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最果ての魔法の読み取り方  作者: 星の入り江
第二章:紅色の決意
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2-1-9 怪盗と水幻霊

上手く合流したルティ達は、屋上に向かっていた。


「この鍵が今必要ってことは、今閉まってないといけないんだよね。そうすると、六時に閉まる屋上くらいしか思いつかないんだ」


 商業エリアの店のほとんどは、まだ営業しているか、そろそろ閉店準備を始める時間だ。


 またそれは、ハルテアが思い描いている相手が暴れられる場所ではない。


「何か作戦は思いついているのか、ハルテア?」

「それがねー…色々考えたんだけど、障害が多くってさ」

「障害?」

「出入り口が一つしかないとか、ルティが魔法使うのが大変、だとか。あの人をびっくりさせられたら、捕まえられる可能性も高くなるんだけど」


 出入り口が二箇所あったなら、仲間を二手に分けて同時に突入するとか。


 ルティが魔法を使える状況下なら、透明化魔法を使ってもらってこっそり近づいてもらうとか。


 色々考えたが、良い案は一つも思いつかなかった。


「というわけで、正面から全員正々堂々突入する!!」

「まぁ、そうなるか」

「ちょっとその反応何ー?何か良い案が他にあるなら参考にするけどー?」

「いや、俺も同意見だって意味だよ」


 やがて、最上階のさらに上までやって来る。


 屋上に繋がる扉は施錠されており、「本日の営業時間は終了いたしました。またのご利用お待ちしております」と書かれた札が掛けられている。


 ハルテアが持っていた鍵を鍵穴に差し込み、回した。カチャリと音がする。


「さぁ、行こう!」


………………………………………………………

涼しい夜風が吹き渡り、眠る植物の間を流れるように過ぎ去る。


 満天の星空──というには雲がいくらか浮かんでいるが、夜空は季節の割には澄み渡っていた。


「やっぱりあなただったんだね、ジョンソンさん」


 屋上に立つ彼がゆっくりと振り返る。その表情はにこやかで、喜んでいた。


「やぁ、やっぱり君なら気づくと思ってたよ」

「あたしと父さんはたしかにここに来た。次にあなたがしたいことって、何?」

「それは推理してごらんよ。ヒントは、君たちは戦えるってことだ」

「暴れたいってこと?」

「ふふ、それも間違ってはいないけど──ちょっと違うかな」


 ハルテアは相手を観察しながら考え込んだ。


 今回、犯人はすぐに絞り込めた。ハルテア達のことを知っていたこと、ルティが恐れるほどの魔力を行使して結界を張っていたこと、ハルテア達が戦えることを知っていたこと。


 結局いくら考えても、ジョンソンがハルテア達をわざわざ屋上に呼び出す理由が思いつかなかった。


「さて、そろそろ答えは出たかな?」

「あたし達の実力を知りたかった…から?でもそうすると、全力は出せないよ」

「四十点」

「あと何の要素が足りないの?」

「おれの目的、メインが無いかもね。──名探偵ダディ・ポットの娘、自称探偵の卵である君に、挨拶をしたかったのさ」

「…………それだけ?」

「それだけ、とは心外だな。君とは長い付き合いになると言うのに」

「どういうこと?本当に分からない」


 ハルテアが本気で困っているのを見て、ジョンソンは面白そうに笑った。


「いやはや、怪盗と渡り合う探偵が父親に似ず天才でないというのも、かえって面白い展開になるかもしれないね?」

「怪盗?」

「そうさ。まぁ、今夜は挨拶しに来ただけだから、屋上の鍵くらいしか盗んでいないけどね」


 ジョンソンがハルテアの持つ鍵を指さす。


「やっぱりこれ、盗んだものだったんだ。後で自分で返しに行ってよ。ほら」


 ハルテアは、ジョンソンに向かって鍵を投げた。


 しかしハルテアの投げた軌道はジョンソンの手の届かない高さを通過し、彼の向こうに鍵は落ちた。


「ハルテア、投げすぎだ」

「鍵を投げたこと無かったんだもん!」


 言い合う親子を止めたのは、ジョンソンの大きな拍手だった。


「おれの未来のライバルと、その父親の名探偵とのコラボレーション。悪くはないね」

「未来のライバルって、どういうこと?」

「君がもう少し成長して、一人前になったらきっと分かるよ。あくまでおれの今日の目的は、挨拶だからね」


 そう言ってジョンソンは、足元に置いてあったバケツを──はじめから置いてあったのだが──突然ひっくり返して、足元に水溜まりを作った。


「挨拶ついでに、おれのスタイルも目に焼き付けてもらおうか」

「っ、ハルテア!気をつけて、何か来る!」


 ルティが叫ぶのと同時に、溢れた水が形を取り始める。


 丸くて大きな胴体。細い関節の先についている割には大きな手足。頭の部分には触覚のような目が生えてきて、特徴的な鋏がカチカチと鳴らされる。


「…………カニ?」

「水幻霊、だね」

「やっぱりお友達は知っていたみたいだね。そうだよ、おれは水の魔法使いだ」

「すいげんれいって、何?」

「水を使って生き物を再現する魔法だよ。けど、あの量の水からこんな大きなものを作るとなると…かなり高度なテクニックが必要になる」


 巨大な水のカニは、ハルテア達の三倍か四倍くらいの大きさがあった。バケツ一杯の水から作るのは困難だろう。


「さぁ、ダンスを始めようか」


 ジョンソンが合図を下すと、水のカニがハサミを振り上げて構えを取った。


「避けてっ!」

「え?うわっ!」


 ハルテア達が慌てて避けると、立っていた場所にカニのハサミが振り下ろされた。


 あくまで中身は水なので建物には影響がないが、あの質量が頭から一気に降ってくるとなると嫌な想像をしてしまう。


「あの水幻霊をどうにかしないと…!」


 ハルテア、ガイル、オークルが構えを取り、ルティとダディ・ポットが下がる。


 オークルがウクレレを掻き鳴らすと、魔素によってハルテア達の足が少し速くなった。


 ハルテアとガイルが同時に駆け出し、ハルテアはジョンソンに向かって殴りかかった。


「おや、おれを真っ先に狙うとはね」

「こういうのって、術の使い手を無力化すれば収まるものでしょ!」


 手技だけでなく足技もいくつか繰り出すが、ジョンソンは華麗に避けるばかり。反撃は一切してこない。


 視界の端でガイルが水のカニの攻撃を切ったり反らしたりしているのが見える。彼には、ルティ達を守ってもらうことを勝手に任せてしまった。


 だからこそ、こっちでさっさと決着をつけなくてはならない。


「ああもう!当たってよ!」

「それでわざわざ当たりに行くやつがいるかな?」

「避けないで!」

「避けるさ。まだまだ楽しみたいからね」


 ハルテアはハルテアなりにできる限りの技を使うのに、一向に当たる気配がしない。


 ふとそこで気づいた。何も、一人でやらなくたっていいのだ。


「トルテ!!」


 ハルテアの足元を、白くて頼りになる小さな生き物が走り抜ける。


 主のピンチに駆けつけた白猫が、爪を立ててジョンソンの顔を引っ掻いた。


「何っ…」


 ジョンソンの動きが乱れ、水のカニの動きが途端に鈍くなる。


「ハルテアは一人で探偵ってわけじゃないからね。ボクもセットで覚えておいてくれ、怪盗さん?」

「へぇ、じゃあ覚えておくよ」


 ジョンソンの足元に水の鳥が現れ、彼がそれに飛び乗る。


 ハルテアの攻撃がぎりぎり届かない上空に逃げられてしまった。


「さて、今回のキャストはおれだけじゃない。そろそろあっちに戻ってもらおうか」


 彼が指さしたのは、水のカニだ。


 ハルテアは振り返り、ぎょっとした。水のカニが、さっきより大きくなっている。あれでは、ルティ達だけでなく、ガイルもオークルも危ない。


「もうっ!トルテ、行くよ!」

「もちろん、ご主人サマ」


 ハルテアにできることといえば格闘術くらいだ。水のカニにぶつかったところで、何か劇的な変化を起こすことはできない。


 それでも、仲間を見捨てることはできなかった。


(あたしにはただ殴りかかることしかできないけど、水だと衝撃を吸収しちゃうんだよね…どうしよう)


全速力を出して走り、今にも水カニのハサミに押しつぶされそうになっていたガイルとオークルをなんとか避けさせる。


 代わりに自分がその質量の下になってしまった。

………………………………………………………

水の中を揺蕩いながら、ぼんやりと暗闇を見つめる。


 身体が重くて、思うように動かせない。息もあまり長く続きそうにない。


 早く、外に出なくては。


 そう思うのに、意識は幼い頃の記憶を反芻していた。


 父が、地元の市場に連れて行ってくれた時の記憶だ。


「氷がいっぱい!何で?」

「鮮度を保つためだよ」

「せんど?」

「ああ。新鮮な魚は美味しいからね。魚は私達より冷たいところで暮らしているけど、あんまり冷たいと動きを止めちゃうんだ」

「これも魚?」

「そっちは海老と蟹だね。それは──」


 記憶の中に答えを見つけ出すのと同時に、意識が急浮上する。


「…テア…ハルテア!」


 ルティの声だ。

………………………………………………………

ハルテアが瞼を開き、ぼうっとルティを見つめる。


 一見怪我の類は見当たらない。が、頭を打っていないか心配だった。


「ハルテア、大丈夫?」

「ルティ…そうだ、ルティ!」


 突然元気になったハルテアが身体を起こす。


「全く魔法が使えないわけじゃないんだよね!?」

「まぁ…ちょっとだけなら使えるけど…?」

「それを使いたいの!今のルティが全力を出してもちょっとしか使えないから良いの!」

「何をしたいの?」

「水を凍らせる!」


 ルティは、眼前にそびえ立つ水幻霊のカニを見上げた。


 ルティが万全の状態でも、あの大きさと質量の水を凍らせるのは難しいだろう。


「今の私じゃあ、水を冷やすのがせいぜいだよ」

「それで良いの!あのね、カニは冷やすと仮死状態っていうのになるの、その瞬間にあたしがやっつける!」


 ルティがやるべきことは具体的だが、ハルテアのやることは全く具体的ではない。


 彼女らしいといえば彼女らしい。


「水を、全力で冷やせば良いんだよね」

「うん!お願い!」


 ステッキを構え、今できる全力で、水温を降下させる。


 凍らせるわけではないので、目に見える変化が訪れるのは遅かった。


 が、確実に効果は出ていた。


 水幻霊の動きがこれまで以上にゆっくりになり、やがて動きが止まる。


「ハルテア、私ができるのはここまでみたい」

「ありがとう!後はあたしが!」


 ハルテアは走りながらオークルに指示を飛ばし、跳躍する。


 オークルのウクレレが彼女を支援し、ハルテアはいつもより高くジャンプした。


 その彼女の拳が、動かなくなった水幻霊のカニの甲羅、その中央にヒットする。


「これで…終わりっ!」


 彼女の掛け声と同時に、巨大なカニがバケツ一杯の水に戻った。

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