小話3 文乃のハードル
土曜日。
部活が終わって家に帰ってきたら、ソファーで恭太が寝ていた。
人んちで昼寝出来るって、どんだけウチに馴染んでいるのだ、この人は。
「あ、文乃、しーっ!」
お母さんが現れて、顔の前に人差し指を立てる。小声で聞いてみた。
「お姉ちゃんは?なんで恭太ここで寝てんの?」
「私が姫乃にお使い頼んでるうちに恭ちゃん来ちゃって、待っててもらってる間にいつの間にか寝ちゃったの。昨日までの課題で徹夜した、って言ってたから、寝不足なのよ。そのまま寝かせてあげて」
と、言いながらお母さんは洗濯物を抱えて2階のベランダに干しに行ってしまった。
先日、お姉ちゃんと婚約した恭太。
寝顔をそーっと覗きこんで見ると、女子として本当に嫌になるくらい整ってる顔がある。
まつげはビッシリ長いのが生えてるし、鼻筋も通ってる。薄めの唇はキッチリ閉じられていて、ここから発せられる声もちょっと低めでいわゆるイケボだと知っている。今はソファーにもたれてくったり寝てるけど、身長だって180近いくらいに高い。たまにウチの鴨居に頭ぶつけそうになってるし。
なんでこの人は、我姉ながら実に平凡な容姿のお姉ちゃんがあんなに好きなんだろう?
私は物心ついた時からお姉ちゃんの隣には恭太がいたから、彼が一般的な容姿でないことにしばらく気付いてなかった。
中学生あたりで、周りの友達が誰が好き、とか恋愛話をするようになったあたりで、周りの子がカッコいいというクラスの男子が、どうにも私にはカッコよく見えなかった。
高校生になったら、自分のカッコいいの基準がかなり高いことに気づく…。
よく友人には「文乃はメンクイだからなー」と言われた。
だって、しょうがないじゃん。
身近にアイドル顔負けのイケメンが小さい頃から普通にいるんだよ!?と、友人に恭太の写真を見せたら、皆絶句してたっけ…。
その後は紹介しろとかなりうるさく言われたが、お姉ちゃんがいることも、お姉ちゃんにベタぼれなことも説明して、なんとか回避した。
私のイケメンのハードルを、知らぬまに上げちゃってくれたのは、間違いなく恭太だ。
おかげで高校生になっても彼氏が出来ない。
それなりに好意を寄せてくれる男子もいたけど、申し訳ないことにまず見た目でダメだ、と思ってしまう。
分かってはいる。恭太より上、もしくは同レベルの容姿ですら、そうそういないってことは。
くそぅ。
ちょっと腹ただしくなって、意地悪してやろうと思った。
「恭太、起きて」
お姉ちゃんの声色を真似て、肩を揺さぶる。
まあ、元々三姉妹で声はそっくり、とよく言われるから真似しなくても似てるのだが。
「恭太」
もう1度声をかけたら、「ん……」と色っぽい声を出しながら恭太がもぞっと動いた。
「んー……、ひめ?おはよー……」
と言いながら、そのキレイな顔をふにゃりと緩ませて、ものすごく甘ったるい微笑でこちらを見た…。
「あれ?文乃ちゃん?」
すぐに気づいた恭太は、もういつも私に向ける顔に戻っていた。
な、なんつー顔するの!
ていうか、お姉ちゃんはいつもこんな甘々な顔を向けられているのか……。
自分の顔が真っ赤になってる自覚はある。
普通にしてても目が合えば照れてしまうような容姿なのに、この激甘微笑をくらったらひとたまりもないな!お姉ちゃん、鋼の心臓か!と思った。
「恭太?文乃?」
そこに丁度帰ってきたお姉ちゃんが、スーパーの袋をかかえて立っていた。
とたんに、目の前の恭太がビクッと震えた。
「ひ、姫乃、おかえりー」
平静を装ってるけど、なんか動揺してるぞ。しめしめ。意地悪は成功だ。玄関前の門が開く音をちゃんと聞き取ってしかけたかいがあった。
「私、着替えてこよーっと」
なんか不穏な空気を醸し出してるお姉ちゃんが、無言で恭太を見てるのを尻目に2階に逃げる。
ちょっとボケっとしてるようなお姉ちゃんでも、ちゃんと嫉妬したりするのか。微笑ましい。
あの二人を見てると、私もあんな甘々な恋愛したいな……と思う反面、当面そんな相手が現れることがなさそうだ、とも思う。
ああ、この高いハードルを飛び越えてくれるような男子が現れないかなー…。




