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結論から言うと、穏便には済まなかった。
俺も悪かった。
あまりにも姫乃が足りなくて、心に余裕がなく、多少凶暴だったことは認めよう。
でも、それとは別に意外と畑中が折れなかったのも悪い。大人しいと聞いていたが、思い込みも激しかったらしく、一度刷り込まれた情報を更新出来ないあほうだった。
まあ、俺から言われたものを信じたくなかった、というのもあるだろうが。
姫乃のロッカーに手紙が入れられるのは、大抵昼休み前だった。
多分、姫乃は授業中で畑中はフリーの丁度いい時間だったのだろう。毎日入っていたわけではないが、昼ギリギリ前にロッカーチェックするのがしばらく俺の日課になっていた。
その日も、まさか手紙が1通も姫乃に渡っていない、などとは露ほども知らない畑中が、こそこそやってきて姫乃のロッカーに手紙を入れようとした……その手を掴んだ。
「ちょっと、いいかな。畑中さん?」
ぎくっ、と固まる畑中は、ぎこちなく振り返り、俺を見るなり「ひぃ!」と悲鳴を上げた。
おい、まだそんなに怖がられるようなことしてないぞ。
姫乃が言うには、マジで怒った俺の笑顔は、真夏でもツンドラ地帯にワープしたくらいの冷気を伴っているらしい。自覚はないが。
初っぱなから怯える畑中は、怯えながらも俺の後についてきた。
「俺がなんでアンタを呼び止めたか、わかるよな?」
年上だろうがなんだろうが、はなから敬語を使うつもりはない。
薬学棟の非常階段。最上階の踊場で対面する。
周りには片足が折れてる椅子や、古びたカラーボックス、棚などが端に寄せられていて、床の半分を締めていた。
狭い場所に野郎と二人……。嬉しい状況ではないが、救いは踊場の上に屋根がなく、雲1つない晴れた空が見えることだろうか。
初めてまともに対面した畑中は、確かに体型はガッチリしてるが、俺より頭1つ分は低い背丈が更に縮こまってるので、小さく見える。
目線をさ迷わせてるのは、この時点でかなりビビってるからだろう、この様子ならすぐ話し合いは終る、と高をくくっていた。
「お……おれからも、君に言いたいことがある」
畑中は意を決したように、目線をピタリと俺に合わせた。
「も、もう、彼女を……桃井さんを解放してやってくれないか!聞いたよ、昔からずっと彼女を束縛してるって……!」
は?
そくばく?
出来ることならしたいものだが、俺は姫乃を束縛した覚えはない。
一度、堰を切ったら言うことに抵抗がなくなったようで、畑中は急にまくし立て始めた。
「自分はその容姿で女の子を沢山はべらせてるくせに、離れたがってる彼女をむ、無理矢理束縛してるらしいじゃないか!!」
ほー、現実と嘘を混ぜて、繋ぎ方を変えるだけでこうなるのか…。変な所に感心してしまった。
「だから?」
「だっ……だから、彼女はお前には相応しくない!早く離れるように伝えたくて、手紙を出してたんだ!」
確かに、手紙の内容は要約すればそのような内容だった。
しかし実際の文面は、俺に対するありもしない噂や誹謗中傷、姫乃がどんなに高尚な人間かを讚美するしつこいくらいの美辞麗句、あげくのはてには、俺には悪魔が憑いているから早く離れないと呪いが移る……というオカルトめいた話になってきて、それがネチネチネチネチと、くどいくらい繰り返し綴られているのだ。
確認のため、と読んだがこっちが呪われそうだった。
持っていた紙袋を無造作に逆さまにして、畑中の目の前に中身をぶちまけてやった。
足元にヒラヒラと落ちていく自分が書いた手紙を、呆然と眺める畑中に言ってやった。
「これ、姫乃は見てないから」
「は?」
間抜けな顔で、俺と手紙とを交互に見ている。
みるみるうちに顔が赤くなって、
「おっ、おまえが横取りしたのか!!」
と、胸ぐらを掴んできた。
されるがままの俺は、冷めた目で見返して、低い声で言った。
「これは立派なストーカー被害の証拠になる。もちろん、控えはこちらにある。あと、つけ回していた日時も記録済みだ。警察に通報されたくなきゃ、二度と姫乃に近づくな」
淡々と言ったつもりだが、畑中は逆上した。
「ストーカーじゃない!!お、俺は……桃井さんを助けようとっ……!!」
「中山理穂に何を吹き込まれた?」
驚愕に見開いた目が揺れる。手の力がゆるんだので払いのける。
「なんて言われた?」
「な、なぜお前が彼女を知ってる?」
以前、学食で遭遇したことを忘れてるのか。
黙っていると、なぜか畑中はぶるぶると震え出した。
「彼女は……桃井さんの味方だと……。でも、自分では救えないから、俺に…俺にしか桃井さんを救えないから、助けてあげて……と……」
それだけ聞くとただ煽っただけだが、これだけ畑中が怯えてるのは、あの女が何かしたからだ。
「お前、あの女に騙されたんだよ。姫乃は俺のだから、助けるとか必要ない。」
キッパリ言うと、畑中はカッと目を見開いて叫んだ。
「お前のじゃない!!彼女は……彼女は!俺の女神なのにっ……!」
……………………ドガンッ!
あっけにとられた畑中が俺を見た。
手近にあった壊れた小さめの棚を片手でつかみ、踊場から放り投げてやったからだ。さすがに5階の屋上からだと落下に時間がかかる。
「なっ……なにをっ……!?」
あわてて下を覗きこむ畑中の襟をひっぱり、床に引きずり下ろす。
「お前のじゃない。俺の、だ」
もう、笑ってもいない。
なんだって最近、俺をキレさせる奴らが増えたのか。
むんずと畑中の襟元を掴み、持ち上げる。
そのままさっき棚を落とした方の手すりに押し付ける。足が浮いている状態の畑中は、体重がすべて首にかかっていて苦しそうにうめいてもがいている。
グイっと腕を伸ばせば、畑中の上半身はのけ反って外側に出る。畑中は恐怖に満ちた目線を下に向けた。確かこの下は建物の基礎のコンクリートが広めにとってあったはずだ。きっと眼下には砕けちった棚が見えることだろう。
焦った表情の畑中が
「……わかっ……!わかった!!」
と、叫んだ。
無言で手すりから引戻し、壊れた椅子や机がある方へ投げ飛ばす。ガタガタっとハデな音がして畑中は倒れこんだ。
さっき落とした棚の破壊音と今の音で、階下からは人のざわめく声が聞こえ出した。
「二度と姫乃に近づくな」
もう一度念を押しておく。
もう畑中は俺を見てはいなかった。
座り込んだまま、恐怖に歪んだ顔でぶつぶつと何か呟いている。
多少、中身がぶっ壊れてても知るものか。
俺はそのまま、踊場の手すりにひょいと飛び乗って、つながっていない屋上側に飛び移った。
屋上とはつながっていないが、高さはほぼ同じで間に20センチくらいの隙間があるだけだ。行こうと思えばすぐに行ける。
非常階段を下から誰かが登ってくる音が聞こえる。多分、音に気づいた生徒か教師が様子を見に来たんだろう。
俺は屋上の端にある建物に入るためのドアに向かった。




