10.カルス子爵邸
リーフェは、カルス子爵家にニークを訪ねた。
「私のこと、揶揄っているんでしょう?」
「ん?何の話?」
ニークの返答にリーフェはちょっと怯んだが、意を決して再度口を開く。
「縁談の申込みの事よ……じゃあ、やっぱりニークは知らなかったのね。叔母様とお父様の間で勝手に話が進んでいるのかしら」
彼の態度がほとんど変わらなかったのは、その所為なのだとリーフェは思った。しかし返って来た反応はそれを覆すものだった。
「ああ、そのことか。……話は聞いているよ」
ニークはサラリとそう呟いて、紅茶に口を付けた。
それからゆっくりとカップをテーブルに置いて、目を瞠るリーフェを穏やかな表情で見返した。
「リーフェ、久し振りに敷地内を散歩しない?」
ニークはニコリと笑って、リーフェを促した。
カルス子爵邸の広い敷地内は、小さな繁みも大きな木も湧き水も……隈なく二人の遊び場だった。最近は訪れる機会もめっきり少なくなったから、懐かしい場所を見て歩くのも悪く無い。ニークが縁談の事を知っていたと聞いて少々戸惑い気味のリーフェも頷いて立ち上がった。
お茶を飲んでいた客室のバルコニーから、庇だけの雁木に出る。外廊下になっているそこを並んで歩く赤茶色の短髪の男を、リーフェはチラリと見上げた。
幼い頃は私の方が大きかったのに。と少しだけ悔しい気持ちが湧いて来る。
いつも冗談ばかり言っている口はすっかりナリを顰め、静かな表情で敷地内に拡がる林の緑を見渡している。ジリジリと胸の奥に何かが溜まって来るのを感じて、堪えきれずリーフェは口を開いた。
「……ねぇ、冗談なんでしょう?」
「……」
彼が単にリーフェを『揶揄っている』つもりだと言うのなら―――感情としては面白くないが、悩み事が一つ減る事になる。後は申し出を取り下げてもらうよう、説得すれば良いだけだ。だからリーフェは曖昧な態度を崩さないニークの心情を確かめようと、重ねてそう念を押したのだった。
けれどもニークは彼女の問い掛けには答えず……チラリと小柄な彼女を見下ろし、苦笑を漏らしただけだった。
客室のバルコニーから庭園に降りる事が出来るよう軟石造りの階段が数段続いている。
二段ほど先に降りたニークが彼女に向かて無言で手を差し伸べた。リーフェは少し躊躇したが―――その手を借りて階段をゆっくり降りる。庭園の芝生に降り立ったところで「ありがとう」と礼を言って手を引こうとした。
するとニークはそれを遮るように、キュッと彼女の小さな白い手を握り込んだ。
「……!」
リーフェは、驚いた。
ニークと手を繋ぐ事など、幼い頃は日常茶飯事だった。しかし今のように、少し強引に……それでいて優しく握り込まれると、何だか別人と手を繋いでいるような気がして、心臓がドキリと跳ねてしまう。
まるで兄妹や従兄妹では無く―――一人の女性として扱われているような気がして。




