囃子家
家の近くで祭りがあったので
太鼓を叩いたことがないなら、この話は聞かない方がいい。
既に10月に入り、夕刻の風が少しだけ冷静さを取り戻した時には、人間達の血は反比例するように湧き立ち始めていた。
それは寒さに耐える生物学的反応か、あるいは秋の風物詩に感化された社会的反応か。どちらにしろ、近所の小さい公園にすら、夜中に集まりかき氷をつつくのが楽しいらしい。
浴衣をめかした女性、風船を振り回す童、雪駄に入り込む砂。放射状に伸びる提灯は、派手な鳳仙花のようであった。
快も不快も含めて、その絶妙な混沌が祭なのは間違いない。
紅白の櫓の上に立つち、スピーカーと太鼓で囃し立てる伝統音楽。その周りを、普段は何の関係もない住人達が囲み、豊穣を祝う儀式のように踊り回るのである。
著者は踊ることはしなかった。だからこうして、灯篭のそばから民衆を俯瞰しながら、小説を書いているのである。
本当は、こんな短編を書く気はなかった。軽くかき氷で頭を痛めて帰るつもりだったのだが、どうにも櫓の上で囃し立てる囃子家は上手だったようだ。
なぜ、反時計回りで踊るのだろうかと、ぼんやりとどうでもいいことを考える。ぼんやりしてしまう時点で、著者もこの大衆伝統の一部に組み込まれてしまっていたらしい。
太鼓の音に触発されたのではない。囲む民衆のせいでもない。ただ、囃子家の軽快な足踏みと、その向こうに見える夜なのか曇天なのか分からない濃炭の空が、なんとなく綺麗だったからである。
かき氷とか半年ぶり




