第31話 魔神王誘拐事件 その⑥A級冒険者VS史上最「凶」のF級
鋼鉄の扉を吹き飛ばし侵入してきたアスモに誘拐犯達の視線が集中する。この異様な状況に一部を除く殆どの者は動揺しているようだ。
そしてそんな事を気にする様子も無くアスモは彼らに向けてゆっくりと前進を続ける。
「おい、そこで止まれ糞ガキ。今すぐに大人しく部屋に戻るなら許してやる。さもないと痛い目を見ることになるぜ。」
ボルツがアスモに警告し巨体を揺らしながら近づいてくる。
ボルツとスティングは動揺せずに余裕の表情を崩さない。流石はA級冒険者である。
しかし危険を察知する能力は欠けているようだ。目の前にいる化物の力を測る事が出来ていればこの監獄と化した倉庫に閉じ込められる前に逃げだして、ここに居る事は無かったのだ。
「痛い目じゃと?お主が妾にか?ハハハ、デカいのは図体だけかと思ったが態度と口も大きいようじゃな。愚か者め。」
アスモがボルツの警告を鼻で笑い挑発する。
「なんだと!このガキ…」
ボルツは顔を真っ赤にしてアスモの挑発に反応した。
「ちょ、ちょっと、待ってくださいよ。ボルツの旦那!このガキは大事な商品なんですよ。傷つけるわけにはいかねえ。昨日の猫人族のガキみたいに使い物にならなくなったら違約金どころじゃ済みませんぜ。多分あの方から罰が下されますよ!」
パウロや他の誘拐犯達がボルツをなだめる。
「ちっ、仕方ねえ、だがこいつは大人しくは捕まらないだろうぜ。それにお前らじゃ手に余るのは分かってるよな?だから俺が傷がつかねえ程度に痛めつけるぞ。なあに殺しはしねえよ安心しな。」
そう言ってボルツは腕を回してストレッチを始めた。どうやらアスモに仕掛けるつもりのようだ。
「―おいボルツ、油断はするなよ。どうやって部屋を出たかは知らんがあそこの扉を吹き飛ばすぐらいの実力はあるんだ。多分大丈夫とは思うが一応気をつけろよ。」
ボルツをなだめる事無く傍観していたスティングがそう告げた。
「へっ、一々言われなくても油断はしねえよ。だがこの程度俺でも十分出来るぜ。多分魔法を使ったんだろうが俺の職能の武闘師範は近距離戦のエキスパートだぜ。一気に間合いを詰めて速攻で痛めつけりゃあ魔法を使う間も無く終了よ。お前さんの出る幕は無いぜ、スティング。」
皆になだめられ冷静さを取り戻したボルツはへラヘラと笑いながらスティングに告げた。
「妾を速攻で倒すとな?ふむ、どうやらお主はおつむが残念な様じゃな。他は大きくても脳みそだけは小さいようじゃな。いや、脳みそが無いのかな?クフフ。」
アスモが更にボルツを挑発した。その言葉を聞いた途端ボルツは一瞬にして激高する。
「…もういい、殺す!!」
ボルツが構えを取り力を溜める。そして体中から闘気が湧き上がってきた。
「ありゃ駄目だ!スティングの旦那、すぐに止めて下さいよ。ボルツの旦那は本気ですぜ、あれじゃあ商品が粉々になっちまう!」
パウロがスティングにボルツを止める様に必死に懇願する。
「…あそこまでキレては無理だな。それに元々奴は俺の言う事は聞かないだろ、諦めろ。」
スティングがそう答えてパウロを突き放す。
するとパウロは即座にネッドに向かってボルツを止める様に願おうとした。
まさに必死である。無理も無い、オークションでの売り上げの5%が手に入るのだ。目玉商品であるアスモの売り上げのボーナスはもし売れれば莫大な金額になるはずなのだ。
この仕事が終われば足を洗って店を持つ。パウロは叶う事の無い自分の夢の為に必死にボルツを止める手立てを考え組織の黒幕の側近であり戦闘能力は2人のA級冒険者に劣るが、この中では一番位の高いネッドに頼む事にしたのだ。
「ネッドの旦那!お願いです。ボルツの旦那を止めて下せえ!アイツあのままじゃ目玉商品を殺しちまいますよ!!」
パウロはネッドに必死に呼びかけた。
だがネッドは答えない。彼はずっとアスモの方を見てぶつぶつと何か呟いている。
良く見ると彼の顔は青ざめ驚愕の表情を浮かべていた。
「…じゃ無い、淫魔なんかじゃ無い…俺は…何でこんな所に…」
パウロが呆然と立ち尽くし何かを呟いているネッドを見て不安を感じた矢先にボルツがアスモに仕掛けた―
「くたばりな!糞ガキが!!」
ボルツが地を蹴り一瞬にして間合いを詰めアスモに渾身の右拳を放った―
その様子を見ていた者達には常人には見えない速度で放たれた拳がアスモを貫き彼女の体を四散させるには十分な威力に思えた。
但し、アスモの正体を知ってしまったネッドを除いてはだが…
バシッという軽い音を立てボルツの拳が彼女を貫く事無くアスモの眼前で止まる。
いや、よく見るとアスモが直撃する寸前に左手でボルツの右手首を掴んでいたのだ。
「のうお主よ、もしかしてこれが本気とか言わんよな?」
アスモが腕をつかみながらボルツの顔を覗き込み質問する。
「なんだと!ぐっ!腕が…動かねえ…」
ボルツはその言葉に激高し掴まれた腕を引き抜こうとしたがびくともしない。
必死の顔で振り払おうとしているボルツに対してアスモは退屈そうにボルツの手首を軽く握っているようであった。
「このガキ…離しやがれ!」
ボルツがアスモに向かって左の拳を打ち抜こうとした瞬間―
ギュっ!とアスモがボルツの腕を掴んでいた左手に力を入れた。するとボルツの手首は一瞬にして潰れグニャリと折れ曲がった。
「ぐわああああああ!!」
激痛に叫びをあげてボルツはその場に膝をついた。
「クフフ、どうした?大事な利き手が使い物にならなくなった様じゃが大丈夫かの?」
アスモは跪き激痛に顔を歪めるボルツに追い打ちをかけるようにさらに挑発する。
「―ってんじゃ…」
「ん?何か言うたかの?」
ボルツの呟きが聞き取れなかったふりをしてアスモはわざと隙を作る。
「調子に乗るなって言ったんだよ糞ガキがー!!」
ボルツが吼え、左手をアスモの胸の辺りにピタリと当て技能を発動させた。
「―っ!」
アスモは反応出来なかったふりをした。
「遅いぜ、くらいやがれ!技能「八極拳・八卦破浸掌」!!」
ボルツが左足の震脚で強く大地を踏み込むとズドンと言う大きな音と共に石造りの床に大きな亀裂が奔る。
そしてその衝撃により発生した発剄を左手からアスモの肉体へ叩き込んだ。
「ぐわああ!」
アスモが叫ぶ。そしてボルツは己の発剄がアスモの肉体内部へ浸透剄の衝撃が響き渡った事を確認し勝ち誇った。
「苦しいだろ?馬鹿が油断しやがって。俺の技能「八極拳」は内部破壊を目的とした浸透剄だ。つまりお前の内臓はグチャグチャに破裂したはずだ。とっととくたばりやが―れ?」
「なーんてな。わざと隙を作ってやったと言うのに妾はノーダメージじゃぞ。本当に妾にこんな児戯が効くと思ったのか?―はぁ、どんな切り札を隠しているかと期待したがこの程度か?お前本当にA級冒険者なのか?」
アスモは何事も無かったかのようにピンピンしている。
「…効いてないだと…しかも…わざと喰らった?」
ボルツは目の前の光景とアスモの言葉に混乱している。
馬鹿な!?効いてない筈が無い。
俺の奥義を児戯だと?俺の技能「八極拳・八卦破浸掌」は浸透剄の中でも最高位の技だぞ!決まれば一撃で大型怪物位なら斃せる威力があるんだ。
それにさっきの一撃は完璧に入ったのは確認した。体がバラバラになるぐらいの発剄が体中を巡った筈だ。
レベル30位じゃ耐えられる訳が無い、しかも体の小さなガキじゃ尚更だ。
じゃあ、一体何故、何故コイツには攻撃が効かないんだ?
まさか―
ボルツがその疑問に気付いた時には遅かった―
「何故効かない?とか考えておったのじゃろうな。それにしてもこの状況で考え込んでいる暇があるとは随分と余裕じゃの。しかし妾も鬼では無い。罰を与える前にお主の疑問に答えてやろう。お主の使った技能「八極拳」じゃったか。あの程度の威力の発剄では妾には無意味じゃ、神仙クラス、いや、せめて闘仙クラスの仙気を込めた発剄でなければ今の妾ですら傷付ける事は出来ぬぞ。」
「神仙?仙気?…馬鹿な…」
ボルツはアスモの返答を理解出来ない。神仙などは伝説や物語などで聞いた程度で実際に見た事すら無いお伽噺の逸話だと思っていたからだ。
「ふむ、言葉では理解出来ぬか…良かろう、では実際に受けてみるが良い。では行くぞ技能「闘仙術・羅刹掌」」
アスモがそう呟き技能を発動させる。すると右手に気が集まりポウッと淡く光った。そしてその右手をボルツの胸元あたりに軽くポンッと叩き込んだ。
その瞬間―
「ぐ…がはっ!―ぎいやあああああああああああ!!!」
ボルツが苦しみだしたと同時に吐血し倒れ転げまわり叫喚の声を上げる。そして目や鼻、耳など体中の穴から血が噴き出した―
その姿をアスモは呆れたような顔をして見下ろしていた。
「大げさな奴じゃのう、死なぬ程度に極限まで威力は抑えておるのじゃ、死にはせん。精々、内臓損傷程度でしかあるまいて。じゃがこれで理解は出来たじゃろ?お主の八極拳とやらは大地に踏み込んだ時の衝撃を利用し剄の力に変えるなどという手間の掛かる愚かな技でしか無いのじゃ。お主の下らぬ児戯と違い、ただ触れるだけで相手を壊す事が出来るのが神仙や闘仙術なのじゃ。まあお主には一生使う事は出来ん。と言うかもう修行する機会すら無くなるのじゃからな。」
そう告げてアスモがボルスに近づいて行く。
「いでぇ、痛でえよ…わ、わかった、ぐほぉ…俺の負けで良いから助けて…ぐおお…」
瀕死のボルツがアスモに命乞いをした。予想通り目の前の美少女は自分よりも格上の化物である事にやっと気づいたのだ。だが時すでに遅し。
「何を言っておるのじゃ、妾は言ったはずじゃ、お主らを皆殺しにすると。それから只では殺さぬとな。―よっと。」
アスモがボルツの胸の上で中腰の体勢を取り拳を振り上げた。
「それにしても愚かなゴミ屑の分際でよくも高貴な妾の胸に触れおったな。愚か者にはきつい罰を与えるから覚悟せよ。―では喰らうのじゃ。」
そう言ってアスモはニヤリと嗤い振り上げた拳をボルツの顔面目掛けて振り下ろした―
▼
ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴスッ、ゴスッ、グチャ―
倉庫内に何かを叩く鈍い音が延々と響き渡る。誘拐犯達の前で信じられない光景が繰り広げられていた。
2メートルを軽く超える大男が半分程度の身長の可愛らしい美少女にただ一方的に殴られているのだ。
美少女の全身は大男の返り血で紅く染まり、その可愛らしい顔が浮かべる笑みは悪魔、いや魔王と言っても良いような笑みにも思えた。
誘拐犯達はその様子を呆然と見ていた。いや見る事しか出来なかったのだ。
ボルツを助ける?いやそんな事など出来ない。ならば逃げるか?いやそんな事をすれば次は俺の番だ確実に殺される。
そんな事を考え誘拐犯達は心の中で葛藤していた。
そして目の前の光景は夢なのか?と皆そんな事を考えていた。
公国内最高峰のA級冒険者であるボルツが手も足も出ずに一方的に殴打されているのだ。
もう既に何十発、いや何百発殴打を加えているのだろうか?そして殴られる度にかすかな呻き声が聞こえて来る。まだボルツの息はあるようだ。
ゴッ!ゴッ!
「…うぅ…いでぇ、もう…止めひぇ…」
顔中、いや体中から血を吹き出し全身に痣が出来、腫れ上がっている意識の朦朧としたボルツがアスモに懇願する。
「何を言うておる「痛い」と言える内はまだまだ元気な証拠じゃ、その内「殺してくれ」と言い出すのが本格的な罰になるのじゃ。この程度まだまだ序の口じゃぞ♪」
そう告げるとアスモはボルツの願いを拒否し殴打を続ける。
只作業の様に黙々と振り下ろされる拳を見ながらボルツは抵抗や命乞いをする事を諦めた。
このまま殴られ続ければその内意識が遠のくはずだと。意識さえ失えば少しは楽になるかもしれないと思ったからであった。
だが、次の言葉に絶望する。
「おっ、そうじゃ、忘れておった。確かあの猫人族の娘は「内臓破裂」もしておったな。ならばお主も同じ目に遭うのが当然じゃろ?では行くぞ。」
そう言ってアスモは右拳をボルツの脇腹辺りに叩きつけた。
ゴキリと鈍い音を立て右拳はボルツの脇腹にめり込む。肋骨が折れたようだ。
ボルツは痛みに顔を歪めるが次の瞬間痛みを忘れて戦慄する。
脇腹にめり込んだアスモの右手が折れた肋骨を握ったのだ。そしてその手をボルツの胸部近くを目掛けて動かそうとしていた。
「…や、やめへくらは…いぃ!?」
「い・や・じゃ♪」
アスモがニヤリと笑みを浮かべて右手を動かしボルツの胸部の下辺りを目掛けて折れた肋骨を叩きつけた。
「…ひいいぃぃぃ…ぎいいいぃぃぃぃぃやああああああ!!!!!」
先程まで瀕死で声も絶え絶えな状況だったボルツが大量に吐血し、部屋中に響き渡る叫喚の声を上げた。
アスモは折れた肋骨をボルツの肝臓に突き刺した。先程の宣言通り「内臓破裂」を実行したのだ。
「さてと、これ以上は死んでしまうかもしれんな。取り敢えずこ奴は放置しておくか。しかし良かったではないか、デカい図体のおかげで辛うじて生きておられるのじゃからな。お前の様なゴミ屑を生んでくれた親に感謝せんといかんの。」
そう言ってアスモは激痛により痙攣するボルツを放置し誘拐犯達へ視線を移し微笑んだ。
「さて、次は誰じゃ?と言いたい所じゃが貴様らでは相手にならん。大人しく罰を受けるならば少しはましな方法で殺してやるぞ。どうする?」
誘拐犯達は動揺しガタガタと震えている。
死にたくはない、だが大人しく罰を受けても殺される。多分あの悪魔にはましな方法でも自分達にとっては地獄であろう責め苦を受ける羽目になると確信出来たからこそ即答が出来ないでいたのだ。
その時1人の男がアスモの前に立ちはだかった。
「ほお、確かA級冒険者のスティングじゃったか、お主はどうする?大人しく…と言う訳では無さそうじゃな。」
「当たり前だ。大人しく殺される気など更々無い。―それにお前に負けるつもりも無い。」
そう告げてスティングは刀の鞘口を左手で押え右手で刀の柄を掴み抜刀の構えを取る。
アスモの前でハロルドを両断にした「秘剣・風切」の体勢を取ったのだ。
「…それが妾に通じるとでも思っておるのか?そこに転がっておるゴミ屑がどうなったか見ていなかったのかお主は?」
「油断などしない。お前が俺の間合いに入った瞬間に斬る!」
スティングはアスモの質問に冷静に答えた。どうやら自信があるようだ。
コイツの強さは理解出来た。多分、いや確実に俺よりもレベルは上だろう。
間違い無くこいつは単純な腕力で手枷の魔抗鋼材と監禁部屋の扉を破壊したのだろう。
ならば膂力でボルツが敵わなかったのも理解出来る。コイツに捕まればその瞬間終わる。
だが、俺の「風切」ならばコイツの攻撃が届く前に当てる事は可能だ。受ける事など出来はしない。
風魔法を纏った高速の刃は誰にも止められない。さあ、来い!
スティングは更に体制を低くし迎撃体制を取った。
「良かろう。ならば試してみるが良い。」
そう言ってアスモは無造作にスティングに向かい進撃を始めた―
▼
アスモがスティングに向かってまっすぐ歩いてくる。
スティングは深呼吸し刀を握る手に力を入れ間合いを測る。
あと3メートル…2メートル…1メートル…50センチ…―今だっ!
アスモのつま先がスティングの間合いに入った瞬間スティングが技能「秘剣・風切」を発動―
「っ!…馬鹿なっ!?」
「秘剣・風切」は発動せず不発に終わる。スティングは抜刀する事すら出来なかったのだ。
右手に力を入れても刀を抜く事は出来なかった。何故ならスティングの懐に潜り込んだアスモが刀の柄の先を手で抑え込んでいたからである。
スティングは驚愕の顔を浮かべて動揺した。
抜刀した技を避ける、いや受けられたと言うのならばまだ納得が行く。
しかし抜刀する事すら出来なかったのだ。居合において抜刀の瞬間こそ最速が完成するのだ。
それを無造作に間合いに入ってきたアスモが先に動いた自分よりも早く動き刀を抜かせる事無く抑え込んだのだ。
己に少しの油断はあったとは言え、まさにありえない話であった。
呆然とするスティングの胸辺りにアスモの左手がちょこんと当たる。
「ほれ、1回死んだぞお主。」
「―っ、うわっ!」
スティングは狼狽えながら全身を触り異常が無いか確認する。ボルツが食らったような攻撃を受けたのではないかと不安になったのだ。
「安心せよ、まだ何もしておらん。どうじゃ、これで力の差が判ったかの?お主らはここで死ぬしかないのじゃ。―さて、先程から妾を見て震えておるネッドよ、お主は鑑定眼で妾の能力を調べたはずじゃ、黙っておらず皆に言うてやらんと可哀相ではないか。何せ「鑑定士」はお主しかおらんのじゃ。のう?」
アスモは先程からずっと顔面蒼白で震えているネッドに向けてそう言い放った。
その言葉を聞いて誘拐犯達がネッドに視線を向け質問する。
「ネッドの旦那…あのガキの能力って…」
「あのガキじゃねえよ!阿保かお前は。あの方のだろ!」
「取り敢えず教えてくれ旦那!」
誘拐犯達は互いを罵倒しながらアスモの能力についてネッドに詰め寄った。そしてネッドが口を開き衝撃の事実を伝える。
「あれは淫魔なんかじゃ無かったんだ…魔人なんだよ!あそこにいる子供は!!」
ネッドが大声で皆の質問に答えた。
「魔人?魔人って確かに人間よりかは強いが、魔人のガキがそんなに強いのか?」
「馬鹿野郎!知らねえのか手前!」
「まじか‥終った。」
誘拐犯達の反応はまばらであったが殆どの者がネッドの答えを聞いて戦うと言う選択肢を諦めた。中には逃げる事すら諦めた者もいる。
ここに居る殆どの者が知っているのだ「先祖返り」の魔人の恐ろしさを。そして目の前の美少女が魔神に近い姿をしている事が更に恐怖に拍車をかける。
まあ実際は「先祖返り」の魔人よりも強力な魔神その物なのだが…
「何で、何でこんな所に来たんだ…パウロ!お前が淫魔なんて言ったからここに来る羽目になったんだろうが!!魔人なんて聞いてたらこんな所になんか来るかよ!判ってるのかお前ら!あいつのレベルは68だ!68!!公国内の誰も勝てる訳が無い存在なんだよ!「先祖返り」の魔人だぞ、下手な竜種よりも遥かに強力な存在なんだぞ!!…終わりだ、もう終わりなんだー!!」
ネッドが発狂したように喚き散らす。
「ひ、ひいいいー!!!」
「ま、待てよ!パウロ!!」
ネッドの言葉に絶望を感じたパウロが一目散に倉庫から逃げ出した。それを見たハンスもパウロに続いて逃げ出す。
「愚かじゃの、ここから逃げる事など出来んぞ。何せ妾が結界を張っておるからの。後であ奴らには更にきつい罰を与えるとしよう。―で、お主らはどうする?逃げてみるか?それとも諦めるか?まあ、逃げればどうなるか理解出来るとは思うがの。」
アスモの最後通告を聞き誘拐犯達は膝をつき祈る者や腰が砕け諦める者達が続出した。
A級冒険者であるスティングでさえも引きつった顔をしていた。
「もう抵抗は無しか、面白くないのう。では妾が最後にチャンスをやろう。スティングとやら、もう一度妾と戦ってみぬか?お主に有利な条件にしてやろう。どうじゃ、やるか?」
「…最後のチャンスだと?」
「そうじゃ、今からお主と背中合わせになり互いに3歩前進した直後に攻撃を開始する。ハンデとして妾は後ろ手に腕を組んでやるのじゃ。それからお主は強化魔法や魔法具を使って能力を向上させる事を許可しようではないか。そしてお主の攻撃が妾にかすりでもしたならばお主らを解放してやろう。死が確定しておるお主らからすれば破格の条件じゃろ。どうする?」
アスモの提案にスティングは少し考え返答する。
「本当にその条件でやるんだな?攻撃がかすりでもすれば解放してくれるんだな?」
「無論、約束は守るのじゃ。但し、妾に毛ほどの傷でもつける事が出来ればじゃがの。」
「分かった。では受けよう。―ふぅ、「身体強化魔法」!、「魔法強化魔法」!」
スティングは身体強化魔法を再度発動し更に魔法強化魔法で魔力を強化した。
よし、これで「風切」の速度はさらに上がる筈だ。
レベル68…確かに絶望的な実力差だな。だが今度は油断しない、絶対に奴に攻撃を当ててやる。
それに奴は完全に甞め切って油断している。この条件ならば勝機は十分ある筈だ。
「準備は出来た。早くやるぞ。」
覚悟を決めたスティングがアスモを促す。
「良い心がけじゃ、褒めてやろう。では妾はこのように両腕を後ろで組むぞ。ほれ、お主も背を向けて用意をせい。」
そう言ってアスモは後ろ手に腕を組み背を向ける。そしてスティングもアスモに背を合わせて刀に手をかける。
「では行くのじゃ―」
2人以外の者がその様子をかたずをのんで見守っていた。静寂が辺りを包み込む。
そして2人が同時に前に歩を進めていく。
「一、二、さ―」
「いち、にい、さーん」
スティングは最期のタイミングをほんの少し早めた。アスモより0,01秒を少し切る程度の速さで3歩目を移動し虚を突き仕掛けた。
たった0,001秒では無い。レベル40を超える達人、いや人外の戦いにおいて0,001秒と言うアドバンテージはとてつもなく大きいのだ。
「喰らえ!「秘剣・風切」!」
スティングが今度は抜刀に成功し、剣閃がアスモに襲い掛かった。
「魔法強化魔法」で強化された風魔法を纏った剣閃がアスモの胴体を確実に捉える。だがアスモはまだ腕を後ろ手に組み迎撃体制を取れてはいなかった。
「殺った!!」
ヒュンッ!
そして「秘剣・風切」が発動し辺りに大量の鮮血が飛び散る―
やったぞ!今度は発動した。しかも今までで最速の疾さでだ!
こんなに軽い感覚で剣を振り切る事など出来ただろうか?いや、無いな。
多分興奮して感覚が研ぎ澄まされていた所為だろう。何せ命がかかっている極限の状態だからな。
これだけ血が流れていれば奴に致命傷位は与えられただろうか?どちらにしても傷は与えたはずだ。
卑怯とは言わせまい、俺の勝ちだ。
スティングは安堵しながら笑いを浮かべた。
「おい、お主は何を笑っておるのじゃ?ふむ、稀におるがマゾと言う奴か…しかし大事な腕を失っておるのに喜ぶとは滑稽な事じゃな。」
アスモは珍しい物を見るような目でスティングを見つめ呆れたようにそう告げた。
「―え?」
アスモの言葉に最初は何を言っているのか理解出来なかったがアスモの右手にある物を見た瞬間にスティングは驚愕の表情を見せた。
アスモの手には刀を持った右腕が握られていたのだ。
そして自分の右腕を見る。右上腕が無くなっていたのだ。辺りに飛び散った血は自分の物で最速で振り切ったと思った剣技は腕を切り取られた故に疾く、そして軽く感じたのだ。
理解と同時に激痛と絶望がスティングに襲い掛かる。そしてその顔が引きつり断末魔の叫びをあげた。
「うああああああ!!腕が、腕が、俺の腕が無い、無い、無い!あああああああ!!」
スティングは激痛よりも剣士の命ともいえる腕を失った事に絶望し狂ったように叫び続けた。
「秘剣・風切」はアスモが迎撃体制を取る前に虚を突き確実に捉えたはずだった。なのに何故自分の腕が無くなり相手が無傷なのか理解出来なかったのだ。
答えは単純な事だ。アスモのスピードがスティングを遥かに上回っていただけの話である。
「秘剣・風切」が当たる直前に動いたアスモがスティングの腕を手刀で切り落としただけなのだ。
レベル差は20以上、更に竜種をも上回る脅威の身体能力を持つ魔神のアスモに挑んだ時点でこうなる事など最初から分かっていた事なのだ。
元々この提案はスティング達に希望を与えるふりをして絶望の淵に突き落とすというアスモの意地悪とも言える悪質な嫌がらせでしかなかったのだ。
例え姿は可愛らしい美少女に見えても本質は魔神、いや魔王なのだ。
まずは最初の立ち合いでこれが己の実力であると底を見せたふりをしてスティングより少しだけ早く動き、少しだけ恐怖を与える。そしてチャンスと言う名目にハンデを付けて再度立ち会うという希望を持たせた後に絶望を与える。
期待した筈のA級冒険者の実力に落胆したアスモは当初の予定通り誘拐犯達を殺さず、壊さずに恐怖と絶望と激痛を与え、もがき苦しむ姿を見て楽しむ事にしたのだ。
そしてスティングはアスモの思惑通りの展開に嵌り、恐怖と絶望そして激痛を味わっている。
▼
スティングが発狂してから数分が経過した。
「コヤツの反応にもいい加減飽きてきたの。邪魔じゃ、どけい!「風圧波」!」
アスモが下位風魔法を発動しスティングを吹き飛ばした。スティングは十数メートル先の壁に勢いよく激突し動かなくなった。普通ならば耐えられるであろう攻撃のはずだ。
しかし下位魔法とはいえ無防備の状態で強大なな魔力を誇るアスモの魔法を食らったのだ。無事では済むまい。
辛うじて息はあるようだが瀕死の状態である。
「「「……」」」
ボルツに続いてスティングまでやられてしまった。公国内では7名しか居ないA級冒険者が2人もである。
その様子をただ傍観するしかない中央倉庫内に残る五体満足な誘拐犯8名は目の前の悪魔に対しての恐怖に狼狽し震え上がる事しか出来なかった。
「さて、お前達の希望であったA級冒険者共はこの様じゃ、次は誰が妾を楽しませてくれる?誰でも良いぞ、さあ!妾をもっと楽しませるのじゃ♪」
悪魔の微笑みを浮かべながら嬉々とした様子の史上「最凶」のF級冒険者アスモが誘拐犯達のもとへ歩み寄る。
惨劇はまだ始まったばかりであった―




