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「江奈とのランチが終わったら連絡するね」
と言われてたのに、夕方になっても連絡がない。
嫌な予感がして姫乃のお母さんに電話した。
『ごめんね、恭ちゃん。今日約束してたの?姫乃、具合悪くなって帰ってきてるのよ』
「具合が?今から行ってもいいですか?」
『いいわよ。体的には大丈夫だから、心配しないで。ちょっと…何かあったみたい』
いつもより声のトーンが低いおばさんで、姫乃が普通じゃないことがわかる。
1人暮らしをしてるマンションからは、姫乃の家まで自転車で20分。大学に入る時に1人暮らしを始めた時、姫乃の家のなるべく近くを探したが、住宅街にある姫乃の家の周りには賃貸の集合住宅が少なくて、この距離がせいいっぱいだった。
アパートでいい、という俺を、両親は「素顔がバレたら絶対に危ないから!いろんな意味で!!」と年頃の娘ばりに過保護に、オートロック完備のマンションに放り込んだ。
こんな急ぎの時は、この距離さえももどかしい。
さっきから、姫乃のスマホに何度もコールしてるのに出ないことが、余計に不安を煽る。
「あら、恭ちゃん。早かったわね!」
おばさんに迎えられ、リビングに入るとそこにはコーヒーを飲んでくつろいでいる暖人がいた。
「ひーちゃんは?」
「ひめちゃんは部屋で休んでるよ」
おばさんに聞いたのに暖人が答えた。
「なんで、アンタはここに?」
「具合の悪いひめちゃんを送ってきたから。さっきまで橘さんもいたんだよ」
橘さんといたのはわかってる。が、なぜ暖人と会っていたのか。
「おばさん、ひーちゃんの部屋に行っても?」
「……。姫乃は……恭ちゃんに会いたくないって言ってるんだけど……」
おばさんは、2階を見上げながら、申し訳なさそうに眉を下げる。
「わかりました」
そのまま2階に昇る階段へ向かった。
後ろから暖人がおばさんに「香代乃さん、いいんですか?」と聞いてるのが聞こえる。おばさんはふふふと笑い、「恭ちゃんだからねぇ…」と言っている。
2階には3部屋あって、それぞれ三姉妹の部屋になっている。社会人になった綾乃さんは1人暮らしをしているので、綾乃さんの部屋はほぼ倉庫みたいになっているらしい。
その隣の姫乃の部屋をノックせず開けた。
幸いカギはかけてなかった。こういう時の姫乃は頑固だからノックなどしたら絶対に入れてもらえない。
「ひーちゃん、大丈夫?」
またもベッドで突っ伏してる。
「会いたくないって言ったのに!」
突っ伏したまま、多分おばさんに向けて悪態をつく。姫乃の足元の方へ座った。
「なんで、暖人さんに送ってもらったの?」
声が低くなる。優しくしたいのに、ちょっとした嫉妬が止まらない。
顔をあげた姫乃を見たら、顔色が悪い。機嫌も悪い。
「ごめん、嫉妬してる場合じゃなかった。何があったの?」
座り直した姫乃は、顔を背けてものすごく言いたくなさそうに、ポツリと言った。
「……。中山さんに会った…。」
橘さんとランチに行く、とは聞いていたけどそこで偶然中山さんと会ってしまったということだろうか。
「…かなり……恭太にご執心で……」
「はぁ……ご執心」
「……あと……多分……」
かなりいいよどんでから
「小学生の時のことを知ってるみたい」
まじまじと姫乃を見る。あのことは姫乃のトラウマでかなり長い間精神的に辛い思いをしたのを目の当たりにしてるので、そこを揺さぶられた姫乃がこうなってることに納得した。
「で、帰る途中でハル兄に会って、送ってもらったの…。」
姫乃の頬に手を伸ばす。
「こんな……青い顔して……」
そのまま頬から伝って、ふにふにと耳たぶを弄ってたら、姫乃の顔がだんだん赤くなってきた。
俺は狡いから、弱ってる姫乃にここぞとばかりに甘やかしてやるつもりで、抱き寄せる。
「う……、や……」
腕の中で身をよじる姫乃。でも嫌がりきれてないところがかわいい。頭のてっぺんにキスしたら、より縮こまってしまった。
「姫乃……」
甘く囁いた…… とたん、ドアをノックする音がした。
「ひめちゃん?大丈夫かな?」
暖人だ。
「チッ!」
「恭太…。舌打ち……聞こえてるから…。」
半目になった姫乃が腕から離れていく。咄嗟に手を取り、掌にキスしてやった。振り返って睨む姫乃もかわいいなぁ。赤くなった顔を隠すように下を向いてドアを開けてる。
廊下から暖人が現れた。
「僕、もう帰るからさ。恭太くんも帰るよね」
なんだその確定は。
でも、確かに時間も遅いし、姫乃の顔も見れたので帰ることにする。
すると暖人が
「ひめちゃん、確認だけど具合悪くなるほどダメージを食らったのは、例のこととは別なんだね?」
「……はい…。」
例のこと?
姫乃を見ると気まずそうな表情で、俺のことを見ない。
「姫乃」
彼女の肩がびくっと揺れた。信じられないことに、そのまま暖人の後に隠れた。
俺じゃなくてそいつを頼るのか……。
ちょっと……いや、かなりショック……で今度は俺の方が顔が青くなってる気がする。
「きょ……恭太には関係ないから」
ぶちっと俺の中で何かが切れた気がする。
気づいたら、暖人の後にいた姫乃の腕を引っ張り、暖人を廊下に押出し、部屋のドアを閉めてカギをかけていた。
「ひめちゃん!」
ドアの向こうからの暖人の呼び掛けを無視する。
「ひめ?俺に隠すことがまだあるの?」
自分でも相当だと思う。でも仕方ない。姫乃のことに関しては俺は自分を制御出来ない。
「言ったよね?隠し事しないでって」
自分でもどうやったのかわからないが、いつの間にか姫乃を床に押し倒していた。両手をついた間に姫乃の顔がある。その表情は完全に怯えてるものだったが、止められない。
「や、離して……」
弱々しく首を振って腕を叩かれた。その手をつかみ床に押し付ける。
「離さない。姫乃、俺、ダメ?俺は姫乃の隣にいれない?」
「違っ……違う!私……私が恭太の隣にいられないの!!」
瞳に涙をいっぱいにためた姫乃が、叫んだ。
「もう、もう恭太といられない!!来ないで!」
どん、と突き飛ばされた。
姫乃はすぐさまドアにかけよりカギを開ける。ドアの前にいた暖人に抱き止められた姿を、呆然と見ている自分がいる。
暖人の口の端がゆっくり上がるのが見えた。




