第22話 プリンの為に
グレイヴ孤児院の裏手の草原でマルスとクレアは魔法の訓練をしている。そしてアスモは草原を見渡せる丘に寝転がりその様子を見守っていた―
2人を弟子として面倒見る事になったが主殿の身内である以上、厳しく指導する事も出来ず、実際は初歩の魔法を教えて見守るだけの作業でしかない。これでは妾の退屈しのぎにもならんぞ。
しかしいつまで子供のお守をせねばいかんのじゃ?これでは魔界におる方が遥かにましではないか。
主殿の頼みとは言え流石に我慢の限界が…ん、おお!これは―
アスモが急に何かに気付いたように起き上がる。
孤児院に近づいて来る己の主の存在を察知したのだ。
主殿め、やっと帰ってきおったか、散々待たせおってからに。
しかしこれで退屈な日常ともやっとおさらば出来そうじゃな。
さて、久々に主殿の顔でも見に行くとするか。
「クレア、マルス今日は終いじゃ、帰るぞ。」
「うん、わかったアーちゃん!」
クレアは即座に訓練を中止し駆け寄って来る、相変わらずこやつは妾の言う事を良く聞く素直な奴じゃ。
「まだ晩飯には時間があるぞ。もう少しやっても良いだろ!」
クレアとは対照的にマルスは不満そうじゃ。愚か者め、師匠に意見するとは生意気な。
じゃが今はお主の都合など関係ないのじゃ。
「ならば勝手にせよ、妾は主殿が帰って来るから出迎えに行かねばならんのでな。」
「えっ!ゼフォン兄ちゃんが帰って来るのか?」
「そうじゃ、今孤児院に向かってきておる。既に近くまで来ておるから迎えに行くのじゃ。」
「アーちゃん、クレアも一緒に行って良い?」
「俺も行く!」
こ奴らの事じゃ、たとえ妾が嫌じゃと言うても付いて来ると言うじゃろうな。こんなところで押し問答を続けても時間の無駄になる。まあ仕方あるまい、連れて行くとするか‥
「好きにせい、では行くぞ!」
面倒だと思いながらも仕方なくアスモは二人を引き連れゼフォンのもとに向かった―
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孤児院までの町外れの一本道をゼフォンは歩いていた。
「――い!―兄ちゃん!―」
すると孤児院の方角からゼフォンを呼ぶ声が聞こえてくる。
その方角に目を向けるとこちらに向かってくる3人の子供の影が見えてきた。
「おーい!ゼフォン兄ちゃん!」
マルスが元気よく声を出し駆け寄って来る。
孤児院に帰って来たのは約1か月ぶりになるが元気そうな顔をしているようで何よりだ。
少し不安もあったが、この様子では何も問題無さそうだな。
「おおマルスか!こんな所までわざわざ迎えに来たのか?それにしても俺が来るのが良く分かったな。」
「師匠がゼフォン兄ちゃんが帰って来るから迎えに行くって言うから一緒に来たんだ!」
おい、今何て言ったんだ?とてつもなく嫌な予感がするんだが‥
「…師匠?」
「そうだよ、ほらクレアと一緒に向かって来てるじゃん。」
その言葉を聞いてすぐにこちらに向かって歩いてくる2人の子供を見る。
そこにはクレアと一緒に向かってくるアスモが居た。
その光景を見て嫌な予感は的中している事を確信出来た。だがもう一度確認の為に聞いてみるか。
もしかしたら聞き間違いかも知れない、いや聞き間違いであって欲しい。
「…おいマルス、師匠ってまさかアスモの事なのか?」
「そうだぜ!2人で頼み込んで俺とクレアの師匠になってもらったんだ。今は体術や魔法を教えてもらってるんだ!」
そうか、やはり予想通りの展開だったか…
いやちょっと待て、今2人が頼み込んだとか言ってなかったか?何故そんな事になったんだ?
マルスの言葉に驚愕し、ゼフォンはあまりにも予想外の出来事に呆気にとられてしまった。
するとアスモとクレアがやっとゼフォンの元までやって来た。
「ゼフォンお兄ちゃんお帰りなさい!」
「ああ、ただいまクレア。元気にしてたかい?」
見る限りクレアも元気そうで何よりだ。だがクレアもアスモの弟子と言う事になっているんだよな?
「うん、元気だよ!それにアーちゃんししょーに魔法を教えてもらってるの!」
はあ、やっぱり師匠か…
「そ、そうか良かったな。アスモに魔法をね‥」
ゼフォンはクレアの隣に居るアスモに視線を向ける。
「おお、主殿久しぶりじゃの!やっと帰って来おって、流石の妾も待ちわびたぞ。早う妾にまともな仕事をくれんかのう?」
「ああ、お前も元気そうだな。仕事の件か‥」
コイツは相変わらず能天気で心配しなくても大丈夫そうだ。しかし師匠として2人を指導している状況が気になって仕方が無い。
正直子供達に危険な事をさせている恐れがあれば拳骨でもかましてやろうかと思ったが様子を見る限り2人共楽しそうに見える。
しかも2人がお願いして教えてもらっていると言っているから責める事も出来んしな。
後でこうなった経緯を聞いておく必要はあるが今ここで話す事ではないだろう。
「主殿よさっきから何を考え込んでおるのじゃ?それに妾の仕事はどうなったのじゃ?」
「ああ、こっちも色々と聞きたい事があるし後で話そう。」
「仕方ないのう、では帰るとするか。」
「うん!アーちゃん帰ろ!」
「おう帰ろうぜ!ゼフォン兄ちゃん荷物持つの手伝うぜ!」
「そうか、助かる。じゃあこれを持ってくれるか?」
「おう!これ位任しといてよ!」
マルスがゼフォンから荷物の一部を預かり孤児院まで歩き出した。
「さて俺達も帰るとするか― ほう、お前ら仲良くなったようだな。良かったじゃないか。」
ゼフォンがアスモとクレアを見ると2人は仲良く手を繋いで歩いていた。
「うん!アーちゃん大好き!」
クレアは嬉しそうに返事をした。
「…もう、諦めたのじゃ。」
アスモは何故だか遠い目をしていた。
「そ、そうか。」
ゼフォンはその様子を見て何かを悟ったようだ。
そして一行は孤児院に向かって帰路に就いた―
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「ただいま。皆元気だったか?」
孤児院に到着しゼフォンが皆に声をかけている。
「あっ!ゼフォン兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃんお帰り!」
「おかえり―!」
子供達が嬉しそうにゼフォンのもとに集まってくる。
「みんな元気そうだな。良い子にしてたか?」
「「「うん!」」」
子供達の元気そうな返事を聞いてゼフォンは嬉しそうにしている。
「それは良かった。今日は皆にお土産があるからな。食後のお楽しみだぞ。」
「本当!やったー!」
その言葉を聞いて子供達は嬉しそうにはしゃいでいる。
「ゼフォン兄さんお帰りなさい。元気そうで何よりです。」
「マヘリアかお前も元気そうで良かった。お前には面倒をかける。子供達の世話に加えてアスモの面倒まで見てもらって助かったよ。」
「そんな事ないわ。アスモちゃんも子供達も良い子にしていたし、それにアスモちゃんには色々とお世話になっているから。」
「…アスモに世話になった?」
ゼフォンは訝しげにマヘリアを見る。
「本当の事だよ。彼女には子供達を助けてもらったからね。」
声が聞こえてきた方を見るとそこにはグレイヴ院長が立っていた。
「院長先生、ただ今帰りました!」
「お帰り、ゼフォン。色々と大変だったみたいだね、ご苦労様。こちらは特に問題無かったよ。皆いい子にしていたからね。それにアスモちゃんにはマルス達の危機を救って貰た上に2人の訓練までしてもらっているからね。」
「危機を救った?」
「立ち話もなんだし私の部屋で話でもしようか?」
「わかりました。」
部屋に移り院長は先日の街での出来事をゼフォンに説明した。ちなみに加害者?の状況については詳しく説明する事は避けた。
「―そんな事があったんですか。では院長先生は2人が体術や魔法の修業をしているのをご存じなのですね?」
「うん。2人の決意も堅い様だったからね。ちなみに彼女には私からお願いしたんだよ。だから彼女は何も悪くない。もし彼女を責める様なら私を責める様にして欲しい。」
「いえ、最初は不安でしたが院長先生の話を聞いて納得できました。アスモを責める気もありませんしむしろ感謝するべきでした。少しでも疑ってしまった自分が情けないです。後で話しする時にでも謝っておきます。」
「そうだね。そうすると良い。彼女には本当に世話になっているからね。」
「わかりました。それと院長先生これを。」
ゼフォンは収納用のウエストバックから先程城で受け取った褒美と賞金を取り出して院長に渡した。
「これは金貨…こんなにどうしたんだい?」
「今日、城に召喚されて先日の戦争における戦果の褒美と賞金と言う事で貰いました。金貨70枚あります。孤児院の為に使ってください。」
「嬉しい話だが、このお金は君の為に使いなさい。只でさえ君には普段の給料から援助をして貰っているというのにこれ以上負担をかける訳には行かないよ。それにアスモちゃんの面倒も見なくてはいけないだろう?」
「そんな事はありません。家族の為に使って貰うのに何の問題があるのですか?それに今回中佐に昇進が決まりました。給料も倍以上は貰えるようです。ですからアスモの面倒を見るのも問題はありません。ですからこのお金は皆の為に使って下さい。」
そう言い放ったゼフォンの顔は真剣でありその意志は固い様だ。流石のグレイヴ院長もその申し出に折れるしかなかった。
「わかった。このお金はありがたく頂戴するよ。本当にありがとう。」
「いえ、気にしないで下さい。」
コン、コン
「「院長先生、ゼフォン兄ちゃん、ご飯だよ!」」
子供達がゼフォン達を呼びに来た。どうやら夕食の準備が出来たようだ。
「わかった、すぐに行くよ。さて、夕食が出来たようだね。行こうかゼフォン。」
「はい。」
2人は子供達と一緒に食堂に向かった―
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食堂で皆が食事を楽しんでいた。
「ふう、食った、食った。今日もマヘリアのご飯は美味しかったのう。」
今日もマヘリアの作る料理は最高であった。確か「みーとすぱげってい」じゃったかな?
マヘリアのご飯が無ければ1か月もの間ここで主殿を待ち続ける事は出来なかったかもしれんな。
さて、そろそろ部屋に戻って主殿と話でもするか…
「皆、今日はゼフォン兄さんがお土産にプリンを持って来てくれたから食後のデザートに頂きましょう。」
マヘリアがデザートのプリンを運んできた。
「プリン!?」
「本当に?」
「「「やったー!!」」」
子供たちは大喜びではしゃぎ回っている。
皆何を騒いでおる?デザートの「ぷりん」とは一体何なのじゃ?
しかしこれ程はしゃぎ回ると言う事は相当美味な物なのじゃな?
人間界の食べ物は魔界とは一線を画す素晴らしき工夫のある代物じゃ。これは期待できそうじゃな。
「はい、アスモちゃん。」
マヘリアがアスモの前にプリンを置いた。アスモの視線は眼の前に置かれた黄色の奇妙な物体に釘付けになった。
アスモはスプーンを使って恐る恐るプリンをつついてみる。すると弾力がある様にプリンがプルンと震えた。
何じゃこれは?柔らかそうで弾力がある?プルン、プルンと震えるから「ぷりん」なのか?
においは確かに甘そうで良いにおいがするが、これを食するとなれば流石に抵抗があるぞ。
「アーちゃん、食べないの?プリンはすっごく甘くて美味しい食べ物なの。この間の果物の飴より美味しいの。すっごく高いから誕生日位しか食べる事が出来ないんだよ!」
隣に座っているクレアがプリンの事を神妙な顔をして見つめているアスモにわかりやすく説明した。
「何、果実の飴より美味いじゃと?ふむう…よし食べてみるか。」
アスモはスプーンでプリンを掬い一口食べた―
うおー!何じゃこれは!こんな物今まで食べた事が無いぞ!程良い甘さに濃厚な味わい。
しかもプリンプリンッの食感じゃ、弾力があるのに口の中でとろけていく…
これは今まで食べて来た物の中でダントツに1番じゃ。
人間界にはこんな食べ物が存在していたのか?
妾は3万6千年以上も生きて来てこれを味わった事が無かったとは情けない。
それにしてもこれは美味い!!美味過ぎるのじゃ!!!
「うまうま。 ―ふう、おかわりなのじゃ!!」
「すまんが1人1個しかないぞ。アスモ」
ゼフォンが絶望の言葉をアスモに言い放った。
「何…じゃと…、嫌じゃ、嫌じゃ!もっと食べたいのじゃ!」
アスモは子供のようになりふり構わず駄々をこねた。
「こら、いい加減に…」
「アーちゃん、クレアの分あげる。‥少し食べたけどごめんね。」
クレアがそう言ってプリンを差し出した。
「クレア!アスモを甘やかしてはダメだぞ。それにお前もプリンは大好きな筈じゃないか。」
「いいの!クレアがアーちゃんにあげるって言ってるんだからゼフォンお兄ちゃんは黙ってて!」
「う…」
クレアの言葉に流石のゼフォンも口を紡ぐ。
「おお!そうか、流石は妾の弟子。素晴らしい心がけじゃ、褒めて遣わす。」
そう言ってアスモはクレアのプリンを手にしようとした時にクレアの顔を見てしまった。
クレアは悲しそうな目でプリンを見ていた。
「えーと…本当に貰って良いのか?」
「うん、良いよ…」
その言葉とは裏腹にその眼は物欲しそうにアスモを見つめていた。
「…いや、やっぱりこれはクレアが食べるのじゃ!そうじゃ!美味い物は皆で味合わないといかんからのう!」
流石にまずいと思ったのかアスモはプリンをクレアに返した。
「本当?」
「本当じゃ!お主の気持ちだけ貰っておこう!」
「うん!アーちゃんありがとう!!」
そう言ってクレアは美味しそうにプリンを味わっている。
「「「ごちそう様―!」」」
皆がプリンを味わい満面の笑みで食事を終えた。
アスモは食堂から部屋に向かって歩きながら考えていた。
くそ!本当は食べたかったが流石にあの顔を見ては食べる訳にはいかんの…
先程の話では誕生日位でしか食えんと言っておったな。つまり「ぷりん」は普段は食べられない高級嗜好品みたいじゃの。
このままの状況では妾は自由に「ぷりん」を味わう事が出来ないであろう。それは困る。
主殿が帰って来た以上、もうここにずっといる必要も無いじゃろう。ならば予定通り先日考えた「計画」を実行に移すしかあるまい。
後で主殿と話す時にでも「計画」について相談してみるとするか。
いや、相談では無く説得するのじゃ!プリンの為に!!!
おっ!丁度良い、そこに主殿が居るではないか。
「主殿よ少し話があるのじゃが良いか?」
アスモはゼフォンを見つめ微笑んだ―




