いざ乙女ゲームの世界へ
タ! タ! タ___ タ_____ タ! タ!
『ねぇ、愛はお弁当もらったの食べないの?こっちの世界料理発展しすぎじゃ無い?』
のり弁最高!と呟く声を聞き流し、私は口に咥えた栄養ゼリーを吸引しながら、ひたすらにイケメンの顔面のあらゆる部分をタップすることに集中する。
現実だったらこんなにツンツンツンツンツンする女、確実にブチギレ案件だ。
私がイケメンなら確実にその指をはたき落とす。
ああ!この早く!
画面の向こうのこの世界に入って本物のイケメンのほっぺをツンツンしたい!
ほっぺ以外もツンツンしたい!
『あ、それ乙女ゲームってやつ?』
異世界の駅員さん、ことアノイと名乗るこの男は、なぜか私にくっついてきて、うちに住み着いている。
近所のコンビニでバイトも始めて、やけにこの世界に馴染んでいる。
のり弁片手に近づいてきたので、とりあえず磯辺揚げを奪って食べると、シクシク泣いていた。
『乙女ゲームの異世界ガチャ、今度ガチャマシンに入れる予定で仕入れたやつあったのに、意地悪するからあげないもん。』
《アノイはうずくまって、いじけた顔でコチラをチラチラ見ている》
→素直に謝る
→ガチャは諦めて無視する
どっちも嫌だ。第三の選択肢だな。
→光熱費未払いを盾に奪い取る
『ひどいよー。別にちょっと優しくしてくれたらあげるのにー。』
『戯言はバイト代を得てから言うのね。』
悪役めいた笑みを浮かべながら、とりあえずガチャポンを開封する。
中から転がり出てきたのは
レトロなメイド服と、あんぱん?
こ、これは、もしや…
『あれ?ドレスとかじゃなかったね。』
『わっぜうれしか!かんせ、あいがとさげもす!』
『何語?!』
私はメイド服を胸に抱きしめたまま、強い光に包まれた。
洋式の豪奢なお城のような邸宅に、和風の庭園。
玄関には黒塗りの車だが、見送る使用人には着物を着た者もチラホラ見られる。
和洋折衷の大正時代を思わせる世界観。
濃紺の丈の長いワンピースに、真っ白いエプロンを着た私は、使用人の列に並び、深く頭を下げながら、静かに一筋の涙を流した。
(まさか、何十回もプレイしたこの世界に転生できるとは…)
攻略を見ない初見プレイでは、次の話に進めるフラグ回収が分からず何度も使用人を首になったっけ。
個別ルートに入るまでの、攻略対象キャラクターの対応の塩さに何度涙したことか。
そして個別ルートに入ってからのストーリーの深さに何度打ち震えて徹夜したことか!
『む、見ない顔だな。キクヨ、新入りか?』
『はい、旦那様。愛、顔を上げなさい。ご当主様にご挨拶を。』
渋いおじ様の声で、ハッと我に帰り、私は体幹に力を入れて、顔を上げて目を合わせてから、もう一度深々と頭を下げた。
『佐野愛と申します。誠心誠意お仕えさせて頂きます。』
『愛と言ったな。おまえ、もう一度顔をあげよ。』
スッと頭を上げて、立派な白い口髭を蓄えたご当主と見つめ合う。
もう老齢とはいえ、そのオーラは重々しく、鷹を思わせる鋭い目が、何かを警戒するように愛を見据える。
(まずい。ご当主、私の完全な無害なOLの擬態を見破りかけている?)
私は意識的に筋肉を弛緩させ、体温をコントロールして、額に浮かびそうになる脂汗を抑える。
ゲーム内でもご当主は圧倒的な権力で、ある時は主人公と攻略対象の恋愛をナイスアシストしたり、またある時は血も涙もなく愛する2人を引き裂いたりする。
(今ここでご当主に疑われ、ましてやクビになどされたらめくるめく恋愛パートに入る前にゲームオーバー!!!)
将を射んと欲すればまず馬を射よ!
私は一寸たりとも逸さずにご当主の目を見据えする。
(私、いい仕事しまっせ。)
シュインシュインシュインシュイン
当主には愛の発するオーラが気となって立ち上って見えるようだった。
『ほほぅ。いい目をしている。キクヨ、この者を今日から試しに私付きの1人にしろ。』
『だ、旦那様?!』
『ついてこい。』
『御意。』
ザッザッザッザッ
私は旦那様のご一行の末席について、屋敷へと入っていった。
使用人の背後に、ハンチングを被り、耳にペンを挟んだ格好で、呆気にとられながら展開を見守っていたアノイは開いた口が塞がらなかった。
『愛は、何がしたいんだ?』
私はご当主の信用を得るべく、働いた。
働いて働いて働きまくった。
その結果
『使用人の愛?あぁ恐ろしく仕事できるやつだろ?』
『使用人の愛は、親父の右腕だから信用ならん。』
『愛さんはとても頼りになりますが、それだけですね。』
『愛?あぁ、完璧すぎて気持ち悪いよね。』
攻略対象から恋愛対象外な使用人になってしまった。
分かってる!
こうなったのは自分が原因だって!
つい投げられた仕事を反射で打ち返している間に、必要なおもしれー女の演技を完全に忘れていた!
『一定水準以上の仕事しながら、おもしれー女って難易度高すぎない?!?!乙女ゲーのヒロインどうやってんの?!』
『僕サイドから見ると、終始おもしれー女だったけどね!!』
情報屋に扮したアノイから、情報のメモを奪い取り、すぐに頭に入れると紙片を暖炉で燃やす。
『ご苦労。今日の分だ。』
『毎度。…じゃないって!!!使用人極めてどうすんの?!』
『ハッ!ついまた真面目に仕事を!!くそ!せめて2番目の推しのバス爆発事件の満身創痍姿は見たかった!!』
『え、でも先週すでに犯人になりそうだった、ご当主に恨みのある取引相手の息子を愛が秘密裏に始末してなかった?』
『あーーー!!!!仕事が出来すぎる自分が!フラグを潰している!!』
がっかりと肩を落とす私に、アノイが『一旦帰ってのり弁食べようよ』と背中をさする。
『ん?2番目の推しってことは、1番目の推しは誰だったの??』
私の1番目の推し。
それは、本編に登場しないファンディスクの、さらにクリア後の隠しルート。
ジト目で、ハンチングを被ってメモ帳を持ったアノイを睨みつける。
『今回も僕のせいじゃないからね?!』
『おまえが情報屋になってるせいなんだよー!!!』
私の回し蹴りでお空の彼方に飛んでいったアノイが、キランと光って、私は現実に戻る光に包まれた。




