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ずっとこのままで  作者: キョウ
18/40

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 校庭の隅にあるウサギ小屋の裏は、休み時間にかくれんぼする子供の格好の隠れ場所で、校門からも遠いし、下校の時間にこんなところにいる生徒は誰もいない。

 そこにじっと座ってみんなが帰るのを待っていた。

 下校のチャイムが鳴って、どのくらいそこにいたのかわからない。遠くから聞こえる下校する生徒達のざわめきがだいぶ静かになってからも、しばらくそこから動かなかった。


 そろそろ帰ろうかと思って小屋の前に行き、ウサギを眺めていた。ふと思い立って、その辺に生えてる草をちぎって網越しにウサギに差し出すと、鼻と口をもぐもぐ動かして食べてくれた。

「かわいい……」

 ポツリと呟くと、

「あのさ、ちゃんとエサやってんだから、その辺の草とかあげるなよ」

 後ろから恭太の声がした。


「リカちゃんと帰らなかったの?」

 今日は恭太の誕生日だ。リカちゃんに言われたことを守るためではなかったけど、今日は恭太と帰るのはためらわれて、ここに隠れてたのに…。

 リカちゃん、という名前を出したとたんに恭太のキレイな顔はキレイなまま歪んだ。

「あんなやつと帰るかよ」

 そう言って私に向けて手を差し出した。

 その手を取っていいものかどうか悩んで、止まる。すると恭太はそんな私に構わず、ぐいっと私の手をつかみ、手を繋いで校門の方へ歩き出した。

 引っ張られるように連れていかれながら、恭太がリカちゃんと帰らなくて良かった…という安堵と、そんな自分の卑しい気持ちがないまぜになって勝手に頬が濡れていた。

「泣くなよ」

 恭太が振り返り、速度を緩めてくれる。

 そのまま、いつまでもぐずぐずと泣いてる私を恭太は無言で家まで送り届けてくれた。

 別れ際、うちの玄関先で手を離した恭太に、さすがに泣き止んで目が真っ赤になりつつもこれだけは言わないと、と改めて手を握り返した。

「恭太、お誕生日、おめでとう」

 泣き笑い、みたいな顔になってしまったが、なんとか言えた。

 と、思っていたら恭太が、ぐきっと音がしそうなほど顔を横に向ける。

「お、おう。じゃあな」

 と、そっけなく言って、あっという間に走っていってしまった。


 次の日、案の定リカちゃんから呼び出しを食らった。


「はい、今日はここまで。皆、次の授業に遅れないように教室に戻ってね」

 音楽室での授業の後、先生が前のドアから出ていくと、すかさず後ろのドアからリカちゃん達が入ってきた。

 恭太のクラスは早めに授業が終わったのだろうか?リカちゃんは後ろからあと二人の友達を連れて、真っ直ぐ私の所にきた。

「桃井さん、話があるの」

 来た…。

 昨日、恭太と帰れなかったことで、絶対何か言われる、とは思ってたので心構えは出来てたけど、それでも嫌な気持ちだった。

 手招きされて音楽室のベランダに出る。

 他の子達は、チラチラこちらを見るも、巻き込まれたくないし、教室に戻らないと遅れるので、そそくさと出ていってしまった。


「昨日、恭太くんと帰れなかったんだけど、あなた何か言ったの?」

 そんなに広くもないベランダで、3人に囲まれてるとかなりの圧迫間だ。無言で下を向いてると右側のショートカットがイライラしながら言った、

「下校の時間になった、と思ったら恭太くんもういなかったのよ。探したんだけど、見つからなくて、下駄箱にも靴なくて。あなたと帰ったの!?」

 なんだか、だんだんムカムカしてきた。

 なんで?なんで何も関係ない人達にこんなに責められなきゃいけないの?

 今までどんなちょっかいをされてもスルーしてきたのに、この時は違った。

「もう、いいかげん離れなさいよ!」

 突然リカちゃんが腕をつかんで揺すってきた。

「痛い!離して!!」

 こんなことされても恭太と離れるつもりなんてない。リカちゃんを初めて自分の意思で睨み付けた。


 恭太は……、恭太は私のなのに!!


 ガクガク揺さぶられながら、頭に閃いたのは恭太を絶対的に自分のモノにしないとダメだ、ということ。

「ちょっと!聞いてるの!?」

 他の二人からもわんわん何か言われてるけど、もう頭の中に入って来ない。

 そうこうしてるうちに、かなり興奮したリカちゃんの手で、ベランダの手すりにどん!と押し付けられていた。

「あなたなんか、恭太くんに合わない!あなたがいなければ、私といたはずよ!!」

 なにを根拠にそんなことを言ってるのか、わからない。でも、やたらと「いなければ」という言葉だけが頭に残る。


 私がいなければ?いなくなったら?恭太はどうするだろう?悲しむ?悲しんでくれる?いなくなったら、他の誰かと一緒にいるの?そんなの嫌。ああ、でも恭太なら他の人なんて選ばずに私を待っててくれる?昨日、迎えに来てくれたみたいに。私がいなくなっても、恭太の中に私は残る?


 頭によぎったことが、どれだけ自己満足で傲慢なことなのか、追い詰められてた頭では考えられなかった。

「ちょっと!なんとか言いなさいよ!」

 更に押された瞬間、その勢いを利用して自らのけぞった。手すりはそこそこの高さがあったけど、自分で足をけって、わざと「きゃあ!!」と叫んでやった。


 ここが四階だと分かってた。

 落ちた浮遊感の中、なぜかすごい幸福感があった。


 これでもし死んでも恭太の中での私はそのまま残る。


 勝手にそう思い込んで、幸せだった。

 途中で恭太の驚愕の顔がスローモーションで見えたのは覚えてる。

 次に思ったのは、痛い、ということと、隣に見える恭太のキレイな顔に流れる赤い血。

 血だらけの恭太がなぜか花に囲まれていて、ああ、こんなになっても恭太の顔はキレイなんだな、と思った。


 落ちたところが、ちょうどパンジーを植え替えたばかりの花壇だったので、二人とも死ななかった。掘り返した柔らかい土と柔らかい花でクッションになったようで、コンクリートに落ちたらダメだった、と後から聞いた。更には2階で私を引っ張った恭太のおかげで、4階からのスピードが多少落ちて、それも助かった要因だったようだ。

 花壇のヘリに二人で頭をぶつけてたらしく、髪の毛の生え際の同じような位置に、同じような傷痕が付いてしまった。

 とはいえ、私より恭太のほうが大怪我だった。

 落ちた時、血だらけの恭太を見てたくせに、病院でお母さんに言われるまで、恭太が一緒に落ちたことを知らなかった。

 それを聞いてからの記憶があやふやで、綾乃お姉ちゃんによると、私はかなり錯乱していたらしい。


 病室で意識を取り戻した恭太が、今までのどんな笑顔より甘く優しく笑ってくれて、安堵のあまり抱きついた。

 耳元でささやくように言われた。

「姫乃、無事で良かった…。好きだ。俺の前からいなくならないで」

 手に入れた…。やっと恭太を本当に手に入れた、と思った。


 この時は。

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