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ずっとこのままで  作者: キョウ
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 なにせ姫乃が足りなくて、久しぶりに触れた柔らかい体に嬉しさが込み上げる。

 ご褒美として、今までそうとう我慢してきたキスくらいもらってもいいだろう。

 それだけ、姫乃に会えない間かなり頑張った。

 畑中の方は、既に追い詰める材料を手に入れていたし、暖人の協力もあったから簡単だった。

 問題はこっちだった。


「……なに……?何言ってるの……?」

 さっきまで真っ赤な顔をしていた中山理穂は、今は真っ白になっている。

 手にしたファイルを録に見もせずに、くしゃりと握りしめている。確認しなくてもそれが何なのか解っている時点で、アウトだと気づいていないようだ。

 隣にいる姫乃は困惑の表情だが、先程のキスでまだ足に力が入ってないようで、腰に回した俺の腕をふりほどこうともせず、体を預けてくれている。自分が姫乃をこんなにした、と思うと顔がニヤケそうになるが、今はそれどころではい。


「1つ1つの金額はさほどでもないが、塵も積もればなんとやら、総額では結構いってるんじゃないの?」

 チラと、歪んだファイルに目をやり言った。

 中山はそのままきびすを返して、この場を去ろうとした。

「待て」

 自分でも意識して、低く怒りを込めた声で呼び止めた。中山の肩がびくりと揺れた。

「大勢の前で姫乃を糾弾したくせに、自分だけ逃れられるとでも?」

 ぎこちなく振り向いた顔からは、先ほどまでの勝ち誇ったような笑みも、あざけりの表情もない。


「お前、サークルの経費、不正に使い込んでただろ」


 その一言で、中山の顔からは一切の表情が抜けた。

 周りは一気にざわめき出す。

「それにー……」

 更に追及してやろうとしたら、姫乃が俺の腰に抱きついてきた。

「き、恭太っ!ここでは、ダメ!」

「ひめ……」

 姫乃の言いたいことは、わかってる。

 こんな大勢の前で更に追いつめるな、と不安そうな瞳で俺を見上げる。

「……まったく……」

 呟いて、姫乃の頭をくしゃりと撫でた。

 自分はやられたくせに……。


 結局、講義の終わった放課後に、薬学科の面談室で話し合うことになった。

 なぜ薬学科かというと、学食での一悶着に終わりの方(俺がファイルを渡したあたり)に来た暖人が、更に中山との今までのトラブルをほぼ知らされてなかったことに腹をたて、

「以降は僕も立ち会うからね」

 と、珍しく凄んだ笑顔で言って、さっさと場所を確保してくれたからだ。

 あのまま糾弾されるよりはマシだと思ったのか、はたまた観念したのか、中山も素直に了承した。


 放課後、面談室には、姫乃、俺、暖人、中山の四人と、もう一人、20代後半くらいのメガネの男がいた。暖人が呼んだ第三者だ。


「私がやった、っていう証拠がないわ」

 面談室、というだけあって室内にはテーブルと椅子、ガラス扉の小さな棚があるくらいのシンプルな部屋だった。

 テーブルを挟んで、ドアから1番遠い椅子に中山、右に俺と姫乃、左に暖人と男、という布陣で簡単に逃げられないように座った。

 先程のファイルの中身を改めてプリントしたものを前にしても中山は認めなかった。

 プリントの中身は、テニスサークルの経費の計算書だ。


 サークルは基本、部員から徴収する部費と大学からのサークル費で活動しているが、部員に会計を立て、収支をしっかり計算している。

 テニスサークルの場合、用具や備品の購入、大学外で練習すれば場所代やお茶代、試合の参加費等を部費で払っている。そのうち、用具や備品の領収書が、1年前くらいから徐々に増えているのだ。枚数も、金額も。

「そんなの、みんながバラバラに買ってきて領収書を会計に渡すんだから、増えたなら部員全員の責任でしょ」

 あくまでシラを切り通すつもりらしい。

 手元のプリントの後ろにある別紙を見せる。これだけは会計報告書ではない。

「この一覧は、アンタの行動日時」

「……ど、どういうこと……」

 ちょっと動揺を見せ始めた。

「俺も、自分の顔の利用価値くらいわかってるんでね。テニスサークルの女の子達から色んな話を聞いてきた、ってわけ」


 俺にとっては拷問だった。

 姫乃が離れたことは何より辛かったが、それを逆手に、群がってくる女子達の中からテニスサークルの子に話しかけ、内情を探っていった。

 季節は夏に向かってるというのに、長袖を着て鳥肌を隠し、途中、顔色が青いのをなんとか誤魔化し、笑顔を張り付け、精神をガリガリ削りながらも、頑張った。


 中山はサークル内では有名なイケメン食いらしく、男をとっかえひっかえしてるのを面白く思わない女子達は多かった。だから、欲しかった情報は簡単に手に入った。

「アンタが外出したり、備品を買った日付の領収書が多いんだよ」

「それが私だってわかるわけないじゃない!」

 姫乃も、暖人も一言も発せず、俺と中山だけの声が部屋に響く。

「これ、俺じゃなくて、テニスサークルの子が気付いたんだよね」


 その子はサークルの中に好きな奴がいて、そいつが中山に誘われ、二人で備品を買いに行ったのが面白くなかった。

 ある日、サークル内で仲良くしてる会計係の子が領収書の入力をしてるのをたまたま見ていた時に気付いた。忘れもしない、あの二人が一緒に出掛けた忌々しい日付の領収書の額が多い、と。

 その時は変だな、多めに買ったのかな、くらいだったけど、後から気になって、一緒に出掛けた男の方に何処に行って何を買ったか聞いてみた。

 会計係の友人にも手伝ってもらい、領収書の額と備品を照らし合わせると数が合わない。

 更に店にも確認すると、もちろん領収書の通りに販売している。


「多めに買って、ネットで売り捌いてたんだな…」


 ここまできたら、もう反論してこなかった。

「まあ、サークル側にも穴があったんだ。領収書と買ってきた品物とを特に照らし合わせたりしてなかったからな」

 品物は多岐にわたって、テニス用品は勿論、事務用品や大学オリジナル文具なんかもあったらしい。今時、フリマアプリ等で安価なものでも売れる。額が大きければすぐにバレるけど、チマチマと少額を重ねていたので、会計も周りも気づいてなかったのだ。


 その子と会計の子で、サークルの男子達に彼女と出掛けた日付を聞き出した。それがこの一覧だ。もちろん、全部把握できた訳ではないが。

 わざと他の人物がいる時に買い物をして、不正していない、という保険にした。


 本当は彼女達がいよいよ中山を呼び出し、問い詰めるところだった。

 でも、口が上手く、サークル内でも副部長という立場で、男子の取り巻きも多い中山にたてつくと、サークル内での自分達の立場が不安……と聞いた時、サークルとは全く離れたこちらで引き取れないか、と持ちかけたのだ。


 ここでやっと暖人が口を出した。隣に座る、男性に向かって聞く。

「さて、少額なら多少目をつぶってもいいような案件ですが、こうも頻度が高いと……どうかな?」

「よく……調べて見ないとなんとも言えませんが、事件として取り扱えるレベルかと思います」

 この言葉に暖人以外の三人が男を見た。

 こいつ……刑事か?

 ここで俺は、暖人がこう見えてマジ切れしてたことに気付いた。

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