2-2-12 いつかこの日が
「それでなぜ、年齢と誕生月が、模擬授業?に繋がるんですか?」
ルティの最もな問いに答えたのは、ハルテアだった。
「母さん、公正な教育ってのを理念にしててさ。一律の入学時期から一斉に教えると人によって有利だったり不利だったりするっていう理由なんだけど、年齢と誕生月を参照してテキストを用意してくるから逃げられないんだよね…」
「もちろんハルテアにもテキストは用意してありますからね」
「やっぱり逃げられないじゃん…」
嘆くハルテアには悪いが、ルティとオークルは俄然興味を持ち始めていたし、ガイルもいい暇つぶしになる、と受け入れていた。
「そうと決まればさっそく準備をしなくては。とりあえずあの子達に連絡して、日付を聞いておかないと」
「あの子達って?」
「さっき話した、生徒会の人達だよ。あたし、まだアーバルトに入る年齢じゃないのに、もう歴代の生徒会メンバーとは知り合いの仲なんだよね」
「ハルテアは去年家を出たから、今年のメンバーは知らないでしょう?」
「一人当ててみせようか?ラフェリアさんはいるでしょ」
「さっすがねーちゃんだいせいかーい」
「すっごい棒読みだね、アビット?」
「おれあの人が教えてくれることは好きだけど、剣術は苦手なんだもん」
「へぇ、そのラフェリアって人は剣術を嗜むのか?もし時間に余裕があったら、太刀筋を見てみたいかもな」
ガイルが言うには、ヨールライ大陸の剣術とフィルガレ大陸の剣術は全く異なるという。
もしかしたら、魔法も違うのだろうか。
「アーバルト大学って、武術か何かを習うの?」
「全員じゃないよ。部活動みたいな感じで、サークル活動で武術をやっている人がいるって感じ」
「そこに音楽は…?」
「音楽はむしろ主流だよ。今年の生徒会メンバーが音楽サークルに入っているかはわからないから約束はできないけど、もしかしたらセッションできるかもね」
「そうね…健全な教育のためにも、適度な活動は必要だし、そういったものを見て回るのも良いでしょう」
「あくまで母さんは教育重視だもんね、変わらないや…」
「教師ですからね。さて、わたしは少し席を外します。騒ぎすぎない程度にお話でもしていてくださいな」
アルマイラが席を立ち、別の部屋へと移動する。微かに聞こえてくる足音からして、二階にでも上がったのだろう。
「それで?ねーちゃんは家出してから何してたの?」
「アビット、気になるのー?」
「そりゃ気になるだろ。一年近く音沙汰無かったんだから」
「心配してなかったの?」
「ねーちゃんはタフだからそこまで気にして無かったけど、変なことに首を突っ込みがちだから、人様に迷惑かけてないかは心配していたかもね」
「ムカつく!あたしだってその辺り考えているし!」
「まぁまぁ、二人とも。久しぶりなんでしょ?素直にお話してみたら?」
「ねーちゃんが話すと自慢話ばっかりになるからなー」
「じゃあ話さないもん」
「それだと色々と気になる!」
姉弟喧嘩をする二人をよそに、ガイルとトルテが話していた。
「喧嘩ばっかりだな…」
「ハルテアとアビットはいつもこうなんだ、悪いね」
「トルテ、止めないのか?」
「ボクが止められるような喧嘩なんて、今まで一度も無かったよ」
「そんなにか…」
かたやギャーギャーと騒ぐ姉弟とそれを止めようとするルティ、かたや諦めているガイルとトルテ。
すっかりリビングは混沌に染まっていた。
そこに、軽快なメロディが響き渡る。
「ララ、ラ〜」
「オークル?」
「皆様が望むのでしたら、我々の冒険譚をここに語りましょう。それが自分の特技であり、これこそが自分の役割ですから」
「へぇ。なんだか面白そうじゃん」
「これは、自分が聞きかじった実話であり、自分が経験した旅路の話。さぁ、この音色に耳を傾けて──」
オークルがウクレレを鳴らしながら、ルティ達のこれまでの旅路を歌い上げる。
ノアラターンでの冒険、ヒラテルヒアの奥地での試練。センターにおける逃亡劇に、ハピア駅で起きた事件の発生から解決まで。
「──こうして水幻霊はその姿を崩壊させ、事件は終わりましたとさ。おしまい」
「すっげえ!本物の吟遊詩人初めて見た!」
「えへへ、ありがとう。自分、吟遊詩人として人に披露したことがあんまりなかったから不安だったけど、上手くいったみたいで良かった」
「良かったよ、オークル」
「へぇ、それがあなた達のしてきた冒険なのね」
「あっ、母さん。連絡はもう終わったの?」
「とっくにね。ハルテアとアビットの喧嘩が酷くなってきたから止めようとしたら、突然ぴたって止まったから、何事かと思った」
アルマイラの手には、数冊のノートが抱かれていた。そのいくつかは新品だから、きっと箱から取り出したばかりなのだろう。
「そのノートは…?」
「テキストの代わりよ。もう少し早くあなた達の年齢が分かれば作っておいたんだけど、彼ったら名前しか分からないって言うから慌てて準備するしかなくて」
「父さんらしいや…」
アルマイラがノートをそれぞれに配り、ちゃんと一人一冊持っていることを確認した上で言った。
「明日、生徒会も出席するので、アーバルト大学の生徒会室で模擬授業を行います。持ち物は、筆記用具とそのノート。午前九時には校門前に集合よ」
「ここから大学まではあたしが案内するよ」
「そうしてちょうだい。さ、そろそろ夕食の時間です。ハルテア、アビット、手伝ってちょうだい」
「ゔ…はーい」
「私達も何か手伝えることはありますか?」
「そうね…じゃあ、お皿を並べるのを手伝ってもらえるかしら。あなたはテーブルを拭いて。あなたはフォークとスプーンを並べてね」
「はーい!…えへへ、なんだかこそばゆいや」
ルティもガイルもオークルにとっては、他人の母親でも、その愛情に懐かしさを覚えていた。
そのうちに準備が整い、夕食が並べられてゆく。
「今夜はホワイトシチューとコーンパン、ツナサラダとオニオンスープだよ」
「すっごく豪華…!」
「オークル、喉に詰まらせないように、しっかり噛んでゆっくり飲み込むんだぞ」
「分かってるよ!」
食事の時間は和やかに流れていった。オークルが特に、一皿一皿に美味しいと喜んでいて、アルマイラの顔が時折嬉しそうに緩んでいた。
皿洗いはルティとガイルが代わることになり、他のものはリビングでくつろいでいた。
「そうだ、母さん、部屋はどうするの?あたしとルティは同じでも良いけどさ、アビットの部屋に三人は多くない?」
「父さんの部屋が空いているから、そっちを使ってもらうわ」
「え?父さん、許可出してくれたの?普段あんなに部屋に入れたがらないのに」
「重要なものは屋根裏部屋に移してあるのよ。掃除ももうきっちりしたから、いつでも寝れるわ」
「そっか。母さん、本当に用意周と──」
「おやすみのキスはしましょうか?」
「本っ当にしなくて良いからっ!」
ハルテアが台所にやってきて、まだ皿洗いをしているルティの腕を掴んだ。
「ルティ、あたしの部屋に行こう」
「えっ、でもまだお皿が…」
「残りは俺がやっておくよ。このぐらいならすぐに終わる」
「ガイルもこう言ってるしさ。行こ」
「じゃあ、お願いするね」
「ああ。おやすみ、二人とも」
「おやすみー!」
ハルテアの後に続いて廊下を進み、階段を登る。二階には部屋が四つあって、そのうち二つは札がかかっていた。どちらにも、「許可なく使用禁止」と書かれている。
ハルテアはそのうちの一つに入り、札を「使用中のため立入禁止」に変えてから中に入った。
「ここがあたしの部屋だよ」
ハルテアらしい部屋だった。
カラフルな棚には色んな色の本やノートが入れられており、ベッドにはぬいぐるみがいくつか置かれている。
窓は桃色のカーテンがかけられており、その向こうにはアーバルト大学が見えた。
「母さんってば、床の掃除はしても良いって言ったけど、他も掃除してる。触らないでって言ったのに」
「何か危険なものでもあったの?」
「別に。本当に触っちゃいけない危険なものを部屋に置いておくのは父さんの方だよ。母さんも、父さんの部屋には絶対に許可なく入らないし」
ハルテア曰く、ダディ・ポットは仕事柄危険な薬物を扱わなければいけない時もあるらしく、部屋で作業する事が多いらしい。
「寝るにはちょっと早いけど、何する?」
「ここに来たのは、これの解読をしたかったから…だから、ちょっと進めようかな」
「あれ、あたし出てった方が良かった感じ?」
「ううん…皆なら、もう手を借りても良いかなって思うんだ。むしろ、知恵を借りたいの」
「そうはいっても、あたし、メルリオ語は読めないよ?」
「その後のことを手伝ってほしいんだ」
「例えば?」
「ハルテアの思う、最果ての魔法が何かを考えてほしいの」
「んー…あたし、魔法には詳しくないからな…」
「大丈夫だよ。この書物が書かれていた時代は、魔法はマイナーなものだったから、今の魔法と繋げて考えなくても良いと思うの」
「そっか。ちょっと考えてみるね」
ハルテアの勉強机を借りて書物の解読を進める。残すところあと一割もない。
ルティの旅はこの書物と共に始まった。未だ母の手がかりは掴めていないが、書物が示すものにはあともう少しで手が届きそうだ。
最初は一人だった旅も、いつしか仲間が増えて賑やかになっていた。
もうすぐ訪れる別れの日が、来てほしくないと思ってしまうのは、傲慢なのだろうか。
それでも。
「─…ハルテア」
「ん、何?まだあたしの答えは出せそうにないけど」
「一緒についてきてくれてありがとう」
「突然なぁに?まぁ、嬉しいから受け取っとくけど。あたしも、ルティと一緒にいると楽しいよ」
いつかこの日が、未来を生きるルティの道しるべになるように。
心の中で密かに願った。




