旧世界へ、遺書、同じ過去より
特に何も考えず、久々の惰眠という虚脱の中で書いてみました。
この小説は、徹底的な虚無感と無駄と浪費が、母胎を痛めて産んだのです。
拝啓、ーーー様。
生きていますでしょうか。
私は、こうして筆を走らせ、少なくともこの瞬間まで生きてこれました。
最近、私は思い立って故郷に帰ってきていますが、貴方はご存知でしょうか。
今や少年の私が泥と友になった草陰には、人気のない雑居ビルが立っていて、私の夏に無機質を着せていました。
しかし最近、そのビルも取り壊されると耳にしていますが、二度とあの土と草木は帰ってこないでしょう。
高校の近くにある、あの川を覚えていますか。
私もつい数日前に寄ってみましたが、あの頃に比べれば水は貧しくなり、カジカ達に捨てられているようでした。案外、人間より魚の方が自然には無情なのかもしれません。
風の味は渋味が増して、肌から潤いを拭い去り目尻のシワを露わにさせようとしてきます。貴方はまだ大丈夫でしょうが、私は「あぁ、私も老いてしまったな」と感慨深くなってしまいました。
相変わらず子供の声も、家族の姿も、腰が曲がっても不屈を保つ老人の足音も、瞬間の私を支えてはくれますが、それでも心に去来する虚無感に近い煙を吹いてはくれていません。未だ、薄く、霞がべったりと肺にまで張り付いているのです。
ほぼ顔を合わせてもいないのに、貴方にこの手紙を送るのは不躾だったかもしれません。もしかしたら、貴方は既に引っ越していて、この言葉は見ず知らずの誰かに届いているとも考えられます。
でしたら、私の遺言は失敗に終わった訳ですが、そうなっていないことを願います。
予報によれば明日は、とても良い天気でございます。
本当は曇りか雨が相応しかったのですが、皮肉なほどに、青は私の鼓動を祝ってくれています。
こんなにも晴天なら中止しようかとも思いましたが、この程度で止めてしまえば、私はこの先に待ち構えているであろう、苦渋の決断もできないほど弱くなってしまう気がするのです。
準備は済ませておきました。後は、この手紙が私の友人達に届いてさえいれば、心残りはありません。
私は、喜劇的な終わりを望んでいるのです。私は笑いながら終わり、そんな私を見て周りが笑ってくれる。そんな、絶望的な大団円を夢見ていたのです。
この手紙が貴方に届いているなら、どうか願ってください。クソだと吐き捨てるのなら、手紙を捨てて私に会いに来てください。
鍵は開けておきますので、土足でも構いませんので、どうか、どうか、どうか。私が明日の晴れを祈るようぶら下がっていることを。或いは、いつも通り、何食わぬ顔で居間の窓辺に立って出迎える私がいふことを、願っていてください。
敬具、◯◯。
ふざけてない前書きだったでしょ?
私も書き終わってから正気に戻ってびっくりしてます。




