2-2-13 母親の温もり
夜はハルテアのベッドで一緒に眠る。
「狭かったりしない?あたし一人用のベッドだから…」
「大丈夫だよ。ハルテア、あったかいし」
実はまだ誰にも言っていないことだけれども、ルティはセンターで心細い思いをしていた日々が思い出されることもあって、一人で眠るのが少し苦手になっていた。
だから、心を許せる人が隣りにいると、安心して眠ることができる。
「おやすみ、ルティ」
「おやすみハルテア。良い夢を」
少しすると、ハルテアの呼吸が規則的なものになり、寝返りをうちはじめた。
ルティも、いつの間にか眠りの世界に誘われていた。
久しぶりに見た夢は、比較的穏やかなものだった。
夢の中でルティは、母親と一緒に歩いていた。この道は、二人のいきつけの店からの帰り道だろう。
「ルティ、今夜は何を食べたい?」
「うーん…お母さんの作るパスタ!トマトのやつ」
「あなたはそれが好きね」
「お母さんとお父さんの出会った日に作った料理なんでしょ?私の大好きな人が大好きだったものだもん、私も大好き!」
ルティの父親は、ルティが生まれる前に亡くなってしまった。けれど、母親の紡ぐ記憶の中に生きていた父は今、ルティの中でも生きている。
「帰ったらまた、聞かせてよ。お母さんとお父さんが出会った日のこと」
「ええ、もちろん」
手と手を握り、家に帰る。当時のルティにとって、ちょっと特別な日常。
懐かしい思いと同時に、いなくなった母親を思い、現実のルティは涙をひと粒零した。
その冷たさと温もりに目を覚ます。
窓の外は早朝の光を受けて輝いており、カーテンがふわりと風を受けて膨らむ。
風を切るような音がした。一定間隔を空けてまた同じ音がする。
ルティは、隣で寝ているハルテアを起こさないようにベッドを離れ、窓辺に向かい、外の様子を見た。
思った通りだった。ガイルがいつものように早起きして──つまり今は日が昇ったばかりだということ──日課の素振りをしている。
彼の横には、ウクレレを片手にトルテと遊んでいるオークルと、ガイルをじっと見ているアビットがいた。
なんとなく彼らに混ざりたくて、ルティは部屋を出て階段を下り、玄関から外に出て庭に向かった。
「あ、おはよう、ルティ!」
オークルが最初に気づき、声をかけてくれる。他の者も彼の言葉を聞いて、ルティに気づいた。
「おはようルティ。今朝は早いな。よく眠れたか?」
「うん、よく眠れたよ。久しぶりに、良い夢を見たの」
「良い夢?」
「うん。お母さんが出てきた」
「そうか。なら良かったな」
「え?母親が夢に出てくるって悪い夢じゃね?」
アビットが言った。彼に悪気は無かった。
「別に母さんのことは嫌いじゃないけど、いつでも会えるし。あ、みんなは旅しているから会えないのか?」
「それは………」
「旅が終わったらそれぞれの母親に会いに行けば良いんじゃないかな」
「いや、それはできない」
「……ガイル」
「愛する人だって、簡単に会えなくなることなんかこの世界はざらにある。俺はアビットよりずっと幼い頃に母さんを亡くした。ルティはお母さんが行方不明になってるし、オークルはまず両親が誰かも分かっていない」
「あ…ごめんなさい」
「気づけたならいい。今後は気をつけるようにな」
「うん…」
自分が言ったことの意味をようやく理解したアビットが謝り、気まずい空気が流れた。
そこに、意外な人物の声がかかる。
「わたしはあくまでハルテアとアビットの母親ですけど、もし寂しくなったり辛くなったらうちに来てもいいですからね」
「ハルテアのお母さん…?」
「仕事中に来られるとちょっと困りますけどね」
「…ありがとうございます」
「それにしてもアビット、母親が夢に出てくるのが悪夢とはどういうつもりです?」
「そこから聞かれてたのかよ…!?」
「朝食の準備を手伝いなさい。今朝はスクランブルエッグとトーストです」
「はーい…」
アビットがとぼとぼと家の中に戻る。アルマイラはその場に残っていたかと思うと、ガイルに近づいた。
「へぇ、結構しっかりした刀なのね」
「分かるんですか?」
「わたしは学生時代に剣術を習っていましたから。とはいっても、あくまでヨールライ大陸式のものだけれど」
「へぇ、ハルテアのお母さんもかっこいいー!」
「あなた達のお話は昨日聞かせてもらいましたけど、わたしの指導する生徒会のメンバーは全員戦うことができるので、今日時間を設けますから、手合わせをしたらどうですか?」
「俺はやりたいな。ルティとオークルは?」
「私がどのくらいできるかは分からないけど…ちょっとだけ興味はあります」
「ついこの間貰ったこれの出番だね!」
オークルが、腰のベルトに刺してある投げナイフを上からぽんぽんと叩いた。初日にガイルに叱られてから、出し入れするタイミングは考慮しているらしい。
「ハルテアは身体を動かすのが好きなのでおそらく参加するでしょうし。わたしは朝食を食べたあとすぐに大学に行って話をしておきます。あなた達は時間までに持ち物を持って来てくださいね」
そう言うと、アルマイラも家の中に戻っていった。朝食の準備をしに行ったのだろう。
ルティはオークルとトルテの隣りに座り込み、素振りをするガイルを見ることにした。
「今さら俺が言うのもあれだけど…二人とも剣術を習っているわけでもないのに、俺のこと見てて楽しいのか?」
「楽しいよ。それに、こうして見ておけば、戦う時に合わせることもできるし」
「技を使っているならまだしもただの素振りだぞ?」
「基礎練習は大事!楽器だってそう!」
オークルがウクレレの弦を一本一本鳴らして調弦する。ルティは絶対音感ではないためよく分からないが、これもいわゆる基礎練習だろう。
ルティも、寝る前に魔法を使って小さなものを作ることにしている。作りたいものを思い描いて、様々な属性でそれを再現するのだ。正確性やスピード感が鍛えられる。
「何にだって大事な部分があるからね」
それに、あと何時間彼と一緒にいられるか分からないから、できるだけ一緒にいたかったというのもある。
ダディ・ポットの共同調査の通達が届けば、ガイルとハルテアはフィルガレ大陸に向かってしまう。その頃には、ルティの冒険の時間も終わっている頃だろう。
「っていうかガイル、技なんてあるの!?」
「そうだけど…突然どうしたんだ、オークル?」
「あとで見せてよ!かっこいいやつ!」
「かっこいい…?かっこいいか……あれはどうかな…?」
いやでも、ううん…と唸るガイルをよそに、オークルが妄想を広げている。おそらく、早く見せなければ勝手に期待値が青天井になるだろう。
そう思っていると、二階から声がした。
「あれ、みんな起きてたんだ!おはよう!」
「おはよう、ハルテア」
「あれ!?ルティ、いつの間に起きてたの!?今そっちに行くから待ってて!」
窓辺からハルテアの姿が消えたかと思うと、一分後には庭にハルテアが立っていた。服も着替えてある。
「速いね、ハルテア」
「家の中にいると、母さんが朝食の準備を手伝えって言ってくるからさー。朝くらいほっといてくれても良いのに…。ところでみんなは何してるの?」
「ガイルがかっこいい技を見せてくれるんだって!」
やはり内容が更新している。
ハルテアも話にのっかってしまったので、結局ガイルはいくつかの技を見せなければならなくなってしまっていた。
「…こんな感じだ」
「あれ?何だかどれも見たことがあるような…?」
「そりゃそうだろ。日常的に使えるものじゃないと、戦う時にかえって邪魔になる。俺はあくまで元護衛であって、戦場を駆け巡る侍じゃないからな」
「新しい技とかは作ってたりするのー?」
「全くしてないわけじゃないけど…見せないからな」
「えぇー!?ケチ…」
「未完成のものを見せるほうが色々と危険なんだよ。ほら、そろそろ室内に戻ろう。俺達も朝食の準備を手伝わないと」
オークル、ハルテア、トルテが先に家に戻る。
ルティは、ガイルがなぜか庭に立ったままだったので、心配して残っていた。
「ガイル、どうしたの?」
「いや…実は今考えている技、ルティと合わせたいって思っててさ。こんな感じなんだけど…」
ガイルが刀を振り、仮想敵に向かって斬りつける。
「…ここでルティが魔法をかけることって、できるか?」
「できるよ。やってみる?」
「…一回だけ。バレたら面倒だ」
お互いに向き合い、息の合うタイミングを見極める。
ガイルが見せてくれたように刀を振り、ルティがそれに合わせて魔法を展開する。
「…成功した…みたい?」
「ああ。あとは俺が調整を重ね…て……」
ガイルが窓の方を見る。
カーテンの裏からトルテの顔がこちらを覗いていた。その口は「もうすぐごはんだよ」の「も」の形で止まっていた。
「トルテ、今のは秘密にしてくれ」
こくこくとトルテが頷き、カーテンの裏から引っ込む。
「他の人にバレる前に戻ろう」
「そうだね、そうしよう」




