第2話
いつも通り部屋の電気を消して寝ていたのだろう、部屋は暗く窓の隙間から光が零れ辺りから鳥の鳴き声が聞こえていた。そっと立ち上がろうとベッドに手を着いた所で手に草の様な感触を得た。それはいつも寝ているベッドならばあり得ない事で一瞬驚いてしまったが直ぐに昨日おかしな事が起きていた事を思い出した。森で目覚めそのまま村に泊まるという、一見すると浮浪者か何かと思うような行動に気恥ずかしく感じたが、それを思い出す事で自身の行動のみに疑問を持ち、此処が異世界という事に疑問を抱いていない様で自分自身に戸惑ってしまった。単純には割り切れないが冴えない思考を断ち切る様に鎧戸を開け朝日を浴びた。綺麗な朝だった、草原に朝露が降りていたのだろう日に照らされてところところで光り輝いており、湖には森から出た靄が掛かっていた。湖を眺めていると此方に白いローブを着た人が近づいてきた。鎧戸の下に来ると此方を見上げ話しかけてきた。
「おはよう、御主は朝に弱いという事は無く安心した。ひとまず店主に声を掛けて食事にしよう。さあ、降りてきなさい。」
そういうと時の賢者が一階に入っていくのが見えた。それを見届けると鎧戸を開け放ったまま扉を開け階段を降りた。時の賢者が座っているテーブルに着くと料理が運ばれてきた。店主は時の賢者を見て少し顔をしかめると料理を置きそそくさとカウンターに引っ込んでいった。それを不思議そうに見ながら食事をしていると、此方の表情に気付いたのか時の賢者は蜂蜜酒を飲んでから話し始めた。
「儂が時の賢者と呼ばれておると言ったろう。なぜそう呼ばれるかというと2、300年前から生きているからだ。ただ儂の歳は60歳ぐらいで、これは儂自身の時を止めて未来に行くからだ。そして何より、悪い事が起きると予言されると、この未来に行ける能力を使って儂がそれの対策に出かける事が良くある。儂が現れるのは傍目には悪い事が起きる前だから不吉の象徴だと考える者も少なくない。」
そういうと残った蜂蜜酒を呷った。
「時を操れるのですか、それとこの世界には魔法が在るのですか。」
魔法が在る事に驚き比較的大きな声で話すと、
「時を操ると言うよりは時を止める事が出来るだけだ、それで未来に行くしか能が無いのだよ。魔法は在る。その口ぶりだと君の世界では無かったのだろう、しかしながら魔法は万能ではない。例えば君が何かをしたいと思った時に手を伸ばせば済む事も在るだろう、しかしながら手を伸ばすだけではなく足を運ばねば足りない事もあろう。魔法も同じだ、ただし君が魔法の事を知りたいと言うならこれから向かう先に良い所がある、そこで学ぶのも良いだろう。」
そう一気に言うとテーブルの下から袋を取り出した。
「これは昨日君に伝えていたものだ。食べ終わったらこれに着替えなさい。その後また話をしようか。」
言うが早いか、フードを目深に被り扉を開け出て行ってしまった。食事を終え部屋に戻ると服を着替える事にした。少し肌寒い事もあり長袖を着てその上にローブを着ると宿の風景もあり心なしか異世界に居るという雰囲気を味わう。その格好をし部屋を出て下に降りると時の賢者が調度袋を持って入ってきた。此方を確認すると外に来る様にと伝えてすっと扉を出て行った。急いでその背中を追うと、山羊が居り草を食みながら此方を見つめてきた私に対する興味を無くしたのか再び草を食みだした。
「山羊を2頭連れて行こうと思う。基本は歩きとなる、君は健脚かどうか分からないからゆっくり旅を行く事としよう。」
行く事を前提に話をされている事に苛立ったのか、つい反抗的な口調で聞いてしまった。
「私が行く事が当然だと思っているようですが、なぜ私を連れていくのですか。」
少し考えているのか、ゆっくりと口を開けた。
「御主はこの世界が君の世界ではないと分かっているだろう。ならばより見聞を広めるのが先決だと考えるのは当然、ならば儂がしている事は渡りに船ではないのかね。」
これから考える事を見越した様な回答に、私の都合も考えているのだと思うと悪人には見えないが話が旨すぎる様に感じられ、気づけば口を開いていた。
「余りに話が旨すぎるのです。知らない場所で目覚めて直ぐに名前を知っている人と出くわし、色々と世話を焼こうとする。詐欺師ではないかと疑ってしまいます。」
詐欺師と言った途端にフードが揺れたような気がした。直ぐに揺れは収まったが図星だったのかそれとも勘違いされた事による動揺なのか。
「詐欺師と言われたのは初めてだのう。ならばちゃんと儂の目的などを話しておこうか。」
そういうと、荷物を持ったまま宿に入って行った。少し戸惑ってから追いかけ、宿に入ると階段を上っているのが見え、その背中を追うと泊まっていた部屋の隣に入って行った。部屋の扉を開けると、時の賢者はフードを外し荷物を床に置くと疲れたかの様に椅子に腰かけた。椅子はテーブルを挟んで2脚ありその片方に座ると、机の引き出しから蜂蜜酒を取り出しテーブルに置いてあった2つのコップに並々と注いだ。
「さてさて、どこから話したら良いものか。御主はこの世界について何も知らない、ならば予言だけに絞るのが理解もしやすかろう。そもそもの始まりは3年前の巫覡の予言から始まった。内容としては黒い森の村近くに異なる世界の者が現れるその者を保護しなければならない、とな。そこで賢者と呼ばれる者達が儂を捜索に当たらせる事にした、そして御主を無事発見し今に至るわけだ。」
一気に話し、蜂蜜酒で喉を潤し再び口を開けた。
「なぜ御主を保護せねばならないのか賢者達の間でも議論になった。ただの青年が来るだけではないか、何か危機の時に役立つのであれば自力でも生き抜けるはず、そもそも異なる世界に魔法が無い場合に賢者を超えて、この世界で役に立てる者が来るだろうか、とな。これらの事を考えた賢者たちは議論の末この者にそこまで構う事は出来ないから、長生きしている老人に仕事をさせようという事になった。そして国まで青年を連れて来いとな、御主には悪いが見聞を広めるのに役立つと思って儂について来てくれまいか、なに只の青年だと分かれば放っておかれよう。」
そういうと時の賢者は立ち上がり右手の手首に左手を当て肘まで撫ぜる動作をした。そこまで言われると、確かに断る理由も無いように思えた。事実情報も無く一人で生きるには厳しい中で降ろされた蜘蛛の糸を自身から切る必要も無いと考え口を開いた。
「考えは分かりました。今のところはあなたの旅についていこうと思います。」
そう言って立ち上がり握手を求めようとすると、
「それが異世界の挨拶の仕方か。なるほど、今はそちらに合わせよう。」
そう言って時の賢者は私の手を取った。




