2-1-6 なぞなぞ
四人が食堂車に到着すると、青いスーツを着た若い男性とダディ・ポットが話をしていた。
「父さん、おはよう。その人って…最初の日にここにいた…?」
「おはよう。彼はジョンソンだ」
「初めまして、ジョンソンです。ダディ・ポットの娘さんですか?」
「はい!ハルテアっていいます!」
ルティは、少し後ろのほうで、ジョンソンを観察していた。
外見は、人畜無害そうな普通のサラリーマン、という出で立ちだ。
が、彼の内にある魔力は、魔素に敏感なルティにとって、かなり強いものだった。
おそらく、相当な魔法の才能があるのだろう。
「こっちにいるのは、娘の友達だ」
「ガイルだ」
「オークル!」
「………」
「どうしたんだ?」
「ううん、何でもない」
「ジョンソンさんは、父さんと何を話していたの?」
「ゲームみたいなものだよ。お互いに簡単ななぞなぞを出して、何秒で答えにたどり着けるのかを競うゲームだ。彼、意外となぞなぞが得意みたいでね。私とは良い勝負なんだ」
「あの名探偵ダディ・ポットにそう言われるとは…少々恥ずかしいですね」
ジョンソンは困ったようにネクタイをいじり、照れていた。
「そうだ、お前たちもなぞなぞ、やってみるか?」
「なぞなぞ!やりたい!」
「俺は…まぁ、やれないわけじゃないからな」
「あたしもやるー!」
「透明で冷たくて硬いのに、熱しても溶けずに気体になるものって、なーんだ?」
四人はそれぞれになぞなぞの答えを考え込んだ。
「うーん…自分には分からないな…」
「そもそもこれは、なぞなぞ、なのか?クイズじゃなくて?」
「まぁ、なぞなぞ形式で出題しているクイズだな」
「クイズなのか…」
「はいはーい!ガラスなんてどうかな!?」
「はずれ!ガラスは千度から二千度の間で完全に溶けるからな!」
「えっと、塩、とかですか?」
「塩は溶けるだろう?」
「あっ、そうだった…」
オークルとハルテアとルティには答えは導き出せず、ガイルに最後は託された。
「俺の考えが正しいとすると…かなり意地悪な問題じゃないか?」
「そうか?」
「俺の答えは、ダイヤモンドだ。ダイヤは炭素でできているから、高温で熱しても液体としては溶けずに、二酸化炭素に…気体になる」
「正解だ!」
「ガイル、すごーい!」
「これ、鉱物とか化学の知識がないと解けない問題だろ。いきなり出すには難しいと思う」
ガイルの講評に、ダディ・ポットとジョンソンが顔を見合わせ、肩をすくめた。
「たしかにちょっと難しいかもな」
「ダディ・ポットの娘なら、簡単に解くことができるかと勘違いしてしまいました」
「あたしだって、もうちょっと色々知ってたらきっと解けたもん!」
ハルテアが憤慨してそう言ったが、彼女の父親とジョンソンは温かい目で彼女を見ていた。
「さぁ、朝食を食べるとしようか。…人数が多いから、別れたほうが良さそうだな」
「三人ずつがちょうど良いね。君、こっちのテーブルに来ないか?」
「おじゃまします!」
オークルが大人二人のテーブルに混ざり、ルティとガイルとハルテアは別のテーブルに着席した。
しばらくすると、ハルテアが呟いた。
「なんだか、あっち盛り上がってるね」
「オークル、歌が上手いからね」
オークルが迷惑にならない程度の音量で歌を歌っていた。あちらのテーブルではまだ料理が届いていない様子なので、その間だけのミニリサイタルといったところか。
「ルティ、大丈夫か?」
「え?」
「さっき、緊張してただろ。…あの人、苦手だったりする?」
「苦手っていうよりかは…あの人、保有魔力量が多分私の何倍も上なんだ。だから、怖かった、のかな」
「強すぎる人っていうのも、恐怖の対象になることがあるからな。無理に近づいたり話さなくても大丈夫だよ」
「うん、ありがとう」
ルティは、ちぎったパンをミネストローネに浸けながら、ガイルのほうをちらりと見た。
彼の観察眼には、時々助けられている。彼のその目も、幼い頃の訓練とやらで身につけたものなのだろう。
「ん…どうした?俺の顔に何かついてる?」
「ううん、何にも」
いつか、この小さな恩を返せる日が来たら。
ルティは、そう思いながら、そのいつかが訪れないことを悟っていた。
……………………………………………………
「父さんからね、これで遊んだらどうかって、渡されたんだけど。皆、やる?」
「なんだこれ。ボードゲームか?」
「ガイルが知らないってことは、結構マイナーなゲーム?」
「俺だって知らないことくらいあるよ」
よく分からないカラフルな絵が書かれたカードを配り、ハルテアが教えてくれたルールでゲームを進める。
オークルが思ったよりも強く、他の三人はどうにか食らいついて一勝をとったものの、あとのゲームはオークルに負けっぱなしに終わってしまった。
「オークル、強いんだね!」
「自分の想像力がここまで役に立つとは!」
「全然勝てなかった…」
「結構遊べたな。もう夕方じゃないか?」
夕暮れ、というにはまだ少し早いものの、外の景色は午後も終わりの頃に移り変わっていた。
「明日にはハピア駅に到着するんだよね」
「明日ばたばたしないように、今夜のうちにある程度荷物はまとめておけよ。特にハルテア」
「なんであたし!?片付けくらいできるけど!」
「そうじゃなくて、明日の朝、ダディ・ポットに呼ばれてただろ。内容によっては降車準備ができないかもしれないから、今日のうちにやっておけってことだ」
「なるほどー!じゃあ早速取り掛かろうっと!」
ハルテアが荷物を片付け始めたので、ルティ達も各々荷物をしまい込み始めた。
「ところでハルテア、そのカバン、めちゃくちゃ物が入るけど、どうなってるの?」
「拡張魔法、とかで色々入るようになってるの。父さんの知り合いの魔装職人さんが作ってくれたんだって」
「探しているものがあったら、取り出すの大変じゃない?」
「そこは…手探りで何とかやってるよ。あたし、呼び寄せ魔法は苦手なんだよね」
呼び寄せ魔法は基礎魔法の一つだが、人によってはなんでもかんでも呼び出してしまって特定の物を呼び寄せられない場合があるのだ。ハルテアもそうだという。
「ルティは、持ち物少ないよね。例の書物ぐらい?」
「さすがにそんなことはないよ。着替えとかも持つし、水筒だって持つし」
「必要最低限に収まっているのがすごいんだって!」
そう言ってハルテアは、カバンの中からぬいぐるみを取り出した。エルガル駅で購入していたものだ。
「あたしなんてほら、こういうのも可愛くて気に入っちゃうと買っちゃうし」
「旅の安らぎってことで、ちょっとなら良いんじゃないかな」
「そう?…ルティが言うなら、そうなのかも」
「とはいえ、セーブすることは必要だからね、ご主人サマ?」
「うー…分かってるもん!」
団欒の時間は、流れるように過ぎ去る。
夜になって、ルティはハルテアに声をかけた。
「ハルテア、今夜は…寝れそう?」
「うん。あたし、悪い夢を見てもすぐ眠ることができるから」
「それなら良かった」
窓の外を眺めると、下弦の三日月が夜空の中で輝いていた。
「明日にはもう到着か…」
「そうは言っても、中継駅だからね。明日は電車降りたら一泊するけど、明後日にはまたアーバルト行きの電車に乗るから、そんなに感慨深くならなくても大丈夫だよ」
やがて二人とも毛布に包まり、夢を見ない眠りに就いた。
……………………………………………………
翌朝、朝食の後、ハルテアはダディ・ポットの部屋に向かっていた。
ルティ達には先に部屋に戻ってもらい、到着までの幾ばくかをのんびり過ごしてもらう。
二〇一と書かれた部屋の扉をノックした。
「父さん、いる?」
少しすると、バタバタと音がして中からダディ・ポットが出てきた。
「すまない、少し待たせたね。さぁ、中にお入り」
ダディ・ポットの部屋は一人用の個室なので、ハルテア達が利用している四人部屋より小さい。
というのもあるのだが、父親が広げたままの書類がたくさん散らばっているおかげでより狭く見えているのもあるが。
「父さん、昼には到着するけど、片付け終わる?」
「これが終わったらあとはぱっとしてぴゅーんだ」
ダディ・ポットは数枚の書類を手に持っていた。
ハルテアとダディ・ポットは向き合うようにして座り、書類とペンを間に挟んだ。
「これが例の書類なんだがね。担当者名簿を作るに当たって、調査に参加するメンバーの個人情報がいくらか必要なんだ」
「そうはいっても、あたし、名前くらいしか知らないよ?」
「正しいスペリングは分かるだろう?」
「うん、分かるよ。それを、ここに書けば良いんだよね?」
「そう。それと、こっちの書類のここと…こっちの書類の、この欄にも記入してくれ」
「うわっ、本当に書かなきゃいけないところばっかり。内容自体は簡単なのに、大人ってなんでこんなに難しくしないと気がすまないの?」
「色々と管理したり把握したりするのに書類の種類が必要なんだよ」
父親と会話しながら、書類の規定された場所に、仲間の名前を記入していく。
全て記入し終えると、父親に書類の確認を頼んだ。
「これで大丈夫?」
「ああ、問題ない。悪いな、時間を取らせて」
「いいよ。父さんが人の名前書くと、音はなんとなく合ってるのにスペルがめちゃくちゃになっちゃうもんね」
何でもできると噂されるダディ・ポットだったが、彼は名前を記入するのが苦手だった。しょっちゅう、どこかしら間違えるのだ。
「あとはこれを、父さんの責任で提出する。お前達がアーバルトにいる間には手続きが完了した報告ができるはずだ」
「はぁ…母さんと仲直り、頑張るかぁ…」
「それに関しては、私は頑張れとしか言えないな。頑張れ!」
「むぅ…」
父親の部屋に滞在する理由も無くなったので、ハルテアはちょっとだけ片付けを手伝ってから部屋に戻ることにした。
「父さん、到着は一時間後だからね。急いで片付けてね!」
「ああ、分かっているさ!」
部屋に戻ると、ルティとオークルはオークルの楽器を手に何かやっていて、ガイルはぼうっと窓の外を眺めていた。
「ハルテア、戻ってきたんだな。順調に済んだか?」
「うん。ルティとオークルは、何してるの?」
「魔素の流れを良くするとかなんとかで……具体的なことは俺には理解らない」
「相当複雑なことしてるんだね…」
やがて二人は調整を終わらせた。
オークルが、歌詞のない歌を軽く歌いながら弦を弾く。
すると、前に聞いた時より、澄んで楽しげな音が部屋に響いた。
「えっ、すごい!何したの?」
「音の通り道に、感情を混ぜる魔法を入れたんだよ」
「これで、もっと色んな曲を弾くことができる!」
オークルはとても嬉しそうで、楽器を持って小踊りしていた。
「さぁ、そろそろ列車がハピア駅に到着するぞ。荷物はまとめてあるだろうが、念の為もう一回確認しておけよ。ここに忘れたとしても、取りに帰れないからな」




