第32話 魔神王誘拐事件 その⑦召喚実験
惨劇の舞台である中央倉庫に静寂が響く―
その静寂の中に一人の美少女が全身を返り血で染め上げて立っていた。その両腕は真っ赤に染まり鮮血が滴っている。
「あはぁ♡楽しいのぉ♪こんなに楽しいのは人間界に来て初めてじゃ。」
そう呟き恍惚の笑みを浮かべながら口元についた血をペロリと舐め取る。
もうこの場にはアスモ以外に五体満足の者は誰もいなかった。倉庫内に居る10名全員が地に伏し体中から血を流している。
だが、まだ一人も命を失ってはいない。倉庫に転がっている全員からは息も絶え絶えな呼吸音やかすかな呻き声が聞こえる。辛うじて息はあるようだ。
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話は少し前に遡る―
A級冒険者であるスティング達を片付けた後にアスモは中央倉庫内に残った8人に宣言通り罰を与えたのだ。
最初は逃げ出すものが3名ほど居たが部屋を出る前に捕まり手足の骨を砕かれ逃げる事が出来ない状態にされた。そしてその3人の中には四肢を引き千切られる者や眼球をくり抜かれる者までいたのだ。
そしてボルツのようにボロボロにされるまで延々と責苦を受ける。ただ単純に殴り続けたのだ。あくまで死なない程度にである。
「逃げればさらにひどい罰を与える」と言う宣言通りの凄まじい光景を目の当たりにした残る5名は戦慄し恐怖に顔が引きつった。
誘拐犯達にとって命乞いや抵抗すらも許さず只黙々と相手を嬲り続け暴虐の限りを尽くすアスモはまさに暴力の権化にしか見えなかった。
そして逃げる事など出来ない状況となった5人には大人しく悪魔の罰を受けるという選択肢しか与えられなかったのだ。
5人は罰を受けながら何故この悪魔はこんなに嬉々として人間を痛めつけるのか?何故年端もいかぬ少女が熟練の拷問官よりも手慣れたかのように洗礼された技術を持っているのか?などと薄れゆく意識の中で考えたが疑問は尽きなかった。
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「ふむ、これ以上やると死んでしまうの。仕方ない取り敢えずこ奴らは放置して逃げた屑共を捕えに行くのじゃ。―おっ、良い事を思い付いたのじゃ♪」
アスモは何かを思いつき口元を緩め楽しそうに逃げたパウロ達を狩りに行った―
倉庫の正面玄関前で2人の男が必死に扉を開けようとしていた―
「おいっ、もっと力を入れて扉をこじ開けろよ!お前冒険者だろうが!!」
パウロが必死な形相でハンスに大声で叫ぶ。
「うるせえ!さっきからやってるだろうが!何も出来ねえ手前が偉そうなことを言うな!」
ハンスがパウロの言動に怒りをあらわにして噛み付く。
「だって早くしねえとあの悪魔が俺達を殺しに来るぞ!…ボルツの野郎どころかスティングの旦那ですら勝てなかったんだ。あんな化物手に負える訳がねえ!他の奴らがやられている内に俺達だけでもここを出るんだよ!」
「手前に言われなくても分ってるんだよ!だが扉が開かねえんだ!首飾りのお守りを着けているのにドアが開かねえんだ、一体どうなってやがる…」
2人共必死である。無理もない。「大人しく罰を受けるならば」と言うアスモの忠告を無視して逃げて来たのだ。もし捕まればボルツの様に、いやそれ以上の責苦を受ける事になるのは明白であった。
しかし逃げ出そうにも正面玄関の扉どころか他の倉庫の部屋の扉も全て開かず、人質の監禁部屋に至っては扉に近づくだけで弾き飛ばされる強力な結界が張ってあったのだ。
退路は絶たれた、まさに絶体絶命の状況であった。
扉を必死にこじ開けようとした2人の背後から声が掛かった―
『―おい!』
「「ひいぃっ!!」」
2人は声に反応し悲鳴を上げた―が…
『おい、お前ら聞いてるのか?勝手に逃げやがって、あのガキを大人しくさせるのにどれだけ苦労したか分ってるのか?もう大丈夫だ。何とか全員で抑え込んだぞ。まあこっちも無事では済まなかったがな。』
「本当に…ですか?スティングの旦那?」
パウロは後ろから聞こえてきた声の主に尋ねた。
『あぁ!?俺の話が信用できないのか?もう大丈夫だって言ってるだろうが!分かったらとっとと倉庫に戻りやがれ!』
怒気を含むその声には聞き覚えがある。最初は不安を隠せなかったがこの声は間違いなくスティングだと2人は確信した。
「あのガキを仕留めたんですね、スティングの旦那!」
「やっぱり兄貴はすげえぜ!!」
パウロとハンスは同時に振り向き声の主の方を見た。
しかしそこにはスティングどころか誰もいなかった。
そんな筈は無い。ボルツ程では無いがスティングも190センチを超える長身なのだ。声は真後ろから聞こえて来た筈だ。ならば自分達が見上げて話す様な長身のスティングがこの視線から見えない訳が無いのだ。
…いや待てよ、見上げて?…まさか―
2人は同時に見上げていた目線を下げた。
するとそこにはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる悪魔が居た。
『どうだ?似てたじゃろ?』
スティングの声色でアスモが話しかける。
「「ひいっ!」」
悲鳴を上げ2人共その場にへたり込んだ。恐怖に顔が引きつりその場でブルブルと震えている。どうやら腰が抜けたようだ。
「残念!アーちゃんでした♪」
アスモがパウロに近づき嫌味たらしく微笑みを浮かべてそう告げる。まるで悪戯に成功した子供の様にはしゃいでいた。
目の前の絶望的な存在に恐怖し声すら出ない状況であったが、楽しそうに笑う悪魔を見て2人は悟った。
中央倉庫に居た者は全員悪魔の罰を受けたと。そして今から自分達へ更に凄惨な罰が加えられると言う事を。
「さてと、逃げたお主らにはどのような罰がよいかの?取り敢えず四肢を捥いで目玉をくり抜くか…」
アスモが2人への罰の方法を思案している。
その言葉に戦慄したハンスがアスモに命乞いを始めた。
「助けてください!何でもします!貴方様のペットになります!だから…ぶぺっ!?」
ハンスが命乞いの言葉を話している最中にアスモの裏拳がハンスの顔面を捉える。
ハンスはその衝撃に吹き飛び正面玄関の扉に叩きつけられベチャリと地面に倒れこんだ。
「誰がお主の様な酒臭いゴミ屑をペットになんぞするものか。愚か者め!―そういえば確かお主は妾を鎖で引き摺ってくれおったな?」
アスモはそう言ってハンスの髪を掴み持ち上げる。ハンスの顔はアスモの裏拳によって潰れグチャグチャになっていた。
「…ぅ、うう…だじゅげ…」
懲りずに命乞いをするハンスをよそにアスモは掴んだ髪ごとハンスを激しくブンブンと振り回した。
「…いぎゅ…ぎゅぅあぁ!!」
掴まれた髪ごと高速で振り回される激痛にハンスはひしゃげた顔を更に歪める。そして―
「ハハハ、痛いじゃろ♪そろそろ時間が無いから今はこれ位で勘弁してやるのじゃ、ほれいっ!」
そう言ってアスモは振り回していた手を一度止めた。そして今度はボールを投げるように少し振りかぶり中央倉庫の方に向かってハンスを投げた―
ベチャッ!と言う大きな音を立てて凄まじいスピードで中央倉庫の壁にハンスが叩きつけられた。肉眼では無事かどうかも分からない状況だ。いや普通ならば死んでいてもおかしくは無い衝撃である。
「―ふむ、少しやりすぎたか?いや、まだ息はあるようじゃ。よしよし、こんな簡単に死なれては困るからのう。さてと…」
その右手に握られているのは髪の毛だけでは無く、頭皮が3分の1程付着していた。アスモに投げられた衝撃で剥がれたのだろう。
そしてその手に持った頭皮付髪の毛を無造作に投げ捨てハンスの無事?を確認したアスモが踵を返し今度はパウロに向けて近づいて来た。
正面玄関から中央倉庫までは約50メートル以上はある。その距離を人間が信じられない速度で投げ飛ばされたのだ。しかも目の前の悪魔はボールでも投げるかのように軽く投げただけである。その信じられない光景にパウロは混乱し恐慌状態に陥っていた。
駄目だ、殺される。こいつには情けや容赦なんか無い、本当の化物だ。
嫌だ、嫌だ!こんなところで死ぬのは!俺には夢が…店を持つ夢があるんだ!こんなところで死んでたまるか!
ならばどうする?こいつには下手な命乞いなど通用しないぞ…
そういえば確かこいつは金の為にハンス達の話に乗った筈ではなかったのか?
良し、それならば―
パウロは混乱しながらも如何にして自分が助かるかを考えた。そして最悪の答えに辿り着く。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺は只の命乞いなんかしない。アンタに金を払う!金貨50枚以上は約束する!本当だ!金貨50枚以上だぜ!当分の間は贅沢な暮らしが出来る筈だ。子爵家の令嬢救出の金額の倍以上だ。なあ、悪い話じゃないだろ?あのダークエルフのガキを売れば―あっ!?」
クレアの事を口に出した瞬間パウロが正気に戻る。混乱しパニック状態に陥っていたとは言えアスモに対して言ってはいけない言葉を吐いてしまったのだ。
しまったという顔をして恐る恐るアスモの顔を見た。そしてパウロは戦慄する。
そこで見たものは嬉々として誘拐犯を殴っていた無邪気な悪魔の笑顔でも怒りの表情でもなかった。
アスモの顔は完全に冷め切っていた。例えるならばまさに魔王がゴミを見るような目でパウロを見下している。
もう駄目だ!とは思いながらも己の夢を諦め切れないパウロはアスモに懇願する。
「嘘、嘘、嘘なんだ!さっきのはじょうだ…んん!?」
アスモがパウロの開いた口に手を突っ込み下顎を掴んだ。
「…貴様はもう喋るな。」
そう冷たく呟いて下顎を掴んでいる手に力を入れ引き千切った。
「ぎゃ!?~~~~!!!!」
パウロはその場に倒れこみのた打ち回る。下顎を引き千切られた激痛に声を上げるが顎が無い状態ではまともな声が出ず、獣が唸るような声?で叫喚の声を上げる。
「うるさいぞ貴様、誰が吠えて良いと言った?」
アスモはパウロの首を掴みギュッと力を入れて喉を潰した。
「やはり昨日の時点で貴様を殺しておくべきだったか…楽に死ねると思うなよ?」
目の前にいる悪魔の眼つきが一変しまるで魔王のように変わった。
パウロは激痛や罰による恐怖よりも目の前の存在の圧倒的恐怖に絶望した。
そして魔王の拳の雨がパウロに降り注ぐ―
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倉庫の通路の中心をアスモが何かをズルズルと引き摺りながら中央倉庫までゆっくりと歩いていた。
アスモが右手で引き摺っているのは血まみれでぼろ雑巾のようになったパウロであった。その様子は他の11人よりも酷く、生きているのが不思議なぐらいであり例えるならば生ける屍のような状態であった。
「さてと、これで全員捕まえたのじゃ、次は予定通りの実験といくかの。―おっと、そういえば主殿達に報告をせねばいかんかったの。」
アスモはそう呟き念話でグレイヴ院長に連絡を取った。そういえば先程から口調が元に戻っている。どうやら機嫌は治っているようだ。
『もしもし院長よ妾じゃ、聞こえとるか?』
『―その声はアスモちゃんか!クレアは無事なのかい?それに君も…いや、君は多分というか問題無いか。』
グレイヴ院長がクレアとアスモの心配をして質問する。
『問題ない。クレアは無事じゃ。それどころか攫われた人質全員を確保したのじゃ。』
『そうか!ありがとう!君には本当に感謝している。それに他の子供達も無事で何よりだ。じゃあ、すぐに迎えに行こうか?それともゼフォンや治安部隊の人間を手配しようか?』
『いや、その必要はない。クレア達は無事保護はしたが、今から犯人達を確保するために動かねばならんのじゃ。よって少し時間が掛かる。今から教える住所に一刻後に孤児院から主殿だけ来て欲しいのじゃ。院長から頼んでくれぬか?主殿は念話を使えぬからのう。』
アスモは誘拐犯達をまだ確保出来ていないと嘘をついた。
『ゼフォンだけかい?それに君の言った場所を今「千里眼」で確認してみたが巨大な壁に囲まれた広大な空き地にしか見えないが…』
『ふむ、それは特殊な魔道具で細工した結界を張って感知魔法の妨害と視覚障害を起こさせ見えなくしておるのじゃ、それに主殿だけ呼ぶのは他の者に妾の手柄を横取りされては困るからのう。故に主殿には一人で来てほしいのじゃ。取り敢えず一刻後に指定の場所に来て「よく目を凝らして」近辺を見る様に主殿に伝えてくれんか。それから妾が建物から出て迎えに行くまで絶対に動いてはならんと伝えておいて欲しいのじゃ。』
『君が迎えに行くまで動かないようにかい?ゼフォンと2人で協力した方がいいと思うのだが。』
院長はアスモの話の内容を聞いて疑問に思う節があったのか少し訝しげに質問する。
『それは違うの。主殿は「家族」の事になると周りが見えなくなる事が多い様じゃ。もし怒り狂った主殿がこの場所で暴れた場合、クレアを守る事が出来ても妾の救出任務である貴族の娘や他の子供達の事まで守り切れる保証が無いのじゃ。じゃから主殿にはクレアの安全が100%確認できたら妾が倉庫から迎えに来るからと釘を刺しておいてほしいのじゃ。』
アスモはゼフォンの性格を完璧に理解している。彼ならばこうなると言う予想をし、もっともらしい理由を考え院長の質問に答えた。
『…確かに君の言う通りかもしれん。孤児院の皆の事になるとゼフォンは我を失う事があるからね。…わかった必ずそう伝えよう。だがアスモちゃんも気を付けるようにね。』
グレイヴ院長もアスモの意見を聞き納得したようだ。
『了解じゃ、では主殿に宜しく。』
そう告げてアスモは念話を切った。
よしよし、院長は妾の言葉を信じた様じゃ、上手く誤魔化せたのう。これで主殿は妾が迎えに行くまで必ず入っては来ぬじゃろ。
主殿には「色欲」がある故、この結界の視認性阻害も簡単に見破る事が出来るからこの場所を探すのは簡単じゃろう。
じゃが家族の事で我を忘れた主殿がこの場に突入してきた場合、妾が結界の内側に張った「闇の監獄」を打ち破ることは出来ぬじゃろうが外側の誘拐犯達が張っている結界程度では主殿ならば破壊してしまうじゃろ。そうなってはこの場所が他者達にも知られてしまう事になる。
それに主殿がここに来れば今から妾の行う「実験」と「遊戯」を絶対に許しはしないじゃろうからな。
人間には道徳や倫理観などと言うつまらぬ感情がある故に残虐な行為に歯止めをかけてしまう。まあ仕方が無い事なのじゃろうが、それでは妾が楽しむ事が出来ぬ。
それは不味いのじゃ、特に今から妾が行う「実験」の事は他者どころか主殿にすら知られる訳にはいかんからのう。
先に手を打って院長に釘を刺しておいてもらうのが確実じゃ。
人間界に来て1ヶ月近くも大人しく過ごして来たのじゃ、自分への褒美として多少羽目を外しても罰は当たらんじゃろうて。
タイムリミットは一刻か…早う準備をせんといかんのう。
アスモがそんな事を考えながら移動しているといつの間にか中央倉庫の入り口前に到着していた。そして壁際で瀕死のハンスを回収し中央倉庫内に入って行った―
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アスモは両手に持ったパウロとハンスを倉庫内の床に無造作に投げ捨てた。
そして信じられない行動に出た。
「「再生の光」!」
なんと上位治癒魔法を発動させ瀕死の12人全員を治療したのである。
誘拐犯達全員の怪我が徐々に回復していく。「再生の光」により細胞単位での自己再生能力を向上させたのだ。アスモが使えば効果は絶大である。通常よりも早く誘拐犯達の傷どころか損傷や破裂した内臓まで回復していくようだ。
そしてものの数十秒で瀕死の状態から意識をはっきりと取り戻す者達まで出てきた。
「…何で、傷が再生…俺生きてる?」
「体中がバラバラになったみたいに痛いが少しずつましになって来ているのか?」
「誰かが助けに来たのか?―ひぃ!?」
意識を取り戻した誘拐犯達が己の状況を確認していた時にその中の1人が目の前に立っている悪魔に気付き悲鳴を上げる。
「「「……」」」
駄目だ、話しかけた所でこの悪魔は許しはしない。だが何故俺たちを治療する?また自分達を嬲り続けるのか?
命乞いなど以ての外だ。多分口にした奴から殺られる。
誘拐犯達は同じような事を考え口を噤む。しかし一人がボソリと呟いてしまう。
「これじゃ…まるで地獄だ…」
その言葉を聞いてアスモがニヤリと嗤った。
「この程度が地獄?―違うの、これから味わうのが本当の地獄じゃ。お主らには妾の実験を兼ねた遊戯に付き合って貰うのじゃ。通常ならば人間が見る事が絶対出来ぬものを見てから死ねるのじゃ。光栄に思うが良い。では実験①を開始するのじゃ。」
そう言ってアスモが中央倉庫の中心まで移動し呪文を唱えた。どうやら召喚魔法を使うようだ。
「創造主たる妾が命じる。異界の門を潜りこの場に顕現せよ「魔王の仕置き部屋」!!」
そう言ってパチンと指を鳴らした。すると中央倉庫を覆う巨大な魔法陣が出現しバチバチと雷が奔る。そして魔法陣が光ったと同時に黒い巨大な影が出現し中央倉庫内に居る全ての物を飲み込んだ―
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「おい、ここは何処なんだ?」
「暗くて何も見えねえ…」
「おい、何か温かくねえか?それに良く聞くと部屋が脈打ってるような…」
漆黒の闇の中で誘拐犯達が混乱しながらも辺りの状況を確認しようとしていた。
ここへきてもう十数分は経っただろうか?「再生の光」により未だ五体満足とは言えないが徐々に怪我が治療されて行き、全員が動ける位には回復しはっきりと意識を取り戻していた。
そして誰かが言ったように少し耳を澄ますとドクン、ドクンと確かに何かが脈打っている様に聞こえる。
この異様な状況に全員が不安を募らせていた。
「ふむ、人間であるお主達には何も見えんようじゃな。よかろう、明かりを照らせ「魔王の仕置き部屋」よ。」
この空間のどこかからアスモの声が聞こえる。誰かに明かりをつけるように指示を出したようだ。
その言葉に応じる様に部屋?に明かりが燈る。そして誘拐犯達全員が戦慄する―
「「「「……」」」」
誰一人として声を上げる事が出来ずに驚愕に顔を引き攣らせていた。確かにここは先程まで自分達が居た中央倉庫では無い。
ならばここは何処だ?と言うのが通常の反応であるだろうが、全員が思ったのはこれは一体何だ?であった。
目の前の、いやこの部屋?全体の光景はあまりにも異様であった。
その部屋の広さは30メートル四方はある何も無い広い空間だった。だが普通と違ったのは部屋全体に血管の様なものが浮き出ており、その全面が内臓のような赤褐色であった。壁や床、天井まで全てがである。
更によく観察すると部屋全体がまるで生き物の体内の様に蠢き脈打っていたのだ。
理解不能のこの状況に呆然と立ち尽くす誘拐犯達をよそにアスモは部屋全体を見回しながら機嫌の悪そうな顔をしていた。
「…うぬぬ、何じゃこれは!随分としょっぱい状態の者を召還してしもうたのじゃ。これでは魔王と呼べぬどころか悪魔と言った程度のレベルじゃ!こ奴らを驚かせて恐怖を与えてやろうと思ったのにこの様では大失敗ではないか!!」
アスモが大声で失敗を悔やみながら地団駄を踏んでいる。
「…やはり簡易召喚ではこの程度のレベルの者しか召喚出来ぬのか。…まあ妾自身がこの様では仕方がないのう、今回はこれで我慢するしかないようじゃな。「魔王の仕置き部屋」よ、器具を用意するのじゃ!」
アスモがそう告げた途端、部屋全体が大きく揺れる。そして床と壁が大きく波打ち、ぐにゃりと蠢き何かの形を模り始めていく。
そしてその場に現れた何かを見た途端、誘拐犯達全員が絶句する。
彼らが目にした何かとは大量の器具であった。その中にある一部の器具は全員が見た事がある物に酷似していた。だがそれは自分達が知っている物よりも凶悪で恐ろしい器具だと言う事は即座に理解出来た。
そしてそれが自分達へ使用される拷問器具だと言う事を。
誘拐犯達は今から自分達にこの先起こるであろう惨状が目に浮かび震えあがっていた。特にネッドの震え方が尋常ではなかった。彼は器具ではなく部屋全体を見回して恐怖に顔を歪めていた。
「さて、今からお主らにこの器具を使って罰を与えるのじゃ、時間は…そうじゃな、一刻にしてやろう。一刻我慢すれば楽にしてやるのじゃ。安心するが良い、妾は約束は守るのじゃ。」
アスモが誘拐犯達にはっきりと宣言した。
本来ならばどう考えても絶望の言葉でしかないが、先刻から地獄の様な責苦を与えられ、殺さないように延々と自分達を痛めつける悪魔からあと一刻で解放されると聞いた誘拐犯達にとってその言葉はまさに僥倖だったのだ。
確かにたった一刻では無い。だがその一刻を我慢すればこの地獄から解放される。
それに先程この悪魔は言っていた「失敗した」と。
これで失敗したのか?と言う疑問はある。だが成功していればどんな恐ろしい物が自分達の前に現れていたのだろう。
ならばこの状況は少しはましかもしれない。その様な事を考え安堵している者が数人いた。
だが、これは彼らにとって勘違いであり、「本当の地獄」の始まりであった。
そして彼らをこの後絶望の淵に叩き落とす事になる原因についての質問をネッドがアスモに尋ねた。
「…一刻と言うのはここでの一刻の事なのか?それとも外での一刻の事なのか?どっちなんだ?」
その言葉に全員が何を言っているのだ?と首を傾げる。
「良い質問じゃネッドよ。しかし「鑑定士」と言うのは人間どもには貴重な存在ではあるが、ある意味厄介なものじゃな。何せ見たくない者まで見えてしまうのじゃからな。では質問の答えじゃ、無論ここでの一刻じゃ♪」
アスモはニヤリと笑ってネッドの質問に答えた。
「うあああああ!!!嫌だー!!!誰か!もう殺して!殺してくれ!!ああああー!!!」
質問の答えを聞いたネッドが発狂した。その様子を見ていた誘拐犯達もアスモの言った「ここでの一刻」と言う言葉に不安を募らせ動揺している。そして何故ネッドがこんな状態になったのか?と考える者もいたが彼らには理解出来ない様だ。
では彼らの疑問そしてネッドが見た者について説明しよう。
「魔王の仕置き部屋」―
アスモの召喚によって現れたこの部屋は生きているのだ。だがこれは部屋などでは無くれっきとした悪魔なのだ。
この「魔王の仕置き部屋」は只の悪魔ではなく魔神王アスモデウスが創り出した造魔という特殊な悪魔であった。
この造魔はアスモデウスが己に敵対する者達に罰を与える為に創り出した次元獣と呼ばれる階級の魔獣の力を組み込み創造した拷問専用の造魔であった。
この「魔王の仕置き部屋」自体は攻撃する術を持たない悪魔なのだ。
だがアスモデウス本人から血と肉を与えられ作られたこの存在のレベルは888。最早、悪魔とは呼べない圧倒的能力を持った存在である。
実際にアスモデウスの配下の中では2番目にレベルが高いのだ。
確かに攻撃力は無いが本来のレベルで顕現していれば、かの竜王アジ・ダハーカでも閉じ込める事が出来る広さと竜王でも破壊する事が出来ない堅牢な装甲を誇る。
そして攻撃自体は出来ないが、上位魔神や竜王ですらも殺し切れる拷問器具を己の体内に生成する事が出来るのだ。
捕獲対象を亜空間に存在する自分の身体の中に閉じ込め一度体内に取り込んだ対象を主人の命令があるまでは絶対に外には出す事は無い。
ここを自力で脱出出来るのは魔神王ぐらいであろう。
だが今ここに居るのは上記で説明した造魔の完全体では無い。確かにアスモよりレベルは高いが、種族やレベルを見て発狂するほどのものでは無い。
ネッドが発狂した理由はこの造魔の恐るべき職能にあったのだ。ではこの造魔の能力を紹介しよう。
名前 「魔王の仕置き部屋」
種族 造魔
階級 次元獣
レベル 83
職能 「停滞」
「停滞」―
この職能はまさに拷問の為に生み出されたこの造魔に与えられるべき職能と言えるだろう。
この造魔の体内に居る間は「停滞」の力により外の世界との時の流れ方が違い、時間経過が遅くなるのだ。この「停滞」による時の流れは造魔のレベルによって変わってくる。
完全体で召喚されていれば約1,000倍遅くなっていた筈である。しかし運良く?今回召喚された一部の力では約24倍遅くなる為、この空間で1日拷問を我慢すれば耐えられる筈なのだ。
確かに魔神は悪魔を生み出す事が出来る。だがいくら魔神王とは言えここまで強力な造魔を創造する事は通常出来ない物なのだ。
しかしこの造魔を創造した魔神王アスモデウス自体の趣味と特技が「拷問」なのだ。まさに自らの娯楽と快楽の為に長い年月をかけ試行錯誤して生み出したある意味究極の努力の結晶である。
そして今、ここに居るのはアスモのレベルが低かった為に完全召喚されなかった「魔王の仕置き部屋」の一部でしかないのだ。この状態では下位魔神すら傷付ける事は出来ないだろう。
だが誘拐犯達にはこの状態で召喚された事が最悪の事態なのだ。完全体であれば竜王すら殺す事が出来る凶悪な拷問器具で拷問を受ければ一瞬にして消滅できたであろうが今回の最弱化した状態の拷問器具では簡単に死ぬ事は出来ない。
このままではアスモの約束通りにこの空間での一刻の間、責め苦を受ける事になるだろう。
そして発狂したネッドやこの状況に恐怖する誘拐犯達を無視してアスモが更に何かを始めた―
「さてと、次の実験②じゃ、今度は完全詠唱での召喚を試すとしよう。――我が眷属、冥王チェルノボーグよ汝の主たる魔神王アスモデウスが命じる。汝との血の盟約に従い、我のもとへ忠実なる冥王の眷属を遣わせよ。―召喚!!」
アスモが呪文を詠唱し召喚魔法行った。するとアスモを中心に直径15メートルほどの魔法陣が出現しバチバチと雷が奔り魔法陣が光りを放つ。
そしてその中に居たアスモと拷問器具以外の誘拐犯達を肉の壁まで吹き飛ばした。
そして召喚が終わり魔法陣を覆っていた煙が徐々に晴れてきた。
誘拐犯達はよろよろと立ち上がりながらも魔法陣の中心から感じるとても不快な寒気と強烈な重圧に押し潰されそうになった。
そして煙が晴れた時に眼前に映った光景を見て恐怖、絶望、いや言葉に表す事が出来ないほどの戦慄が走る―
2度目の召喚魔法を行ったアスモが今度は満足そうにあたりを見回しはしゃいでいた。
「よしよし、今度の実験は成功の様じゃ♪妾が完全詠唱で召喚魔法を行った場合、妾の眷属であれば確実にミューテーションを引き起こす事が出来る様じゃな。しかし冥王め、妾の心を読んだかのように良い駒達を送り込んでくれたものじゃの♪愛い奴じゃ、クフフ。」
アスモはうんうんと頷きながら笑みを浮かべている。今回の召喚実験が成功した事にとても満足しているようだ。
そしてアスモは目の前に居る存在達に視線を向け言い放つ。
「良く来たの、冥王の眷属よ。今からお主らには妾の為に働いて貰うのじゃ、良いな?」
「「「御意に御座います。我らが創造主たる冥王様の主にして偉大なる魔神王であらせられるアスモデウス陛下。我らのような下賤な存在に御命令頂けるとは恐悦至極に存じ奉ります。何なりと御命じ頂き我らを如何様にも使い潰して下さい。」」」
召還された存在達がアスモデウスに敬服しその場に平伏している。
誘拐犯達が人生の中で最高の戦慄を覚えた存在、それは一体では無かったのだ。
種族 不死族
階級 屍鬼魔仙
レベル 136
職能 「死霊魔導師」 「拷問官」
この人間界では不死王と呼ばれる不死族の頂点にあたる種族の1つである屍鬼仙が目の前に居るのだ。しかも5体…
そしてその存在が地に平伏し一人の幼女に服従している。目の前の信じられない光景に唖然としたまま立ち尽くす誘拐犯達にアスモから衝撃の言葉が告げられる。
「今からこ奴らがお主らに拷問を行う、先程も言ったようにこれが本当に最後の罰になるのじゃ。妾にお主らの断末魔の表情と声を聞かせて存分に楽しませてくれ。―それからネッドがそこで狂うた様に喚いておる理由じゃがの、この空間は時間の流れが少し遅くなっておる、つまりお主らの世界での一刻はこの空間では一日に値するのじゃ。頑張って一日耐えるのじゃぞ♪」
アスモが満面の笑みを浮かべながら誘拐犯達へ死刑宣告を行った―




