悪役令嬢と王太子
『結局の話、悪役令嬢が1番向いてると思うんだよね。』
ドア枠に取り付けたバーで懸垂をしながら、アノイに最近自分の中で至った結論を語る。
『え?それは一度荒廃した世界で、ガラクタを武器に改造して、ゾンビとか人間とかと戦う世界の悪役令嬢?』
『そんなポストアポカリプスな世界に、令嬢はいねえ。』
最近暇に任せて、海外ドラマ配信を見ているせいかアノイが現世にかぶれてきた気がする。
今もコンビニでクーポンで交換してきたお菓子食べながら動物の癒し系ショート動画見てるし。
私は、懸垂バーから手を離して、ズンズン歩いて人間をダメにするクッションに転がるアノイに近づく。
『やめろし!』
『え?!なんで?』
私がタブレットを取り上げると心底びっくりした顔で、仁王立ちする私を見上げている。
『お前の価値はなんだ?!』
『え?…癒し系なところかな?』
『んな訳!……まぁ一部は認めよう。』
確かに、アノイが勝手に住み着くようになってから1ヶ月。
私が仕事から帰ると、コンビニの弁当を温めて出してくれるし、最近は味噌汁なんかも作ってくれる。
独り言にも返事をくれるし、たまに肩叩きもしてくれる。
ほんのり癒されているかもしれない。
…しかし!今は!否!
『アノイ!おまえの最大の強みは異世界へのコネだろう!癒し要素が欲しければ代わりはいくらでもある!』
『ひ〜ど〜い〜!』
頬を膨らませる推定20代後半のフツメン男子が何か言っているが、癒し要素でトップに立とうなど烏滸がましいにも程がある。
せめてもう少しショタ味を身につけてから出直して欲しい。
『悪役令嬢は知ってる?』
『ヨーロッパ風の貴族社会が舞台のお話に出てくる、ライバルポジションの意地悪する貴族令嬢でしょ?有名な人だとシンデレラの義姉さんとか。』
『正解!』
えへへ!とはにかむアノイに食べてたプロテインバーを秘蔵の一本あげると『えー、いらないなぁ。』と文句を言うので、奪い返して自分で食べる。
『悪役令嬢は最近は転生ものの定番だから。悪役令嬢だったはずなのに、現代の知識を駆使して悪のフラグを叩き折っていけば、最終的には攻略対象全員から逆ハーレムはお約束のハッピーエンドだよ。』
『へぇー!よく考えるねぇ!悪役が痛い目にあって、"ざまぁ"ってやつだけじゃないんだ!』
『"ざまぁ"は、婚約破棄から始まる方の定番なんじゃないの?悪役令嬢ものはなんというか、ダークヒーロー的な面白さというか、今まで見なかった視点の新鮮さというか、…いや、そんな編集者みたいな分析はいらないんだよ!私は悪役令嬢の"中の人"になりたいの!』
『あー!なるほどなるほど。確かにヒロインよりはイケるかも!』
『はい!じゃあよろしく!』
私はにっこり笑顔で両手を揃えて差し出す。
『?』
アノイはその両手に自分の両手を重ねて『ワン』と呟いた。
『持ってんでしょ?』
『何を?』
『悪役令嬢ガチャポン』
重ねられた両手を、お願いの気持ちを込めて、力の限り握りしめる。
『いだだだだだだだだだだだだだ!!!!』
私のお願いを素直に聞いてくれたアノイにお礼を言いつつ、私は開封したガチャポンから出た光に包まれていた。
バシャン
液体の溢れる音と共に、意識がはっきりする。
目の前には赤い液体のシミのついたドレスを着た美しい少女。
私の手には空のグラス。
(ものすごくお約束な場面!)
《どうやって切り抜ける?》
→手が滑ったと謝る
→一旦様子を見る
→この場から去る
3番ね。ただし、できる限りスマートに。
尻もちをついている少女の側に跪き、膝裏に手を添えて、掬い上げる様に抱き上げる。
ドレスの重さもあるが、年若い女子1人など猫一匹程度と変わらない。
ヒールだが、そんなのはOLも標準装備だし、足取りに一切の不安定さは無い。
『お召し物を汚してしまい、申し訳ありません。別室にお連れ致します。』
『は、はい。よろしくお願い致します。』
頬を染めて、腕の中で返事をする少女に、ニッコリと微笑みで返す。
周囲にいた人々が戸惑い、ざわめきつつ、その2人の女性の背中を見送っている。
『お、王太子殿下、いかがされました?!』
『あ〜、いや、なんでもありませーん。少し疲れただけです〜。』
現場を見ていた王太子姿のアノイが、こめかみを抑えてフラフラと椅子に座り込む。
『…愛、大丈夫かなぁ?』
結果として、私はあの悪役フラグの場面を非常にスマートに収束したと言えよう。
あのあと、控え室に連れて行き、誠心誠意、飲み物をかけたという事実を謝罪して、使用人を呼んでもらい、馬車の手配をして、次の日には謝罪の手紙を、相応の贈り物を添えて送った。
営業の取引先への謝罪の基本を押さえたとは思う。
向こうからも贈り物に対するお礼と、今後のお付き合いもよろしく的な手紙がきた。
問題ないはずだ。
問題は、無い。
その他も何も、無い。
イベントが、無い。
手紙を読んでいた執務室の窓から、ヒュルリ〜と風が吹きこみ、落ち葉を運んでくる。
『お嬢様ぁーーー!!!』
落ち葉を摘んで眺めている私の元に、血相を変えた使用人が飛び込んでくる。
『お!お!おう!おぅ!』
『オットセイ?』
『王太子様が!お嬢様に会いに、お見えです!』
キターーーーーー!!!!
まだ何もフラグを追ってないのに!ていうか私これが何のゲームかも分かってないのに!
いや!これがもしかしたらフラグなのかもしれない!
知らなかったけど、もしかしたら王太子は私の婚約者とかで、今から婚約破棄を言い渡されるのかもしれない!
私は両手で裾を持ち上げて、競歩で玄関ホールに向かう。
カツカツカツカツ!
『お待たせいたいました!本日はお忙しいところ我が家においで頂きまして、光栄の至…』
煌びやかな金のモールの装飾で飾られた、真っ白な衣装を身につけた後ろ姿が、なぜか頭を掻きつつ使用人にペコペコ頭を下げている。
そして、私の足音を聞きつけてゆっくりと振り向くと
『あ!愛。ヤッホー。』
『そんな気がしたーーー!!!』
顔面を抑えて仰け反った私は、そのままブリッジした。
『うそ!!!すごい身体柔らかいねー!!!!』
私の渾身の絶望リアクションに、アノイが手を叩いて喜んでいる。
力なくそのままベシャリと仰向けに潰れる。
『なんでけ? なんでわっぜはこげんなっと…?』
『あ、また謎方言。』
アノイは王太子姿なのに私の隣にしゃがみ込む。
使用人は、私の無礼を諌めるべきか、王太子のあるまじき行動に驚けばいいのか、混乱しているようだ。
『愛が全部上手く立ち回りすぎて、何か全部丸く収まっちゃったみたいだよ。』
『…どういうこと?』
アノイが指を折りつつ説明していく。
『まず、あのドレスが汚れた女の子は、たぶん主人公ポジションの子で、愛が誠意に溢れた謝罪をしたことで、愛を見直したらしく、君に反感を持って断罪しようとしていた侯爵令息を説得したみたい。そんで2人は今それをきっかけに親しくなって友達以上恋人未満。』
『…は?』
『あと、愛さ、パーティーのあとすぐに、父親の書類のいくつかを弁護士に送ったでしょ?』
『挙動不審な動きをしていたから、暇でチェックしたら、おかしな数字があったから確認の意味で送ったけど。』
『それを、弁護士が君の祖父に送って、お父さんは実質今謹慎。だから君が執務をしてたんでしょ?』
『まぁ、そうだけど。それが?』
『それで、さらに主人公の両親も誤解で掛けられていた嫌疑が晴れて、侯爵子息との婚約の障害も無くなり大大円。王家も実の娘が正義の元に自分の身を省みず密告、ということで断罪も無し。』
『…つまり?』
『まぁ、特に何も起こらずに、平和になるよね。』
起き上がり掛けていた後頭部が、ベシャッとまた地面に触れる。
おでこにアノイの手の感触がする。
ゆっくり私の額を撫ぜている。
『愛は、なんで異世界で恋がしたいの?』
その手が気持ちが良くて、ゆっくりと瞼を閉じる。
『私は、私のこと、変とか、おかしいとか思われない世界で、今までの私のこと誰も知らない世界に行きたい…。』
『うん。それで?』
『それで、ただ…ただ、私を好きになってもらいたい。』
瞼がだんだん熱くなって、じわじわ涙が溢れ出してくる。
『私、人には言えないような仕事もしてて、もう、違う世界で、好きな人と、のんびりしたい。』
『うん。』
まつ毛に、ほんの少し、柔らかい何かが触れて、涙を吸い取った。
『愛、僕を攻略する?』
『アノイを?』
『うん。』
目を開けると、アノイの顔が近くにあった。
『もう、失敗しすぎて、どうしたらいいか分かんない。』
『簡単だよ、僕のこと"好き"って言えば、それで攻略クリアだよ。』
アノイは、ニコニコいつも通りの顔で私を見つめている。
悔しいけど、なんか王太子の服が似合って見える。別にフツメンなのに。
『…アノイのことは、もうずっと好いちょっど。』
『僕も、愛が好きだよ。』
アノイは、額を撫でていた手の指で、私の目尻の涙を拭うと、もう一度顔を近づけると、私の唇に自分の唇を重ねた。
唇の熱が、温かくて、私の止まりかけた涙は、またボロボロと止まらなくなった。
リンゴーンと祝福を告げる鐘が鳴る。
バルコニーの先に立っている、真っ白のタキシードを着てマントを羽織ったアノイが振り返って、手を差し伸べてくる。
ベールを被った私は、ゆっくりとその手に、自分の純白の手袋をはめた手を重ねる。
『じゃあ行こうか。』
『今更だけど、アノイは王太子になんてなって大丈夫なの?政治の勉強なんてしてるの?』
『まぁ、僕順応性高い方だし、多少は神様も転生者には補完してくれるし、大丈夫じゃないかな〜。あと___』
『??』
『僕のお嫁さんは、最高に面白くて、最高に強くて、最高に有能だから、助けてくれるでしょ?って、いだだだだだだだだ!!!!!』
私は了承の意を示すために、力強く重ねた手を握りしめたのだった。
おしまい




