第3話
時の賢者との話し合い後、私は時の賢者に連れられ旅に必要な物を揃えていた。
揃えたもので不可思議な形をしているものはなかったが、店で売られていたタペストリーに目が奪われた。それは空を飛ぶ生物と、7人の人間が描かれている2mほどのタペストリーであった。一人一人に一つの色が塗られており、7人で虹の色を構成していた。また空を飛ぶ生物は、人間に比して非常に大きいことが良く分かる模様であった。
このタペストリーをまじまじと見つめていると、時の賢者がそれに気づいたのか口を開けた。
「そのタペストリーは、昔あったと言われている大戦を描いた物じゃ。空を飛んでいるのが龍と呼ばれる生物で、7人は虹の魔女と呼ばれる英雄たちじゃ。大戦時の細かい内容は既に遺失してしまったが、この7人が大戦を終結に導いた英雄であり、それを顕すように称号としてその色が、今でも受け継がれておるのじゃ。
特に、赤を関する魔女はその時代で最高峰の魔女であるとされ魔法使いの誉れとされておるのじゃ。」
時の賢者は説明を行うと、次の店へと足を向けていた。それを見た私は時の賢者の背中を追う為に、足早にその場を去った。
お昼には服や靴などの衣料品以外は、旅に出る前に受け取れる様に段取りを取ることが出来た。
旅支度の途中で購入した小さな荷物を置く為に、宿に戻りそこで食事をする。
私の疲弊やタイミングの悪さから時の賢者とは中々話せなかったが、やっと質問が出来ると思い時の賢者と視線を合わせようとした時だった。
時の賢者の視線が私の後方に向いていた。それに釣られる様に振り返ると、金属の擦れる音をさせながら宿のドアを開ける三人組だった。話をしている最中だったのだろう話し声が私たちにも聞こえてきた。
3人組の紅一点である女性が興味深い事を話していた。
「赤の魔女も落ちたもんだね。まさか、国境の紛争で味方殺しをしていたとは。今代最強とは言え力を見せびらかしたかったのかねぇ」
その内容に対し、背の高い男性が口を開き反発していた。
「赤の魔女様がその様な事をするわけがないだろう。戦場が混乱して情報が錯綜しただけだ、きっと無罪だという事が証明される。」
女性はその言い分が気に食わなかったのか、茶化す様に言葉を返した。
「あんたは赤の魔女に熱心だからねぇ。ご執心ついでに、一緒に牢屋に入ったらどうだい、仲良くお話が出来るだろうさ。」
男性はその言葉に憤ったのか肩を怒らせながら、店主に蜂蜜酒を注文し他の二人と離れるように席を空け一人で酒を飲み始めた。
時の賢者は、先ほどから3人組を見つめたまま動いていなかったが、弾かれる様に背嚢から地図と羊皮紙を出し何かを確認し始めた。忙しなく動いていた視線が止まり、懐から重みのありそうな袋を取り出すと、三人組の方に向かっていった。
三人組は後からの足音で気づいたのか、剣や杖に手を掛けた状態で振り向いた。しかしながら、時の賢者を視認すると驚いた様に剣の柄と杖から手をのけた。
しばらく話をしていたが、三人組との話がまとまったのか三人組と共に時の賢者はこちらに戻ってきた。女性が私を見て口を開いた。
「こんな奴の御守りをしろっていうのかい。足元を見なよ、靴が綺麗でこんな辺境まで歩いて来た様な跡もない。何よりこんな服装の時点で、旅をした事が無いのがまるわかりじゃないか。こんな奴の御守りとか無理だよ。こんなのを送っている途中で、もう一人御守りが増えるっていうんだろ、時の賢者様ともあろう方が未来を見えないとはねぇ。」
時の賢者はその言葉に対し口を開いた。
「それは分かっているが、此方も緊急でな。赤の魔女が処刑されそうになっているとは、終ぞ思わなかったのじゃ。そうでなければお主たちにカシワデ君を任せるような事はせぬ。」
今まで無言で話を聞いているだけだった男性が口を開いた。
「此方としては、護衛を請け負ってもかまわない。但し、金を弾んで貰えなければこれから増える一人の分まで面倒を見れないし、旅の途中で金が尽きるかもしれない。何よりそんなに重要な人物の護衛を受けるとなれば、金額は弾んでもらって当然だろう。」
そう言うと、手を振るしぐさをしお金が無いのだと示した。それは冷たいようであったが、私が同じ立場であったなら面倒は抱えたくないと考え、同じことをしていたのかもしれないと男性に対し共感を抱いた。
時の賢者は、神妙な顔をした後口を開いた。
「金額は、前金としてミギワ金貨3枚を出そう。但し、北の町でもう一人の子と合流をしてほしい。」
そういうと、背嚢から封蝋のされた手紙を取り出していた。封蝋がされているそれは重要な事を示すかのように端の方が赤と橙の色になっていた。
その手紙の意味に気付いたのか、話していた男性は手紙を真剣なまなざしで見つめていた。
男性が口を開こうとした瞬間に隣の女性が話を始めた。
「手紙の色があんまりよくないね、機密事項でも扱っている手紙かい。」
その言葉に時の賢者は首を縦に振った。
「この手紙は欲しい資料に関する手紙なのじゃよ。儂の方は先行して村に向かい手紙は渡しておくから4人で村に向かってほしい。」
それを聞いた3人組は、部屋で話を整理したいというと、宿の主人に話をして二階に上がっていった。
それを見た時の賢者は、手紙を背嚢に仕舞、肩の荷が下りたかのように席に座ると、話始めた。
「カシワデ君には申し訳ないが、あの3人と共に北の町に向かってほしい。その後にディリシャンベで儂と合流をする。」
聞き慣れない名前を聞き、私は鸚鵡返しをしてしまう。
「ディリシャンベとは地名ですか?」
時の賢者は私の質問を聞くと、頷いてから説明を始めた。
「ディリシャンベとはこの大陸において最も力があり最も古き国でな。儂が住んでいる国でもある。色々と発展していてな、この村では珍しい本なども売っているのじゃよ。」
「そこへ向かうのは、時の賢者様が住んでいるからなのですか?」
「いいや。カシワデ君へ最初に話した通り、他の賢者たちがディリシャンベにいるからじゃよ。そこでカシワデ君という存在を賢者たちは見定めたいからじゃ。」
私にとって本当に必要な事なのか、見聞を広めるためには役に立つだろうが、行って何か状況が変わるのかも判断がつかなかった。
「ともかく、カシワデ君は大陸において最も力ある国にまず行くのが理想じゃろう。この世界で少しでも腰を落ち着ける所に行かねば、何かに力を入れて取り組む事も出来ぬ。あの3人と一緒にディリシャンベまで来なさい。」
私は3人組が話を承諾するのが当然の様に話す時の賢者を不思議そうに見ていると、
それに気づいたのか時の賢者は蜂蜜酒を一口飲んでから話を始めた。
「彼らの服装を見てみればわかるが、外套は汚れており靴は泥まみれじゃ。
長旅をしていたのが服装から分かる。それに武器の手入れ具合を見るとそこそこに実力はあるが、仕草から金を多大に稼げるほどでは無い事がわかる。次に、彼らは旅の途中であると言っている事から金は余りなく、旅の途中で依頼を受け日銭を稼いでいるのじゃろう。」
時の賢者はそこで話を区切ると喉を潤す為に蜂蜜酒を飲み話をつづけた。
「何より、儂が言うのもなんではあるが儂はそこそこ名を知られておってな。
その儂から依頼を受け成功させれば、他の依頼も受けやすくなると踏んでいるじゃろう。
それに、儂が普通ならカシワデ君の護衛など任せないと言っている事もあって、金額を吊り上げられると思っておるのじゃ。」
そういうと時の賢者は話をやめた。私はゆっくりと口を開いた。
「お聞きしたいのですが、手紙の色とは?先ほどの手紙は端の方が赤と橙の色になっていましたが、それが関係しているのですか?」
時の賢者は、背嚢から先ほど見せていた手紙を取り出し私の前に置いた。
質問をされたのが楽しいのか、笑いながら話をし始めた。
「この手紙の端を見ると、赤と橙となっておるじゃろう、これは緊急や機密の手紙に使われる色じゃ。黄色と緑は警戒や機密ほどでは無いが重要度の高い情報を扱う。青色と藍は、更に下の扱いになる。紫は少し特別でなこれは余り広まっておらぬ。これらの色を見るとその手紙の重要度が分かるようになっておるのじゃ。元は色で識別というのは無かったのだが、虹の魔女という概念が生まれてからはその色になぞらえるようになったのじゃよ。」
話が終わると時の賢者は宿の主人に頼み食事を注文し始めた。
かなり時間が経って出てきた料理は、土筆に似た春においしいらしい野菜とお肉の炒め物とパンの切れ端だった。
それを途中途中で手を止めながら食べていると、先ほどの3人組が降りてきた。
女性が私たちの食べている物に目を向けると、主人に私たちが食べている物と同じ物と追加で何かを3つ注文し同じ席に座った。
「あんたはこんだけしか食べないのかい。そりゃ質素な体になるよ。もっとしっかり食べな。」
主人も聞いているだろうに、女性がこのような事を言い出し私が慌てているとリーダー格の男性が口を開いた。
「本当にお前は常識が無いな。カシワデ君だったか気を悪くしないでくれ、こいつは少し臆病でこう言ってないと落ち着かないんだ。」
それに反応したのか、女性が眉間にしわを寄せて男性と言い合いを始めた。言い合いはすぐに終わり、リーダー格の男性が話を始めた。
「時の賢者様、今回の依頼ですがまだ不足している部分があるので、受諾をするかは決めかねています。依頼の内容を詰めたいので、カシワデ君も含めて話をしたいのですが構いませんか。」
時の賢者は首を縦に振ると依頼の内容を話始めた。
「もちろんじゃとも。今回の依頼の内容は、カシワデ君とアナ君という15歳の女の子を護衛し、ディリシャンベまで無事に届ける事じゃ。期間は2ヶ月後までとする。依頼失敗時にはどうなるかは察せられると思っておる。」
3人組は頷き質問を始めた。
「カシワデ君の事ですが彼が旅に慣れていないのはわかります。一日にどれぐらいの速度ですすめますか。それと武器を持っていない事を考えると武器は扱えないようですが。」
突然の質問に私は慌てながらそれに答えた。
「私は旅というか長い距離をそこまで歩いた事が無いです。恐らく朝からお昼ぐらいまで歩いたら疲れ切ってしまうとおもいます。武器も扱った事がありません。」
私は答えた後に頭を下げてしまった。どうしても相手の顔を見ることができなかった。
女性が呆れた様に肩を落とし、隣の男性に何かを言っていた。
男性は気にせず話を始めた。
「カシワデ君に関しては、完全に旅をしたことが無いものとして扱えばよいのですね。
次にアナさんについてです。その娘はどこに居るのでしょうか。」
「彼女は北の町エルドに住んでおる。知っていると思うが巨大な渦がある町じゃ。依頼の半分はそこで達成できると考えてほしい。」
男性は、ほっと息を吐き口を開いた。
「そうですか、でしたら期間は十分なようですね。但し、護衛をするという事は何か重要な人だったりするのでしょうか」
「儂らにとっては重要じゃが、他の誰かに狙われるような重要性はカシワデ君にはない。アナという娘には会う前からきっと重要性がわかるじゃろう。」
私は言葉の意味が理解できなかったが、リーダー格の男性は何かを察したのか深刻そうに頷いた。
「では、報酬と前金の話をしましょう。今までの話からかなり重要な依頼で有る事はわかります。ですので、ミギワ金貨4枚を前金として達成報酬として4枚でどうでしょう。」
「少し高い。ミギワ金貨3枚で達成報酬は2枚でどうじゃろうか。」
「それは、重要度の割に少なくありませんか、重要度を考えれば私が提示した額で当然かと特に重要人物の護衛ですよ。どう考えても少ない。」
「ならば、金額は私が提示した額で達成報酬に追加で魔法の武具を渡すのはどうじゃろうか。昔私が使っていたものではあるが君たちからすれば上等な物であるのは間違いない。渡すものとしては、霊体を切れる剣などじゃがそれで問題はあるまい。」
それを聞いた女性は口を挟んだ。
「それだったら私は時の賢者様が使っていた杖が欲しいね。昔使っていた杖とか。」
「達成内容と釣り合わぬが使っておらぬし良いじゃろう。他の二人はディリシャンベで交渉で良いかな。」
聞いていた二人の男性は、それに頷いた。
リーダー格の男性は、私を見ると紹介を始めた。
「私はブノワという。こっちの女性がフレヤで口が悪いが悪い奴ではない。」
それを聞いたフレヤがブノワの隣で喚き立てるが無視して話をつづけた。
「こっちがクリフだ。かなりの弓の腕前で信頼できる奴だ。ただ少し弱気な所があるが良い奴だよ」
クリフがブノワを横目で見てから話しを始めた。
「少し弱気っていうのは酷くないか。カシワデ君これからよろしく頼む。基本的には俺たちはブノワの指示に従って行動するから、君もブノワの指示に従ってくれ。それさえできれば十分だから。」
紹介が終わるとフレヤが話始めた。
「私はフレヤ。魔法をディリシャンベで学んでたんだよ。だから魔法の類に関しては任せな。
まあ、そこにいる時の賢者様には敵わないがそれでもそこらの雑多には負けないよ。」
そういうと頼んでいた食べ物が丁度運ばれてきたので、フレヤは紹介もそぞろに食べ始めた。
時の賢者は背嚢から何も書かれていない羊皮紙を取り出すと3人に向かって話し出した。
「問題が無いようであれば、儂は早急にここを立ちディリシャンベに向かうとしよう。
君たち3人は洗礼簿と結婚簿があればその名前と登録日付を押してほしい。
それを記録したら儂は旅立つ準備を始める。」
そう言われた3人は懐から木版を出すとそれを時の賢者に見せた。
時の賢者は3人から木版を受け取り、羊皮紙の上に木版を置いた。羊皮紙にあてた木版の上に手を置き、少しして木版をずらすと羊皮紙には文字が書かれていた。
同じことを繰り返し3人の名前を印字するのが終わり、そのまま2階へ上がっていった。
それを見ていた3人は、私に質問を始めた。
「あんたは一体何なんだい。時の賢者様が護衛についてるとか有り得ないよ。あの人がどんな人か知ってるかい?今の時代だけではなく何百年も前の書物にも書かれている様な人だよ。なんであんたなんかの護衛をしているのか本当にさっぱりだね。」
フレヤが私に対し、質問なのか不平なのかわからない事を言っているとクリフが話を遮った。
「それはいいだろ。それよりも時の賢者様がしなければならない様な依頼を俺らがこなせるのか。
かなり危険があるんじゃないかと思ってるんだが。」
「あんたのそういう所が弱気なんだよ。しっかりしな。」
そういうと二人はまた騒ぎ出した。それを横目にブノワは私に話しかけてくる。
「カシワデ君は旅をしたことがないのだろう。今回の旅は何事もなければすんなり終るような旅だが、それでも旅慣れていない君にはきついかもしれない。私たちも君の状態には気を付けるが、場合によっては気づくことができないかもしれない。だから何かが起こる前に伝える事をしてほしい、それだけ守っていれば3人の内誰かが対処できるから。」
そういうとブノワは食事を始めた。
食事も終わりという頃に時の賢者が降りてきた。
ブノワへ前金であったミギワ金貨3枚と羊皮紙を渡すと私を見つめ話し出した。
「カシワデ君には申し訳ないと思っておる。本来であれば、儂が護衛し道中で教えることができれば良かったのじゃがそれを行う事は叶わぬ。もしも何かあった時には連絡士が町にいるじゃろうから探しなさい。
君たちの旅に、女神エイヴールの加護があらん事を。」
3人はそれに対応する様に席を立ち、右腕の手首に左手を重ね肘まで撫ぜた。
ブノワが口を開いた。
「時の賢者様の旅にも女神エイブールの加護があらん事を。」
それを見終わった時の賢者は私に握手を求め私もそれに対応した。
「あなたもお気をつけてください。」
「もちろんじゃとも、くれぐれも気をつけてな。」
そういうと時の賢者は宿を出ていった。
私と時の賢者の挨拶の仕方を見ていた3人はこちらを見て話しだした。
「あんたの挨拶は変わってるね。なにより相手の無事をエイブールに祈らないのかい?」
「私は浅学の為その挨拶を知らないのです。不快にさせた様だったら申し訳ありません。」
ブノワはそれを聞くと不思議そうに話した。
「君は南の大陸の出なのかい?向こうだとエイブール以外の神を信仰していると聞いたが。」
「申し訳ありません。実は記憶が曖昧で...時の賢者様が詳しい事情をご存じです。私自身もよくわからないのです。」
それを聞いた3人は私への興味をなくしたのか、歓談をしながら食事をすすめた。
3人と話をして私は異世界で旅に出るのだという強い実感、興奮、不安がないまぜになったまま床に就いた。




