2-1-7 ハピア駅の事件(1)
列車のスピードが徐々に遅くなり、やがて停車する。
この列車の終点駅であり、アーバルトに向かうための中継駅、ハピアに到着したのだ。
列車に乗っていた乗客が、各々の荷物を抱えて次々と列車を降りる。
ルティ達もまた、同じように列車を降りていた。
「アーバルト行きの列車は、明日出るやつに乗るんだ。今夜は、ハピア駅のホテルに泊まるよ」
「ルティ、オークル。ハルテアや俺とはぐれないように気をつけろよ。人も多いし、ハピア駅って結構大きいから道に迷いやすいし」
「そうなの?」
「ああ。びっくりするくらい」
そう話すガイルとハルテアの後ろに続いて、ルティとオークルは、階段を登ったり、長い通路をいくつか歩いたりした。
通路の横には何箇所か小窓があって、そこからは、異なる列車がいくつも止まっているのが見えた。
「けっこう歩いたけど、まだつかないの?」
「あとちょっとで商業エリアだよ!頑張って!」
「商業エリア?」
二人が首を傾げていると、広い空間に出た。
そこは今まで、ルティが見たことがないほど広い空間だった。
高さは四階以上はありそうで、天井のシャンデリアが小さく見える。各階にランプが設置されているのは、シャンデリアだけでは明かりが足りないからだろう。
一階部分はホールになっていて、列車を利用する人々や駅員が多数すれ違い、それぞれの目的地に向かって歩いていく。
「正面に見えるのが全部、商業エリアだよ!」
ハルテアが指さした先には、多種多様な店舗が並んでいた。
飲食店に服飾の店、本屋に寝具店、映画館もある。
「ヨールライ大陸のチェーン店で、ハピア駅に無い店は無いって言われているくらい、お店が多いんだ!」
ハルテア曰く、ここから見えるのはほんの一部で、奥の通路を進めばさらに店舗があるという。
「で、こっち側が、宿泊エリアになってるの。色んな人が日夜利用する駅だから、ホテルも併設されているんだ。まずは、チェックインしよう!」
エレベーターに乗り込み、ぐんぐんと上階へと昇る。
しばらくすると、ベルの軽快な音と共に扉が開いた。
「さ、先に外に出て。左に進むと受付なんだ」
ハルテアがボタンを押しながらそう言った。
「受付してくるから、ちょっとそこで待っててねー!」
彼女は元気よくそう言い、チェックインの手続きを行う。
その間、ルティはずっと、手慣れたように作業を進めるハルテアを見ていた。
「ハルテア、本当にすごいな…」
「よく分からないものも当たり前のように使いこなしているから、見習うべきことばかりだよ」
「まぁたしかに、ヨールライ大陸の最新機器はハルテアのほうが知っているな」
「お待たせー!部屋、行こっか!」
ハルテアに案内され、別のエレベーターに乗り込む。
「部屋について荷物を置いたら、商業エリアに行こうよ!」
…………………………………………………
全員荷物を置いて身軽になり、商業エリアに向かうためにホールに到着した時だった。
「なんか、さっきより混んでないか?」
「本当だ。ホームで何かあったのかな?」
ルティ達が列車を降りた時よりさらにたくさんの人がホールに集まり、ごった返していた。
困惑や混乱の気配が空気中に漂い、平常ではないことが、初めてここに来たルティにも伝わってきた。
「うーん…何があったのか知りたいけど、知ってそうな人は…?」
「ハルテア!」
ハルテアがそう呟く背中に、声がかかった。
ルティ達が振り返ると、ダディ・ポットが人混みをかき分けこちらにやって来るところだった。
「父さん!列車に乗ってなかったの!?」
「乗ろうとしたんだがね、跳ね返されたんだよ」
「跳ね返された…?」
「結界のようなものが張られているようなんだ」
ダディ・ポットが言うには、ハピア駅の四箇所の出入り口及び八箇所のホーム入口に結界が張られているようだという。
「ハピア駅に到着することはできるんだがね、出ていくことができないんだ」
「なんで、あたし達が来たときは騒ぎになって無かったんだろう?」
「さぁな…情報があまりにも少なすぎる。私も動くに動けないんだ」
「父さんでも…?」
すると突然、ホールの中央から悲鳴が聞こえた。
群衆が一気に後ろへと下がり始め、端にいたハルテア達にも中央の様子がよく見えるようになる。
「あれは…魔物か?」
統一感の無い雑多な魔物が、およそ五十体ほど群れをなしていた。
「どうして駅の真ん中に、突然…!?」
「驚いている場合じゃない。俺達が助けないと。行くぞ、皆!」
ハルテア、ガイル、オークルが飛び出し、中央の魔物を倒していった。
どの個体も素早く軽い身のこなしをしたが、それぞれの体力はあまり多くなかったせいか、さほど苦労することなく数を減らす。
残りあと十体ほどになったところで、ハルテアは周りを見渡し気づいた。
「ルティは!?」
振り返ると、少し離れたところでステッキを振り回していた。その先からは細い水が飛び出しているが、あれでは魔物と戦えそうにない。
「ルティ、大丈夫?」
「ううん、あんまり良くない。それより、三人は魔物を倒す方に集中してほしいな」
ルティがそう言ったので、三人は残りの魔物を討伐した。
「ルティ、どうしたの?」
「この場所、さっきエレベーターを降りてきた瞬間からかなり強い魔力が滞留していて…私の魔法が、かき消されちゃうの」
「強い魔力…結界にも関係しているのか?」
「分からない…ん?あれは…?」
先ほどまで魔物が暴れていた中央に、一枚の紙が落ちていた。手のひらサイズの長方形に切り取られた紙で、こう書かれている。
『名探偵とその娘及び友人たちへ
この駅は私が乗っ取った
乗客らを解放したくば、次の指令を待て』
「これってまさか…犯行声明ってやつ!?」
「ハルテア、落ち着け。その前に色々と状況を考えろ。ここだとまずい」
「あ、そうだった。父さんのところに戻ろう」
…………………………………………………
「…それで、これがお前達の足元に置かれていた、と」
「うん。何か分かるかな、父さん?」
「何も分からないわけではない。が、推理を展開するにはまだ足りないな」
「やっぱりそうだよねー…大人しく次の指令を待つかー…」
「自分にはどういう状況なのかよく分かっていないんだけど、これってどういう状況?」
「ハピア駅が何者かによって乗っ取られた。犯人は私とお前達に何かをさせたがっていて、それの完遂をしなければ乗客は外に出られない」
「多分、その他にも、強い魔力を持った人が場を制御しているってのもあるかも。結界が張られているし、私、魔法が使えなかったし…」
「これってかなりまずいよね?」
「犯人の動向と目的によっては、色々とまずいことになるな」
ルティ達は、ホテルの部屋に戻って現在の状況を確認していた。
五人の間に置かれたテーブルには、先ほどの紙が置かれていて、何かヒントが隠されていないかと色々試したが、何も無かった。
「現在は、駅員ですらホームに入れない状況だ。このまま時間が過ぎれば、列車は止まったままだろう」
「それって絶対、色んな人が困っちゃうよね?うー、早く次の指令来ないかな?さっさと終わらせないと、かなりまずい!」
「犯人の目的は何だろうな」
「身代金…だとしたら、結界が邪魔をしてお金のやり取りはできないよね…刑務所に入れられている誰かの解放とか…?でもそしたら、やっぱりあたし達は外に出られないから、何もできないよね…?」
ハピア駅を囲う結界は、人や動物だけでなく、紙でも服でも鉄パイプでも、何も通さなかったのだ。
「この駅の中で、やってほしいことで、この駅の中で完結できること…?」
「おつかいとか?…そんなことはないか」
時刻はすでに午後六時をまわっていた。
ハピア駅に囚われた人々は、特例でホテルの空き部屋が無料で貸し出されており、当面の安全は保証されている。
「うう…考えてたらお腹空いてきた…」
「まぁ、もう夕食の時間だからな。ホールで弁当の配布が行われているらしいし、俺が取ってくるよ」
「一人だと大変だろう。私も行くよ」
「自分は…ううん…」
「オークルはここに残っててくれ」
「…分かった。二人とも、気をつけて」
ガイルとダディ・ポットが部屋を離れ、ホールに向かった。
残されたハルテアとルティ、オークルは、変わらず何も情報のない紙を前に頭を抱えていた。
「色々と、引っかかるんだよね」
「ルティ?」
「どうしてこの人は、ダディ・ポットさんがいることを知っていたんだろう?それに、私達のことも認知しているみたいだよ」
「たしかに…まさか…犯人って、あたし達が乗っていた列車にいた人だったりする…?」
「分からない。でも、そう考えると納得のいくところがあるんだ。結界が展開されたのは、私達がここに到着してからだし、私達四人が魔物と戦えることも知っていることになる」
ルティとハルテアは、途中駅で魔物を退けたことがあるし、ガイルは抜刀こそしていないとはいえ、常に帯刀している。オークルは一見ただの吟遊詩人にしか見えないが、魔素に敏感な人が近づいたら、彼もまた戦える人なのだと気付けるだろう。
「あたし、犯人分かっちゃったかも」
「え、もう?」
「うん。でも、そうすると、本当に犯人の目的が分からないんだよね。それが分からないと、犯人の場所も分からないし」
「もうそんなところまで考えているんだね…すごいや」
「えっへへー!これでも探偵の卵ですから!」
ハルテアが自慢気にしていると、オークルが、心配したようにルティに話しかけた。
「ルティ、魔法使えないけど…大丈夫?」
「戦いにはあんまり関与できないかもしれないけど、体調には変化は無いよ」
「当たり前のように使える力が突然使えなくなるって…怖くないの?」
「怖いよ。…でも、ここには頼れる皆がいる。私は一人じゃないし…私にしかできないことはきっとまだあるって思うんだ」
「そういうの、早く見つかると良いね」
オークルがそう言ったちょうどその時、ガイルとダディ・ポットが戻ってきた。
両手に袋を持っていて、その中には弁当が人数分入っている。
「あ、おかえりー、二人とも──」
「緊急事態だ」
「えっ、どうしたの?」
「これを渡された」
ガイルが空いた手で何かを差し出す。それは三枚のカードで、どれも同じような筆跡で文章が書かれていた。
「これってまさか…次の指令?」
「渡されたって、どういうこと?」
「ホールで、部屋の番号と人数を言って弁当を受け取るスタイルだったんだ。そしたら、これが預けられていましたって渡された」
「その指令の制限時間をよく見てくれ」
ダディ・ポットに言われ、カードをよく見る。
書かれている文章はどれも異なっていたが、最後の一行だけは同じ言葉が書かれていた。
「『制限時間は、本日二十一時まで』…午後九時までってこと?」
「ああ、どうもそうらしい。あまり時間がない。できれば、さっさと弁当を食べよう。頭を使う時間は、できるだけ長いほうが良い」




