2-2-14 飴屋のひととき
「母さん、時間厳守だし持ち物を忘れるのもカンカンに怒るからさ、もう一回持ち物チェックするね」
七時半を過ぎた頃、ハルテアがそう言って、ルティとガイル、オークルの持ち物を確認した。
「筆記用具とノートだろ。他は言われてないけどな」
「そのたった二つですら忘れることがあるの!」
「ねーちゃんしょっちゅう忘れてるもんな」
「アビットだってあるでしょ!あたし忘れてないんだからね!」
「七歳の時の一回きりだろ。あれ覚えてんのマジ?」
ハルテアの最終チェックが終了し、一行は家の外に出た。トルテは猫なので留守番だ。
「この時間帯はバスもめちゃくちゃ混んでいるから、歩いていくよ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。アーバルト大学って、ヨールライ大陸でも一番大きな大学だからさ、オープンキャンパスとかで一年中人がいるんだよね。今日も例に漏れずその日だから、バス混みすぎるの。むしろ歩いたほうが早く着くくらい」
ハルテアがそう宣言した通り、歩いている途中ですれ違ったバスの車内は、朝早くだというのにぎゅうぎゅうになっていた。
通りは、通勤者や通学者だけでなく、その他の街の住人や観光客がいて、中には、フィルガレ大陸から来たと思われる集団もいた。
「アーバルトって、本当に色んな人がいるよね」
「基本的にはヨールライ大陸の人が多くて、その次に多いのがフィルガレ大陸から来た人達だね。たまに、西側諸島から来た人がいることもあるけど、今の時期は見かけないかも」
「西側諸島って?」
「ヨールライ大陸の西側の海に、小さな人の住む島がいくつかあるんだ。あたしも詳しくは知らないんだよね」
「俺も存在は知っていたけど、会ったことは無いな」
「フィルガレ大陸からすると、もっと遠いもん。そりゃあ会ったことないよ」
一行が雑談している間に、東地区から中央地区に移動していた。
「大きな建物が増えてきたね」
「アーバルト港湾都市は、ヨールライ大陸でも大きな街だからな。治安の維持に税金徴収に学校教育、それだけじゃなくて外国との交易なんかもしているから。重要な街だからこそ、管理しなきゃいけないことも増える。必然的に建物も大きくなるんだ」
「ちょっとガイル、あたしのセリフ奪わないでよー」
「ああ、悪い。で、あっちにあるのは青の帝国専用の大使館で──」
「ガイル、いじわるはよくないよ」
「ほら、ルティもこう言ってるよー?」
「分かったよ。じゃあここから先の説明お願いするよ」
「えっ?どこの説明してたっけ、あっちもこっちも重要な場所だから分かんない!」
「人の話聞いとけよ…」
そのうちに次の区画まで移動してしまい、結局ガイルが何の建物の説明をしていたのか、一行は忘れてしまった。
「ちょっと時間あるし、ここ寄ってく?」
「この店は何?」
「随分とメルヘンチックな外装をしているな」
「飴屋さんだよ。色んな飴を売ってるの」
「ねーちゃんがよく行ってる店の一つだよな。おれもしょっちゅう付き合わされてる」
「アビット、別に甘いもの嫌いじゃないでしょ?」
「甘いもの食べてたら強くなれないじゃないか」
「あれ?アビット、まだ筋トレしてたの?」
「ちゃんと続けてるよ。おれ、かっこよくなりたいからさ」
「自分はちょっと気になるかも」
「そうか。なら少しだけ寄ろう」
ガイルがそう言うと、アビットが驚きの声を上げた。
「え!?」
「行かないのか?」
「行く…けど、ガイルにーちゃんも甘いもの食べるの?」
「まぁ、時々だけど。たまになら良い気分転換になるし、気になるなら少し多めに動けばいい」
「そうなんだ…」
一行は道を逸れて、飴屋に入っていった。
「いらっしゃいませー!って、ハルテアさん、お久しぶりですね。戻っていたんですか?」
「久しぶり!うん、ちょっとね」
「ちょうど今、バニラパイン味とチェリーグレープ味が期間限定で復刻しているんですよ!」
「そうなの!?買う!」
「ハルテア、知り合いなの?」
「うん。あたしがもっと小さい子供だった時からここに通っていてさ。この人は、五年くらい前からここで働いている人なの」
店の中には、大小様々な色や形の飴玉でいっぱいだった。
透明な専用のボックスに入れられた飴玉はそれぞれカラフルで、味もバラバラだ。
「私達、初めてこの店に来たんですけど、何かおすすめはありますか?」
「甘い味が好きとか、酸っぱい味が好きとか、爽やか系が好きとか、そういうのってありますか?」
「…味がするものであれば」
「安心してください、無味のものは当店では取り扱っていませんので。何でもいいのでしたら、ラドルベリー味やシャングレープ味などはどうでしょう?」
ラドルベリーは緑色のうちに食べる珍しいベリーで、酸味と甘みのバランスがちょうどよいとされている。
シャングレープは酸味の強いぶどう種であり、ヨールライ大陸の北側でよく採取される白いぶどうだ。
「それにします」
「では、こちらへどうぞ」
店員に案内され、ボックスからそれぞれ一個ずつ飴玉を取り出し、包んでもらう。
「あの店員さんのおすすめは良いチョイスばっかりだから、安心して食べて!」
「えっ、でも今、包んでもらったばっかりだし、ここって店の中…」
「代金はちゃんと支払ったから大丈夫だよ!」
「あっちに店内飲食用スペースがある。あそこを使おう」
仲間達もいつの間にかそれぞれに飴玉を購入していたので、店内飲食スペースに移動してから、ひと粒口にいれる。ルティが今回選んだのは、ラドルベリー味だった。
今まで食べたことのない味だったはずだが、その甘みと酸味はルティの舌によく合い、ルティのお気に入りの一つになった。
「ルティ、おいしい?気に入った?」
「うん。すごくおいしい」
「暑いところに置いとくと溶けちゃうけど、ある程度冷やしておけば長期保存できるから、またどこかで寄って多めに買っておけば?」
「えへへ…そうしようかな」
「ガイルは何にしたの?」
「抹茶味と黒蜜味」
「渋っ」
「言うほど渋くないと思うけどな…」
オークルはハチミツ味とミルクティー味を、アビットはルビーメロン味とスペシャルシークレット味を購入していた。
さすがに二つ味わう時間は無かったので、もう一つは帰りにとっておき、一行は再びアーバルト大学に向かう道に戻った。
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一行がアーバルト大学前に到着したのは、八時四十五分だった。
「このくらいの時間に到着していれば、母さんも怒らないと思うよ」
「意外と遠かったね」
「途中で寄り道したのもあるけど、アーバルトを半分歩いてきたわけだからね。このくらい歩けば、飴玉一つ分くらいのカロリーは消費できたでしょ」
話していると、校門のそばに一人の女子生徒が立っているのが見えた。赤髪をサイドポニーテールにした、元気そうな人物だ。
彼女はルティ達のほうを少し観察したあと、近づいてきた。
「こんにちは!あなた達がアルマイラ教授のおっしゃっていた方達ですか?」
「はい、そうです」
「良かった。わたし、教授に生徒会室まであなた達を案内するように言われているの。ついてきてくれる?」
女子生徒に続いて、校門をくぐり、敷地内を歩く。
「誰がハルテアで、誰がアビットなの?」
「あたしがハルテアだよ。アビットはこっち」
「じゃあ、それ以外の人はここが初めてなんだよね。施設の説明とかしようか?」
「お願いします」
「まずここが、一年生が使う学舎で──」
女子生徒による学校案内により、ルティ達もぼんやりとアーバルト大学の内部を把握する。
学校教育用の施設ばかりでなく、伝統ある公式部活などには専用の部屋や建物が振り分けられていたりと、かなり様々な建物のある学校のようだ。
「ここが本部。教授室や理事長室なんかがここにはあって、生徒会室もここにあるんだ。三階にあるの」
建物の中に入り、階段を登る。
空調が効いていて、春の温かい空気の中で心地よく過ごすことができた。
やがて一行は、生徒会室と書かれた部屋の前に到着した。
「失礼します。皆さんをお連れしました」
「ありがとうございます。中へどうぞ」
扉の向こうから、滑舌の良い声が応えた。声音からして、女性だろう。
扉が開かれ、部屋の中に招き入れられる。
中央にはよく磨かれた長テーブルが置かれてあり、立派な造りの椅子がいくつも並べられている。壁際には歴代の記録が数えられないほど並べられており、ファイルだけでなく、巻紙などの歴史がありそうなものから、部活動の活躍トロフィーなどまで置かれていた。
テーブルの向こうに座っていた女子生徒が立ち上がって言った。
「ようこそ、アーバルト大学生徒会室へ。私は、生徒会長のラフェリアです。以後お見知りおきを」




