02
「栗林さーん……」
「あれ、あんたなんでそんなに弱ってんの?」
朝なんかは「おはようっ、今日もよろしくね!」とハイテンションだったのにお昼休みには別人みたいになってしまっている。
体育が連続してあったとか、他の授業でみんなの前で頑張る必要があったとかでもないのにこれで謎だ。
「鍵冨さんのところにいったらあの男の人が……」
「って、あの人は止めてくれる側でしょ?」
「ううん、ハイテンションの鍵冨さんに合わせてふざけてきたというか……」
それはふざけたというよりも幼馴染に近づく友達になってくれるかもしれない女の子に期待してしまっているだけだと思う。
「だから今日はもういかない、少なくとも次は栗林さんといく」
「はは、分かったわ」
私の方はなんとなく不安になって教科書と睨めっこしていた。
でも、こうしてちゃんと見直したところで不安もなくなった。
別に今日、小テストがあるとかではないけど、なにかがある度に動いていた方がいいのだ。
先延ばしにするのは癖になると直すのに苦労するからだ。
「いつからなのかな?」
「んーあの感じを見るに十二月頭とかじゃない?」
もう十一月が終わりそうなところだから、みたいな考えだった。
「上手くやれるといいけど」
「しばらくの間は逃げることになりそうね」
「でも、衝突してしまうよりはいいよね」
確かに。
勉強をやっていないことを怒ったら拗ねられて一時期は乙葉とまともに話せないことがあった。
そのときは顔を合わせたら余計なことを言ってしまいそうだからと自分から距離を作っていたぐらい。
とはいえ、離れることで解決することだってあるのだ。
「栗林さん、あの子が呼んでいるよ」
「ん? ああ、ありがとう」
扉のところまで移動すると腕をがしっと掴まれて廊下に連れ出された。
「なんで来ないんだよ」
「鍵冨がどのクラスなのかも分かっていないからね」
「俺は隣のクラスだ」
「そう」
大暴れしていたこの子もいまではすっかり普通のワンちゃんみたいになってしまっている。
いやまあ、それは彼女のことを全く知らなかっただけか。
「……明日家に来るんだ」
「あれ、そうなの?」
「まあ、社会人というわけでもないし、息子的に早く新しい学校に通わなければいけないから仕方がないだろ」
「はは、優しいじゃない」
「でもっ、俺は一緒に過ごしたりしないけどな!」
あ、これ、あっさり変わりそう。
「……でも、困っていたら協力してやってくれ」
「分かったわ、あの人もいれば大丈夫よね」
「宮嶋涼真だ、つか本人にすぐに聞けよな」
だってあの人はあくまで彼女が心配で仕方がないというだけでしかない。
クラスメイトの名字や名前すら覚えていないのにそこで積極的に動くのは違う。
そういうのは本田みたいな子がすればいいのだ。
「あとお前――」
「栗林」
「……栗林さ、あいつを好きになるのだけはやめておけよ」
「それはどうして?」
自分が好きだからとかなら最高だけど果たして。
「あいつは過保護だからな、事あるごとに口を出してくるぞ」
「よく見てくれているということじゃない」
「俺ももう高校二年生だ、過度なそれはいい迷惑でしかないんだよ」
私の母みたいにゆるふわな感じの人みたいも大切なのかも。
もし本当に心の底から嫌がっているのなら今度家に泊まりに来たときに天使の乙葉やゆるふわ母に癒やされるかもしれない。
「なるほどね、それでも嫌いになれないから困っているのね」
「……そりゃそうだろ」
「そういうところをあの人も気に入ってしまっているのね」
「だ、だからって勘違いするなよ? あいつは誰にでも優しいんだからな」
「はは、分かった分かった」
本人の前では素直になれずに言えないだろうから録音したくなる類の内容だった。
それで聞かせてあげたら「嬉しいな」と言って優しい笑みを浮かべてくれそう。
大矢先生なら間違いなく「ありがたいな!」と言うところだ。
「あのさ、本当にいいんだよな?」
「たまにならね」
「男とか……いないよな?」
「いないわねえ」
浮気なんかで出ていかれるのと病気で早い内にいなくなってしまうのは……うーん。
どっちがいいかなんてないか、どちらも微妙か。
「私の家には女しかいないわ」
「えっ、それなら栗林もほとんど同じだったってことかよ」
「まあ、お母さんは再婚するつもりはないみたいだからこのままだろうけどね」
本人にその気があるのなら自分のしたいように動いてくれればそれでいい。
乙葉も父のことをほとんど知らないからそれぞれの差を前にいちいち引っかかってしまうようなこともないだろう。
というか、あの子は気にしなさすぎだった。
「俺はさ、ずっと母さん一人で頑張ってくれていたから新しく気に入った人と仲良くするのは全く問題ないんだ。何歳になろうと人だからそういうことに興味は出るだろうし、一人だと大変だろうからな。でもさ、相手に同い年の息子がいるってことを隠していたのが……」
「同性なら同性でそれもまたやりづらかったでしょうね」
上手くやっていくしかないなんて考えた私だけど、新しく姉ができたりすると乙葉がそっちばかりを気に入ってしまいそうで怖い。
やっぱり私のそれは自分がすぐにその環境にならない状態だからこその発言で、彼女がああやって言いたくなる気持ちも分かってしまう。
「俺と違って学校が変わることになったわけで、できる限り協力してやりたいけど……」
「や、マジで優しい女の子じゃない」
「いやそりゃ、自分が転校することになったときのことを考えたらな」
刀花という名前といい、格好いい感じの顔といい、同性にモテそうな女の子だった。
「あんた、格好いいわね」
「はあ? なんだよ急に」
「そう感じたからぶつけただけよ」
上の方で髪を結っているのも影響していた。
それこそ刀が似合いそうだった。
「初めまして、鍵冨瑛人と言います、よろしくお願いします」
「私は栗林一葉よ、よろしく」
ああ、なんか鍵冨――刀花的に苦手そうな子だ。
「もうゆっくり話した?」
「そうですね。ただ、刀花さんは終始ぎこちなかったです」
逃げなかっただけ偉い。
でも、一緒に来ないということはそういうことか。
「ちょっと、瑛人君先にいかないでよ」
「はは、すみません」
って、なんで私のところに来たのか。
これも宮嶋先輩のせい? それとも刀花のせい?
というか、早い内に名前で呼ぶ許可を貰わないと面倒くさいことになる。
「いやあ、最初のときから栗林さんには迷惑をかけてばかりでごめんね?」
「いえ」
「瑛人君が気になるって言ってきたから少し話をさせてもらったんだ、そうしたら興味を持ってしまってね」
「僕はただ刀花さんの友達を見てみたかっただけですよ」
人だから表と裏で違ってもおかしいことではないけど、仲良くなることはなさそうだ。
乗っかるのは同性の刀花まで、これ以上はいらない。
もっとも、向こうも刀花の周りに変なのがいないか気になっただけで次はないだろうけど。
「それならあそこにもいるわよ」
「あそこ……?」
思い切り見てきていたから分かるのだ。
「友達の本田衣都よ」
あれ、宮嶋先輩のときはどんどん参加していたぐらいなのに隠れるのか。
一目惚れで話しづらいとかではなさそうだ、何故かはぎゅっと抱き着いてきているから。
「別にあんたに不満があるとかじゃないから悪く考えないでね」
「大丈夫ですよ、無理やり話そうとしたりはしません」
その柔らかい笑みは本物なのかどうなのか。
さて、そろそろ刀花を探して本当のところを聞いてみるか。
あとは名前呼びの許可を貰わないとね。
その途中、くっついていた本田が手を掴んできたので意識を向けると「どんどんとお友達を作りすぎて不安になっちゃうよ」と。
あの子を怖がっていたわけでも、緊張していたわけでもなく、一人で不安になってしまったらしい。
「友達はあんたと鍵冨だけよ」
「それならいいけど……」
や、そこでそんな顔をされても困るけどね。
「あ、見つけた」
「く、来るなあ!」
「落ち着きなさい、栗林と本田だけよ」
「そ、そうか……」
今日はやたらと髪がぼさぼさだ。
小さな櫛は持っているから座ってもらって梳いていると「なんなんだあいつは……」と顔を両手で覆って俯いてしまった。
「刀花って呼んでいい?」
「お、お前もなんなんだ」
「栗林ね。鍵冨って呼ぶと紛らわしいでしょうが」
「……今日から泊めてくれっ、頼む!」
「ま、あんたは頑張ったからね、いいわよ」
ああ、ハムスターさんも連れていかないと駄目か。
いや待てっ、乙葉がどんな反応をするのか!
「刀花お姉ちゃん大好き!」や「衣都お姉ちゃん大好き!」みたいに言っているところが容易に想像できるぞ……。
ま、まあ、それでも家族に対するそれとはまた別のものということで、ため息をつきながら「はぁ……あの二人がお姉ちゃんならよかったのに」とは言われない……はずよね?
「楽しみだなあ」
「ま、普通の家だからあんまり期待しないようにね」
勝手に期待して勝手にがっかりするのは最悪だ。
やられたくないから私もしないようにしなければならない。
「いくぞ!」
「おー」
「まだ昼休みよ」
ちゃんと頑張ってからの方がいい。
その分だけ乙葉といられる時間が最高になるというものだった。
「ただいま」
「お、お邪魔します」
「お邪魔します!」
今日は玄関まで来てくれなかった……。
リビングにもトイレにもいないようだったから部屋にいってみるとすやすや寝ている乙葉がいた。
机の上には既に格闘した証拠が残っており、学校の時間も含めて頑張ったみたいだ。
「栗林――妹さんがいたのか」
「そうよ、乙葉という名前なの」
「可愛い子だねえ」
ちゃんと声量を抑えてくれている、やっぱりこの二人はいい子達だ。
「……お姉ちゃん?」
「起こしてしまったわね」
「おかえり……ん? あれ、誰だろう」
「ああ、友達の刀花と本田よ」
本田は髪が比較的短めで、刀花は髪が長いからそこでも分かりやすいと思う。
顔も格好いい系と可愛い幼い系で違うからね。
正直、乙葉が大きくなったら本田にもっと近づいていきそうだ。
「初めましてっ、本田衣都です!」
「は、はは、初めましてだな……か、鍵冨刀花だ」
あれ、乙葉はさっと私の後ろに隠れてしまった、まるで今日の本田みたいだ。
「知らない人が急に二人も現れたら怖いよね」
「ふぅ、一階に戻るか」
「そうね。ということで乙葉はゆっくりしていなさい」
実は安心してしまっている自分がいる。
でも、悪い思考そのものだからすぐに片付けた。
「ただいまー」
「あ」
意外と大丈夫そうな本田はいいけど、乙葉相手にも慌てていた刀花がまともに相手をできるかどうか……。
こうもタイミングが悪いことってあるのね。
「む、一葉ちゃんちょっと」
付いていくと「お友達を連れてくるなら先に言ってよ!」と本田みたいなところを見せてくれた。
スーパーにいってきたのに云々、どうせならケーキなんかも買ってきたかった云々とハイテンションだ。
刀花なんかは逃げるためにここに来ているのにそんなにガチの歓迎されても困るだろう。
「お母さん紹介するわ、こっちの子が本田衣都で、こっちの子が鍵冨刀花ね」
「前々からお友達だったの?」
「このタイミングで連れてきたんだから全部言わなくても分かるでしょ」
あのときも考えたように待っているだけでは人なんて来ない、私の場合は特にそういうことになる。
「一葉ちゃんは昔からそうだったもんね……」
「別に拒絶しているわけじゃないんだけどね」
「でもっ、今回は二人もお友達ができたみたいで嬉しいよ!」
って、親子だけで盛り上がっていても仕方がないか。
「あの」
「うん?」
あ、これは刀花だ。
「栗林――一葉さんから一人で頑張っていることを聞きました。俺……私の母も最近までは同じでした」
うん、栗林だと被ってしまうから仕方がない。
ただ、俺は俺のままでもよかったと思う。
や、本人の口から出てくる度にもったいないとは思っていても誰かになにかを言われて変えるようなことではないからだ。
今度、このことを忘れて「私の方がよくない?」みたいに発言する私が出てきたらぶっ飛ばそう。
「あら、そうなの? まあ、これだけ人がいるんだから私みたいな人もいるよね」
「それでお母さんは誰かと――」
「もういいかな」
「そ、そうですか」
一時期は凄く暗かった。
家に帰る度に泣いていたし、家事こそしていてもご飯を食べる時間なんかをずらしてほとんど部屋にいたぐらい。
だからこうして父がまだ生きていたときぐらいの緩さに戻ってくれたことは感謝している。
「刀花ちゃんのお母さんは幸せそう?」
あ、相変わらず踏み込む速度が尋常ではない……って、私もこの前にそんなところを見せたばかりだから偉そうには言えないか。
とはいえ、一度も会ったことがなくても家の中でどう変わったのかは気になることだから答えてくれるように願っておく。
「あ、はい、なんか前よりも笑顔が増えました」
はは、彼女は最初からずっとこうよね。
「はは、それならよかった」
「私としては母さんが一人で頑張らなくてよくなっただけで嬉しいです」
「ふざけんじゃねえよ!」とか言っていたの本当にこの子なの……? というレベルのそれ。
結局、ここに来る前も瑛人に「さっさと家に帰れよな」と宮嶋先輩のことを言えないぐらいのところを見せていたぐらいだし、やっぱり近くにいる人に似ていくというかなんというか。
私的には彼女がこういう子で嬉しいけどね。
「刀花ちゃんは格好いいね」
「そ、そんなに可愛くは見えないですか? 一葉さんにも言われて気になっていたんです」
「見た目の話だけじゃなくて内側の話でもあるから気にしなくていいよ」
というか、ここに来るまではハムスターさんだった本田が全く話さない。
実は恥ずかしがり屋なところがあるかもしれなかった。




