に皆で力を合わせて互角以上の戦いを繰り広げる事が出来た。実際、こちらの被害も大した事無く20体近くの下位悪魔を倒す事が出来たわ。――でも、戦況はたった一体の中位悪魔が参戦してきた事によってひっくり返ってしまった…
私が所属している冒険者チーム「風鷹団」の団長にして「旋空」の二つ名を持つ鳥人族の亜人、ジャック・テーズそしてロマリア公国最強の冒険者「炎王」ヒューロ・バルドルの2人のA級冒険者の力を持ってしても、たった一体の中位悪魔の圧倒的な力の前になす術も無く調査隊は壊滅してしまったのだ。
…女であった私以外の皆は尋問を受け最期は悪魔達の餌食になってしまった。――そして私だけが慰み者として生き残ってしまった。
悪魔達に凌辱されながらも精神を折る事は出来なかった。いいえ、私を庇うために悪魔達に拷問を受け生きながら喰われた皆の事を思えば精神だけでも奴らに屈する訳には行かなかった。
そして気が遠くなるほどに長く感じた凌辱に精神が折れそうになった時、私の前にその少女は現れた。
私を凌辱していた下位悪魔達を簡単に倒して少女は自信に満ちた表情でこう言った。「安心するが良い」と…普通ならば何を言っているんだ?と思うだろうけどその言葉を聞いて私はなぜか安心してしまった。この少女が言うのならば大丈夫なのではと思ってしまったのだ。
結果は私の目の前に広がる光景が物語っている。少女の言った通り、数分のうちに決着はついてしまった。
私を救った少女はたった一人で10体を超える中位悪魔を相手に…いいえ、100体を超える悪魔達を圧倒的な力で簡単に始末してしまったのだ。まるで子供が無邪気に遊んでいるかのように…
確かに「金剛鉄鉱」のプレートをしていたからあの少女がA級冒険者だと言うのはすぐに理解出来た。最初は助けが来た事に安堵していたけど命乞いをし、逃げ惑う中位悪魔達を嬉々として皆殺しにしていく暴力の化身とも言える少女を見て私は恐怖に身体が竦み動く事が出来無かった。正直、今でも震えが止まらないわ。
――強い…なんてレベルじゃない。強過ぎる。正直、同じA級でも公国のA級冒険者とは桁違いの実力だった。こういう力の持ち主がS級冒険者になるのだろう。
情けない話だけどロマリア公国の冒険者のレベルはアルガルズ大陸では現在、最弱。
アルガルズ大陸に3名いるレベル100を超えるS級冒険者の内2名はムスペル王国、残り1名がメルキオ公国の各ギルドに所属している。そしてA級冒険者の数もロマリア公国より多くその質も比べ物にならないくらい高いのだ。
少女を見て最初は淫魔かと思ったけどこんなに強い淫魔なんて聞いたことが無い。第一、どう見ても8,9歳ぐらいにしか見えないのにこの強さ…
「鑑定士」の職能は持って無いけど間違いなくこの少女は魔人だと理解出来た…しかも「先祖返り」の。
ムスベル王国は亜人が国民の半数を占める国家だからこの少女は多分ムスペル王国のギルドの所属なのかしら?
救援が来たと言う事はリアリュは無事に地下迷宮を脱出出来たようね。良かった。――でも不思議なのはこの少女がここに来たのが想定よりも遥かに早過ぎたと言う事…
ギルドにも面子や矜持がある。他国のギルドに救援要請を依頼するのに多少は悩む筈、それに要請されたギルドも状況判断や自国の戦力の派遣について会議を行わなければいけないわ。そして両国の中枢にも国境を渡る申請を行う義務もある。だから通常は最低3日~1週間は掛かるはずなのに少女は翌日に来た…
他国の冒険者がロマリア公国に居るとは聞いていないから一体、どう言う事なのかしら…
――あっ!?あの子がこっちに近づいて来る。どうしよう…少し怖いけど質問してみようかしら?
混乱していた思考を整理していた矢先に件の少女がシンシアの方へ歩み寄ってきた。
「どうした、何を呆けておるのじゃ?怪我はもう治っておるであろう。――取り敢えずこれを着るが良い。安心せよ、汚れは「清めの光」で綺麗にしておる。多少破けておるがそこら中に転がっておるお主らの装備の中では一番ましな状態の物じゃ。」
そう言ってアスモは手に持った外套をシンシアに手渡した。
「これはバルドルさんの「炎獣の外套」…うぅ…グスッ…皆――」
手渡されたその外套を手に取りギュッと抱きしめる。そして仲間達の事を思い出しシンシアは泣き崩れる。
ふむ、面倒くさい奴じゃな。黙らせるか…と言いたい所じゃが、あくまでこ奴は妾の協力者になるように上手く懐柔せねばならぬからのう。落ち着くまで少し待ってやるのじゃ。
まあ、協力を拒むようなら魔道具の知識だけ奪って殺してしまえば良いだけの事じゃ。何せここには妾以外の目撃者など居らぬのじゃからな。
それに他にも使い道がある故、出来れば殺したくは無いのじゃが、さてどういう反応をするかのう…
――それにしても今日は最高の一日じゃな♪たったこれだけの戦闘でレベルが85になってしもうたぞ♪
これだけのレベルならば魔神本来の身体能力のみで戦っても奥に居る門の番人相手に後れを取ることはあるまい。まあ、手に余るようなら「狂戦士」を使えば良いだけじゃ。――場合によっては「色欲」を使うかもしれんがの…
確か奴はレベル97じゃったな…妾より格上の相手を殺したら一体どれだけの経験値が手に入るのじゃ?多分90は軽く超えるじゃろうな。それにかなり楽しめそうな相手なのじゃ、人間界に来て初めて本気で戦えそうじゃのう♪
――おっ!?やっと泣き止みおったな。さて、この女を懐柔してからここの「地獄門」を破壊し奥の本命を楽しむとするかの。
「少しは落ち着いたかの?安心するが良い。妾が無事に王都まで送ってやるのじゃ。」
シンシアが泣き止んだのを確認したアスモは彼女を協力者として懐柔する為に甘くふわっとした感じの声で優しく話しかけた。
「…グスッ、ごめんなさい。やっと落ち着きました。――改めまして、助けてくれてありがとうございました。私はロマリア公国所属の冒険者チーム「風鷹団」団員のB級冒険者シンシア・プリムスです。…あなたは何処の所属なのですか?ムスペル?それともメルキオ?」
シンシアは涙を拭いながら命の恩人であるアスモに対してお礼の言葉を述べた。
「妾はお主と同じロマリアの所属じゃぞ。名は先程も言ったようにアスモと言う。ランクはA級じゃ。」
「ロマリア所属?それは嘘よ。あなたのように強い人が居れば絶対に私達の耳に噂が入るはずよ。情けない話だけど公国最強の冒険者と言われたバルドルさんや私達のチームよりもあなたは遥かに強いのだから…」
アスモの言葉を嘘だと断定したシンシアは彼女を不審な目で見つめる。…三日前からこの地下迷宮調査を行う為に王都に居なかったのだから知らないのも無理は無い話であった。
「…信じられんと言ったような顔をしておるな。じゃが妾は嘘など言っておらんのじゃ、ほれ、このプレートを良く見よ。――アスモ、A級冒険者じゃ!」
アスモは首に下げているプレートを手に取り叫ぶ。すると金剛鉄鉱のプレートが輝き光りを放つ。そして首からプレートを取り外してシンシアに手渡した。
シンシアは訝しげな表情をしながらプレートを確認する。――そこには確かにロマリア公国冒険者ギルド所属、氏名アスモ、年齢8歳(笑)、A級冒険者と記載されていた。
「間違いなく本物のプレートだわ…でもあなたみたいな実力者が公国内に所属しているなんて今まで一度も聞いた事が無いわ。」
シンシアはプレートが本物である事を確認しながらも、まだ納得出来ないような半信半疑の面持ちをしている。
「まあ、お主が知らぬのも仕方無い事じゃ。妾は昨日冒険者になったばかりで今日A級にランクアップしたのじゃからのう。さっきも言ったであろう?史上最速でA級になったとな。」
シンシアの態度を表面上は気にする事無くアスモは淡々と話を続ける。――本来ならば「ぶち殺すぞ!」と言いたいところだが彼女を懐柔し取り込む為に、その怒りをそっと心にしまっった。
「たった一日でA級に!?史上最速なんてレベルじゃないでしょ!今まで聞いた事すら無いわ。――どうやったらなれるのかを聞きたいくらいよ…」
シンシアがその言葉に驚愕し目を丸くしながらも更にアスモへ質問する。
「ふむ、面倒じゃが簡単に説明するとこういう事じゃ―――――――」
アスモは昨日解決した「子爵家令嬢誘拐事件」についての概要を簡単に説明した。
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「……最近、王都で子供達が拐かされているって噂は本当だったんだ。しかもあのローデンスさん達が関与していたなんて…確かに新人が初日にA級冒険者2人を倒した上、誘拐組織を壊滅させるなんて離れ業をしたらギルドとしては才能のある冒険者を手放さないためにA級に格上げせざるを得ないかもしれないわね。――何せ昨日だけで4人もA級が居なくなったんだもの…でも、リアリュが無事に帰れたのが何よりも良かった、本当に良かった…」
シンシアは昨日王都で起こった事件の内容を聞いて驚きながらも全て理解出来たと言う表情を浮かべている。アスモへの不信感も全て払拭されたようだ。
そしてたった一人とは言え、仲間が無事だと聞いて心から安堵していた。
「これでお主も納得した様じゃし今度は妾の番なのじゃ。お主に大事な話がある故、聞くが良い。――さて、妾で無ければお主はまず助からなかったであろう事は理解出来る筈じゃ、と言う事は妾はお主の「命の恩人」じゃな?」
アスモがシンシアに近づき「命の恩人」と言う言葉を強調して話しかける。
「えっ?ええ、そうね…」
シンシアはその急な話に戸惑いながらも頷いてしまう。
「うむ、ならば相応の礼をもって遇するのが人として当たり前の事とは思わぬか?のぉ?」
アスモはシンシアの眼前まで小さな顔を近づけ更に詰め寄った。その言葉には感謝だけでは無くその行為に対しての対価を求める様な素振りが見られた。
「…それは確かにそうね。いえ、そうですね。――わかりました。貯金はあまりありませんが、製作機材や財産を切り崩してでも支払います。もし足りなければ依頼をこなして分割で支払いますのでお待ちいただけますか?…それで報酬は如何ほどお支払すればよろしいですか?命の対価ですから高額なのは覚悟しています。」
アスモの威圧に気圧されながらも、その言葉を聞いて対価を支払うのは当然の事であると理解出来ていたシンシアは「命の対価」として莫大な金銭を少女へ支払う事を決意し、そう告げた。
「金など要らぬのじゃ、妾は「魔工技師」としてのお主の協力が欲しいのじゃ。妾には魔道具の知識がほとんどない故、お主の知識と技術を使って魔道具の製作や新しい魔道具の開発の手助けをして欲しいのじゃ。――無論、製作や開発にかかる費用は全額妾が負担するのじゃ。悪い話ではあるまい。どうじゃ、妾に協力せぬか?」
不安な顔をするシンシアに対してアスモは想定外の要求をした。――アスモには想定内であったのだが…
「え?え?……本当に?――そんな好条件で良いなら喜んで協力します!…でも本当にそれだけで良いんですか?」
シンシアはその想定外の要求に一瞬唖然としてしまったが、直後に喜びと驚きが同時にやって来たのだ。無論、アスモの要求を即座に快諾する。そして不安に曇っていた表情が晴れ晴れとした表情に変わっていく。
「無論じゃ。金は地下迷宮調査の報酬がギルドから支払われる予定じゃからのう。何も問題など無いのじゃ。――では交渉成立と言う事じゃな。今後ともよろしく頼むのじゃ♪」
2人は交渉が上手く成立した事を喜び握手を交わした。
シンシアはアスモに対して心から感謝と尊敬の念を感じているのに対してアスモは便利な「手駒」が手に入った事に対して喜び、心の中でほくそ笑んでいたのだ。
クフフフフ、どうやら上手く行ったようじゃな…
最初に「命の恩人」と言う事を強調し対価求める事で不安を煽り心を揺さぶる…そして予想外の好条件を提示する。そうする事により相手に大きな喜びを与え信頼を得る。
懐柔させる為に使用する常套手段じゃな。このような簡単な策に嵌るとはやはり人間と言うのは愚かな存在じゃな。
もうこの女は「命の恩人」である妾への感謝を忘れる事はあるまい。妾の頼みならば協力は惜しまぬじゃろうな。精々、役に立ってもらうとするのじゃ♪
それにしてもこの女はついておるのう、何せ二度も命の危機を回避できたのじゃからな。
それからこの女には妾が今から「地獄門」を破壊する様子を見届けた証人になってもらうのじゃ。
たった一人で100を優に超える悪魔達を葬り、更に「地獄門」の破壊、そして同僚の冒険者の命を救ったと言う事をギルドの役員や公国の者達に吹聴して貰わねばならんのじゃ。――そう、妾が描く台本の演者としての♪
何せS級冒険者になるには実力以外に「偉業」の達成とやらが必要らしいからのう。人間に媚びるのは癪じゃが目標である世界征服の為にはS級冒険者になっておく必要があるのじゃ。ここは我慢、我慢なのじゃ。
では早速、ここにある囮の「地獄門」の破壊に取り掛かるとするかの。
「おい、シンシアよ、あそこの地底湖の方にある黒い穴の正体が分かるか?」
アスモは地底湖の手前にある「地獄門」を指差しシンシアにその存在を確認させた。
「あれは何?…空間に大きな穴が開いてる?―――っ、まさか「地獄門」!?」
最初は理解出来ないような顔をしていたシンシアが「ハッ!?」と何かを思い出したかのように驚愕し、答えを告げる。
「――ほう、良く知っておるの。そうじゃ、お主の言うとおりあれは「地獄門」、人間界と魔界を繋ぐ次元の穴じゃ。どうやら悪魔達の目的はこの最下層から「地獄門」を開き魔界から仲間を呼び寄せ人間界を征服しようと企んでおったようなのじゃ。――まあ、妾がそれを阻止したのじゃがな♪そして今からあの「地獄門」を破壊するのじゃ。良く見ておくが良い、「爆炎」!!」
悪魔達の目的についてシンシアに虚偽の情報を伝える。そしてアスモが手を翳し魔法を唱えると「地獄門」の前に魔法陣が展開され大爆発を起こした。その破壊力により「地獄門」が掻き消えていく――
そして消えていく「地獄門」から瘴気の様なものが発生し、だんだんと収縮していき凝固して結晶化した。大きさにして約15センチほどの妖しい波動を放つ漆黒の結晶がゴトリと地上に落ちる。
その結晶の名は「奈落の残滓」。「地獄門」が破壊された時のみ産み落とされる強大な魔力が篭った非常に希少な結晶体である。
「ふむ、随分ちっぽけなサイズじゃな。まあこれで一応、シンシアの証言だけでは無く、「地獄門」を破壊したと言う歴とした証拠にはなるじゃろ。」
そう呟きながら「奈落の残滓」を拾い上げ「次元の倉庫」に放り込んだ。
「「地獄門」を破壊したの?…しかも無詠唱で高位魔法を使うなんて、それに桁違いの威力だわ…」
アスモの凄まじい魔法に驚愕し感嘆の声を上げる。
「さて、シンシアよ、妾はまだやる事がある故、ここを出るのはもう少し時間が掛かるのじゃ。お主は精神的にも疲れておるようじゃから用が終わるまでゆっくりと休んでおくが良い。――心配は要らぬ、目覚めた時には全て終わっておるからのう。「催眠」」
アスモはシンシアに向けて手を翳し魔法を唱えた。
「えっ?あ――」
「催眠」により一瞬にして意識が途絶えたシンシアはその場で深い眠りに落ちた。
ふむ、気持ちよさそうに眠りおったのじゃ。この状態ならば半日は目覚める事はあるまい。これでゆっくりと本番を愉しむ事が出来るのじゃ。クフフフフ♪
――それにしても奥の門の番人はこっちの異常に気付いておきながら全く動じておらなんだようじゃ。やはりこちらの囮は破壊されても全く問題無かったと言う事じゃな。
では派手に結界を破壊し扉をぶち破って颯爽と妾が登場!…と行きたい所じゃが、あそこは利用価値がある故、装置も結界も破壊する訳にはいかぬのじゃ。まあ、普通に潜るとするかの…
アスモは地底湖奥の結界を「色欲」を発動して難なくすり抜ける。そして結界による視覚阻害により隠されていた巨大な扉の前まで移動した。
「ふむ、鍵を解除…いや、開いておるのじゃ。クフフ、面白いではないか、妾を歓迎してくれると言う訳じゃな。――良かろう、精々愉しませてもらうとするのじゃ♪」
そう呟きアスモは扉を開き本命の「地獄門」がある部屋の中へと進んで行った――
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扉の奥には確かに「地獄門」があった。囮とは違い直径10メートルを超える巨大な「地獄門」がその部屋の中心に展開されていたのだ。
そしてその前に鎮座しているのが鍾乳洞から感知魔法を使い能力を確認した門の番人――
種族 悪魔 バフォメット
階級 上位悪魔
レベル 97
悪魔特有の特徴を持つ黒い山羊の頭に人間の上半身、そして山羊の下半身を持つ3メートルはある巨体の上位悪魔「バフォメット」がアスモを待ち構えていた。
「ふーん。侵入者が入って来たと言うのに随分と寛いでおる様じゃな。お主の「王」が知れば只では済まぬ状況じゃぞ。そんなに怠慢で良いのか?――それとも妾が子供だから問題ないと侮っておるのか?」
「別に寛いでいる訳では無い。…この結界を簡単に抜けてくる者が居るとは思わなかったのでな。正直驚いていると言ったところだ。――ほお、レベル85の魔人か。中々の実力だが流石に俺には勝てまい。だが俺は捨て駒の屑共の様に貴様の事を侮るつもりなど無い。――さて、この部屋は魔法により面積が外の鍾乳洞にも引けを取らぬほどに拡張してある。我らが戦うには充分な広さだろう?この「地獄門」の守護を任されて約半月、何事も無いので退屈していたところだ。余興と運動には丁度良いだろう。」
黒山羊が楽しそうな笑みを浮かべて話しかけアスモを煽り立てる。
「余興ね…言葉の割には軽視されておる気がするのう。まあ、妾もお主とならば良い退屈しのぎになると思っておったから相子じゃな。――戦る前に一つ聞いておきたいのじゃが、お主らの「王」はこの「地獄門」を使って一体、何を企んでおるのじゃ?お主は妾をここで殺すのじゃから餞別代りに話しても構わぬじゃろ?」
心の中では少し苛立ちながらも我慢をし、挑発には乗らずに件の「糞野郎」の企みについての情報を得ようと黒山羊に質問をした。
「例え今から死を迎える者であったとしても貴重な情報を主の許可なく話す訳が無いだろう。愚か者め…「清浄にして偉大なる王」からの勅命により我ら一族がこの座標の「地獄門」の守護を任されたのだ。侵入者は始末する。――仮に俺より強い者がここに来たとしても俺は口を割らぬ。我ら黒山羊には精神魔法は効かぬ。更に万が一喋ったとしてもその意思を思った瞬間に頭が破裂する様に魔法がかけてあるのだ。我らの住む地区の総督である上位魔神のアンドラス様の魔法だ。偉大なる魔神王様でもなければ解除する事など出来ぬわ!」
うむ、魔神王ならここに居るぞ。しかも最強の操作系能力を持った妾がの。
それにしてもコイツ、相当の阿呆じゃな…喋らぬと言った割に背後関係をベラベラと喋っておるではないか。それにしても何故、頭は破裂せんのじゃ?この程度では大丈夫と言う事なのか?
このまま誘導尋問でも行えば自爆するのではないのか?…それはそれで面白いのじゃが、こ奴の経験値は惜しい。それに「地獄門」の事について多少は知っておる様じゃし情報は得ておく必要があるの…捕えて頭の中を除くかのぉ!?―――
気が付くと「地獄門」の前に居たはずの黒山羊が一瞬にしてアスモの眼前まで移動していた。
「何を呆けている?既に戦いは始まっているのだぞ。――それに俺は貴様を侮るつもりは無いと言った筈だ。確実に仕留めるとな。喰らえい!」
黒山羊が不意打ちを仕掛け襲いかかって来た。そして巨大な腕をアスモ目掛けて振り下ろす。
「ちっ!人が思案している最中に仕掛けて来るとは無礼な奴なのじゃ。――仕方ないのう、早速捕えさせてもらうのじゃ!――――」
大地を抉り取る強烈な一撃を上手く躱し後ろへ跳躍したアスモが黒山羊の方へ手を翳しながら何かを呟く。
「詠唱か?魔法など使わせぬ!「爆炎の息吹」!!」
黒山羊から放たれた巨大な炎の塊がアスモに襲い掛かる。
「何と!?」
爆炎がアスモを包み込む。そして強烈な威力により大地が焼け焦げ辺り一面を火の海に変えた。
「ふん、この程度か…」
黒山羊はつまらなそうに呟き、燃えさかる大地を見つめていた。――そして視界を遮っていた炎がだんだん鎮火していく…だが、そこにアスモの姿は無かった。
「――奴が居ないだと?何処へ行った!?」
黒山羊が周辺を見回す。
「油断するとは何事だ。先程の言葉をそっくり返すぞ!喰らえ!!」
いつの間にか黒山羊の背後に移動していたアスモが黒山羊の首目掛けて強烈な回し蹴りを叩き込んだ――
「よしっ、直撃だ。――なっ!?」
巨大な岩をも軽く砕くであろう蹴りが直撃したにも拘らず黒山羊は全くびくともしなかった。そして巨大な手でアスモの脚を掴みニヤリと嗤う。
「素早さは及第点だがその程度では俺には無意味だ。今度は防御力を試してみようか?――行くぞ!」
そう告げて黒山羊はアスモの脚を掴んだまま勢いよく地面に叩き付けた。
「ぐはぁ!?」
無防備の状態で背中から叩きつけられたアスモは上手く受け身を取る事が出来ずにかなりのダメージを負ってしまう。
「グハハハハ、まだまだ行くぞぉ!!」
黒山羊は声を張り上げ嬉々とした表情でアスモを振り回し何度も地面や壁に叩き付ける。
「地獄門」の間に少女の悲鳴と悪魔の歓声が響き渡った――
▼
黒山羊の執拗な攻撃により瀕死の状態となったアスモが血を流し地に倒れ伏していた。
「――つまらんな。大した運動にもならんぞ。…ほぉ、一応息はあるみたいだな。ならば防御力は及第点と言ったところか。それにしても威勢の良いのは態度だけで、もうお終いなのか?んん?」
そしてアスモの髪を掴み己の眼前へ持ち上げ勝ち誇ったように下品に嗤う。
「うぐっ……――――――」
アスモが息も絶え絶えな状態で何かを呟いている。
「ん?何か言ったか?」
黒山羊はアスモの言葉を聞こうと髪を引き摺り耳元まで持ち上げる。
「――――「爆炎」」
蚊の鳴くような声で詠唱をしていたアスモが黒山羊の大きな顔目掛けて手を翳し魔法を発動させた。
「詠唱だとぉ!?しまっ―――」
凄まじい轟音と共に爆炎が黒山羊の上半身を包み込んだ。その威力の反動によりアスモは十数メートル先まで吹き飛ばされる。
「ぐはぁ!ごほっ!ごほっ!――はぁ、はぁ…やった…のか?」
血反吐を吐きながら何とか立ち上がったアスモは地に伏し煙を上げている黒山羊を力のない瞳で見つめた。
「………ククッ…グハハハハハ!!勝ったと思ったのだろう?残念だったなぁ、お嬢ちゃん♪正直「爆炎」が直撃した時はどうなるかと思ったが、お前の魔法の威力は落第点のようだな。精々俺の毛先を焼く程度の威力しか無いぞ、全然効かんな。」
黒山羊が飛び起きてアスモを嘲笑うかのように口角を上げて嫌らしい笑みを浮かべる。
高位魔法である「爆炎」が直撃した筈のその体躯は上半身の体毛が少し焦げた程度で黒山羊の言う様に本当にダメージなど負っていないようであった。
「…そんな…私の魔法が効かないなんて…」
アスモが恐怖に顔を引き攣らせて後ずさる。
「グハハハ、逃がさんぞ。――只の小娘が我ら悪魔に逆らった事を後悔しながら死ぬが良い!!」
黒山羊が強く大地を蹴り凄まじいスピードでアスモに突撃し一瞬にして間合いを詰める。そして巨大な角を下から上へ突き上げアスモの身体を貫いた。
「いぎゅ!?……ぎゃああああああ!!!」
広い空間に少女の断末魔の悲鳴が響き渡る。
「痛いか?痛いだろうなぁ。どうした?何か言いたそうな顔をしているじゃないか?」
頭上から垂れてくるアスモの血をペロリと舐め取りながら黒山羊が話しかけた。
「…けて……助け、て下さい…もう…許し――ごふっ!…いぎゅ!?あああああああ!!」
命乞いをするアスモが急に大量の血を吐き激痛に顔を歪め叫ぶ。…下を見ると黒山羊が頭を揺らし彼女の体内を角でかき回していたのだ。
「それは無理だな。言った筈だろ「確実に仕留める」とな。――もう飽きたから止めを刺してやる。ほらよっ!」
黒山羊がブンッと頭を大きく振り上げる。すると刺し貫いていた角が抜けてアスモが大きく中空を舞い地面に叩きつけられる様に落ちた。
「うぁ‥ああ…ぁ‥」
後頭部から落ちた為、痙攣しながら仰向けの状態でアスモは倒れている。
「さて、止めだ!!」
黒山羊が身を屈めて大きく膝を曲げ大地を強く蹴り飛び上がる。そして周囲の床や壁、天井などを蹴り上げて更に加速していく。そして常人では目視出来ないほど速度が上がった時にアスモ目掛けて突撃し巨大な蹄でアスモごと大地を踏み砕いた――
凄まじい轟音と共に小さくグチャリと嫌な音が響いた。そこには巨大なクレーターが形成され、そしてアスモであっただろう少女の上半身の無い躯が無残に転がっていた…
「愚かな小娘が…それにしても魔神の末裔と言う割には大した事は無かったな。これでは退屈しのぎにもならんぞ。――さて、一休みしてから下位悪魔と中位悪魔を召喚して補充するか…」
踵を返し、「地獄門」の方へ歩んでいく黒山羊の背後で上半身の無い躯が静かに立ち上がった――




