第8話「録音魔道具と、共犯者たち」
「ところでセシリアよ。あの阿呆を殴る順番は決まっておるのか?」
「師匠、本日は法廷戦略です。物理的な打撃は正当防衛が成立した場合のみに限定してくださいませ」
「なんじゃ、つまらん。わしはてっきり三番手くらいかと思うて、念入りに関節を外すシミュレーションをしておったのに」
王都の一角にある、豪奢で隠れ家的なティーサロンの個室。
円卓を囲むのは、私とヴィオラ師匠だけではない。
冒険者ギルドの教官であるアルベルト様、非番の受付嬢さん。
さらには、エレナ様に仕える忠実な侍女と、師匠の旧知である法務に明るい老貴族夫人までが顔を揃えていた。
「皆様、本日はお集まりいただき感謝いたしますわ」
私が深く頭を下げて完璧な挨拶をすると、老貴族夫人が扇子で口元を隠してふふっと笑った。
「構わないわよ。グラント侯爵家の放蕩息子の悪評は、私の耳にも届いているもの。エレナのような淑女が理不尽に虐げられているとあっては、同じ貴族の女として見過ごせないわ。それに、ヴィオラの頼みとあらばね」
「ふん、昔馴染みのよしみじゃ。存分にこき使ってやるわい。足りなければ熊でも呼ぶが?」
「熊は法廷で証言できませんのでご遠慮くださいませ。ギルドの皆様はいかがでしょうか?」
「ギルドとしても、姐さん――コホン、セシリア様には恩がありますからね! 夜会会場の裏口の警備と、脱出時の退路の確保はバッチリです!」
受付嬢さんが力強くガッツポーズをし、アルベルト様が静かに頷く。
「会場の庭園付近には、私の信頼できる部下を数名配置する。万が一、彼が君たちに危害を加えようとした場合は即座に制圧しよう。……無論、君の身体能力なら我々の介入は不要かもしれないが、これは『正当な第三者の証人』としての役割も兼ねている」
「心強いですわ、アルベルト様。私の護身術はあくまで自衛のため。確実な安全確保と客観的な証言は、皆様が頼りですもの」
(ええ、本当に。これほど頼もしい『共犯者』はいらっしゃいませんわ)
私はテーブルの中央に置かれた、手のひらサイズの美しい箱に視線を落とした。
高価な『録音魔道具』である。
この世界では魔力波形を正確に記録するため、偽造が難しく、貴族院の法廷でも正式な証拠として採用される優れものだ。
「奥様の荷造りは、すでに私のほうで完了しております。実家の侯爵家へ戻るための馬車も、裏門に手配済みです」
エレナ様の侍女が、毅然とした態度で報告してくれた。
「ありがとう。あとは、あの男の口から『不貞の意思』と『妻への不当な扱い』を引き出し、この魔道具に記録するだけですわ。もちろん、私の方から誘惑するような真似は一切いたしません」
「慰謝料の額についても、試算が済んでおるぞ」
老貴族夫人が、分厚い羊皮紙の束をテーブルに置いた。
「侯爵家の現在の資産状況と、これまでのエレナへの冷遇を踏まえて算出した、正当かつ最大限の請求額よ。これに加えて、王家が定める婚姻契約違反の罰則が乗るから……ふふ、あの男、間違いなく自己破産ね。爵位の継承権も剥奪されるでしょうよ」
「素晴らしいですわ。やはり、徹底的な社会的制裁こそが最高の解決策ですもの」
私がにっこりと微笑むと、なぜかアルベルト様と受付嬢さんが少しだけ青ざめて身震いしたように見えたのは気のせいだろうか。
我がレーヴェン家の教えは『常に謙虚であれ、そして誠実であれ』。
私は決して、無駄な暴力で物事を解決しようなどとは思っていない。
理不尽な暴力を振るう者には、それを上回る礼儀正しい自衛の術を。
権力と悪意で人を支配しようとする者には、逃れようのない法的な鉄槌を。
それこそが、誠実に生きる人々を守るための唯一の手段なのだ。
「セシリア様。……奥様を、どうかよろしくお願いいたします」
侍女が、涙ぐみながら深く頭を下げた。
「ええ、お任せなさい。エレナ様の気高い魂は、決してあの男の所有物ではありません。彼女の人生は、彼女自身のものですわ。必ず、自由を取り戻してみせます」
私はきっぱりと断言し、決意を込めて魔道具を手に取った。
そして、決戦となる夜会当日。
夕闇が迫る自室の姿見の前で、私は美しく仕立て上げられた深紅のドレスに身を包んでいた。
腰の裏には、完璧に調整された録音魔道具。
そして右手には、ヴィオラ師匠から受け継いだ一振りの鉄扇。
下半身のバネは完璧。
ワルツのステップを踏む足運びも極まっている。
何より、いかなる甘言にも動じない、感情を排した微笑みの制御も万全だ。
私は鏡の中の自分に向かって、ゆっくりと、優雅に扇子を開いた。
「では、参りましょう」
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