03
眠気がやってこない。
やっぱりいきなり友達を連れてきたことが影響しているのかもしれない。
ただ、それはあくまで私に原因があるから一人で下にいくことにした。
人がいないと余計に冷える。
だから客間的な場所から布団を持ってきて自分に掛けておいた。
流石にこんなことで風邪を引いたら馬鹿らしいからね。
「ひ、一葉か……?」
「ごめん、起こしてしまったみたいね」
「いや、こっちも寝られていなかったからいいんだ」
彼女は目の前まで来ると「ありがたかったよ」と、私としては目の前に大きな壁ができた感じでついつい見てしまった。
「乙葉ちゃんは可愛いな」
「そうでしょ? 自慢の妹なの」
「でも、なんか途中から暗かったな」
「んー乙葉らしくないところがあったのはそうね」
結局、二人と仲良さそうに話す乙葉は出てこなかった。
私の背中に張り付いて、だからといってなにか頼んでくるわけでもない時間が続いた。
「一葉のお母さんがいなかったら駄目だったかもしれない」
急に現れたハムスターさんが段々と話せるようになったのはいいことだった。
そして、私が出しゃばらずに済んだのは確かに母のおかげだ。
「ま、これはまだ初回だから悪く考える必要はないわよ」
「でも、俺的にはこれからもここには来たいと考えているからな。ただ、その度に乙葉ちゃんに迷惑をかけるということなら……」
「気にしない」
「……いやでも、考えてあげないといけないだろ」
はは、彼女がこういう子だってもう分かっている状態だから違和感はないけどね。
当分の間は母がいてくれるだろうから大丈夫だろう。
「それより上手くやれそう?」
「瑛人か。まあ、悪い奴じゃないって分かったからな」
宮嶋先輩だっている、三人の内の誰かが変に好きになってしまったりしなければプラス方向へのそれが積み重なっていくだけのはずだ。
「あれ、それなのにここに泊まりに来たいの?」
やっぱりここには逃げるために来ているだけだから気になってしまう。
「ひ、一葉はほらっ、俺がいってやらないと一人になっちゃうからな」
「はは、ありがたいことね」
うん、今回も自分から動いた結果がこれだから待っているだけでは変わらないというのは確かなようだ。
「いや……いまのは嘘だ、一葉は俺の頼みもすぐに受け入れてくれたから一緒にいたいというか……」
「あら、簡単に言うことを聞くからなの?」
ち、違うところを見られてしまった。
あと、時間も時間だったから深追いはせずに寝ることにした。
快眠! ということにはならなかったものの、それでもちゃんと寝られたということが大きいと思う。
「あ、おふぁよー」
「衣都ちゃんが手伝ってくれたんだ」
「そうなの? 偉いわね」
既に食べているのは手伝ったことによるご褒美か。
あれ、だけど乙葉も刀花もいない。
洗面所にはいなかったし、当然、部屋なんかも確認をしてから出てきているから謎だ。
「ん――あのね? 乙葉ちゃんは刀花さんと一緒に出ていっちゃったの」
「荷物を持って?」
「うん」
乙葉が動いた……格好良くて惚れたとか?
まあいいか、ちゃんと学校にいってくれればそれで十分だ。
私の方も二人が作ったご飯を食べさせてもらって、少しゆっくりしてから本田――衣都と学校へ。
「おはよう二人とも」
「「おはようございます」」
んー宮嶋先輩の方が刀花の家族らしい感じがする。
というか、こういうお兄ちゃんがいてくれた方がやりやすそうだ。
「鍵冨君とは一緒じゃないんですね?」
そうそう、衣都はこのスタイルを続けてくれるとありがたい。
私だけなら聞いて大丈夫かな……? と不安になるところでも動いてくれるから助かる。
「ああうん、今日は早速お寝坊さんでね」
「急に環境が大幅に変わったわけですし、仕方がないですよね」
「そうだね」
今日は少し遅めの登校だったから既に数人のクラスメイトが登校してきていた。
私は別に早く来ていないと不安になるとかもないし、大矢先生と話すために早く登校してきていたわけではないからなにも変わらない、が、衣都的には気になるみたいだ。
「私はね、負けず嫌いなんだよ」
「意外ね」
「登校時間だけは負けたくないの、特に大矢先生に負けたくないの」
「もうあそこにいてぼうっとしているわね」
朝のこの静かな感じが好きなのかもしれない。
「安心しろ本田、今日はたまたま俺の方が早かっただけだ」
「ほらっ、ああやって盗み聞きしているのもそういうことなんだよ」
余程ボリュームを絞っていなければこの静かな教室では意識していなくても聞こえてしまうだろう。
二人で近づくと「ただ、今日は俺の勝ちだ」と大矢先生もわざと煽るようなことをする。
「むきーっ、大矢先生なんて幽霊さんに襲われちゃえばいいんですよ!」
「そういえばこの前もそんなことを言っていたわね」
「え……俺ってそんなに恨まれているのか……?」
「ああいえ、幽霊云々という部分についてです」
それ以外では不思議ちゃんなところは出ていないから助かっていた。
いやほら、こそこそ噂話をされてしまうような子と一緒にいると、ね?
「見えないの? ほら、いまだって大矢先生に肩に――」
「「ぎゃあああ!?」」
「って、冗談だよ」
はぁ……質が悪い。
なんとなくまたハムスターさんになってしまわないように気を付けようと決めたのだった。
「え、乙葉から好きな子を教えてもらえたの?」
「ああ、朝に急に連れ出されてな」
い、いやでも刀花なら、うん、問題ない問題ない。
「はは、まあまた来なさい」
「ああ、乙葉ちゃんとも約束をしたからな」
「乙葉でいいんじゃない?」
あれ、なんか超真剣な顔で見られている。
仲良くなればちゃんとかさんとかは外して呼ぶようになるだろう。
好きな相手を教えるなんて気に入っていなければしないことだ。
「なによ?」
「いや……違うところにいかないか?」
「急ね、別にいいけど」
今回もまた昼休みでまだもう少しぐらいはゆっくりすることができる。
そう心配しなくても瑛人が来ることはもうないだろうけど、やっぱり同性組と一緒にいる方が楽だからなるべく付き合おう。
「あ、まさか乙葉を貰おうとしているんじゃないわよね?」
「その乙葉ちゃんから好きなやつがいるって教えられたところなんだけどな」
「あんたのそれは乙葉のことを考えて言わないようにしているだけでしょ? だったらあんただった、みたいな展開もありえるでしょ」
「ない。そもそも、そんなにすぐに好きになってしまうような子なら心配になるぞ」
乙葉と刀花の時間が短くても私だって彼女と一緒にいることで少しずつ知ることができているわけだから構わないけどね。
大事なのは両者にとってどうなのかでしょ。
「俺はな、これまで一度も他人をそういう目で見たことはないんだ」
「ふーん」
「ちゃんと言っておかないとすぐに一葉が変な妄想をするからな」
宮嶋先輩への気持ちも、乙葉への気持ちも全くないと、そう言いたいのか。
「でも、これからは変わるかもしれないじゃない?」
「そうだな、それは否定できない」
「だからもしそうなっても応援してあげるわよ」
二十四時間が経過した頃には変わってしまっていることなんて沢山ある。
すぐに変わってしまっても恥ずかしいことではないのだ。
あ、あまりにふらふらしすぎてしまっていたら呆れられてしまうかもしれないけどね。
「一葉は――」
「一度だけあるわ」
しかも同性をそういう目で見てしまった。
幸い、本人の前では全くと言っていい程、出していけなかったから「気持ちが悪い」とか言われずに済んだけど……。
「ま、マジか」
「そんなものでしょ」
これまで一度もそういう風に他人を見られなかったというのもそれはそれでおかしなことではないと思う、そういう子だって沢山いるだろう。
「あっ、それこそ乙葉ちゃんというパターンとか!?」
「なんでそんなにハイテンションなの? 違うわよ、というか血の繋がった妹のことをそういう目で見ていたら不味いでしょ。乙葉なんてまだ小学四年生なのよ? 仮に乙葉が他所の子でも不味いわよ」
いや……小学四年生の頃に好きな子がいるあの子って……。
私に好きな子ができたのは中学生のときのこと、なので最近の子がどれだけ進んでいるか分かる件だ。
「はは、あんたもそういうことに興味があるのね」
「興味はあるっ、でも、どうすれば好きになれるのか分からないんだ」
どうすればいいのかは私にも分からない。
意識して変えていくことでもないしね、もう気づいたときにはそうなっているのだ。
相手にもよるけど、私的にはあまりいいことではないかな。
「ま、あんたは普通にやっていればいずれそういう存在も現れるでしょ。でも、教室で暴れるだけ暴れてそのまま片付けもしないで帰るのは駄目ね」
「え? あ、確かにあの日は荒れていたけど、俺は暴れていないぞ?」
「え? 学校にいったらすごいことになっていたんだけど……?」
「す、するわけがないだろっ?」
うん、この件は忘れてしまおう。
あんなのは衣都みたいな子が自由に言っているだけ、いるわけがないのだ!
「刀花、なにか出たら助けてね」
「なにかって――あ、ゴキブリとかか? それなら任せろ、手で掴んでどこかに運んでやるぞ!」
「あ、あんたすごいわね……」
「そうか? みんな異常に怖がりすぎなんだよな」
わ、ワイルドぉ……。
……なんか刀花なら弱ったときにも「任せろ!」とか言って家まで運んでくれそうだ。
あ、やばい、これは続けてはならない。
「戻るわ!」
「え、ちょちょ、急にどうしたんだよ?」
「もうあんまり余裕もないからよ!」
ゴ……なんて当分の間は見ていないから頼ることにもならないはずだ。
ただ学校で普通に話す程度なら、変な勘違いも、意識もしてしまわないはずだった。
「宮嶋先輩がこそこそしていて気になる?」
「そうなの、刀花さんじゃなくて私に付いてきているみたいで怖いの」
え、いや、そんな人ではない……というのは判断が早すぎるか。
私はまだ刀花といるときのあの人しか知らない、二人きりになったことはないから本当のところは……。
「刀花さんに頼むと本当のところが分かったときにどちらであっても宮嶋先輩に攻撃しちゃいそうだから一葉さんに相談を持ち掛けたの」
「なるほどね」
ぐるりと見てみてもいまはいないようだけど、これは彼女単体でなければ意味がない気がする。
ということで、後で集合という約束をしてから一人で帰ってもらうことにした。
「あ、栗林さん」
「瑛人、宮嶋先輩知らない?」
あ、これは本人から頼まれてしていることだった。
刀花のことを名前で呼び始めた以上、鍵冨でよかったのにしつこかったから受け入れるしかなかったのだ。
「それが僕もいま探している状態でして」
「付いてきて」
「はい」
衣都の言う通りならそう時間も経過しない内に――あ、出てきてしまった……。
「なにをしているんですかね宮嶋先輩」
「なんか衣都に付いていっているみたいなの」
「えぇ……許可もなしにですか?」
「そうね、そうでもなければ相談してこないでしょ」
んー? 衣都の方を見たり、下を見たりと忙しい。
近づいてみるか、流石に友達を怖がらせるようなことをしていて見て見ぬふりはできない。
「宮嶋先輩、なにをしているんですか?」
「ああ、栗林さんに聞きたいことがあるんだけど」
これは……躱そうとしているようには見えない。
本当に気になって聞いてきているだけかも。
「はあ、それでなんですか?」
「栗林さんってあれ、見える?」
「向こうには衣都しかいませんが」
「そっか、じゃあ見えているのは僕だけか」
え、なになに? なにかやばい話?
隣の瑛人を見てみると「うわあ……」みたいな顔をしている。
「ちょっと本田さんを呼んでもらってもいいかな?」
「分かりました」
衣都のところまで走って近づくとばっと抱き着かれてしまった。
視線というのは意外と分かるものらしい。
「本田さんごめん、怖がらせてしまったみたいだね」
「い、いえ……」
「なんかね、昨日ぐらいから本田さんとは別の存在が見えるようになったんだ」
「え、もしかして宮嶋先輩……」
いやいや、え、ちょ、普通のことみたいに話すのはやめてもらいたい。
そりゃ衣都だってこんな顔をするわ、怖いわこんなの。
「あれ、本田さんには見えていないの?」
「は、はい」
えぇ……。
刀花が「そいつは危険だ」と言っていたけど、これだと別の方向で危険な存在となってしまう。
「もっとも、可愛い女の子だけどね。耳が大きくて、身長はすっごく小さい子なんだ」
「衣都、瑛人、もういきましょ」
「そ、そうだね」「そ、そうですね」
「え、あれー」
このことはちゃんと刀花にも報告しておこう。
というか、幼馴染なのだからあの子には宮嶋先輩といてもらいたい。
上手く躱し、コントロールできるのはあの子だけだ。
「まさか宮嶋先輩があんな人だったとは……栗林さん、困ったら僕に言ってくださいね」
「ま、困ったらお願いするかも」
「それでは、多分そろそろ刀花さんも家に帰っていると思うので」
ま、この件はこれで終わりということにしておこう。
「一葉さんにはこのまま私のお家に来てもらいたいんだ」
「分かったわ」
「やったっ、頼んでみるものだね!」
ん、マジで可愛い。
でも、多分これは乙葉を重ねてしまっているだけだ。
だからこの前みたいに危うい感じになったりはしない。
「なんにも悪影響とかないわよね?」
「うん、私はずっと元気だよ? 寧ろそんないるかも分からない存在よりも宮嶋先輩の方が怖かったよ」
確かに、私でも理由も説明されずに追いまわされたら引きこもる自信がある。
今回だってたまたま知り合いだったから近づけたものの、そうでもなければ……逃げていたかもしれない。
もしそんなことになれば衣都とはもう友達ではいられないから一人になっていただろう。
……そのときのことを想像したら怖くなってしまった。
ただ、なんとか出さないように抑え込んで笑ってみせた。




