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ずっとこのままで  作者: キョウ


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 ひめちゃんが僕の腕の中で小さく震えている。

 優しくそっと抱き締めてあげるけど、こちらに体を預けることもせず、小さく固まったままだ。これが恭太くんだったら、もっとすり寄って体も心も安心出来るのだろうか?

 でも今、目の前でその関係は崩れようとしているように見える。


 フラフラと立ち上がった恭太くんは、かなりひどい顔をしているのに、ひめちゃんはうつむいて彼を見ようとしない。

 すごくキレイな顔が悲壮感を漂わせてる…。ちょっとかわいそうになってきたが、どうやら自業自得みたいなのでほっとくことにした。

 心配した香代乃さんが2階に上がってきた。

「帰ります……」とだけ呟いて恭太くんは行ってしまった。


「とりあえず、リビングに行きましょうか」

 香代乃さんが先に下りていく。

「ひめちゃん、大丈夫?」

 声をかけても反応がない。

 顔を除きこんでみたら、この世の終わりみたいに真っ青になっている。

「きょーた、が……いなく…なっ……ちゃった……」

 まったく、こんなに茫然自失になるならなんで自ら突き放したかね。

 ポンポンと肩をあやすように叩いて、ゆっくり階段を一緒に下りた。


 *****


 ひめちゃんと最初に会ったのは、お互いにかなり小さい頃でよく覚えていない。

 親戚の冠婚葬祭で集まる時とかに、大人が難しい話をしてる時に子供達だけまとめて一部屋に放り込まれ、遊んでなさい、と言われたのだ。

 とはいえ、いとこ達の中で最年長の僕はどちらかというといつも子守りみたいな状態。しかも女系一家なのか女の子率が高くて、おままごとやお人形遊びについて行けず、途方にくれることもしばしばだった。

 妹達とキャッキャと遊んでる姿は覚えていたけど、特に気にする存在でもなかった。


 中学受験間際の冬に、じいちゃんが亡くなった。

 じいちゃんにとっての初孫だった僕は小さい頃から可愛がられていたので、少なからずショックだった。

 けれど、直前の模試の結果が思わしくなく、もっと勉強しなきゃ、と焦っていた僕には通夜と葬式と2日も潰れることに少しイライラしていた。

 通夜が終わり、本家では大人が明日の打ち合わせをしている中、1人でじいちゃんが寝かされてる和室に行ってみた。

 そこには小さな先客がいて、それがひめちゃんだった。

「お線香をね、ずっと付けてないとダメなんだって。やってくれる?」

 じいちゃんの手前にある、小さな机の香炉には小さくなったお線香があった。そろそろ燃え尽きてしまいそうだが、まだ細く白い煙が登っている。

 さすがに8歳ではまだ火がつけられなかったのだろう。マッチ箱と新しいお線香を差し出された。

 なんでこの子は1人でここにいるんだろう?と思いながらお線香に火をつけ、香炉に立てた。

「おじいちゃんのお顔、見る?」

 ひめちゃんはそう言って、じいちゃんの頭の方に回り込み、そっと顔にかけてある布を取った。

「おじいちゃん、ハル兄が来たよー。もう、寂しくないね」

 そこで気づいた。この子はもしかしてじいちゃんだけがこの部屋にいるのは寂しいだろう、と思ってここにいたのだろうか。


 そんなことをぼーっと考えながら、じいちゃんの顔を見ていたら、いつの間にかひめちゃんがいなくなってた。

 襖の開く音に振り替えると、ティッシュの箱を持ったひめちゃんがいた。こちらにティッシュを差し出す。

 差し出されてから初めて気づいた。自分が泣いていることに。

「あり…がと……」

 ティッシュを取ろうと手を伸ばしたら、ティッシュが震えている。ひめちゃんを見ると、ひめちゃんも「うっ…う~……」と言いながら泣き出していた。

 その後、じいちゃんの前で二人してティッシュの箱を挟んで号泣……という光景を親達が発見してびっくりしていた。

 特に何かしてもらったわけではないけど、二人で泣いたことにより、じいちゃんへの思いや受験への焦りがスッと軽くなったのは確かだった。


 *****


 ああ、この子は人の気持ちに寄り添える子なんだな、と思った。

 ひめちゃんを気にするようになってから、よく見ていると、歳の割には落ち着いてることや、泣いてる子や困ってる人の所に吸い寄せられるように側にいるのを見かけた。

 僕の下の妹も、ものすごく癇癪持ちで家族でさえ手を焼いてる時もあるのに、ひめちゃんが相手だと落ち着いてる。

 特に何かしてるわけじゃない。側にいるだけなのに。

 その頃には、綾乃ちゃんから「ひめのにものすごい執着してる子がいる」ことは聞いていた。

 多分その子は、ひめちゃんのこの具体的に何とは言えない性質に気付いているんだろうな、と思った。


 たまにしか会わないし、歳も離れてるし、好きとか直接的な感情ではなく、兄のような父性のような気持ちでひめちゃんのことを見てたと思う。

 とうさんの仕事の都合でイギリスに引っ越すことになった時も、特に何かしらの感情があったわけではなかった。

 イギリスから1人で帰ってきて日本の大学に入った。まさかひめちゃんが同じ大学に来るとは思ってなかった。


 そして、久しぶりに会ったひめちゃんは、ものすごく可愛くなってた。


 自分の見る目が変わったのか、とも思ったが、違う。

 これは、愛でられて内側から磨かれた輝きだと気づいた。

 気づいたと同時にものすごい嫉妬心が芽生えたのには、自分でも驚いた。

 僕が日本にいない間に、違う男に磨かれて綺麗になった彼女を手に入れたい、と思った。

 イギリスにいた時も彼女はいたけど、どちらかというと淡白な付き合いで、自分は恋に熱くなるタイプではないんだと思っていた。

 それは間違いだった。本気で欲しい女の子に出会えてなかっただけだったのだ。


 しかし、綾乃ちゃんから恭太くんとのことを聞いて、驚愕した。

 そんなことがあっての二人の関係に入り込む隙はない、と思えた。

 実際に恭太くんを見て、その特異な容姿にもびっくりした。男に「キレイ」などという表現を使ったのは初めてだった。ちょっと前までダサかったと聞いたが信じられなかった。

 でも、納得の部分もあった。

 この容姿では多分小さい頃からいろんなことがあっただろう。そんな彼がひめちゃんに執着したのは容易に想像できたからだ。

 そしてひめちゃん自身も、恭太くんに寄り添ってきたんだろう。


 全ての状況を聞いて、複雑な心境になった僕だったが、ひめちゃんが恭太くんと幸せになるならそれでいいか、と思い初めていたのに、なぜか風向きが変わってきた。

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