小話4 お姉ちゃんは想定外
恭太がやっと姫乃にプロポーズした。
報告に来た姫乃の嬉しそうな顔と、左手の薬指に光る指輪と、両方ともとてもキラキラしていて、姉としても誇らしい。
あー、やっとあいつら納まったかー!
一体何年間私はやきもきしてきたのか。
あっ、と…。
こうなったら連絡しないといけない奴がいたんだった。からかう……もとい慰めてやろう、と思ってスマホを取り出す。
「あ、暖人?……うん、うん……。あー、もう聞いたか。……そうらしいね。さすがにあきらめもついたでしょ。……ん、じゃあ金曜ね。はあ!?キャンセルはなし!!金曜!!わかった!?」
有無を言わせず通話を切る。
姫乃が大学生だった頃から姫乃に片思いしていた暖人。まあ、ライバルがあの恭太じゃしょうがない。
二人が付き合い始めても、しばしば実家に来てはちょっかい出してたらしいしな…。
「別にちょっかい出すために訪問してたわけじゃないよ」
賑やかなバルで、カウンター席の隣に座った暖人は憮然とした顔でビールを飲んでる。院を出た後暖人は化粧品会社に努めている。着なれた感じのスーツが私には新鮮だ。
「違うの?」
即座に聞き返したら、長いため息をつかれた。
「香代乃さんに呼ばれたり、武生さんも父さんに言われたのか何かと気を使ってくれてたから…。まあ、それだけじゃないけどね」
そう言ってアヒージョをパクリと食べた。
暖人とはたまにこうやって飲みに行く。
会社の人みたいに気を使わなくてもいいし、男友達より気楽に話せるので、楽なのだ。
「まあ、でも社会人になったらすぐ同棲してたから、結婚したとしても今とあんまり変わらないけどねー」
「恭太君の安心感なんじゃないの」
「アイツ、あんな顔してんのになんであんなに不安性なんだろ」
「ひめちゃんに対してだけでしょ」
気負わず思ったことを口にできるのが、心地よい。仕事や友人の話を二人でつらつらと話しながら杯を重ねる。
ほどよく気分がよくなってきた頃に、唐突に暖人が切り出した。
「さて、あの二人も無事にゴールインすることだし、綾乃ちゃん、そろそろ自分のことを考えない?」
「なによ。暖人までアラサーだからとかカウントダウンするわけ?」
「違う」
急に真剣な顔で見つめられた。
「な、なに?」
その顔を見ていたら、恭太を見慣れて忘れてたけど、暖人もそこそこ整った顔をしてるんだよな……とふと思った。
「僕が香代乃さんちによく行ってたのは、途中からひめちゃんに会うためじゃないって気づいてる?」
なんか、心がザワザワしてきた。暖人の話をこれ以上聞いてはいけない気がする。
と、思ってたらジョッキを握りしめてた手を捕まれた。
「今、逃げようとしたでしょ?」
うわ。私が暖人の唯一苦手な所はこれだ。
普段は柔和な笑顔で人当たりも口調も柔らかいのに、たまに妙に鋭く人の気持ちを暴く。
「そもそも、気付いてないのかな?綾乃ちゃんが実家に帰る時にいつも僕がいるのって、おかしいと思ってないの?」
思ってたわよ。
1人暮らしをしてても、そんなに遠くでもないから、ちょくちょく実家に帰ってる。けど、帰ると必ずと言っていいほど暖人はいる。
彼も1人暮らしだから、お母さんが気を使って夜ご飯に呼んでいるのだろう、と最初は思ってた。あと姫乃に会いに。
でも、姫乃が恭太と同棲を初めても相変わらず暖人は実家に入り浸っていたのを、不思議に思いつつもそのまま受け止めてた。
「香代乃さんに、綾乃ちゃんが来る日を教えてもらってたんだよ」
もう、顔を見てられない。だって、柔和な笑顔がだんだん甘く溶けてきた。重ねられた手がするりと上に伸びてくる。
「綾乃」
名前を呼ばれてビクリと反応してしまう。
「気が強くて男前なくせに恥ずかしがり屋さんなのは知ってる」
もうダメ。顔どころか全身真っ赤になってる気がする。
「僕との将来を考えてもらえるかな?」
一体いつから?どうして私になった?想定外すぎていくつも浮かぶ疑問が口に出来ない。
ふいに顎をつかまれ、背けていた顔を戻される。そのまま軽くキスされた。
「アヒージョ……にんにくの味がする……」
ニヤリと笑って言われた。
「じっ……じゃあ、しなきゃいいじゃない!」
ムキになって言い返すと
「イヤだ。する」
と、今度は本気のキスが降ってきた。
賑やかなバルとはいえ、カウンターでキスしているのを周りから見られている視線を感じる。
「ん、んんー!!」
抗議の声を上げると、案外あっさり離してくれた。
「バカっ!!」
罵る私に構いもせず、抱きしめられた。
スーツ越しに暖人の体温を感じる。
「もう、ひめちゃんに気を使うことないからね。遠慮なく攻めさせてもらうよ」
いつもの暖人らしからぬ蠱惑的な笑みを浮かべて言われた。
「なにそれ、気を使ってたの?」
「綾乃が信じてくれなさそうで」
もう呼び捨て連呼かよ、と突っ込んだら笑ってた。
なんだこの暖人。私の知らない暖人が心地いいなんて。想定外すぎる。




