2-1-5 指輪と夢
魔物は群れをなして襲撃しており、個体それぞれがすばしっこく身軽だった。
ハルテアが拳で魔物を捉えようとすると、ひらりと魔物がそれを躱し、着地点をルティが狙おうとするとそのまま飛んでいってしまう。
倒すに倒せないでいると、二人の真後ろから声がした。
「群れの統率を乱すんだ。できれば、頭領のやつを倒せればなお良い」
「父さん!?隠れててって言ったよね!?」
「娘にばかり戦わせる父親がどこにいる?」
ダディ・ポットは近くにいた魔物を両手で羽交い締めにし、その上で組み伏せた。
なるほど対人用の格闘術とはこのことか、と思わせる分かりやすい武術だった。対単体や少人数相手には活用することのできる方法だろう。
だからこそ、この頭数でそれをやるのが危険であること、ハルテアが父親を遠ざけようとした意味などが、ルティにも理解できた。
「もう!父さんが怪我する前に、終わらせるよ!父さん、ボスはどいつだと思う?」
「体の大きな個体か、体の色が綺麗なやつか…」
「なるほど、こいつかな──」
「あるいは声のよく通るやつか、一番食べる個体か、一番翼の大きいやつかもしれないし、一番足が速いやつかもしれない」
「父さん!それじゃ、分からないよ!」
残念なことに、ダディ・ポットが示した条件に当てはまりそうな個体は全体の半分ほどいた。これではたしかに絞り込めそうに無い。
けれど、ここにはルティがいた。
「魔素の取り込みが速い個体だよ」
「え?」
「この種の魔物は、エネルギーを魔素に頼っている。攻撃するにしても、逃げるにしても、エネルギーをすぐに利用できる個体がリーダーになるの。これに当てはまるのは…その子だよ!」
ルティは、ハルテアにちょうど飛びかかろうとした個体を指さした。
瞬時にハルテアが反応し、拳を突き上げて魔物を吹き飛ばす。
地面に不格好に着地した魔物は、狩りを中断することを決め、撤退した。
それに続いて、他の個体もぞろぞろと離れていった。
「ふぅ、何とかなったみたいで良かった。ルティ、父さん、怪我はしてない?」
「大丈夫だよ」
「父さんを見くびらないでくれよ?」
「まず父さんは魔物に飛びかからないでよね!」
魔物が退治されたことで秩序が戻り、客が列車に乗ったり降りたりする。
駅員が、列車の間もなくの発車を伝えていたため、三人は急いで列車に戻った。
扉が閉まり、列車が動き出す。
「これで、父さんの当面のお仕事は片付いた?」
「まぁな。あとは、ハピア駅に到着するのを待つだけだ」
ぐぅ、と誰かのお腹が鳴った。
いつの間にか、時刻は昼頃になっていたのだ。
「そろそろご飯を食べたほうが良いみたいだ。ハルテア、友達は部屋にいるのかな?」
「うん。呼んでくるね。父さんは先に食堂車に向かっててよ」
ルティとハルテアは車両間を移動し、部屋に戻った。
ガイルとオークルと合流し、食堂車に向かう。
先に食堂車に着いていたダディ・ポットは、誰かと話をしていた。
「あれ、あの人って、昨日指輪を盗まれていた人?」
「そうだろうね。何の話をしているんだろう?」
「近づいてみよう」
四人がダディ・ポットのそばに近づくと、ティアナー嬢がこちらに気づいた。
「あら、あなた方は?」
「こちらは私の娘と、その友人達ですよ」
「あらあら、ダディ・ポットの娘さん?面影が似ているわねぇ」
「そう?あたし、母さんに似ているってよく言われるんだけど」
「親子って、意外とよく似るものなのよ」
「父さん、何を話してたの?」
「ああ、ティアナー嬢が、昨日のことで改めて礼を言いたいとおっしゃられてね」
「わたくし、夕方に到着する駅でこの列車を降りるのよ。だから、最後にもう一回、お礼を言いたかったの」
「本当に大切な指輪だったんですね」
「ええ」
ティアナー嬢はそう言って、左手の薬指につけてある指輪をかざしてみせた。
「これは、わたくしの亡くなった夫が最初に贈ってくれたものなのよ。彼の愛の証は、なくすのも嫌だけれど、汚すのも嫌だったから」
「今度はなくならないように、気をつけて下さいね」
「もちろんよ。本当にありがとう、ダディ・ポット」
ティアナー嬢はそう言うと、食堂車を出ていった。彼女は本当にただ、礼を言うためだけにここに来たのだ。
「それじゃあ、昼食にしようか。何を食べたい?」
………………………………………………
その日の午後は、ダディ・ポットが今まで解決した事件について、彼の口から話を聞かせてもらった。
彼は無名の頃から少しずつ依頼を完遂させ、確実に地位を築いた探偵だった。
「物語のような、宿敵のいる探偵に憧れていた時期はあったんだけどね。幸い、そういうものには巡り合うことなく今日まで生きてきたよ」
「そういうのに出会うのって、結構大変だよね」
「おかげさまで、広い範囲で依頼を解決できるようにはなったがね。犬の散歩から庭の草むしり、学校の警備に浮気調査、その他色々。こういうのは、一つの組織を追っていたら難しいことだからな」
「半分くらい子どものおつかいみたいなものに聞こえるんだけどな…?」
「何事にも、頼れる人がいるというのは良いものだよ…ハルテア」
「なぁに、父さん?」
「友達は大切にするんだぞ」
「…分かってるよ」
「ならよろしい。さて、良い子はそろそろ寝る時間じゃないかな?私は自分の部屋に帰って寝ようと思うが…夜ふかしはするなよ、健康に悪いからな」
ダディ・ポットはそう言って部屋を去っていった。
「すごいなぁ、あの人!物語とはまた違うのに、なぜだか心を動かされるよ!」
「父さんを嫌いになる人ってあんまりいないんだよね。たとえその人が悪いことをした犯罪者だとしても、なぜだか父さんのことは嫌いになりきれないみたいでさ」
「カリスマ力があるんだな」
「ダディ・ポットも言っていただろう?そろそろ寝る時間だよ」
「もう、分かってるよ、トルテ!」
ルティ達は昨日と同じように寝る準備をして、それぞれベッドに潜り込んだ。
ルティは、なぜか上手く寝付くことができず、寝返りばかりをうっていた。
疲れていないわけではない。昼寝をしたわけでもないし、不安なことがあるわけでもない。
ただなんとなく、眠ることができずにいた。
しばらくそうやって寝返りをうったり、天井を眺めたりしていると、低く唸る声が聞こえた。
最初は、魔物か何かが列車の外か中に迷い込んでいるのかと思ったが、声はルティの真上からしていた。
「…ハルテア?」
ベッドを抜け出し、梯子を登る。
ハルテアが毛布に包まりながら、魘されていた。
「ハルテア…ハルテア!」
「うー…ん…あれ、ルティ?」
「ハルテア、大丈夫?悪い夢でも見てた?」
「うん。女の人がね、人質をとって誰かを脅している夢だったの。たくさん人がいてね、制服を着ている人もいたし、怖い格好をしている人もいた。それでね………」
「それで?」
「…人質にされてたのが、ルティとガイルだったんだ。あたし、夢の中で二人を助けようとしたんだけど、いつもみたいに触ることができなくて、結局助けられなくて…そこで起きたの」
「怖かった?」
「うん。だって、友達が危険な目に遭っているのに、あたしは何もできないんだよ。その無力感が…怖いよ」
無力感が怖い、という感情はルティにも分かるものだった。
ハルテアと出会うきっかけになった事件でも、ルティは無力感を感じて悪い夢を見たことがあった。
「ハルテアは、色んなことができる人だよ。私にはできないことも、たくさんできるから」
「ルティみたいに魔法はそんなに使えないよ?」
「敵に一番近いところで戦って、生きて帰ってこれるじゃん」
「それはガイルだって同じじゃない?」
「似てるけど、違うよ。上手く言えないけど、でも…ハルテアは、強いよ」
「そう、かな…?」
「きっとそうだよ」
ルティの言葉に、ハルテアは安心したようだ。
恐怖に怯えていた表情は、いつの間にか微睡むものになっていた。
「ほら、ハルテア、寝れそう?」
「うん。ありがとう、ルティ」
「おやすみ。良い夢を」
ハルテアが穏やかに寝息を立てるのを確認してから、ルティも自分のベッドに戻った。
「ルティ、ありがとう」
「トルテ、起きてたんだ」
「ボクが起こせれば良かったんだけどね。肉球だと、起こすのは簡単じゃないんだ」
トルテがルティの腕に肉球をのせる。ぷにっとした感触ではたしかに、悪夢に魘されている人を起こすのには向いていない。
「ハルテアに一番近い友達として、彼女をこれからも支えてほしい…ってのは、ちょっと重いかな?」
「ううん、私もそうしたいんだ。だから、これからもハルテアを支えるよ」
「ふふ、ありがとう。君も眠れなかっただろう?ボクの身体はあったかいから、抱き枕にでもするかい?」
少し考えた後、お願いすることにした。
ルティのベッドにトルテが潜り込む。
「猫の身体がそばにあることに慣れていないと、ちょっと違和感を感じるかもしれないけど…快眠は保証するよ」
トルテがそう言った通り、ルティはすぐに眠りの世界に入っていった。夢を見ない夜だった。
翌朝、ルティは先に起きていたハルテアに起こされた。
「おはよう、ルティ!」
「おはよう…ハルテア…」
「ルティってば、まだ寝ぼけてる!もう朝だよー!」
「うん…」
「よっぽどボクの体温が心地よかったんだね」
「あっ、トルテ、いないと思ったらルティのベッドにいたんだね!」
「ボクはボクにできることをしたまでだよ」
ルティは温かい毛布から外に出て、顔を洗った。
ガイルとオークルはすでに起きていて、何やら会話が盛り上がっていた。
「二人は何を話しているのー?」
「自分の特技について話していたんだ」
「楽器の演奏じゃなくて?」
「オークルが特技だって自認していなかっただけで、他にも得意なことはあったんだよ」
「もったいぶらないで教えてよー!」
「えっとね、とーてきって言うんだって」
「とーてき…投擲のこと?」
「そうそれ!」
投擲とは、手を使って物を投げる技術を指す言葉だ。投げ矢だけでなく、小型の武器や長物も投げる対象になったりする。
「なんでその話になったの?」
「俺が昔やってた丸太切りの訓練について話していたら、オークルが『自分だったらナイフを全部当てることになるのかなぁ』って言い出したから」
「待って待って、丸太切り?」
「高い木の枝とかにロープを使って丸太を吊るしておいて、それを誰かに手伝ってもらってランダムなタイミングで俺に向かうように動かしてもらうんだ。それを刀で切るっていう訓練だよ」
「薪を作る系かと思ったけど全然違う!?」
「ガイルって、私達が想像するよりすごい訓練を受けていたんだね」
「丸太切りなんてほんの序の口でしかないよ。全部話したら、明日になっちゃうし。とりあえず全員起きたなら、朝食を食べに行こうぜ」




