2-2-15 模擬授業
「初めまして、ルティです。こっちにいるのがガイルで、そっちにいるのがオークルです」
「ラフェリア、久しぶり!」
「ええ、久しぶりね、ハルテアさん。一年ぶりかしら?」
「全然変わってないね!」
「それはどうも。ハルテアさんは、今年の生徒会メンバーを知らないでしょう?ぜひ、紹介させてくださいな」
ラフェリアが手を叩くと、隣の部屋から三人の男子生徒が現れ、一行を案内してくれた女子生徒もそこに並んだ。
「左から、副会長のイーマス、ハイナ、会計のジョー、書記のクリニッドよ」
名前を呼ばれた生徒は、会釈したり頷いたり手を振ったりして反応してくれたため、誰が誰だかルティ達にも分かりやすかった。
「総入れ替えしたんだね。リティリスとジェイニスは?」
「あの二人は去年まではメンバーだったのだけれど、今年は忙しいみたいで辞めてしまったのよ」
「そうなんだ。あの二人、結構好きだったんだけどなぁ。トルテとも仲良くしてたし」
「そうなの?」
「そうそう。っていうか、あたし達、ノアラターンで方舟の家に行ったでしょ?あの二人、そこの出身だから、トルテとは元々の家族みたいな仲だったんだよね」
「なるほど…それは、会ってみたかったかも…」
「とにかく、自己紹介も終わったことだし。客人をずっと立たせたままなのも悪いわ。お茶を用意するから、座っていて」
ラフェリアが淹れてくれた紅茶は、レモンティーのように黄金色をしたお茶だった。花のような香りがして、優しい口当たりだ。
「それはファルトケルトの辺りで採れるチャハナイロという名前の茶葉を煮出した紅茶よ。気に入ったかしら?」
「おいしい!」
「素敵な香りがする」
「悪くない」
ルティ達が口々に感想を言うと、ラフェリアはにこりと笑って再び席に着いた。
「アルマイラ教授は多忙の身なので、本日の交流は私の主導で進めることになっています。本日の予定は、交流勉強会の後、昼食を挟んでから、交流模擬試合となっています」
「よろしく頼む」
「ねぇ、その勉強の部分ちょっと省略してさ、あたし達の冒険のお話しない?」
「えっ、気になる──」
「勉強をしながらでもお話はできるでしょう。省略などはせず、通常通りに進めましょう。ハイナも、それで良いわね?」
「「はい…」」
ルティが渡された科目は、ヨールライ大陸の言語と歴史だった。幸いにも得意な範囲だったので、すらすらと進める。
「うっ…なにこれ、全然分からない…」
隣に座っていたオークルのノートを見てみる。ルティと全く同じ内容ではあるようだが、空欄は一つも埋まっていない。
「オークルは、センターの中で勉強は教えてもらわなかったんだっけ?」
「いわゆる芸術分野はたくさん習ったよ。絵とか、詩とか、音楽とか」
「では、詩から始めてみれば取り掛かりやすいと思いますよ。そうね、この本のあのページにある詩なら分かりやすいかも」
近くにやってきたラフェリアが一冊の本を棚から抜き出し、オークルの前に置く。
「一度全体を読んでみて。それから、作者が何を伝えたかったのかを考えてみるの。なぜこの単語を選んだのか、どうしてこの韻を踏んだのか──詩って、奥が深いから難しいかもしれないけれど、分からないことがあったら私に聞いてちょうだい」
「ありがとう!」
十数分してからオークルのほうを見てみると、どうやら詩の読解はかなり進んでいるようだった。ラフェリアもそれに気づいたらしく、新たに二冊の本を棚から抜き出す。
「詩の進捗はどうかしら?」
「結構読めた気がするよ」
「実はね、その詩は、現実に起こったある事件の背景を描いたものであると言われているの。その事件について、この本には詳しく書かれているから、読んでみて」
「へぇ…!」
「それから、こっちの本は、その詩を書いた作者が記したとされている小説よ。こっちも合わせて読んでみると、詩の世界が広がってより面白くなるかも」
「なるほど…!」
「ラフェリアさん、次に繋げるのが上手いんですね」
「そんな。アルマイラ教授の教えて下さったことを実践しているに過ぎませんから」
「それでもすごいです」
ルティの逆隣に座っていたガイルもヨールライ大陸の言語と歴史を取り扱っているようだったが、ルティのそれより一歩踏み込んだ難しい内容だった。
しかし、彼のペンは止まることなく、ページを捲る手も、そこまで止まっていない。
「ガイルはフィルガレ大陸出身なのに、こっちの大陸の言語と歴史にも詳しいの?」
「まぁ、外交の一環で関わる可能性が高かったからな。一通りはもう習っている」
「この内容、私は得意科目だから分かるけど、他の科目だったら分からなかったかも」
「もし分からないことがあったら周りに訊いたほうが良い。俺でも良ければ尋ねてくれ、答えられるだけ答えるから」
「分かった。ありがとう」
ガイルの向こうに座るハルテアは、正面に座っていたハイナとクリニッドに冒険の話をしていて──ラフェリアに怒られていた。どうやら、勉強の手を止めていたらしい。
時間は流れるように過ぎ去り、時計の針が十二時を打つ。
「そろそろ昼食の時間にしましょう。食堂に案内しますね」
ラフェリアを先頭に、ハイナとクリニッド、ルティ達が続く。イーマスとジョーは、残って生徒会の仕事の続きをするらしい。
「あの二人はお腹が空かないの?」
「弁当か何かを持ってきているんじゃないか」
本部を離れ、食堂に向かう。
アーバルト大学の食堂は栄養バランスがしっかりとしていて、学校外の者でもお金をきちんと支払えば誰でも利用できるシステムだ。
その為、食堂内はいつも混み合っているらしい。無論、生徒は優先的に利用できるし着席できる権利がある。
「アルマイラ教授が都合をつけて下さっているので、皆様は私達と一緒に利用する場合に限り、価格や権利は生徒のものと同じになります」
食堂では、世界各地の料理が取り扱われていた。ヨールライ大陸のものが多いが、観光客も利用する場合があるので、フィルガレ大陸の伝統料理もいくつか並んでいる。
「ねぇ、ガイルは故郷のどんな料理が好きだったの?」
「え?まぁ、色々と好きだったけど…故郷のもので絞ると、肉じゃがは好きだったかな」
「肉じゃが…って、あれのこと?」
「そう。もしかして興味あるのか?」
「こういう機会じゃないと食べることってないでしょ?」
「まぁ…無いかもしれないな。別の大陸だからといって、ヨールライ大陸の料理が出回っていないわけじゃないし、そっちばっかり食べてたらフィルガレ大陸の料理は食べることないかもしれないし」
「私、肉じゃがにする」
他にもスープやサラダを選ぶ。
食堂の栄養士にメニューを注文し、受け取り口で受け取る。
空いている席に移動し、着席した後、ルティはよく分からずに受け取った二本の棒を手に取った。
それが「箸」という食器具であることは、知識の上では知っている。だが、使ったことはない。昔、絵で見たことがあるだけだった。
「たしか、絵ではこう…あれ、こうだったかな…こっち…?」
そうやって悩んでいると、トレイにスプーンが一つ置かれた。隣を見ると、ガイルが立っている。
「いきなり練習もなしに箸を使うのは、フィルガレ大陸出身でも難しいんだ。俺の故郷に興味を持ってくれるのは嬉しいけど、それじゃあ食べられないから、今はスプーン使っとけ」
「あ…ありがとう…」
「ついでに、隣に座っても良いか?他が空いてそうになくて」
昼どきなので、食堂内もさっきより混雑している。
ルティは隣の席の椅子を引き、トレイで両手が塞がっているガイルが座りやすいようにした。
「ありがとな」
「こっちこそ、ありがとう。私、なんとか頑張って箸を使おうとしてた」
「興味があるなら、今度教えるよ。…いただきます」
スプーンを使い、椀の中にある具材を一匙掬う。
醤油なるものや味噌なるものなどを合わせて作られているという知識はあるが、味わったことはない。
思い切って口の中に入れてみる。
「…?…!…!?」
今まで食べたことのない味なので、全く言葉に形容できないが、ルティはこの味を気に入った。塩気も感じるが、ヨールライ大陸の料理よりは味は濃くない。
肉も使われているが、油っぽさは感じないし、むしろ野菜がふんだんに使われているので、罪悪感も感じない。じゃがいもはほくほくに煮込まれていて、芯まで味が染みている。
相変わらず言葉にはできないが、美味しいことを伝えようとしてガイルのほうを見ると、彼は笑っていた。
「美味しいだろ。その顔は、気に入ってくれたみたいだな」
「うん…!けど、美味しいのに上手く言葉に言い表せないや」
「フィルガレ大陸の伝統料理って、ヨールライ大陸の料理とはまた異なる味付けをしているからな。俺も、護衛として仕事を始めたばっかりの時にこっちの料理を初めて食べた時は、上手い言葉が思いつかなくて同じ反応をしたものだよ」
「これもまた、勉強、だね」
「ああ」
付け合わせのサラダとスープも完食し、席を立つ。
食後の交流模擬試合は、全員が食事を完了してから一時間後に行うことになっていた。
それまでは少しだけ暇なので、ハルテアとオークルと合流し、大学の敷地内を散策する。
「ハルテアは、将来的にアーバルト大学に入学しようと思っているんだよね。学部とかは何か興味のあるものはあるの?」
「んー、司法学部とかかなぁ?難しいのは知っているけど、一番探偵っぽいっていうか、近そうなのって、そういう系っぽいし。ルティは何か興味のある学部とかってあるの?」
「私は…やっぱり、文学部かな。魔法技術部も気になるけど、私は古文の解読が得意だから」
「ガイルは?」
「そもそもまず俺はここに入ることは無いと思うけど…もし入るなら、教育学部かな」
「えっ、意外!体育学部かと思った!」
「身体の使い方は幼い頃から叩き込まれているから、改めて学ぶことはそんなに多くないんだよ。だったら、もっと総合的に学問を見直すことができて、人に教える可能性のある教育学部の方が興味がある」
「自分はどの学部もよく分からなくて…」
「オークルがもし入るなら、芸術学部とか音楽学部とかじゃないかな」
「かもしれない」
この旅が終わったあと、ルティは何をして生きていくのだろうか。おそらく母親探しは続けるだろうが、人生の主題がそれだけではきっと、振り返ったときに後悔するだろう。
これからのルティに何ができるのか。
アーバルトに滞在している間に、それを考えることにしようとルティは決めたのだった。




