2-1-4 ワタイア駅
やがて時刻は夜になり、窓の外の景色も夜闇の色に変わっていった。
夕食を済ませて部屋に戻ってきた一行は、就寝の準備をすることになった。
「今日は色んなことを勉強できた気がするよ!」
「良ければ明日も教えるよ」
「良いの!?もっとたくさん、教えて!」
無邪気に勉学を楽しむオークルとは違い、ハルテアは記入したワークを閉じながらどんよりとしていた。
「勉強って何でこんなに面倒なんだろう…?」
「まぁ、高等教育にもなると覚えなきゃいけないことや複雑な方程式も増えてくるからな。とはいえ、その全部が無駄になるわけじゃないだろ?それこそ、物理は格闘術の理解に繋がるし、方程式を理解することは推理能力を高くするにも役立つだろうし」
「そうなんだけどさ…はぁ…今夜はもう寝ようよ」
ハルテアが机の上の荷物を片付け、机を折りたたむ。
「それ、折りたためるの!?」
「そうだよ。車内販売で食事をする人が困らないように作られているの。ただ、寝る時には邪魔になっちゃうから今は折りたたんでおかなきゃ」
「そういえば、どうやって寝るの?二人は座席で寝るとして…あと二人は、床?」
「そんなわけないって。ちゃんとベッドになるから、安心して」
ハルテアの言葉にルティが首を傾げていると、彼女が何やら壁と座席の辺りをごそごそと探り出した。
「ガイル、ちょっと手伝ってくれる?」
「ああ。これか?」
二人がそうやって会話しながら、ベッドの設置を始めた。
やがて、二つの向かい合った座席しか無かった部屋に、二つの二段ベッドが出来上がっていた。
「梯子はここに設置して…っと。これで完成!」
「すごい…!」
「ちゃんとベッドになってる…!」
「ふふん、すごいでしょ」
ルティとオークルが感嘆の声を上げると、ハルテアが嬉しそうに応えた。
「四人部屋での設置は初めてだったけど、意外と似たパターンで助かったよ」
「ガイルもサポートありがとう!」
「どういたしまして」
「列車のベッドは、こうやって組み立てるんだね…!」
「いや、そうとも限らない。たまたま俺が前に利用した列車も組み立て式ではあったけど、ほとんどの寝台列車は事前に組み立ててあるものが多数だ。
これだって、魔素を使って柱が強化してあるから素人にも組み立てられるってだけで、普通は落下とかの事故が起きる可能性があるから最初に組み立ててあるほうが安全性が高いからな」
ガイルがそう言い、ルティとオークルに柱を触らせた。
魔素の流れに特に敏感な二人は、無機質な柱の中に魔素の強い脈動を感じ取り、驚くと同時に理解した。
「腕の良い設計士と、大陸でもなるのが難しいっていう魔法のエキスパートが作ったものだからな。強度は科学的にも魔術的にも保証されている」
「なるほど、ここがこうなっているから…」
「二人とも勉強熱心なのは良いけどさー、そろそろ寝ようよー」
「その前に歯磨きしてからな」
「分かってるってー!」
ルティとハルテアが右側を、ガイルとオークルが左側を使う。オークルは上の方が楽しそうだからという理由で梯子の上のベッドを使っていた。
「オークルって、結構高いところ好きだったりするの?」
「たぶん好きだよ!なんで?」
「センターにいた時も、二段ベッドで上の方使ってたから」
「上の方が楽しそうだから!」
「ベッドの場所で、見る夢が楽しくなるとかそういう論文は読んだことないな…」
「ガイルって論文とかの話ってたまにするよね…すごいや……おやすみ…」
ハルテアがすやすやと寝息を立て始めたので、三人も眠りに就くことにした。
ルティは、慣れない寝床で眠れるか心配していたが、いつの間にか眠ってしまっていた。夢は見たような気もしたが、覚えていなかった。
………………………………………………………
翌日、ルティは耳慣れない音がして目を覚ました。定期的なガタゴトという音、それから微妙な振動が気になって、もぞもぞとベッドから起き上がる。
そして思い出した。今自分が寝ているのが、列車であるということを。
辺りを見渡すと、朝の光が窓から差し込み、部屋を照らしているのが分かった。
すぐ向かいを見ると、ガイルが起きてベッドに腰掛け、刀の手入れをしているのが見えた。
「ガイル、おはよう」
「おはよう。今日は早いんだな。眠れたか?」
「うん。結構すっきり。ガイルは?」
「俺もだ」
普段、ガイルはこの時間、刀の素振りをしている。
が、列車にはバルコニーのような外に出られる場所は無いし、部屋の中で刀を振り回すのは危険すぎるので、ハピア駅に到着するまでは素振りはしないらしい。
「ちょっと身体が鈍る可能性があるのが心配だけど、皆を怪我させる方が悪いからな」
「そう考えると、刀って大変だよね。練習するのに、ちょっと場所が広くないといけないし」
「まぁ…大鎌とか薙刀よりは狭い範囲で済むとはいえ、魔法よりはかなり広い範囲が必要だな」
ルティの魔法の鍛錬は、洗面台があればその中で完結することができるから、ガイルのそれよりはかなり楽な方だろう。
「それにしても…列車で寝るのにある程度慣れているっぽいハルテアは別として、オークルもよく眠っているよね。慣れない環境のはずなのに」
「勉強って、慣れていないと身体も心も消耗するからな。疲れていたんじゃないか?どうせ朝食の時間までまだ余裕があるし、寝かせておこう」
「そうだね」
それから二人は、寝ているハルテアとオークルを起こさないように声を潜めながら雑談を交わした。
やがて一時間もすると、そろそろ二人を起こそうということになり、ルティはハルテアを、ガイルはオークルを起こした。
「むにゃ…おはよう…」
「おはよう、ハルテア」
「オークル、そろそろ起きろ」
「むー…」
「むー、じゃない」
ハルテアとオークルが顔を洗い終えた頃、四人は朝食を摂るために食堂車に向かうことにした。
「昨日聞いた話だと、父さんとあたし達は食堂車で予約してる時間が被っているらしいから、今朝もいるかも」
「また話しかけるの?」
「今朝はちょっと忙しいだろうから…話しかけるとしたら、次の駅を出発してから、かな」
ダディ・ポットは、昨日の指輪盗難事件の犯人であるアデンソンを次の駅で警備隊に引き渡すため、手続きの準備をしたりアデンソンの身柄の安全を保証するために忙しいのだ。
「次の駅ってどんなところ?」
「ワタイア駅だな。警察学校が近くにあるから、警備関連はけっこうしっかりしている場所だ。観光地として有名な公園もあるし、降りる人も多いだろうな」
「じゃあ、しばらく止まるの?」
「そうだろうけど…しばらくって言っても、三十分くらいしか無いと思うぞ。何か予定でもあったか?」
「ううん、何でもない」
食堂車に着いたが、ダディ・ポットの姿はどこにも見当たらなかった。
「多分、忙しいから車内販売のお弁当で済ませているんだろうな」
「有名な探偵っていうのも、大変なんだね」
「まぁ…探偵っていうのは、依頼が何もない間は無職みたいなものだし、必ずしもずっと忙しいわけじゃないんだけどね」
「あのダディ・ポットに限って、何日も暇ってことあるのか?」
「あんまり無いかも。時々、あたしやアビットの学校行事のために予定を空けてくれたことはあったから、休みが無いわけじゃないんだけどね」
朝食を済ませて部屋に戻ったが、ハルテアはずっと心ここにあらずという感じでぼーっとしていた。
「ハルテア、どうしたの?」
「んー、上手く言えないんだけど…父さん、大丈夫かなって」
「お父さんが心配なの?」
「うん。次に降りる駅って、実は魔物がそこそこ多いんだよね。父さんもあたしと同じで格闘術は使えるけど、あたしのこれと違って、父さんの格闘術は対人用なんだ。魔物相手には向いてないの。だから、襲われたら大丈夫かなって」
「ハルテア、お父さんについて行ってあげられないの?」
「一応あたしは、娘だけど部外者だからね。できるとしても、駅で魔物に襲われたら対処する、のがせいぜいなんだ」
ルティは、部屋に設置してある時計を確認した。
ガイルの話が正しければ、あと一時間もすれば次の駅に到着する。
「じゃあ、私と一緒にハルテアのお父さんを駅まで見送ろうよ。それから、戻ってきたあの人が問題なく帰ってこれるように守ろう」
「…そうだね」
ガイルはオークルに勉強を教えているが、この会話は聞いているだろう。
だから、列車の中のことを彼に任せることにして、二人はワタイア駅の到着を待った。
一時間後、列車のスピードが徐々に落ち、景色が流れ去るスピードがゆっくりになる。
ハルテアとルティは部屋を出て、外に出る準備をした。
列車が駅に到着し、完全に停車する。
扉が開き、ルティとハルテアは駅のホームに降り立った。
エルガル駅より大きなホームは、屋根が高いところに設置されており、緩くドーム状になっている。
鳥の声がし、風がそよそよと吹き付けた。
改札のすぐ向こうには街が広がっていて、かっちりした制服を着込んだ人があちらこちらを歩き回っていた。
「ここがワタイア駅なんだね。警察学校があるってガイルは言ってたけど、それっぽい人が本当にたくさんいる」
「たしかに警察学校は近くにあるけど…あの人達は、ホームにまでは来ないんだ。公共施設に不必要に入ることはしないの」
「じゃあ、魔物が現れたら私達で対処しないとね」
ルティがちょうどそう話していると、二号車からダディ・ポットとアデンソンが連れ立って出てきた。
二人は一度改札を抜け、街の方まで向かい、姿を消した。
「行きは大丈夫だったね」
「帰りも何もないと良いんだけど…」
しばらくすると、ダディ・ポットが一人で帰ってきた。彼は、ホームに立っていた娘とその友人に気づき、こちらにやって来た。
「やぁ、二人とも。良い朝だね。外に出て、日光浴かな?」
「父さん、怪我はしてない?」
「大丈夫だよ。心配してくれたんだね。幸い、盗人にも魔物にもまだ襲われていな──」
ダディ・ポットがちょうどそこまで言ったところで、ホームの奥の方から女性の悲鳴が聞こえた。
三人がそちらを見ると、犬と鳥を足して割ったような魔物が二十匹ほど現れ、乗客に威嚇したり、飛びかかったりしていた。
「まずいな…!」
「ここはあたし達の出番だよ!父さんは隠れてて!行こう、ルティ!」
「うん!」
ルティとハルテアは、乗客を魔物から守るために走り出した。




