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異世界の軌跡  作者: らんららん
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第1話

小学校の遠足当日であるかのようなすっきりと目が覚めた日に限って、悪い事は起きるのだと思う。今までもそうだった、大事にしていた物を失くす、重要な試験に間に合わない、彼女に振られたり、散々な一日の始まりを告げる前兆だった。きっと今日も悪い事が起きるのだろうと心積もりをして家を出たのは今までの経験からして当然だったと思う。身構えて家を出たは良いが実際に事が起きないと常に警戒しておくのは難しく一日の途中でふと思い出す程度で何も無く一日が過ぎた。いや、過ぎようとしていたと言うのが正しいのだろう。だろう、と言うのは目覚めた時に初めて、その異常な事態に気付いたからだが。


目覚めると昨日はいつもなら散々な日になる筈だったのに何も起きず、ついに長年のジンクスを脱却したかと思うと喜びも一入でその事で頭は一杯だった。しかし、実際に目に入った風景を前にその思考は放棄され目を瞬かせる事となった、本来なら部屋に置いている家具が目に入る筈であったのに目の前には木々が生い茂り木漏れ日が眩しく葉には雫が光り、鳥の囀りや葉擦れの音が聞こえて来たからだ。頭で目の前の事を理解出来ず、ただ呆然と過ごしていると周りの音に混じって草を踏みしめる音が聞こえ、その音に耳を傾けていると此方に向かっている様に感じられた。途端に現実に戻され脳が回転を始めだした、此処は何処なのかそもそもなぜ此処に居るのか、足音は聞こえるが朝方にこんな場所で何をしているのか。幾分か考えていると足音は更に大きくなり近寄ってくる足音に驚いたのか鳥の羽ばたく音が目立つ様になってきた。身を守れる物は無いかと辺りを見回すと近くに手ごろな木が有る事に気付き、抱きかかえる様に木を持つと同時に茂み越しから老成した誰何の声が聞こえてきた。


「其処に居る御主の名前は何かな?」


突然名前を聞かれ誰かも分らない人に答えるべきか逡巡したが答える事に決めた。


「私の名前は膳圭(かしわで けい)です。」


その誰何に答えてから何故その様な事を聞くのだろうかと疑問が頭を過ぎるが、考える事をやめて相手の出方を伺った。すると茂みの影に隠れていた人物がゆっくりとだが足音を立てて此方に姿を現した、背の高い全身を白いローブで覆った人物が出てきた。こんな所には似つかわしくない格好であり、また今まで見た事が無い格好でもあった。不審に思いながら手に持つ木に力を込めて全身を眺めていると相手の方から声を掛けてきた。


「なるほどなるほど、御主がカシワデ君だったか。御主を探してこの山に入ったが老体には練り歩くのが辛くてな休み休み探していたのだがようやく見つけられて一安心だ。色々聞きたい事は有るだろうが、ここは色々な物が出たりして危険だから一先ず山を下り麓の村まで出ようか、さあ付いてきなさい。」


有無を言わせない雰囲気を漂わせていた事と自身を知っていると言う事に疑問を抱きつつも、いきなり襲ってこない事から危険な人物では無いだろうと判断し後を付いていく事に決めた。ただし、先程から抱えていた木の棒を持ちながら。白いローブの人に付いていくと彼は山の中を印も無く、しかしながらどう歩けば良いのかを知っている様に軽快に歩いていた。それを見るとこの山に良く出入りしているのかと思い、麓に在ると言う村の住人なのかと考え至る。幾度も休みながら何時間も歩くと不意に白いローブの人物が止まり声を掛けてきた。


「さて日も上がってきたがこのまま真っ直ぐ進めば直に村に着く、しかしながら御主の格好は奇怪で目立つ村に着いてから御主の服装等を其処で譲り受けるか買うかするからそのつもりで居てくれ。それと村に何日か泊まる事となる。その間に御主の聞きたい事や色々と先の話をする事としよう。」


そう言われて、彼を信用するべきなのかまだ確信が持てない状況で判断が出来ないが、危険な人物であれば村に着いてからでも逃げれるだろうと考えその言葉通りにする事にした。何より周りの事や居る場所が何も分らない状況を非常に恐ろしく感じていた事が私が彼に着いて行く事に決めた要因でもあった。村の入り口が見えて来ると寂れた木造の家が見えてきた。現代社会で見るのは珍しい家を見る事でこんな所が在るのかと感心する一方で木造の家がこんなに林立している訳が無いという否定の思いを抱えていた。何より村の入り口に立つ男性が鉄で出来た棒状の物を持って居る事がその否定を強くしていた。そんな風に悩んでいる私を気にも掛けずに村の入り口に立っていた男性は白いローブの人に対し右腕の手首に左手を重ね肘まで撫ぜる様な動作をし話掛けた。


「大分遅いお帰りでしたね、目的は果たせましたか。」


そう男性が聞くと白いローブの人は男性がした動作と同じ右腕の手首に左手を重ね肘まで撫ぜるようにしてから問いに答えた。


「ついに目的は果たせたよ。」


そう告げると男性は此方を向きじっと見つめてきた。見つめられるのに耐えきれず会釈をすると、男性は白いローブの人に向き直った。


「そちらに居る人が、あなたが言っていた探し人ですか。」


「そうとも、これで彼を探す旅が終わりを迎える。幾日か村に滞在してから再び旅に出る事にする、お主にも長い間世話になった。」


白いローブの人は村に入って行く。まだ話すのだろうと油断をしていた私は、男性に頭を下げると急いで白いローブの人を追った。あらかじめ取っていたのであろう宿に着くと白いローブの人は宿の主人に幾らか注文をし席に着いた。それに合わせる様に私も対面の席に着くと白いローブの人は口を開いた。


「さて先ほど色々な話をすると言っていたが先にカシワデ君の話から聞こうか」


被っていたフードを取り顔が顕わになる。顔には皺がありその皺の数だけ努力をしたのだろうと感じる様な意志の強い目をしていた、その目を好奇心旺盛な少年の様に爛々と輝かせ此方に顔を向けていた。質問を催促されているのだと感じた私はそれに答える様に口を開いた。


「まず貴方の名前は何ですか?なぜ私の名前を知っていたのですか、恐らく今まで一度も会った事は無いと思いますが。」


「儂の名前か、儂の名前は既に忘れられて久しい好きに呼ぶと良い。良く知られている呼び名は時の賢者と呼ばれている。二つ目だが君の名前は予言で知っていた、そしてあそこに現れる事も。ただ、現れる時間が正確ではなかった事から1月程前からこの村に滞在していたのだ。」


それだけ言うと時の賢者はじっと此方を見てくる。


「この村の名前はなんと言うのですか?」


矢継ぎ早に質問をすると、目を更に輝かせ質問に答えてきた。


「この村には固有の名前が無くてな君の居た黒い森の傍にあるので黒い森の村と呼ばれている。」


時の賢者がそう答えた事で徐々に此処が自分の知っている世界ではないのではと認識をし始めた。脳がこれ以上負担を与えない様にあえて考えていなかったのだろう、認識をした途端にどっと疲れが出たのが分った。それを見ていた時の賢者が声を掛けてくる。


「ふむ、顔色が良くない今日は疲れたのだろう。休んでおきなさい旅は長くなるから準備をするのに少しばかり時間がかかる、明日でもまた聞きたい事があれば質問をすると良い。もしもお腹が空いたのなら主人に声を掛けなさいお金は既に払っているから。御主が泊まる部屋は階段を上がって直ぐ左の部屋だ、窓から綺麗な風景が見える疲れを癒すには良い部屋だろう。」


矢継ぎ早に言うと、時の賢者は主人に先ほど注文していた食事を持ってくるように声を掛けていた。私は早く寝て疲れを取りたいという欲求、これ以上を聞く事で異世界と認識しきってしまう不安が入り混じった状態で、これが邯鄲の夢で目が覚めたら何時ものベッドで目覚めるのではないかと期待をし足早に部屋に向かった。部屋に入ると先程まで持っていた、握っていた部分が湿っている棒を置き、時の賢者に言われた外の風景を見ようと鎧戸を開けると目に入ったのは太陽が山際に吸い込まれる様に沈みかけていた。草原は影と入り日のコントラストに染められており、遠くには入り日を反射して眩しく輝く湖が見えた。太陽が完全に沈み行くまで眺めていると、此処が知らない世界ではなく見た事の有る様な身近な場所に思えてくる。


「きっと明日になれば何時も通りに目覚めて夢だったで終わる。」


そう呟くと干草で出来たベッドに横たわり目を閉じた。

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