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愛人役令嬢に転生しましたが、奥様の味方です〜浮気夫は淑女の拳でお断りします〜  作者: 他力本願寺


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第4話「お嬢ちゃん、ここはお茶会じゃねえぞ」

「お嬢ちゃん、ここはお茶会じゃねえぞ。怪我したくなかったら、お家でお人形遊びでもしてな」


酒と汗、そして錆びた鉄の匂いが充満する薄暗い建物の中。

屈強な男たちの下品な嘲笑を全身に浴びながら、私は扇子を口元に当てて、完璧な角度で優雅に微笑んでいた。


(いいえ。私が遊びたいのはお人形ではなく、二足歩行の不倫予備軍を想定した物理的な対話ですわ)


心の中でそう呟きながらも、私の表情はあくまで穏やかな令嬢のそれである。


ここは王都の片隅にある冒険者ギルド。

ヴィオラ師匠の地獄の特訓——もとい、淑女の作法を極めつつある私は、実戦経験を積むために山を下りていたのだ。

ヒグマの突進を躱せるようになっても、私が相対すべきあの自己憐憫な浮気男・ロランは一応人間である。

対人戦、しかも悪意を持って迫ってくる相手の動きを見切る術を学ばなければ、完全な『自衛』とは言えない。

愛するエレナ様を裏切り、私を日陰の身に引きずり込もうとするあの輩を完璧に撃退するためには、絶対的な実力が必要なのだ。


「あの、お嬢様……っ! ここは貴族の方がいらっしゃるような場所ではございません! お怪我をされる前に、どうかお引き取りを……!」


カウンターの奥から、青ざめた顔の受付嬢が必死に声をかけてくる。

とても善良で真面目そうな方だ。私は彼女に向けて、安心させるように柔らかく微笑みかけた。


「お気遣い痛み入ります。ですが、私は少々、殿方からの理不尽な暴力に対する『護身術』を嗜んでおりまして。本日はその腕試しに参ったのです」


我がレーヴェン家の教えは『常に謙虚であれ』。

教えを請うからには、相手が荒くれ者であろうと礼を尽くすのが貴族の務めである。私はギルド内にたむろする男たちに向き直った。


「皆様、お忙しいところ恐れ入ります。どなたか、私と模擬戦のお相手をしていただけないでしょうか?」


私が深々と頭を下げると、ギルド内は一瞬静まり返り——直後、どっと爆笑の渦に包まれた。


「ぎゃははは! 護身術だぁ? 貴族のお嬢様が、護身用のちっこい短剣でも振り回す気か?」

「やめとけって! そのヒラヒラのドレスが汚れたら、泣いてパパを呼ぶハメになるぜ!」


男たちが腹を抱えて笑う中、一際体の大きな男が私の前に進み出た。

身長は二メートル近くあり、背中には身の丈ほどもある巨大な両手剣——大剣を背負っている。

まるで岩のように隆起した筋肉は威圧感十分だが、私の心に恐れは微塵も湧かなかった。


(師匠が放つ殺気に比べれば、そよ風のようなプレッシャーですわね)


「いいぜ、お嬢ちゃん。俺が稽古をつけてやるよ。俺も暇じゃねえからな、一発で終わらせてやる。ただし、泣いて謝っても手加減はできねえからな!」


「ありがとうございます。至らない点も多々あるかと存じますが、胸をお借りいたしますわ」


私はにっこりと微笑み、美しく挨拶(カーテシー)の姿勢をとった。


場所をギルド裏の訓練場に移すと、野次馬の男たちがニヤニヤと笑いながら取り囲んだ。「お嬢様が泣く方に銀貨一枚!」などと不敬な賭けまで始まっている。

私の手にあるのは、ヴィオラ師匠から譲り受けた一本の鉄扇のみ。

対する大剣使いの男は、余裕の笑みを浮かべながら巨大な剣を肩に担いでいる。


「さあ、いつでもきな! お嬢ちゃんから先制攻撃を——」


男が言葉を言い終わるよりも早く。

私は師匠直伝、下半身のバネを極限まで圧縮したカーテシーの構えから、滑るように地を蹴った。


「なっ……!?」


瞬きほどの間に男の懐へと潜り込む。

ワルツのリズム。イチ、ニ、サン。

踏み込みは深く、そして極めて優雅に。


驚愕に見開かれた男の目が、慌てて大剣を上段から振り下ろしてくる。

空気を引き裂く、圧倒的な暴力の質量。

まともに受ければ、私の細い体など両断されてしまうだろう。


しかし、私の心は湖面のように凪いでいた。

(遅いですわ。熊の連続引っ掻きに比べれば、まるで止まって見えますもの)


大剣が私の脳天をかち割る、その直前。

私はドレスの裾をつまみ、男の死角へと滑り込みながら、ふわりと一礼した。


「失礼いたします」


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