第36話 初めてのダンジョン その①異例の昇格とS級依頼
「ハァ…」
王都アルアスにある冒険者ギルド本部の受付カウンターにてセレナ・プラウドはいつものように受付嬢としての仕事に従事していたが昨日突然ギルドに現れた美少女の事に思いを馳せ、仕事に全く身が入らないでいた。
セレナは美少女がギルドを訪れるのを今か今かと待ちわび、そして昨日起きた今までの自分の人生の中で最も感動した出来事を思い出していた。
史上最年少での冒険者試験合格、そして美少女が解決した緊急依頼「子爵家令嬢誘拐事件」やそこで起きた予想外の出来事――A級冒険者達を相手に見事に事件を解決し、何と巨大な犯罪組織を壊滅させる事に貢献したというのだ。
だが、何よりも驚いたのはその美少女が実は「先祖返り」の魔人でレベルが69と言う公国の冒険者最強、いや公国最強の存在である事を支配人から念話で聞いた事であった。
その時セレナは「嘘でしょ!?」と取り乱し、ギルド中に響く大声で叫んでしまったのだ。
そしてギルドで美少女を出迎えた時、馬車から降り立った彼女に質問してみた。「何故、試験では泥人形相手に苦戦していたふりをしていたの?」と。
すると美少女は答えた。「この程度の結界では妾が本気でやると結界ごとギルドが吹き飛ぶから手を抜いたのじゃ。」と簡単に答えた。無邪気な顔で微笑みながら…
その時、セレナはその笑顔に魅入られ、美少女の魅力に取りつかれてしまったのであった。
自慢する訳ではないがセレナ自身も容姿端麗、成績優秀な才女である。
公国大学を優秀な成績で卒業し、難関ともいえるギルド本部に入社し今年で2年目を迎えている21歳。勤務態度も素晴らしくその明るく優しい性格で職場の仲間はおろか冒険者達の憧れの存在でもあった。
そんな彼女に言い寄ってくる冒険者や男共は星の数の如く、しかし全てを軽く躱し断ってきたのだ。
彼女の理想のタイプは「強くて凛々しい人」だそうで未だに彼女の眼鏡に敵う者は現れてはいなかった。
セレナの容姿は艶のある長い黒髪を後ろで一纏めに結び、憂いを帯びた大きな瞳、小顔でコンパクトにまとまった抜群の美貌、そしてスレンダーながらも均整のとれたプロポーションをしている。
そして人当たりのいい性格とこの美貌でギルドを訪れる男共を虜にしてきたのだが、今は自分が魅了でもされたかの如くその美少女の虜になってしまっていた。
かの美少女は自身ですら相手なならない程に可憐で可愛らしくそして気品に満ちた優美さを感じさせる存在であった。
そもそもセレナがギルドに勤める事になったきっかけは3年前にある冒険者に出会った事が原因であった。
3年前のその日、王都アルアスに北のムスペル王国のギルドに所属しているS級冒険者が仕事の為に立ち寄ったのだ。
その冒険者の名はロクサーヌ・ミルズ・メルキュール。「深海の歌姫」の二つ名を持つ美しき海人族である。
セレナは街で彼女を見た瞬間、雷に撃たれた様な衝撃を受けた。まさに自分の理想とも言える人がその場に現れたのだ。
ギルドで働けば彼女にもう一度、いや他にも強さと凛々しさを兼ね備えた冒険者(お姉さま)達に出会えるかもしれないと思いギルドで働く事に決めたのだ。
つまり彼女が好きな強く、凛々しい人と言うのは男では無く女性限定、早い話、彼女は百合なのだ。
だから正直言えばギルドでむさ苦しい男共に話かけられるのは苦痛でしか無く、微笑みながら対応するのも仕事として割り切っていた。
もし同僚にトレノや憧れのカレラ達の様な優しい先輩が居なければ既に辞めていたかもしれなかったのだ。
だが今、彼女はこの仕事を我慢し続けて来た事に初めて感謝している。自分をこの美少女に出会わせてくれた奇跡に。
そしてセレナはまた昨日の事を思い出しながら表情を緩ませ微笑みを浮かべる。
今日、ここを訪れるであろう美少女の事を考えながら、まるで想い人を待つ乙女の様に。
「はぁー……早く来ないかなぁ、アスモ様♡」
美少女に魅了され心奪われたセレナから百合の波動の様なものが発せられた。
その頃、ギルドに向かって王都中心街を歩いていたアスモは急に襲って来た悪寒とおぞましい気配を感じ身震いしていた。
▼
ギルドの正面玄関の扉を開きアスモがギルドを訪れた―
「-っ、いらっしゃいませ!アスモ様!!おはようございます、お元気そうで何よりですね!…それに今日もとても可愛らしくて魅力的ですぅ♡」
ギルドに入ってきたアスモを視線に捉えたセレナが急いで駆け寄り、満面の笑みで出迎える。そしてアスモをじっと見つめて悦に浸っている。
「…う、うむ、セレナか。支配人は居るか?今日ここへ寄るように昨日言われておったからのう。それに新しい依頼も確認しておこうと思ってな。――おーい、聞いておるのか?」
セレナの反応に少しだけ気圧されアスモは悟る。先程の悪寒の正体は彼女だと…
先程の気配はこ奴じゃったか…しかもこ奴からは確実に危険な百合の気配を感じる。クレアはまだ引き返せるがこ奴は既に手遅れのようじゃな。少し警戒が必要か…あの阿呆の様に暴走されては困るからのう。
昔ならともかく妾は百合などには全く興味がないのじゃ。
はぁ、それにしても妾の魅力の虜になった者がまた一人か…これも高貴で可憐で美しく、そして聡明で更にはこの姿になってもとめどなく溢れ出す魅力で見る者を魅了してしまう…そんな世界一可愛らしい美少女である事が原因なのじゃ、一概にこ奴を責める事は出来ぬのじゃ。
――そう、全ては妾が魅力的すぎるのが罪なのじゃ♪仕方の無い事なのじゃ♪
アスモはセレナの事を警戒しつつもその原因が己から溢れ出す魅力が罪なのだと結論付けた。そしていつの間にかセレナ同様、アスモも自分の事を自画自賛し悦に浸っていた。
「……はぁ♡アスモ様。――す、すいません!支配人でしたね!もうすでに応接室で皆様がお待ちです。どうぞ、こちらへ!!」
悦に浸っていたセレナが正気を取り戻し急いでアスモをルゴス達の待つ応接室へ案内する。
「――はっ、いかん!妾もすっかり呆けてしもうたのじゃ、そうか、もう皆待っておるのじゃな。では案内してもらうのじゃ。」
同じくアスモも我に返り小走りでセレナの後に続いた。
▼
コン、コン、コン、コン
「失礼します、アスモ様が参られました。」
セレナが応接室のドアをノックしルゴス達に告げる。
「どうぞ、すぐお通ししてください。」
ガチャリとドアが開きアスモが応接室へ通された。
「これはアスモ様、本日はわざわざお越しいただき誠にありがとうございます。――昨日は大変お世話になりました。どうぞ、こちらへお掛けください。」
ルゴスや部屋にいたギルド役員達が一斉に立ち上がりアスモを出迎え上座へ案内する。そしてルゴス以外の役員達の顔が少し引き攣った。
「…うむ、すまんの。――フッ」
そう言ってアスモは座り心地のよさそうなソファーに腰を掛けた。そして少し鼻で笑った。
「――では私はお茶のご用意をして参ります。」
セレナがアスモやルゴス達に一礼し部屋を退出した。
「さて、アスモ様、改めまして自己紹介をさせていただきます。私はロマリア公国冒険者ギルド本部支配人のオリバー・ヨアキム・ルゴスです。そしてこちらが――」
「初めましてアスモ殿、私はロマリア公国冒険者ギルド本部責任者を務めておりますギルド長のブリック・フェン・モレッツです。どうぞよろしくお願い申し上げる。」
ギルド責任者を名乗る眼鏡に白髪頭で白いヒゲを生やした2メートルはある体格の良い巨体の老人が丁寧に話しかけてきた。
「初めまして――――」
そしてほかの役員達も同じようにアスモに接してきた。中には冷静さを保っているようだが少し震えている者も居た。
「うむ、よろしくなのじゃ。――で、昨日の件はどうなったのじゃ?奴は吐いたのか?」
アスモは堂々とした態度で応対し、そして昨日の事件についての質問をした。
「はい、昨日の件ですね。アスモ様のお力添えもあり事件の黒幕に関しても情報を得ることが出来ました。予想通りの大規模な組織でした。黒幕はノータス商会会長のジョルジュ・フロイデ・ノータス男爵と言う男で公国でも3指に入る大商会が絡んでいました。今日にでも国軍によりノータス商会の関係先全てに一斉捜査が始まるそうです。既に本人の身柄も捕らえているそうですし解決したようなものかと思われます。何せ昨日捕えて頂いた男が重要な証拠の事まで洗いざらい吐いたそうなのでスムーズに事が進んだようです。」
「ふーん、そうかそうか。奴は吐きおったのか…まあ、これで罪も無い者達が不幸になる事は無くなるのじゃな、それは良い事なのじゃ。」
奴は予定通り吐きおったようじゃな…うむ、重畳じゃの♪
これでもう用済みなのじゃ、明日の夕方には妾の仕掛けた魔法により心臓発作で死亡じゃな。まあ、あの人間も妾の役に立てて幸せじゃろうて。クフフフ…
アスモは仕掛けた策が上手く行った事にほくそ笑んだ。
「さて、話を戻すが、昨日夜に念話で聞いた「重要な話」とは何じゃ?」
「は、はい、その件ですね。――先ずは昨日役員会にてアスモ様の冒険者ランクの昇格について話し合いを行いました。そして満場一致でアスモ様を「A級冒険者」として正式に昇格させる事が決まりました。」
「何と!妾をA級に昇格させるとな!――これで受けられる依頼の幅が広がるのじゃ♪しかもA級ならば報酬もかなり期待できそうじゃな♪正直ここまではさすがの妾も予想していなかったのじゃまさに僥倖じゃな。クフフフ。」
ルゴスからの予想以上の素晴らしい報告にアスモは満足げに笑っていた。
「ではアスモ様、再登録をいたしますのでこちらの記録の石板に右手を乗せてください。」
そう告げてルゴスは記録の石板をアスモの前に差し出した。だが昨日の物とは違いその記録の石板は琥珀色の輝きを放つ重厚な金属のプレートが嵌め込まれていたのだ。
――そう、それはA級冒険者の証である金剛鉄鉱のプレートが嵌め込まれた記録の石板であった。
「これがA級専用のプレートか…よし手を乗せるのじゃ。」
記録の石板をまじまじと見た後アスモは右手を乗せた。
そして昨日と同じようにすると記録の石板はアスモの手形を模り、更に嵌め込まれたプレートに魔術刻印を刻んでいく。そして数十秒が経過し完了した。
「どうぞ、アスモ様」
ルゴスが記録の石板から金剛鉄鉱のプレートを外しアスモに手渡した。
「うむ、では行くのじゃ、冒険者アスモ、ランクはA級なのじゃ!」
アスモがプレートを手に持ち叫ぶと琥珀色に輝く金剛鉄鉱のプレートが更に光りを放つ。
「おお!なかなか良いではないか♪これで妾も正式なA級冒険者ということじゃな♪」
アスモが輝くプレートを見ながら嬉しそうに微笑んでいた。
「これでアスモ様は史上最年少のA級冒険者となります。快挙達成おめでとうございます。」
「「「おめでとうございます。」」」
その場にいる役員達全てがアスモに祝辞を述べる。
「さてと、これで妾のA級昇格の話は終わりじゃな。―――で、「先ずは」と言う事は他にも用があるのじゃろ?妾は今日は忙しいのじゃ、用があるなら早う言うてくれんかの。」
「さすがはアスモ様、お察しの通り他にもお話が…いや、こちらの話こそ本題とも言え――」
コン、コン、コン、コン
「失礼します。お茶をお持ちしました。」
ルゴスの話を遮るようにセレナがドアをノックしお茶を運んできた。
「おお!おお~♪これはケーキ?ではないか!!」
アスモがセレナが運んできたワゴンテーブルの上にある物を見て目を輝かせた。
そこには色取り取りの綺麗なケーキが3段重ねのティースタンドの上に並んでいたのだ。
「うふふ、昨日アスモ様がプリンなどの甘いものがお好きと仰っていたのでアスモ様の為に特別に取り寄せたんですよ。このケーキは王都一と評判の高い有名店の物なのでアスモ様のお口に合うと思います。本来なら並ばないといけないんですが、オーナーが私のファン…いえ、知り合いなので特別に譲って貰ったんです。」
セレナがアスモの反応を見て微笑みながら説明した。
「そうか!妾の為にのう、愛い奴ではないか♪褒めて遣わすのじゃ♪」
「はい!喜んで頂けたようで良かったです。ではアスモ様、どれをお食べに――」
「全部じゃ!」
アスモがクレアの質問を遮り即答した。
「え?……今、全部と仰いませんでしたか?でもケーキは15個ありますよ?」
耳を疑う言葉にセレナが再度アスモに質問した。
「全部じゃと言うたのじゃ、15個ぐらい余裕なのじゃ。…なんじゃ、全部食うてはいかんのか?」
「えーと、その……」
セレナは役員達の方をチラリと見て反応を伺う。
「だ、大丈夫ですよ、私達はお茶だけで結構ですから、どうぞアスモ様がお食べください。ねえ皆さん?」
「「ええ、大丈夫です。」」
ルゴス達が遠慮をしアスモにケーキを譲る。
「そうか、すまんの♪ではこのケーキは全部妾の物なのじゃ♪――どれから食おうかの…」
アスモは色取り取りのケーキを見て目移りしながらどれから食べようかと悩んでいた。
「ではアスモ様、このザッハトルテから食べてみてはいかがですか?このケーキがこの店の名物なんですよ。この為に数時間も並ぶ人だっているんですから、本当に美味しいんですよ。」
「ふーむ、この黒いのが名物か…本当に美味いのじゃろうな?――うまうま…………おお!おお!何と甘くまろやかな味なのじゃ、昨日子爵家で食うた苺とくりいむ?のショートケーキ?よりも美味いのじゃ!この黒いのは一体、何なのじゃ?」
アスモはザッハトルテを頬張り幸せそうな顔で舌鼓を打ちながらセレナに質問した。
「これはチョコレートを使ったケーキです。しかも隠し味に無花果のジャムをスポンジに挟んでいるんですよ。お気に召したようで良かった♪」
アスモとセレナは楽しそうにケーキについての談義に花を咲かせていた。
「――セレナ君!私達は大事な話をしているんだぞ!!それをつまらんケーキの話などで中断させおって…ここで話をしているのはギルド長や支配人、そして我々役員なのだよ!この場に呼ばれていない君はさっさと茶を入れて出ていきなさい!!君の職務態度については後で話をさせてもらうからな!」
役員の一人がセレナに対し怒気を含んだ大声で注意した。
「も、申し訳―――」
「おい、今何と言ったのじゃ?つまらん話とか言わなんだかのう?主こそ妾とセレナの大事な話の腰を折りよってからに…何なら主の腰でも蹴り砕いてやろうか?」
アスモが「邪魔なのはお前の方だ!」と言う感じで役員を睨み凄む。
「ひぃぃ!?す、すいません。非礼をお詫びいたします!」
その迫力に気圧された役員が恐怖に顔を歪め即座に謝罪した。
「それからセレナを罰することは許さぬぞ。もしその様な事があれば相応の覚悟はしておくのじゃぞ?」
怯える役員に対し更に釘を刺す。
「は、は、はいぃぃ~!無論です!無論、承知しております!!」
アスモから発せられる重圧に襲われ恐慌状態に陥った役員がガタガタと震えながら頷いた。
何故、ギルドの役員がA級とはいえ冒険者にここまで言われて下手に出なければいけないのか?と事情を知らない者が見れば不思議に思う光景ではあるが、この場にいる役員全員が「鑑定士」の職能を持っているのだ。
昨日のルゴスの報告を少し大げさだろうと訝しく聞いていた者も居たが、少女がドアを開けて入って来た時に「鑑定眼」で能力を見た瞬間、全員の背筋が凍った。
確かにレベル69はロマリア公国では最高レベルである。しかし、他国には少女以上のレベルを有したA級冒険者やレベル100を超えるS級冒険者達が居るのだ。
だが、役員達が脅威に感じているのは少女の種族、そして年齢であった。如何に強力な「先祖返り」の魔人とは言え、8歳の少女がレベル69など今まで聞いた事すら無かったのだ。
この少女は確実にレベル100を優に超える存在になる…
その事が役員達の脳裏に浮かび恐怖が植えつけれれたのである。
「――だそうじゃ、セレナよ何かあったら妾に言うのじゃぞ。……じゃが、確かに今日は妾も時間が惜しいからケーキの話はこの辺にしておくか…――それからセレナよ先程の約束通り、後でこのケーキの店をしっかりと教えてもらうからの♪」
「はい!お任せください!!――それからさっきは私を庇って頂いてありがとうございました。…とても格好良かったですぅ♡」
セレナはアスモに感謝の言葉を述べ、役員達にお茶を入れてから部屋を退出していった。
応接室を退出し、廊下を歩きながらセレナは少女のように頬を赤く染めて先程の出来事を思い出していた。
アスモ様が怒られた私を「セレナを罰することは許さぬ」と庇ってくれた。しかも私との話を「大事」だって…
可愛らしいだけでは無く、何と凛々しく、そして優しいんだろうか…
私ではあの方の役に立ち事など出来ないかもしれない。でも…
セレナはアスモに対する想いに身を焦がした―
セレナの退出後、アスモはアスモはケーキを頬張りながら何かを思案していた。
良し良し、あの反応を見る限り上手く行ったようじゃな♪
最初はあの娘を近くに置くことは避けるつもりじゃったが考えを改める事にしたのじゃ。
あの娘は使える。妾には遠く及ばぬが人間にしては美しい部類に入るであろう容姿と人当たりの良い性格をしておる。何よりケーキ……もとい、この国や他国の情勢についての情報が集まるギルド本部の職員でもある。…まあ、ケーキも重要じゃな。
あの器量であれば色仕掛けで重要なポストについておる男などを篭絡し情報を得るのも容易いじゃろう。
本来ならば妾が操作や精神支配で人を操るのが一番早いのじゃ。何せ妾の隠蔽した魔法は誰にも見抜くことなど出来ぬからのう。
…だがそれは出来ぬのじゃ、唯一の例外として妾と同じく「色欲」を使える主殿だけが妾の隠蔽した魔法を見破ることが出来るのじゃ、今は無理でも、もう暫くして魔力が上がればいずれ見抜かれよう。そうなっては困るのじゃ、主殿はこのような手段は絶対に許さぬじゃろうからな。
じゃからこそセレナは必要なのじゃ、あの娘を虜にし妾の為ならばどのような事でもする「駒」として仕込む必要があるのじゃ。
これからは妾の手足となる「駒」がもっと必要になるじゃろう。なればこそ精神、操作系魔法を使う必要の無いあのような「駒」は希少な存在なのじゃ。
――まあ、あの様子ならば多少の「飴」を与えてやれば簡単に堕ちるじゃろうて♪クフフフ…
そして自分に対し想いを寄せるセレナを遠ざけるのでは無く、己の忠実な手駒として利用する事を決めニヤリと嗤った。
ルゴスは無邪気な顔をして美味しそうにケーキを頬張る目の前の美少女を見ながら考えていた。
昨日の役員会では満場一致で彼女のA級昇格が決まったが、あの時真実を話していればどうなっていたのだろうか?
昨日現場検証をした時の状況に関しての報告はA級2名を含むギルド所属の冒険者達が誘拐事件などの犯罪に多数関与していたと報告はした。そして犯人側の犠牲者は死亡11名、逮捕1名だと…
これだけを聞けば彼女の功績は素晴らしいものであり、尚且つ犯人達を殺したとしても正当なる権利として何も問題ないものと取れる筈だ。
だが、昨日現場で見たものは私の想像を遥かに超える凄惨な状況だった…
犯人達の死体があった中央倉庫内は異常としか言えなかった。倉庫の中心に巨大なクレーターがあり、そこから部屋中に亀裂が走っていた。そして倉庫内に転がる胸を貫かれて死んでいたローデンス以外の全てが異様な死に方をしていた。
…感電死、水死、焼死、切り刻まれた死体など長時間拷問を受けたか様な無残な死体まであった。正直言ってあの様な殺し方をするなど正気の沙汰とは思えない。
極め付けはどうしても見つからなかった1名の死体だが、クレーターの中心に砕けた礫と一緒に転がっていた細かな肉片を見つけた。それが取り調べでネッド・クリルという男が吐いた誘拐実行役のパウロ・サンソンだと後で判ったのだ。
死因は爆破魔法や火薬を使って吹き飛ばされたのではないか。と調査班の見解があったが私の見解は違う。
死体?いや肉片には焼け焦げた跡が無かったのだ。つまりは強烈な打撃を食らってバラバラになったのではないのかと思われる。しかも救出された少女たちの証言では1度だけ大きな音がして地震の様な揺れが起きたと言っていた。そして王都では地震など起きていない。つまり彼女はたったの一撃であのクレータを生み出し、倉庫全体を揺らすことが出来る破壊力のある打撃を繰り出すことが出来るのだ。
正直言ってあの姿で既に竜種並みの膂力を兼ね備えているといっても過言ではあるまい。
だが私はこの件を役員会で報告せずにその場にいた者達に緘口令を敷き、死体の惨状について話さないように指示を出した。
もし、全て報告していたら倫理観を理由にして反対する役員がいたかも知れない。そうなれば彼女はA級になれなかったであろう。その可能性があったからこそ私は話さなかったのだ。
彼女の機嫌を損ねるような真似など出来ない。……何故ならば私は彼女が恐ろしいのだ。
ローデンスに対しての攻撃は正面からの一撃で胸を貫いたのみ、これだけならば問題ないのだ。
だが異常な死体達、そしてサンソンに至っては少しの肉片のみしか発見できなかった…
この死因の差についての答えはすぐに出た。簡単に言えば彼女はまだ8歳の子供なのだ。
つまりローデンスのみを一騎打ちで斃した後に残りの者達で遊んだのだ。まるでままごとでもするかの様に……
そしてクリルの証言で誘拐の実行犯役であったサンソンが彼女の友人を人質に取るような姑息な手段で倉庫まで連行して行ったと報告があった。だから彼女を最も怒らせたであろうサンソンの死体だけが最も悲惨な死に方をしていたのであろうと言うのが私の見解である。
確かに彼女には子供とは思えぬほどの閃きや聡明さが感じられる。だが子供である限り感情の起伏によって己を制御出来なくなる事がある筈だ。そして悪人に対しては何をしても良いと思っているかもしれない。
だからこそ私達大人が彼女を正しい道に導いてあげる必要があるのだ。彼女には悪人に対しての怒りがある。誘拐された子供達を助けたり、「黒幕が捕まらなければ不幸になる者がいるから早く対処してほしい」と心配するほどに正義感のとても強い子なのだ。
彼女は確実にS級冒険者になるだろう。多分、今回と同じく史上最年少で…
これからの成長次第で彼女はこの国にとって毒にも薬にもなるのだ。だからこそ監視の意味も含めてギルドが責任を持ってサポートする必要がある。
彼女と同じ「先祖返り」の魔人でありアルガルズ大陸最強の魔人ヴェノア帝国の「狂帝」グレゴール・エルド・ヴェノアは残忍冷酷な男だ。彼女を「狂帝」の様に道を踏み外させては絶対にいけないのだ。
特に今から話す「依頼」については慎重に交渉をしなければいけない。彼女の機嫌を損なわないようにしなくては…そう、じっくりと丁寧に。
ルゴスは強い正義感と崇高な使命感を胸に秘め、この少女を正しき道へ導く事を強く誓った。
だが彼は大きな勘違いをしていた。その少女は自分が楽しむ為に犯人達に拷問を行い、そしてルゴス達にも狡猾な罠を仕掛けていたのだ。ましてや他者を思いやる優しい心など持ち合わせてなどいない。
その正体は鬼畜外道の魔王なのだ。……ちなみに実際は少女でも無い。
ルゴスはアスモを見つめて今から話す「依頼」の事について考えゴクリと喉を鳴らした―
「…なんじゃ、お主。そんなに物欲しそうに見つめても絶対にやらぬからな!このケーキは全部妾の物じゃぞ!」
アスモがルゴスを威嚇するように睨んだ。
「い、いいえ、違いますよ。とても美味しそうに食べていたものでいつ話しかければいいかと思いましてね…」
「別に食べながらでも聞けるから話してみよ。今から話すのが本題なのじゃろ?」
「ええ、そうですね。この件に関しましてもこのまま私が説明させていただきます。――ギルド長、よろしいですか?」
「うむ、ルゴス君、よろしく頼む。」
ギルド長モレッツが頷く。
「では私の方から説明させて頂きます。昨日アスモ様に解決して頂いた事件の後にアスモ様の処遇に対する会議を夜中に開いておりました。その時今回の「依頼」となる重大な事件の報告があったのです。」
ルゴスが今回の「依頼」について説明を始めた。
昨日の夜中に事件じゃと……「伯爵」の件か?いや、流石にそれはあり得ぬ。いくら王族とは言え従者と護衛を10名以上つけている成人の男が一晩帰らなかった位で捜索などせんじゃろ。
多分、今日か明日頃に港にずっと停泊している不審船があるという事で「伯爵」の船の調査が始まる筈じゃ。今回はこの件では無いじゃろ。
ならば重大な事件とは一体何であろう…妾としては怪物退治ならば良いのじゃがのう。――うまうま♪
アスモはケーキを頬張りながら思案し、そしてルゴスの話に耳を傾けた。
「ロマリア公国のA級冒険者は昨日まで7名居たというのはご存知ですね?」
「ひっへほふ(知っておる)。」
「では、その内2名のA級冒険者であるローデンスとドレアムをアスモ様に犯罪者として処分して頂きましたが、実は昨晩更に緊急任務に就いていた2名のA級冒険者を含む10名のパーティーがある地下迷宮の調査中に中位悪魔を含む大量の悪魔と遭遇し壊滅しました。そしてA級冒険者2名と7名のB級冒険者がその任務中に命を失いました。……今回の「依頼」のランクは「S級」となり大変危険なものとなります。強制ではありませんがアスモ様には当ギルドの代表としてこの任務に参加して頂きたいのです。どうかよろしくお願いします。」
ルゴスが深く頭を下げてアスモに願った。
「大量の悪魔じゃと!?しかもS級か!詳しい内容を妾に話してみるのじゃ!」
「大量の悪魔」と「S級依頼」という言葉に反応したアスモが興味深そうにキラキラと目を輝かせた―




