第38話 初めてのダンジョン その③「大罪」職能
「――ふむ、鬼人蜘蛛とやらの反応はこの真下のようじゃな…一々下の階まで下りるのも面倒じゃしこのまま床をぶち抜くとするかの。おっと、その前に下の様子を確認してみるのじゃ。「千里眼」」
アスモは感知系魔法を発動し鬼人蜘蛛の巣の状況を確認する。
先ずは巣と周囲の確認を行う。日の光も射さず壁に張りついたヒカリゴケのみが光源となり地下迷宮内を薄暗く照らしていた。その通路周辺数十メートルに渡り巨大な蜘蛛の糸がびっしりと張り巡らされ、壁面全てが覆われている。そして巣の周りには捕えられ餌食となった人間や怪物達の成れの果てとも言うべき骨や装備品などが転がっていた。
周囲の確認を終えたアスモは次に鬼人蜘蛛の姿を確認した。するとそこには2メートルを優に超える大型で全身に毛が生えた巨大な蜘蛛に人間の上半身が生えた如何にも凶暴そうな怪物達が居た。
人間の上半身とは言ってもその姿は全身に蜘蛛特有の刺激毛を生やし、頭部についても人間と言うよりも蜘蛛に近く8つの眼、そして口には鎌状になった大きな牙を2本生やしたまさに異形とも言える悍ましい姿をしていた。
「大体レベル25前後が13匹か…丁度良い数じゃな。地下迷宮調査の一環として一応話を聞いておく必要もある故にいきなり降りて皆殺しと言う訳にも行かぬじゃろ。ならば巣の中心である真下を破壊して降りるのは止めておいた方が良いの。少し場所をずらして巣の手前辺りになる場所で床を破壊するとするかの。…しかし半分人型とは言え虫けらに話が通じるのじゃろうか?」
下の様子を確認したアスモは呟きながら20メートルほど移動し床をコンコンと軽く叩き強度を確認した。
「ふむ、この程度の厚さならば簡単に素手で破壊できるのじゃ。音は魔法で遮断すれば良いが、力の加減をせんと破壊の衝撃で最下層の悪魔達に警戒をさせてしまう恐れがあるから気を使わねばならぬからのう。ではやるか「消音結界」――うりゃっ!」
アスモは結界魔法を発動した直後に床に向かって拳を放った。その威力により床が破壊され砕けた大量の瓦礫が音も無く下へと崩れ落ちる。そして地下2階への新しい通路が開かれた。
「消音結界」により全ての音が遮断されたのだ。破壊の衝撃により少しの揺れはあったが響いたとしても前後の階層までであろう。わざわざ床の強度を確認し力を抑えた甲斐はあったようだ。
「良し良し、上手く行ったようじゃな。では下に降りるとするのじゃ、よっと」
アスモは新しく作った通路?を飛び下り地下2階へ移動し鬼人蜘蛛の巣の前に到達した。
「おーい、聞こえておるか。話があるからこっちへ来るのじゃ!来ぬ様なら巣を焼き払うぞ。」
アスモは大きな声で鬼人蜘蛛の巣の方に向かって話しかけた。迷宮内にアスモの声が共鳴し響き渡った。
何の音沙汰も無くアスモが呼びかけてから数分が経過し痺れを切らし始めかけていた矢先に張り巡らされた蜘蛛の巣が少しずつ振動して来た。どうやら何かが近づいて来ているようだ。
そして巣の入り口10メートルほど手前の天井で立ち止まった存在が話しかけてきた。
「ナンダ、オマエハ、ウエカラキタノカ?…デハ、シタノ悪魔タチノナカマデモナイノカ?」
大柄な鬼人蜘蛛が周辺とアスモの姿を確認し話しかける。
妾を待たせるとは万死に値するのじゃ、本来ならば即座にぶち殺してやる所じゃが今は我慢なのじゃ。
――ふむ、レベル28か。先程確認した中で最高値の奴か、ならばこ奴がここのボスじゃろうな。一応言葉は通じる様じゃし質問をしておくとするかの。
「――まずはお主の質問に答えてやろう。妾は冒険者でこの遺跡におる悪魔達について調査に来たのじゃ、それでお主らに聞きたい事がある故にここに来たと言う事じゃ。主らの質問に答えたからにはこちらの質問にも答えてもらうのじゃ。」
「悪魔タチニツイテカ…イイダロウ。ダガ、ハナスカワリニココマデキテモラウゾ。ココマデノユカニハイトノナイトコロモアル。アルイテクルコトハデキルハズダ。」
鬼人蜘蛛は本体の前脚を器用に動かし指をさす様に自分の手前の天井をコンコンと叩きそこまで移動するようにアスモに促す。
「…良かろう。そこまで行けばよいのじゃな?」
アスモはそう言って指定された場所まで糸に触れない様に移動し鬼人蜘蛛を見上げる。
「ギャギャギャ、ヨクキタナ。ワレラガコワクナイノカ?」
鬼人蜘蛛が嫌らしい笑みを浮かべながらアスモに話しかけた。周りを見ると7,8匹の鬼人蜘蛛がアスモを包囲するように壁や天井に張り付いていた。
「主らが怖い様ではわざわざここまで来ぬであろう。先程も言った様に最下層におる悪魔達について主らが知っておる事の全てを知りたいのじゃ。――で、質問には答える気はあるのか?」
アスモは天井の上に居る鬼人蜘蛛のボスを見上げながら質問する。
「…オモシロイコドモダ。イイダロウ、シタノ悪魔タチノコトダッタナ…――サイショニイタヤツラハスコシシカイナカッタ。ダカラ怪物タチモキニスルコトハナカッタ。ダガ、スコシマエカラタイリョウノ悪魔タチガサイカソウカラアラワレタノダ。ソシテシタノカイニイル怪物タチガヤツラノエジキトナッテクワレハジメタ。ソシテヤツラヲオソレタ怪物タチガミナ、コノ地下迷宮カラニゲダシタノダ。ヤツラハココマデハタマニシカコナイカラワレラハマダ地下迷宮ヲデルツモリハナイ。」
鬼人蜘蛛はアスモに悪魔についての説明を始めた。片言の様で聞き取りにくいが一応会話は成立するようだ。
「悪魔達は最下層から現れたじゃと?地下迷宮の外から来た存在では無いのか?」
アスモはその説明に違和感を感じて更に質問をした。
「チガウ、ヤツラハサイカソウカラキタ。ドコカカラワイテキタヨウニダ」
「ソウダ!ヤツラハコノ地下迷宮ニハイナカッタ。イキナリアラワレタ」
「サイショ、スコシ、デモ、イマ、イッパイ」
「コレ、ヤツラノナカマ、ココニキテスニカカッタ、クッタ、ウマカッタ」
鬼人蜘蛛の一匹が悪魔の物と思われる骨をアスモに投げて渡した。
「ふむ、確かに悪魔の頭蓋骨じゃな、これは獣系の下位悪魔のようじゃな。――しかし最下層から急に現れたか…急に湧いて来たようにのう…まさかとは思うが予想通りであれば困った事にもなるのじゃ。これは依頼とは関係なく調べておかねばならぬ様じゃな。」
アスモは鬼人蜘蛛達の話を聞いて思案し調査の続行を決めた。その様子から何か心当たりがあるような感じでもあった。
「…シツモンハモウヨイノカ?」
「うむ、大体の事は理解できたのじゃ、主らには一応礼は言っておくの――っ!?」
礼を言おうとしたアスモに向かって鬼人蜘蛛達から一斉に吐き出された糸がアスモに纏わり付き上半身を覆う。
「ギャギャギャ…ダイジョウブダ…オレイナライマカラモラウ…オマエヲエサニスル。ケイカイセズニワレラノスニハイッテキタジテンデ、オマエノウンメイハキマッテイタノダ!」
「オマエ、ウマソウ!ニク、ヤワラカソウ!ギャギャギャ」
「デモ、チイサイカラ、スコシシカタベルトコナイ…」
鬼人蜘蛛達がゲラゲラと笑いながらアスモに近づいて行く。いつの間にか13匹全てが集結し周りを取り囲んでいた。
「妾を喰うとな?相手の力量も理解出来んとは所詮は頭の空っぽな虫けらと言ったところか…まあ、妾も最初から実験対象である主らを生かしておく気など無かったからのう。」
アスモは鬼人蜘蛛達を見まわしながらフッと鼻で笑う。
「ナニヲツヨガッテイルノダ?オロカモノメ、竜種ナラバカンタンニチギラレルデアロウガ、オマエゴトキデハワレラノイトハチギレヌ、フカノウダ。ギャギャギャ」
「竜種ならばか…それは残念じゃったのう、今の妾でも下位竜種位であれば素手で殴り殺せる自信があるぞ。この程度の糸など効かぬのじゃ――フンっ!」
アスモが力を込め強靭な鬼人蜘蛛の糸を内側から引き千切った。
「バ、バカナ…」
鬼人蜘蛛達は目の前で起こった信じられない光景に呆気に取られている。
「そう言えば主らの巣に入って来た時点で妾の運命は決まっていたとか言っておったの?それは違うのじゃ、妾が主らの巣に来た時点で…いや、主らを感知した時点で主らの運命は決まっておったのじゃ。――無論、妾の経験値となる死の運命じゃがな♪」
不敵な笑みを浮かべながら死刑宣告を行うアスモの言葉を聞いた途端、先程まで獲物をどう料理するかを楽しんでいた鬼人蜘蛛達の表情が見る見る内に恐怖に引き攣って行く。
「グガガ…ナメルナ、コムスメ!」
左側の壁に張り付いていた鬼人蜘蛛が大顎を開けて咬み付こうと壁を強く蹴りアスモに向かって仕掛けた。
「ほれっ、まずは一匹♪よっと!」
向かって来たる鬼人蜘蛛に目掛けて右拳を振り上げる。そしてカウンター気味に繰り出された右拳が直撃しその威力により鬼人蜘蛛は爆散する。
辺り一面に鬼人蜘蛛の肉片と臓腑そして緑色の血が飛び散り壁や天井にへばりついた。
「ふむ、緑色の血とは随分と毒々しいのう。それにしてもつまらぬ攻撃じゃな。もう少しましな戦法は無いのか?地の利を与えた上にわざわざ隙を作ってやっておるのじゃぞ、早う仕掛けて来るがよい。先程も言ったように妾は主らを生かしておくつもりなどないのじゃぞ。――それにしてもこの経験値は…やはり予想通りの様じゃな♪」
アスモは鬼人蜘蛛達に対して挑発を行いニヤリと笑う。
「ウグ…グ…」
鬼人蜘蛛達は動かない。いや、竜種には通用しなくとも上位怪物でも捕縛する事が出来る強靭な糸を容易く引き千切り、仲間をたった一撃で肉片に変えた目の前の少女の実力を目の当たりにして動けないでいたのだ。
「何じゃ、来ぬのか?――ならば仕方あるまい、妾が主らのやる気を出させてやるのじゃ、「火炎弾」!」
アスモは魔法を鬼人蜘蛛達にではなく巣の奥に向かって手を翳し放った。
「「ヤ、ヤメロー!!」」
鬼人蜘蛛達の絶叫も虚しく放たれた「火炎弾」は巣の奥にいた鬼人蜘蛛の幼生や卵を一瞬にして焼き払った。
「「キュイィィー!!……」」
鬼人蜘蛛の幼生が断末魔の叫びをあげて灰になっていく。
「アア…コドモタチガ…」
「オレノ、カワイイ、コドモ…」
「…ナントイウコトダ」
その様子を見ながら鬼人蜘蛛達はただ呆然としていた。
ふむ、レベル1~3程度の小さな虫けらや卵をまとめて仕留めたとしても大した経験値にもならぬか…それでも主殿が得たスティングの経験値よりも上じゃの、と言う事はやはり妾の状態は以前のままと言う事じゃな。実験は大成功と言えるじゃろう。
それにしても人間の事を全く知らなかった故に根本的な勘違いをしていたとは言え、良い勉強になったのじゃ、これはまさに僥倖じゃな。上手くいけば今日中にレベル100近くに到達できるかもしれんの♪
さて残りの虫けらを始末して早う悪魔達を皆殺しに行くとするのじゃ。
「おい、どうしたのじゃ?まさか子を消し炭にされてもかかって来ぬとは情けない奴らじゃ。妾に臆したのか?それとも虫けらには情すらないのかのう?」
アスモが嫌らしい笑みを浮かべながら更に挑発する。
「グググ…ユルサヌ、ゼッタイコロス!!」
「コドモタチノムネンハラス!!」
「モウイチド、イトデウゴキヲウバッテカラコウゲキダ。イクゾ!」
鬼人蜘蛛達がアスモに向かって糸を一斉に吐き出す。
「はぁ、もう少しましな戦法は無いかと言ったが虫けらには無理な様じゃな。阿呆が、先程と違ってわざと食らってやるつもりはないのじゃ、焼け焦げよ「雷撃」!」
降り注ぐ鬼人蜘蛛達の糸を少ない足場を器用に移動しながらスルリと軽く躱しアスモが魔法を発動させた。するとアスモの体がバチバチと帯電していく。その直後にアスモを中心に放射された無数の青白い稲妻が鬼人蜘蛛達に襲い掛かった。
「「グギャアアァァァァー!!!」」
そして発動した中位雷属性魔法「雷撃」は一瞬にして全ての者の命を奪った。
辺り一面に雷により絶命し焼け焦げた鬼人蜘蛛達の死体が煙を上げながら転がっていた。
そしてアスモの胸に刻まれた魔法刻印に熱が伝わる。
「フハハハハハ!何とたったこれだけでもうレベルが上がったのじゃ!!それにしてもレベルが上がるこの感覚はやはり最高の快楽にも勝るのじゃ♪」
クフフフ、レベル25前後の虫けらを十数匹仕留めただけでこの経験値の量とはまさに重畳なのじゃ♪
やはり妾は弱体化したとは言え能力は「魔神王」のままと言う事じゃな。能力表示の階級が下位魔神になっているのはレベルが低いが故の表示と言う訳の様じゃ。相応のレベルになれば「魔神王」に戻るじゃろうな。
考えてもみれば下位魔神が「罪科」を通り越して「魔神王」の資格がある者だけが会得する事が出来る究極にして唯一無二の職能である「大罪」を所有できるはずがないのじゃ。
「色欲」を現在の状況で所有している事で気付かぬとは妾も少し抜けておった様じゃな。
妾は人間界の事についてはこの1ヶ月である程度の知識を得たが人間と言う存在に関しては良く知らなかったのも事実、何せ人間と下位魔神を同列に考えておったからのう。
主殿が「人間は他種族よりもレベルが上がりにくい」と言っておったのも今では頷ける。人間界、いや魔界でもそうであろうが種族によってレベルの上がり方は違うようじゃな。妾は魔神を基準に考えておったから他種族の事など今まで気にした事すらなかったが「最低レベル」が関係しておるようじゃ。つまり人間の兵士の最低レベルは大体5~15、竜種で最低50、そして魔神の最低レベルは150と言ったようにじな。
じゃが、人間もそうだと思うが生まれた時からレベル150以上ある魔神など特例を除いてはまず居らぬ。大体レベル30前後で生まれてくる筈じゃ。そして大人へと成長するまでにある程度の経験さえ積めば最低でもレベル150には必ず到達するのじゃ。つまりは最低レベルに到達するまでは補正が掛かり獲得経験値が倍加すると言う事じゃな。
単純に計算すれば人間と下位魔神では獲得経験値の補正が大体20倍位の差があるが「魔神王」である妾とでは大体60倍以上はあるようじゃな。
しかし只の魔神であれば150まで上がれば経験値の補正は止まるじゃろうが「魔神王」の最低レベルはいくつなのじゃろうか?
妾が「色欲」を得たのが確か700後半ぐらいじゃったか?ならばそこら近くまでは経験値補正がかかると言う事じゃろうか?上手く行けば切り札や我が眷属を使わずとも妾のみで闘神や魔王どころか竜神をも倒せるやもしれぬな。
――そう言えばサタンの奴は500位で「憤怒」を会得したとか言っておったのう。ならば最低レベルは500か?いや、あ奴だけは別の生物じゃから妾達と一緒に考えるだけ無駄じゃな。
しかし「色欲」を共有している主殿には全く効果が無いようじゃな。魔神でなければ効果が無いのか、それとも借入職能では意味が無いのか?うーむ。
それにしても人間とは何とも救いようがない種族なのじゃろう。主殿よ可哀そうに…いずれは妾の血、いや肉も与えて強力な妾の眷属へと転生させてやるからの。
まあ、これで妾の人間界征服が可能になったのは確かなのじゃ、主殿の為にも頑張らねばならぬのじゃ♪
「よしっ、世界征服の為にも早うレベルを上げねばならぬのじゃ!とっとと最下層へ行って悪魔共を殲滅するとしようかの。…ついでに多分あるじゃろう「アレ」を破壊せねばならぬからのう。最下層までの道のりは確か「導きの珠」に入力されておった筈じゃな。――えーと、こっちじゃな。」
予想通りの結果に満足し満面の笑みを浮かべながらアスモは「導きの珠」の示す指針に導かれ莫大な経験値をもたらすであろう悪魔達を求めて最下層を目指す。
年末年始の忙しさに更新する事が出来ず申し訳ありませんでした。以降は最低でも週一で更新していきますのでよろしくお願いします。




